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2016年6月

2016年6月29日 (水)

小池百合子・衆議院議員、都知事選出馬表明 (平成28年6月29日)

私の住む豊島区選出の衆議院議員・小池百合子が、都知事選への立候補を表明した。

もともとは比例近畿ブロックにいたが、2005年の衆院選(郵政選挙)の際、刺客候補としてやってきたのである。

いくつかの党を渡り歩いたことでも知られ、外国人が日本国籍をとることには寛容である立場をとることからして、いっとき、移民賛成派ではないのかとして保守側から批判されたこともある。人口減少をつづける日本に、外国人労働者が入ってくることにも賛成であった。
公明党や幸福実現党双方から選挙協力を得たことも事実である。

一方、しつこいほどに資料を調べるなど勉強家の一面もあり、英語のほかアラビア語に堪能なことでも知られ、頭の回転も早い。過去に、環境大臣、内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策担当)、防衛大臣、自民党総務会長などの要職をこなし、党広報本部長となった。

今度の舛添辞任は、小池にとってかっこうのチャンスと映ったであろう。
自民党内で党三役に就き、厚生労働大臣や文部科学大臣などではなく、防衛大臣を務めた実績も大きい。安倍政権下、大臣在任はわずか二ヶ月ほどであったが、前大臣のリリーフ役を務めると同時に、当時の防衛事務次官・守屋武昌の収賄を暴いたのは、議員である小池の調査能力によるものであろう。

しかし、まさにこの一件以来、(私の想像だが)安倍首相は、小池を党務に専念させることにしたようだ。表に出すのはよくない、何か起こすと面倒だ、という印象を、安倍首相に植え付けてしまったのだろう。
小池の経歴上、表に出て突然動く、というスタイルが、よいほうに転んだことはたくさんある。あとで党内からスタンドプレーだと言われても、結果的に、その行動が内外から評価され、既成事実として反論されにくい状況をつくったことも多い。
そしてそれらは、国益に寄与していた。

今回も、いかにも彼女らしい「現われ方」であった。
確かに自民党党員として、党内で党のために活躍はしているが、議員であるからには、表に出たいというのがホンネであろう。
といって、首相としては、党三役や、短期とはいえ防衛大臣まで務めた当選回数の多い議員を、党内下流の立場に置くこともできない。
さらに、安倍首相の複雑な心中もある。

それゆえ、小池としては、都知事選は、願ってもないチャンスと映ったに違いないのだ。
立候補表明したからには、当選するつもりだろう。
知名度や印象からすれば、当選圏内にいるだろう。

石原都知事以降、都知事選の候補者選びに、自民党は常に後手に回っている。そもそも、後ろ足で砂をかけて出て行った舛添を、公認にするのが誤りであった。しかし、当時は、舛添をおいて、自民党寄りの候補者で、勝てる人材がいなかったのも確かだ。
何もしなければ、サヨク弁護士・宇都宮健児が都知事になってしまっていた。

再三、固辞しつづける前総務事務次官・桜井俊に、自民党が候補を打診するとは噴飯ものだ。
記者が聞いても固辞するが、自民党が要請したら快諾するとでも思ったのだろうか。
しかも、桜井俊の役人としての人脈は、小池百合子のそれに遠く及ばない。そもそも当選はありえない。

小池百合子は、ひと昔前の言い方をすれば、明らかにタカ派である。
サヨクの有権者は賛同しないだろう。保守派の人間にも、距離を置く人が多い。
ただ、都知事は、東京都の行政を取りしきるのであって、外交課題・防衛課題は馴染まない。それは舛添のおこなったことからしても、都民の目は厳しい。

もうすぐ64歳になる小池としては、党内実務も大事だが、「表に出る」恰好の機会に違いない。
記者会見では、党の公認を得られなくても出るのか、という質問が繰り返された。
小池としては、さまざまな状況からして、党が公認を出さざるを得なくなるだろう、と読んでいるはずだ。

