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2016年1月18日 (月)

日本は難民を受け入れない薄情な国である? (2016年1月18日)

<日本の難民1>「イモトに元気づけられた」 難民認定まで「7年」コンゴ人男性の苦悩(弁護士ドットコム) - Yahoo!ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160118-00004178-bengocom-soci 弁護士ドットコム 1月18日(月)10時30分配信

サヨク弁護士の集団で構成される弁護士ドットコムが、仲間のサヨク弁護士・神原元の弁護により、ようやく7年ぶりに難民認定されたコンゴ人の元教師について取り上げた記事だ。(以下、一部抜粋転載▼~▲)

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●政治的迫害を受けたコンゴ人男性

昨年8月、注目すべき判決があった。あるコンゴ人男性が「難民不認定」の処分取り消しを求めていた裁判で、東京地裁は男性の言い分を認めて、国に難民認定を義務付ける判決を下したのだ。男性の代理人をつとめた神原元弁護士によると、このような判決が出ることは「非常にめずらしい」という。だが、男性が最初に難民申請してから7年という歳月が経っていた。

この男性の名前は、マッサンバ・マンガラさん。1975年にコンゴ民主共和国に生まれた。判決文によると、2002年に中学の教師になったマッサンバさんは、コンゴ政府と対立する地域政党「BDK」に入党。反政府活動で、2005年に逮捕・拘束された。その後のデモ行進で指導的な役割を果たし、2008年に検察当局から出頭命令を受けるなどして、身の危険を感じため、同年10月に日本に逃れてきたという。

マッサンバさんによると、日本にやって来た理由は「大使館でその日に入国ビザがとれたからだ」という。来日後、すぐに難民申請の手続きをおこなったが、2010年に「不認定処分」となった。さらに、異議申し立てをおこなったが、2012年に却下されたことから、2013年に裁判を起こした。

日本が加入している難民条約によると、難民は「人種、宗教、国籍、政治的意見やまたは特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受ける恐れがあるために他国に逃れた」人とされている。

国連のレポートなどによると、BDKとコンゴ政府は死者を出すほどの衝突を繰り返しており、マッサンバさんが来日した2008年には、コンゴ政府がBDK支持者に対して、銃器を利用した迫害をおこなったとされる。神原弁護士は「同じくBDK党員だったマッサンバさんの父親は、治安当局から頭を殴られたのが原因で亡くなっている。マッサンバさんはまぎれもない正真正銘の難民だった」と話す。

どうして法務省は「不認定」としたのだろうか。法務省に取材したところ、「個別のケースについては答えられない」という回答だった。判決文などによると、国は、マッサンバさんの供述や証拠を信用できないと主張していた。一方、東京地裁はマッサンバさんの供述や証拠について「全体として信用するに足る」「真正な成立が認められる」という判断を下した。

(中略)

マッサンバさんの来日以降、彼の生活や裁判を支援してきた市民団体「カラバオの会」(横浜市)の渡辺英俊さんは「彼は寡黙だけど、いつもにこやかで明るい印象がある。礼儀正しく、紳士的に人と接して、支援者たちの信頼を得てきた。付き合えば付き合うほど、彼は正直な人間だと感じるようになった」と話す。

難民申請が認められなかったマッサンバさんは「仮放免」となった。仮放免とは、強制送還または入管施設収容の対象であるが、一時的に拘束から免れていることを意味する。一応、日本にとどまることはできるが、就労のほかにも行動範囲が制限される不安定な立場だ。

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外出できず部屋に引きこもるような生活、難民認定をおこなう職員が足りない?、「仕事を通して人から認められたい」、とう小見出しで、記事が続けられている。

サヨクは、欧州における事態をよいことに、これをきっかけに難民受け入れを加速させようと画策している。
多少のことでビクともしない政権にこうしたことを言ったところで、時間の無駄なのだが、政権批判しか能のないサヨクや野党にとって、批判材料がなくなってくれば、同調する歴史音痴の外国人といっしょになって、わいわい騒ぎだすことであろう。

難民認定までの速度が遅いのは、職員が足りないといった人員の問題ではない。
政府が、従来の方針を、あえて変更させようと動かないのも、それなりに理由があってのことだ。難民を許可するについては、それだけ慎重にコトを進めているという証拠である。

いつも、こうした事例で、まず直観的に感じることは、なぜ日本なのか、ということなのだ。
世界のなかでは人権先進国であり、難民と認定されれば、この平和な国で、平和に暮らすことができるから、と考えるのだろう。表向きの理由は何とでも言える。
サヨクの言うように、日本が人権後進国であったら、難民は申請にやって来ないはずだ。

コンゴという国で何がなされているか、その気になれば情報を得ることができる。
是非は別とし、この人物は、カビラ大統領の圧政に対し、反政府デモの先頭に立ち、あと少しのところで、逮捕され拷問を受けていたかも知れないという。そこで、命からがら日本に逃げてきたのだ。

仮に革命の志士を自認するのであれば、投獄されるのは予期できたはずであり、それがいやだから命だけでも、と考えて難民となる。
小林多喜二は拷問を受けて殺されたとされるが、そうなることを予期してそのとおりに投獄され、時代の与えた運命にしたがった。思想信念を通すというのは、死をも覚悟してのことだとすれば、まだ多喜二のほうが潔い。

ある国の反政府分子を難民と認定すれば、時の政府はその相手国との間に、不安定な関係を生じさせてしまう。
チベットの僧侶が中国に抵抗する証しとして、焼身自殺をする姿は、まことに痛々しく慚愧に絶えないが、しかし、一身をもって自らの意志を通すという点で勇壮であり、だからこそ周囲の共感を呼ぶのであろう。

父を殺され、目をつけられていたからには、コンゴ政府同様、入管がこの人物についても調べることは多い。日本で難民認定された途端、さまざまな募金が始まり、日本国内で、コンゴ反政府デモを仕切られたのではたまったものではない。それをサヨクが利用するのは火を見るより明らかだ。
法務省入国管理局は、しかるべき充分な調査をしているというだけの話だ。

国益を考えるということは、国の利益を図ることであり、裏を返せば、国の損失を最小限に抑える、ということでもある。損失や被害を、みずから進んで作り出すのは、国益に反する行為だ。

日本は難民に対し、すこぶる薄情な国である、というのは、難民を題材とした単なるサヨク思考の賜物である。
難民受け入れに積極的なのは、そろいもそろって、サヨク弁護士であり、サヨク教授であり、サヨク系のNGOであるというのは、偶然ではない。

おそらく、本来、難民なるものは、受け入れ国の国民が、その事情を理解したうえで、みなが手を広げ、ようこそ日本へ、と心から歓迎するといったたぐいのものだろう。

事情はどうあれ、現地国で反政府デモを率いていた人物はもちろん、言語も生活習慣も全く異なる民族を、そうやすやすと受け入れるほど、日本人も日本国政府も寛容ではない。
国家というのは、それぐらいの堅固な意志で成り立っている。
難民によって荒らされた国は、国家としての堅固な意志をもっていなかった、と言われてもしかたない。

国民の意志に耳を貸さず、難民をやすやすと受け入れた国々が、いまどういった状況にあるか。サヨクは自分らに都合の悪い話には一切触れない。事態を謙虚に見つめていくという器量は、初めからない。

つまり、難民を受け入れない国家という題材で、安倍政権を批判したいだけなのだ。
そして、仮にもし受け入れて国内が混乱したら、それも安倍政権の批判材料にするに決まっている。

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