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2015年10月

2015年10月24日 (土)

アカ教師のしていること (2015年10月24日)

宮城県にある県立・柴田農林高校で、今月(10月末)の文化祭「柴農祭」に使うとして、こんなアンケートが全校生徒に配られた。
宮城県柴田農林高校 http://sibano.myswan.ne.jp/ 
(〒989-1233 宮城県柴田郡大河原町字上川原7-2、TEL:0224-53-1049、FAX:0224-53-1050、E-Mail:chief@sibano.myswan.ne.jp
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部活動の一環として、文化部のひとつである「社会科学部」が実施するアンケートであり、この結果を、文化祭で発表するとのことだ。
通常、全校生徒へのアンケートは、たとえ部活動で使うものだとしても、それならばこそ、その部活の顧問や学校側が許可して初めて、実施できることだ。
これを見ると、安保法案に()をつけて(戦争法案)とあり、質問の仕方や順序にも、偏向的な意図を感じざるを得ない。
この高校の所在地・大河原町には、「大河原九条の会」があり、昨年、正門前で、次の資料を配って歩いていたという。
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表紙に見える東大教授・小森陽一は、全国「九条の会」事務局長であり、両親ともども共産党員で、自らマルクス主義者と名乗り、「赤旗」にもたびたび登場する人物である。
宮城県母親大会連絡会は、昨年12月の衆院選前、同じように、これら県立高校の正門前で、赤紙に模したチラシを配り、集団的自衛権に反対した。
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宮城県母親大会連絡会は、日本共産党宮城県会議員団の下部組織である。
この高校はおそらく、共産党に侵されているに違いない。
断定はできないが、かなり組合が強いのではないか。
校門前で配るチラシも、時期や時間・場所など、事前に共産党から連絡があり、初めから了承しているようなフシもある。
以上は、ある県立高校の例である。
これに似たような学校が、まだまだ日本中に多いという認識をもっておく必要がある。
<追記>
私のツイートが、保守速報に取り上げられました。ぜひお読みください。⇒【宮城県】県立・柴田農林高校「安保法案は戦争法案だ!」アンケート調査結果を文化祭に使うとして生徒に思想調査 - 保守速報 http://hosyusokuhou.jp/archives/45799930.html (2015年10月24日22:20)

<追記>(平成27年10月29日(木)12:05)
宮城県柴田農林高校の偏向アンケートについて、けさ、校長から、全生徒に向け、アンケート結果については、公表しない旨の通達が出された、とのことです。保守速報はじめ、そこからの皆様方の拡散・電凸・ファックス・メールなどが功を奏したようです。ありがとうございます。

<追記>(平成27年11月6日(金)22:10)
その後、11月5日(木)、宮城県・柴田農林高校・偏向アンケート問題で、学校側が謝罪しました。
安保アンケートで学校側が謝罪 - NHK 東北 NEWS WEB (11月5日)
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2015年10月17日 (土)

難関大の文系学部は、英語と現代文が、合否を左右する!

☆難関大の文系学部は、英語と現代文が、合否を左右する!☆



<入試一般について>

◆国立大学は、理系・文系にかかわらず、数学が相当できないと合格は難しい。
◆難関私大は、理系・文系にかかわらず、英語が相当できないと合格は難しい。
◆難関国立私立文系は、国語、特に現代文が相当できないと合格は難しい。
◆以上に言う「できる」とは、その科目の好き嫌いにかかわらず、「得点できる」という意味である。
◆難関大学制覇のための受験勉強は、緻密な作業と労働であり、持続的な職人芸に近い。つまり、ことの是非は別として、勉学に関し、緻密さと持続性が要求される。



<英語・国語の長文読解問題の特徴>

◆国立大学と私立大学とでは、問題文・作問の形式に、顕著な差異がある。
◆国立大学と私立大学とでは、問題文の内容とレベルに、顕著な差異はない。
◆問題と選択肢の文章は程度が高いが、それだけに悪質な問いはなく、良心的な問いが多い。
◆解答への要求水準は高いが、緻密に積み上げた経験的努力によって太刀打ちできないことはない。
◆選択肢の文が長い場合も多い。根気と処理能力が要求される。



<英語で高得点をとるための心がけ>

※これは受験直前までに実行しなければならないカリキュラムである。
◆5文型・関係代名詞・to不定詞に精通する。
◆文の要素として、名詞(単語・句・節)、形容詞(単語・句・節)、副詞(単語・句・節)とそのかかりぐあいに注目する。
◆文中にある単語のアクセントの位置、派生語は、その場で調べ、覚える。
◆単語・英文は音読する。
◆接頭語・接尾語を征服し、見知らぬ単語に出くわしたときの対策にする。
◆接続詞・前置詞は長文読解の助っ人となる。
◆どういう立場で書かれた文章か見抜くため、キーワード・キーセンテンスをチェックしつつ、大意をつかもうとしながら読む。文章のメリハリをつかむ。
◆英語の歌・音楽・雑誌に親しむ。英字新聞は不要。