仮に公認されなくても出るだろう。そうなれば、党籍がありながら、党の名前を連呼しなくて済むだけに、かえって自由に遊説できるくらいに思っているに違いない。
党の爺さん議員よりは、したたかな女性である。

自民党東京都連も動きが遅い。小池の出馬表明が唐突だと言っているが、これはそのうち静かになる。これもホンネは、守屋と同じで、俺のほうに先に相談がない、女が防衛省の大臣?女が都知事?女が俺たちの上に立つ?といった程度のところだろう。小池は、少なくとも田中真紀子とは違う。
この程度だから、都議会議員に共産党が増えるのだ。

さて、前回は田母神俊雄に一票を入れたのだが、野党はもちろん、まわりに言われて出てくるような候補者には入れたくない。
ほかに有力な候補者がいなければ、小池を応援するほかない。一票を投じた候補者が当選してくれるのが、有権者としては最もうれしいものだ。

初めてのボクシング観戦

きのう、初めてボクシングを観戦した。
これは、今年になってから見始めたアニメ『はじめの一歩』の影響だ。

TV1期『はじめの一歩』、2期『はじめの一歩 New Challenger』、3期『はじめの一歩 Rising』を見て、オーバーに言えば、「ここに日本を見た」という感じがしたのだ。

「少年マガジン」で1989年に始まり、現在なお刊行中というモンスター級の漫画で、単行本も、先日114巻が出たようだ。

ボクシングは個人の競技であり、直接的に自分との闘いともなるため、選手というのは、どんな姿・顔カタチをしているのかを、直接目で見てみたかったのだ。
それと、アニメに描かれていた戦いの舞台がどのようなものであるのか、その現場を知りたい、という興味があった。

ひと月前、たまたま昨日が、不規則にとれる休みになったので、ちょうどいい具合に、後楽園でボクシンングをしていないかと調べたら、ボクシングの日だったので、当日券で入ったのだ。

多少調べたのだが、どういう試合なのかといった詳細は、あまりサイトには出ていなかった。
初めてなので、後楽園ホールに入るということとボクサーの現在の姿を見ることに関心があったから、試合の組み合わせは特に気にしていなかった。

ようやくJBC(日本ボクシングコミッション)のpdfから、11の試合があること、うち三つはC級トーナメント、うち二つは東日本新人王戦であることがわかった。

後楽園ホールについては、いろいろな人のブログを参考にした。そこにある写真どおりの実物を、現場で見ることができてよかった。

階段には、ホールのある5階まで、黒い壁に、ぎっしりと選手たちの落書きが書いてある。そうでないものもあったが、これは不謹慎というものだろう。

売店、喫煙所、かつてのボクサーたちの記念品などの展示ケース、ベルトを巻いた歴代チャンピオンの記念写真などを、じかに見ることができた。トイレも喫煙所もきれいだった。

リングサイドは売り切れだった。初めてだったので、南側(リングを正面に見る)A席の一番前を買った。オレンジ色の映画館のような座席である。6000円だ。
開場17:30で、試合開始は18:00、その後、予定では、次から次へと休むことなく試合がおこなわれ、21;37に終了とあった。

実際には、初めの試合は18:00~18:15で、第二試合は18:19~18:34、・・・以下同様だ。
C級トーナメントは4R(4ラウンド)までなので、3分×4R=12分、間に1分ずつ入るから15分だ。
入場・退場を含め、実にタイトなスケジュールになっている。
ただ、実際には早いほうの試合にKOもあったので、予定よりは10数分早く進んでいった。

なかに二つ、片方の選手がデビュー戦という試合があった。
1R終わったところで、それぞれの選手の戦歴が知らされる。デビュー戦の相手は、まだプロボクサーになって1年も経っていない者や、戦績が2試合などという者もいて、力としては近いのだろう。デビュー戦のふたりが、それぞれ勝ったことは興味深い。

