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2015年11月16日 (月)

映画 『女系家族』 (2015年11月16日)

監督:三隅研次、原作:山崎豊子、脚本:依田義賢(よだ よしかた)、撮影:宮川一夫、音楽:斎藤一郎、主演:京マチ子、若尾文子、1963年、111分、カラー。

大阪・船場の問屋の当主が死ぬが、当主には娘が三人おり、女系(にょけい)家族のなかで、三人に加え、長年仕えてきた使用人までもが、膨大な遺産相続に加わり、ぶんどり合戦が始まる。
そこに当主の隠し女が登場し、娘たちは遺言相続と、この女への対処とで大混乱となる。

欲にかられた人間の醜さや駆け引き、さらに男女の情を掛け合わせた痛快な娯楽作品。

矢島家の三人の娘は、出戻りの長女・藤代(京マチ子)、養子をもらい、当主のもとで家業を継いできた次女・千寿(鳳八千代)、まだ学生気分の三女・雛子(高田美和)で、藤代は舞踊の師匠である梅村芳三郎(田宮二郎)に何かと相談し、やがて懇(ねんご)ろな関係になる。雛子はまだ若いという理由から、叔母である芳子(浪花千栄子)が相談相手につく。

矢島家の大番頭は宇市(中村鴈治郎)であり、当主は遺言状をこの宇市に預けていたため、自動的に宇市が遺言執行人となり財産目録も作る役目になるが、長い間の奉公に対し自分には何の配慮もないことがわかると、いろいろ悪知恵をはたらかせ、自分もおこぼれにあずかろうと企む。君枝(北林谷栄)という愛人がいる。

当主の愛人・浜田文乃(若尾文子)は、一見欲もなく仰山なことはしてもらわなくていいと言いながら、ラストでいわばどんでん返しを矢島家の面々に食らわす。

いかにも山崎豊子らしく、物欲・色欲の権化と化した人間が入り乱れる。そのストーリーが脚本となり小気味よい展開がつづく。

この映画は脚本と撮影演出の勝利だろう。もちろん、このころが最高に美しい京マチ子と若尾文子を配し、和服や骨董、家屋など、すべてに和の味わいばかりを映し出し、ストーリー同様、観ていて充分楽しめる。

文乃が初めて本宅である矢島家を訪れたときの芳子との対決や、文乃が懐胎していると知り、千寿が依頼した医師が文乃の家で診察するシーンなど、きれいな女たちがきれいな衣装を身に着けながら、ほとんどホラー映画のようでえげつない。

ストーリーはわかりやすいだけに、映画だからできることとして、ちょっとしたしぐさやカメラワークによって、そのシーンがきちんとシーンとしての意味をもってくる。ベテランの監督、カメラならではだろう。

すったもんだしたあと、三人の娘は京都に小旅行に出る。それまで争ってきた三人が、ごく普通の姉妹として言葉を交わし合う。このシーンは、いわば嵐の前の静けさとなるが、この場面転換を入れたため、ラストへ向けての流れが一挙に締まった。

タイトルロールでは、画面の半分より下にスタッフ・キャスト名が出るが、上半分は金魚鉢のなかの金魚である。三人の娘を象徴しているかのようだ。

ラストは藤代が父親の墓参りに歩くシーンだ。

この映画が120分を切っているとは驚きだ。それほどに、凝縮されたおもしろさをもつ映画なのだ。

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