<選択式問題の特徴>

記号式4択または5択が多い。記号選択式問いは、最後には二者択一となる。その二者が、どちらも正解のように見え、どちらも誤りのように見える。

問いになっている傍線部の前後をよく読み返す。
それでも判断できなければ、本文全体の趣旨に立ち返る。
選択肢文中の語や表現のなかに、手がかりとなるものを見つけ、やむを得なければ消去法でも一つに絞っていく。

あまり考えすぎると、かえって戸惑うことになる場合も多いので、明らかに誤っている選択肢以外の選択肢を、上記のとおりにやり直してみる。



<論理的文章に対する慣れ>

論理的文章であれ、小説・エッセイであれ、受験生にしてみれば、学校の授業や宿題・課題、予備校のテキストで訓練してきた以上の内容が出題される。
その点では受験生全体に平等であるが、やはり難題となる出題が多い。
受験対策というより、以下のような条件を満たす受験生には、やや有利かも知れない。

*論理的文章を読みなれており、各段落を一気に読み、論旨の展開を追うことができ、筆者の意図や立場を、読みながらにしてうすうす把握していくことができる。
*論理的文章であれ、小説であれ、文章というものにアレルギーがなく、また、偏見なく読むことができる。
*小説に関しては、時代にかかわらず、純文学も読んでいた。



<できる対策>

◇常日頃、活字に接し、文章や、文章による表現というものに、アレルギーをもたないようにしておく。
◇どうで難しいに決まっている、だから自分には太刀打ちできないだろう、といった先入観やあきらめをもたない。
◇論理的文章では、論旨のメリハリをつかむ。
◇小説・エッセイでも、「論理的に読む」習慣をつける。
◇選択式問題では、ひとつの回答にいたるまでに勇気がいる。しかし、正解の選択肢には、それが正解であるという根拠(理由)がある。



<学習上の心構え>

☆どんな単語、問題文、長い文章が出てこようが、平然としていられる度胸をつける。
☆勉強にかかわる羞恥心を捨てる。
☆勉強と勉強の合間を、12時間以上空けない。
☆偏差値の近い者同士では、誠実に勉強している浪人生のほうが実力がある。
☆入試に不合格は付きものである。落ちるかもしれない、という不安から逃げずに、これを受け留めて進む。




2015年10月11日 (日)

高山祭~あらためて気付くことなど

5月に訪れたときと違うのは、当然ながら、高山祭を見に来た観光客が多かったということだ。

5月のときも、中国人観光客が多かったが、今回はそれに加え、アメリカ人・フランス人が多かった。さらに、最近池袋などでも聞く言語を話す、顔つきからして東南アジアからの観光客も、多く見かけた。

ここからそこへと急いで動くツアーの一部に、高山祭が組み込まれているのだろう。ポイントだけ見て、土産を買って去っていくといった感じだ。
古い街並みを楽しんだり、川辺を散策するのは、一部の人々だけであった。

行楽シーズンのせいか、行きは平日の昼間にもかかわらず、金沢行きの新幹線は満席で、本数の少ない単線の高山本線は、もちろん満席である。

帰りの線には、フランス人がいるなかに、アメリカ人の団体が乗車した。日本人のほうが少ないのだ。思うに、北陸はじめ本州からの客は、バスや自家用車で来ている人も多いのかも知れない。

アメリカ人の団体は、老若男女とりまぜて20人くらいいた。発車早々、真後ろの若い男のアメリカ人(身長は高いが、まだ、ガキ)が、イヤホンもせず音楽を聞き始めた。決して小さな音ではない。配慮するといった風ではない。隣の日本人の年寄りも眉を顰めていたが、我慢しているのがわかる。

一曲まで我慢してそれ以上になったらひと言言おうと思ったが、なぜか一曲だけで終えた。
注意するにも、立ち上がって後ろを向き、柔らかにExcuse me.と言うだけで通じるはずだったが、それもせずに済んでよかった。
仮に、ガタガタ言ったら、もちろん英語で言い返す用意はあった。ここは日本だから、日本語でもいいのだ。

高山にはコンビニが、駅前と奥にファミリーマート、奥の通りにセブンイレブンがあるだけだ。
小腹が空いたときのためにと、おやつと新聞を買った。
せっかくなので、地元紙がいいと思い、二日とも岐阜新聞を買った。

記事の載せ方、社説、地方版など、謙虚な姿勢で書かれており、読者を扇動するような書き方や記事はなかった。

ちょうど、改造内閣が成立したときだった。
今後の政府の方針に対し、経済優先であってほしい旨の社説であり、安倍首相の政局運営に対し、今後の注意点と期待を述べていた。

高山・飛騨地方は、岐阜新聞からすれば地方版になる。
そこでは、地域のニュースを丁寧に取り上げており、好感がもてた。

高山には地上波が六つある。NHK以外にテレビ朝日系列もあった。
久しぶりに、テレビというものを見た。

内容も取り上げるほどのことでもないものだが、その上さらに、どの特番にも共通しているのは、必ず隅に、スタジオにいるゲストタレントの顔が、次々に映る点だ。VTRに大変そうなことが起きれば、大変そうな顔をこしらえ、悲しい出来事が起きれば、悲しそうに顔を歪める。