試合が後になるにつれ、多少経験豊富な選手が出てくる。これは見ていてわかる。
ディフェンスがうまいのだ。負けたことがあっても、経験年数が3年4年となれば、攻撃のみならず、防御もうまくなるのだろう。パンチが飛んできても、幕之内一歩のように、ひょいひょいよけるのだ。

ありがたかった、と言っては失礼だが、KO(ノックアウト)の試合が二つあった。
ひとつが、右ひざをリングにがくっと落とした。もうひとつは、まさにダウンで、リングにひっくり返った。
後者のほうは、すぐにジャッジが両腕を左右に交差させ、試合終了となった。
担架が運ばれてきたが、アニメのようなものではなく、オレンジ色のプラスチック製の簡易なものだった。だが、しばらくして起き上がり、歩いて出て行った。
選手やセコンドに叱られそうだが、KOを知ってしまうと、判定というのは、選手にとっては大事であっても、見る側としてはあまりおもしろいものではない。

選手入場のときは、例の大音響の景気よい音楽が流れる。両選手や審判を案内するときの司会の声も、マイクの音がよく通る。あれでカラオケを歌ったら気分いいだろう。
映画好きの目から見て、音より驚いたのは照明だ。天井には、数々の照明器具が設置されている。

早めに席について、きょろきょろしていたが、その照明を全部つけているわけではない。
試合開始になると、客席の上はそのままだが、リング上は実に明るくなる。むしろ輝いているといっていいくらいだ。
やけに明るく見えると思ったら、天井の照明器具が、あちこちの角度からリングを照らしているからだとわかった。影をつくらないようにしているのだろう。手術のときの円盤についている照明と同じことだ。

それぞれ試合が始まると、場内はわりとにぎやかになる。
特に、デビュー戦の選手のときは、家族・親族・友人・知人が来ているのだろう。女も子供も絶叫したり、名前コールを繰り返したりしていた。不思議なことに、その試合が終わると帰ってしまうのだ。

ボクシングの醍醐味は、「入った」瞬間であろう。その選手の応援団は、わーっと盛り上がる。
パンチの音も違う。ふつうに当てているときと違い、「入った」ときの音は、ボンというような印象だ。目の見えない人でも、「入った」かどうかはわかるであろう。

ちょっとでも当たると、味方陣営は、わーっと騒ぐが、音がボンでないし、実際、相手選手に効いていない。
ただこれは、ボディや頬の場合で、それ以外の部位のときは、「入って」も、音さえしないのかも知れない。

きのうは、ドームでは「巨人-中日」戦があったようだ。
帰りの道は、野球ファンといっしょになり、ラッシュアワーのような混雑のなか、ようやく水道橋駅にたどりついた。

写真を撮ろうと思ったが、初めてだったので、カメラは持っていかなかった。フラッシュ撮影と動画以外は、撮ってよいようだ。上の立ち見席では、三脚にカメラをつけて撮影していた。これは許可をもらった人たちで腕章をつけており、各ジムのスタッフだろうと思われる。

ホール内には、これからの試合のポスターなどが貼ってあった。
次は、これぞという試合を見つけて、観戦に行こうと思う。

2016年6月 4日 (土)

「ヘイトスピーチに関する法律」 (平成28年6月4日・記)

正式名称、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」は、案として、5月13日に、「先に」参議院で投票がおこなわれ、次のような結果になり、賛成多数で成立した。(http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/vote/190/190-0513-v014.htm

投票総数 228   賛成票 221   反対票 7

参議院242議席のうち、14票は白票だったことになる。

自民党はほとんど、公明・共産・おおさか維新は全員が賛成、白票は自民党その他に散らばっている。

参議院で審議されていた法案は、そのまま本会議採決まで運ばれた。
この後、直ちに衆議院に回され、5月24日に本会議で採決され、賛成多数により成立し、6月3日に公布され、「公布と同時に施行」された。

