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2016年7月17日 (日)

映画 『ラルジャン』

監督・脚本:ロベール・ブレッソン、原作:トルストイ、主演:クリスティアン・パテイ、1983年、84分、フランス・スイス合作、フランス映画、カラー、原題:L'Argent

アルジャンとはお金のこと。英語なら、The Money だ。ブレッソンの遺作である。

少年二人が写真店で偽札を使う。だまされたと知った店の夫婦は、給油しにきた燃料店の従業員イヴォン(クリスティアン・パテイ)に、その偽札を混ぜて支払いをする。イヴォンは食事の代金に、偽札と知らずそれを使い、店員に断わられるので、店員を突き飛ばしてしまう。
イヴォンは警官といっしょに写真店に来て、事情を話してくれるよう店の人間に頼むが、イヴォンとは会ったこともないというばかりである。イヴォンは帰って妻に話すが、会社はクビになる。……

偽札が事件として犯罪映画のような通常の展開にならず、最初の一件を契機にイヴォンの日常が、不条理にも、悲劇的に変わっていくようすを淡々と描いている。
音楽が一切なく、後半に出てくる老人が弾くバッハのピアノだけだ。金にかかわるさまざまな人間の選択が出てくる。

イヴォンは店をクビになり、知り合いのツテでドライバー役として強盗の片棒を担ぐが、未遂に終わり、逮捕され服役する。その間に小さな我が子は病死し、妻も離れていく。独房に入ると、与えられた睡眠薬をためておいて、一気に飲み、自殺を図るが、直ってまた刑務所に戻る。3年の刑期を終えて出てくると、すぐに小さなホテルの経営者夫婦を殺し、やがて通りがかった夫人のあとを追ううち、その家に住みつく。白髪の混じるその夫人には、すぐ手の出る義父や車いすの息子がおり、つましい生活を強いられている。その家族をも全員殺してしまい、酒場で警官に、殺しを自白し連行されるところで終わる。ストーリーは単純ではあるが、観客がわかるだろうところは、大胆に省略して進んでいく。

この映画は、飛躍するストーリーと音を楽しむ映画なのだ。お札を調べるときの紙の音、手紙の封を切る音、扉の開閉の音、靴の音、杓子の落ちる音、グラスの落ちた音、小川のせせらぎの音、木の実を取る音、バイクの音、そして頻繁に出てくる車の走る音。
突き倒すシーン、殺すシーン、はたくシーンなどを直接映さず、その前後の映像のみでわからせる。

映像は、ほとんどが固定カメラで、観ていて疲れないが、レンズも同じままで、固定のままでも近づいたり遠ざかったりしない。対象と常に一定の距離をもち、カメラの動きは、抑制されたままである。
ストーリー同様、カメラも、説明ということをしない。シーンからシーンへと飛んだところを補うように観ろということなのだろう。

この映画では、登場人物やその背景、日常、出会い、意図、そして感情は、極端と言っていいほど、そぎ落とされている。さらに、カメラは、実行行為は映さず、他のところを撮っている。脚本は、わかる範囲で、省略され飛躍する。音楽もない。俳優もみな、本来の役者ではない。仕事としての演技というニオイを嫌っている。

こうして、通常の映画ならありえないことをすべて実行している。それにはこの長さが限界であったかもしれない。短い映画ではあっても、しかしそこに強い印象を残す映画だ。

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