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2016年2月11日 (木)

映画 『鍵』

監督;市川崑、原作:谷崎潤一郎、脚本:和田夏十、長谷部慶治、市川崑、音楽:芥川也寸志、主演:京マチ子、仲代達矢、中村鴈治郎、1959年(昭和34年)、110分、カラー。

脚本の和田夏十(わだ・なっと)は、市川崑の妻である。

古い日本の映画だがカラー作品。大好きな映画のひとつ。ようやく今日、手に入れることができた。
京都が舞台で、市電の停留所名に天王町と見える。

耽美派と言われた谷崎潤一郎の小説『鍵』をもとにしてつくられている。
原作を読んでいる映画はあまりないのだが、原作の雰囲気をうまい具合に掴み、再現している。原作では、郁子(京マチ子)、夫の剣持(中村鴈治郎)、娘・敏子(叶順子)、敏子の婚約者で医師の木村(仲代達矢)の四人であるが、映画には主な登場人物に、婆やのはな(北林谷栄)が加わっている。

また、原作では、性欲や心理にのみ焦点を当てて書かれており、剣持の職業などにはほとんど触れられていない。鍵の意味も、原作では、夫の日記がしまわれている引き出しの鍵だが、映画では、剣持が倒れたあと郁子と木村が逢引するため郁子が木村に渡す家の入口の鍵になっている。

原作は日記体で、夫の記述がカタカナ、妻・郁子の記述がひらがなで、元日の夫の日記からそれぞれ書き始められ、夫は妻に、妻は夫に、それぞれ読んでいることをわからないように読んで、元に戻しておいてくれることを要求し、それぞれそのとおりにしている。

夫は高齢期に入り、自分より若い妻との性生活の自信を取り戻すため、かかりつけの医師である木村を何かといっては郁子に近づけることで、自らの嫉妬心を煽り立て、しばらくは円満な夫婦生活が送られる。木村はそもそも敏子の婚約者であるが、木村は一人前の開業医になるために剣持を利用し、剣持は深夜ポラロイドで撮った妻の卑猥な肢体の写真を木村に現像させてさらに自分の性欲を亢進させ、郁子は夜の床への不満を木村との密会で満足させる。敏子は利用されるばかりであり、そういう父親を恨み母親を妬むが、木村には内心好意を抱いている。

谷崎文学の耽美の世界を、メイク、せりふ、カメラ、間、演出でみごとに描ききった名作だ。全体に演技とカメラ撮りに、灰汁(あく)の強い演出が施されていて、原作を見ていなくても、それにふさわしい映像表現となっている。官能の世界を描くが、京マチ子の乳房を映すわけでもなく、閨房の秘事が撮られるわけでもない。それでもなお、官能的な映画なのである。

娘の婚約者役の仲代達矢のうすら白いメイクと薄気味悪い演技、京マチ子の眉を吊り上げた能面のようなメイクと白い肌、婆や役の北林谷栄のとぼけた話し方と鼻のメークなどが、滑稽味をもつせりふやいろいろなメタファーと相まって、日常に材をとりながら非日常的ともいえる、おどけたような官能世界を非常にうまく造り出している。

風呂で倒れた妻の美しい肢体から立ち上る湯気、その女体を夫と娘の婚約者がベッドに運ぶという奇異なようす、電気スタンドで明るく照らした妻の裸体をポラロイドカメラで撮る夫の淫靡な楽しみ、用が済んだら木村の鼻先で玄関の扉を閉める剣持…言い出したらキリがないほど、ワンシーンごとに映像の遊び心も伝わってくる。京都ことばのせりふやイントネーションも効果的だ。

ラブシーンや直接的会話でなく、婉曲な会話のやりとりと演出、間合いの取り方やカメラのフレームや引きなど、最低限の気の利いたせりふと映像と編集のくふうによって、充分に、登場人物の滑稽なやりとり、男女の欲望やエロティシズム、サスペンス感あふれる心理の動き、などをあらわすことに成功した秀作だ。

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