ある意味、大変あわただしく、でたとこ勝負のような勢いと経緯で成立したのである。

この法案は、参議院での結果からわかるとおり、左右双方が賛成していると同時に、左右双方が反対している不思議な法律である。
それが証拠に、成立以後一週間が経つというのに、法律についての批判の声は、左右どちらにおいても大きくない。

その略称さえ、一定のものがない。
ここでは無難に、「ヘイトスピーチに関する法律」という、間の抜けた言い方にした。

あえて言えば、「ヘイトスピーチ規制法」という呼称がまだ多いほうかな、と思うくらいだ。
ただこれでさえ、サヨク側からは、罰条もなく、規制法というにはその内容が不充分だという声があり、保守側には、内容に片手落ちの部分があり、法案自体が急いでつくられた経緯もあり、「横に見る」くらいの存在感しかなく、一般的に罰条のない法律を規制法と呼ぶにはためらいがあるようだ。

まさに、こうした「とまどい」や「躊躇」が、全会一致に近い賛成を得ながら、日本のこころを大切にする党の三名全員が反対、社民党も吉田忠智は白票であるが、事実上三名全員が反対という結果に反映されている。

2014年8月の自由権規約委員会において、日本は「日本の第6回定期報告に関する最終見解」として、ヘイトスピーチ及び人種差別に対応することを申し合わせた。(→http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000054774.pdf)

同時に、同年9月、人種差別撤廃委員会において、「日本の第7回・第8回・第9回定期報告に関する最終見解」として、ヘイトスピーチ及びヘイトクライムに対応することを申し合わせた。(→http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000060749.pdf)

これら国際的な動きや勧告にしたがって、かなり急いでつくられたのが、このたびの「ヘイトスピーチに関する法律」である。

この、自由権規約委員会と人種差別撤廃委員会の勧告は、ヘイトスピーチだけにとどまらない。ご覧いただけばおわかりのとおり、死刑廃止などを含め、日本の伝統や歴史の流れに背くものばかりで、今後すべてこの勧告通りにした場合、日本という国家のアイデンティティは、国連によって骨抜きにされる可能性がある。

われわれがそこまで気が付くのだから、国会議員も立場こそ違え、これについてはみな承知しているところだろう。

自民党側が急いだのは、「取り急ぎ」つくることで、国連からの批判をかわす狙いがあったのは明らかだ。
国際社会において、安倍首相の熱心で誠実な外交は一定の評価を受けており、将来の常任理事国入りのためにも、国際社会全体の印象を良く保っておく必要がある。

民進党・共産党など野党売国奴側は、もともとこんな法律さえなかったのだから、とにかく成立することは願ったりかなったりだった。それでも、真の狙いは、この法律を自分たちの勢力拡大のツールにし、何かにつけ、水戸黄門が印籠を示すような効果を予定しているのだろう。

この法律をツールにした野党の勢力拡大方針を、同じサヨク側として糾弾してきたのが中核派や革マル派などの過激派であり、福島みずほや山本太郎が、白票どころか反対票を入れたのも納得できる。

この法律には前文が置かれている。(→http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/190/meisai/m19007190006.htm


 我が国においては、近年、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、適法に居住するその出身者又はその子孫を、我が国の地域社会から排除することを煽(せん)動する不当な差別的言動が行われ、その出身者又はその子孫が多大な苦痛を強いられるとともに、当該地域社会に深刻な亀裂を生じさせている。
 もとより、このような不当な差別的言動はあってはならず、こうした事態をこのまま看過することは、国際社会において我が国の占める地位に照らしても、ふさわしいものではない。
 ここに、このような不当な差別的言動は許されないことを宣言するとともに、更なる人権教育と人権啓発などを通じて、国民に周知を図り、その理解と協力を得つつ、不当な差別的言動の解消に向けた取組を推進すべく、この法律を制定する。

