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2016年10月20日 (木)

配給会社に期待する

われわれが映画館で映画を鑑賞できるのは、制作会社の作った映画をわれわれに提供してくれるところがあるからだ。それが配給会社だ。

配給会社の役割は重要だ。配給会社がうまく動いてくれなければ、作品を観ることもできず、下手をすれば、一般市民はどこにどんな映画があるかもわからないままとなる。文化のジャンルだから、政治的問題は生じないだろうにしても、どんな映画にも言えることだが、採算をとれるかどうかも問題だ。

2011年6月、最寄りの椎名町駅踏切脇にオリジン弁当が誕生した。
惣菜ができて商品化するまで、つまり、原材料購入から消費者が惣菜を買うまでには、さまざまなプロセスを経る。その日その日の客足や購買の大きさは、鶏の唐揚げなどスタンダードなおかずを用意するなり、野菜をもっと食べましょう、といった健康志向のキャッチフレーズで、何とかしなければならない。
しかし、毎日の衣食住にかかわることだから、大当たりもないかわりに堅実でコンスタントである。そのかわり食中毒でも出せば、営業停止は必至な業種だ。

採算がとれなかったのか、1年ほどで閉店した。

映画は、作品の企画立案から劇場、DVD販売にいたるまで、実にさまざまな人間が介在して成り立っている。
しかし、映画は食とは違うから、観なくても生活はできる。映画館に行って自宅へまっすぐとんぼ帰りしたとしても、計4時間前後はかかる。休日に、他の用事でも入れば、映画館は二の次となる。
それでも、映画の好きな人は映画館に行く。

映画館に行くと決めたら、多少の雨でも風でも、今日は逃せられないとして、目的地に行く。その人にそうさせるだけの映画に対する情熱を、どれだけ多くの映画関係者が共有しているかに、今後の映画産業の行方がゆだねられている。

映画一本が、監督・俳優・撮影・編集・美術・音楽その他多数の人間によって製作されるように、映画業界自体は、製作会社と上映会社(興行場所=映画館)以外に、それらをつなぐ配給会社が重要な役割を担っている。多くの場合、ここがなければ、映画の上映はありえない。特に、外国から映画をもってくるには、絶対に必要な部分だ。

いくらすばらしい映画があっても、それが発見され、または、それをよしと見抜いて映画館に売り込む役割をする部分がなければ、結局、われわれ一般視聴者には、何があるかわからないし、観ることもできない。製作者からすれば、いい監督を選び、いい俳優を起用して、せっかくよい作品を作ったのに、それを一般大衆に観てもらえない、という無念の結果が生じるのである。

映画を作る側は、観てもらいたくて作る。いい映画であれば、それを宣伝して、上映してくれる映画館を見つけ、観客にもいろいろな形でアピールするのが、配給会社の役割だ。

といっても、映画館も、それなりの場所をそれなりの設備で用意するのだから、一定の収入はほしいし、製作側は製作費以上のものを得なければ赤字になる。宣伝営業や流通確保をするのだから、それなりの収入はもらいたいというのが配給会社の言い分でもある。映画には常に、興行収入が伸びなかったらどうするか、というリスクが伴う。

それだけに、すぐれた作品かを見抜く眼と、それが多少とも観客に受け興行収入が見込めるかどうかを見定める眼が、配給の仕事には必要になってくるわけだ。

単に、前売鑑賞券を割りふるくらいだけであれば、配給の仕事もおもしろくないだろう。言っちゃ悪いが、それは事務屋の仕事だ。すぐれた作品を観客に見せるのが本来の仕事で、事務屋のままであってはならない。

本人がこれは本当にすばらしい映画だ、と自ら感動したら、それを、他のたくさんの人に観てもらいたい、と思うのが映画産業に生きる人間の情熱というものだろう。

配給会社は、われわれ鑑賞する側からすれば、縁の下の力持ちなのだ。スクリーンの初めや終わりに映るくらいだが、彼らのおかげでわれわれは映画を観ることができる。
それでも、われわれの観うる映画は、この世に完成した作品の一部でしかない。発掘されても、収入が見込まれなければ目をつけられないというジレンマはある。こうなると、映画産業のシステムの問題にもなってくるとは思う。

映画人口は、映画の危機と言われた1995年前後ころからすれば、ずいぶんよくはなっているように思う。ここ数年の状況は、統計上では、1978年前後位の状況にまで戻っている。これは全国映画館入場者数の推移であるので、今ではDVDなどでの鑑賞も多いから、映画館でなくとも実際に映画は、よく観られていると思う。映画に対する人々の関心は薄れたとは思えない。

映画はだいたい土曜に初日を迎え、日曜を経て、その週の金曜までの状況で、どのくらい客足の伸びを期待できるか判断する

初日、二日めあたりに、あちらこちらのレビューでこきおろされたら、客足が途絶えるし、製作者側は金にならないし、配給会社は宣伝コンセプトと客層ターゲットの読み違えとばかりに、製作者側と興行者側とから叩かれてしまう。こっそりサクラを使って、あちらこちらのレビュー欄で☆五つを連発するなんてことはありうることだ。

自分の言説を目立たせたいための評論家やブロガーの批判に、よくも悪くも影響されないような姿勢が、配給の仕事の生きがいになっていれば、映画はおのずと観られ続けるものではないかと思うのだ。

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