このうち、「国際社会において我が国の占める地位に照らしても、・・・」のくだりは必須だったろう。

これに続き、総則が置かれ定義、基本理念が書かれる。


 この法律において「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」とは、専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの(以下1において「本邦外出身者」という。)に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然とその生命、身体、自由、名誉又は財産に危害を加える旨を告知するなど、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動をいう。

この定義は漠然としているが、初めから罰条を設けるつもりがなかったとすれば、受信契約を定めた放送法64条と同様、努力義務の法律なのであって、包括的な定義でいいと判断したのだろう。

前文と定義を比較する限り、国連へのアピールという点では、本文より前文のほうに重きがあるような印象であり、実際、それが本当のところだろう。

罰条がないだけに、サヨク弁護士が主張する「違反」や「禁止」という言葉がないのは当然だが、
マイノリティの味方を自認する連中は、不当な差別的言動の対象に、「本邦外出身者」や「適法に居住するその出身者又はその子孫・・・」というしばりがあることに、最も不満なのだ。

すなわち、「アイヌ民族、琉球・沖縄の人々、また被差別部落といった国内のマイノリティに対してヘイトスピーチをしても適用対象外とされることも大きな問題」である、という。
この件については、日本国民の民度が熟してきており、かつてほどの差別は少なくなりつつあり、これらをいつまでも差別対象にカテゴライズしておくのは、これこそ連中の商売と売名、ひいては売国政党の勢力拡大のためにほかならない。

結果的に、この法律の成立意図は、国際社会への応答であると同時に、より根本的なところにあると思われる。

1.
対シナの動向に対し、防衛上、日米韓は、根本のところでは、協力体制になくてはならない。昨年暮れの日韓合意もそのひとつである。

2.
民進党・共産党の連中が飛びついて賛成するだろう唯一の法案を、与党が先取りして成立させることで、政権側の意向を反映させながら、同時に、野党のガス抜きを狙った。
野党は緊迫感を削(そ)がれたのだ。同日選にしなかったことも、結果的に、落選が危ぶまれる野党衆議院議員にとって救いとなった。

1.については、読んで字のごとく、である。

2.については、安倍内閣として、歩み寄れるものはギリギリまで歩み寄って、安倍政権は実は、ものわかりのよい内閣であり、話せばわかる内閣であることのアピールにもなる。

これは例えば、SEALDs を応援していた、人権屋弁護士・伊藤和子が主催するNPO法人ヒューマンライツ・ナウが、意志に反して女性をアダルトビデオへ出演させることについて、女性への人権侵害として、政府が実態の把握につとめるという答弁書を閣議決定したのも、こうした一環であると見る。
女性の社会進出や地位向上をかかげる安倍内閣としては、聞く耳をもっているのですよ、ということだ。

これは、伊藤がそうであるように、政府批判を繰り返す有権者も、やはり半分は女性であり、何かというと、女性・子供・障害者を全面に立てる共産党支持者への懐柔、あるいは緊迫感の削ぎ落としという効果を狙ってのことでもあるだろう。

安倍内閣の最大の懸案は、憲法改正にある。
抵抗勢力を片っ端から批判する一方で、歩み寄れるところは歩み寄ることで、支持基盤を広げ盤石なものにしたいのだ。
われわれもその懸案に向けて協力したい。

あまり、歩み寄り過ぎれば、本末転倒になるおそれもある。国民がしかと、与野党と政権を監視していく必要がある。

ともかくも、「ヘイトスピーチに関する法律」が出来上がったことは事実だ。
特定秘密保護法の成立、マイナンバー制度の確立など、民主党が自分たちの都合のよいように立法化しようとした法案は、これを受けるかたちで、しかるべき分野ごとに独立して成立した。

安倍首相は、戦後にきちんと区切りをつけて、国際社会での日本の未来を模索している。
そのプロセスに、「ヘイトスピーチに関する法律」を位置付ければいいことだと思う。

3mgkdaq2

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