バカじゃないかと思うが、タレントは職業だからしかたない。指図どおりにせざるを得ない。問題はこれを見ている視聴者だ。
こういう方法で作られた画面を、多くの視聴者は、煎餅を食べながらずーーーっと見続けているのだろう。そう思うと、政治がどうの、中国がどうのという前に、日本は崩壊してしまうかも知れない、という危惧をいだいた。

古舘の顔も久しぶりに見た。
TPP合意を受けて、ゲストが懸念材料を並べていたが、すでにわれわれに共有されている情報ばかりで新規なものは何もない。その懸念を扇動するのが古舘の役回りである。

NHKでは、ノーベル平和賞を受賞したチュニジアの団体のことが報道されていた。
方や、日本の平和団体が受賞を逸したことについて、その団体の代表たちのコメントを、人は違うが、何度も紹介していた。

NHKという国営の放送局が、緊急の取材だといえばどこでもタクシーをただ乗りできる優遇措置のあるメディアが、中堅幹部ともなれば毎週高級バーに通い、郊外の邸宅まで深夜料金のタクシーで帰るほど身分を保証された報道機関が、平和賞の基準の曖昧さは措くとしても、チュニジアの団体がどうして「今年」の受賞に至ったかについてはざっと説明しただけで、それ以外は、受賞できなかった平和団体の泣き言を何度も流していたのである。

テレビは時間制限のなかで報道する。ならば、チュニジアという国の過去十数年の歩みでも紹介したほうが、よほどありがたく日本の視聴者のためになるのではなかったか。それが公共放送の責任でもあろう。
過去を振り返るという番組製作は、NHKの十八番だったはずだ。

平和団体は被爆者団体でもあったが、いまどき実際の被爆者ひとりびとりが、日本全体の国益を考えてノーベル賞を受賞したい、などと言い出すはずもない。
被爆者個人でなく、被爆者団体なるものが、どういう種類の団体かというのは、多くの日本人の知るところとなっている。

おそらく、ノーベル賞当局も、団体の主張は一考に値するものの、チュニジアの国情に照らせば、平和な国の一部の人が賞ほしさに騒いでいるだけ、と判断したのだろう。
すなわち、彼らは政治がらみで賞をほしがっているだけであり、もっと切実な国家というものは世界中に他にいくらでもあるという判断だ。
実にゲスなる動きで、日本人として恥ずかしい思いがする。

岐阜県は日教組に関しては組織率がゼロで、全県、保守陣営の強い県だ。
高山市は衆議院では岐阜4区であり、金子一義議員が10選を果たしている。

5月に来たときも、平日昼間から国旗が掲げられている小学校もあり、伝統文化や祭事が脈々と受け継がれてきたところは、概して保守王国なのだろう。

だから、カビ臭い、新規なるものが生まれない、時代遅れである、というのは、大いなる誤りだ。
そういう街に、5月のときのように、通りすがりに、「こんにちは!」と声をかけてくる中学生や若いサラリーマンがいる。
私のいる椎名町の長崎神社でも、5月に獅子舞を行なうが、子供たちは、どちらかと言えばいやいややっている。これに対し、高山の子供たちは、それ自体を楽しんでいるかのように、笛を吹き、獅子舞を踊っている。

かじ橋食堂のように、いわば大衆食堂であっても、各テーブルには必ず生花が置いてある。古い街並みや商店だけでなく、各戸で、玄関に水が打たれ、清掃が行き届き、塵ひとつ落ちてない。

これは、伝統を受け継ぐ飛騨高山固有の出来事なのかも知れない。
そうとばかりは言えまい。

政治や主義信条にかかわらず、都会で失われつつあるものが、この小さな地方の街では、都会と無縁かのように、活き活きと、きびきびと、日々新なるものとして、そこにあるのである。

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秋の高山祭

学生時代以来、秋の高山祭に行ってきた。
当時は友人の車で、白川郷などを含め駆け足で巡ったのだが、布袋台のからくり人形だけは、よく覚えていた。

秋の高山祭「八幡祭」は、旧高山城下町北半分の氏神、櫻山八幡宮の例祭だ。
屋台の曳き揃え、曳き廻し、宵祭が見どころだが、曳き廻しの時間は、前回行かなかった城山公園に登った。

城山公園からは、高山市街が一望できる。中橋、戎橋、柳橋、鍛冶橋が並んで見える場所があり、そこに行くのが目的だった。如意が丘という広場から見下ろせる。

高山祭は、少しでも雨の気配があると、平気で中止となる。今年の春の高山祭は、雨天で中止だった。
屋台に和紙などがふんだんに使われており、金めっきなどがほどこされ、人形、彫刻、車など貴重な文化財であり、雨に打たれるのを避けるのだ。

一週間くらい前から天気予報を気にしていたが、予報士がはしゃぐように解説していた台風も東にそれ、8日は東京も高山も快晴であった。

5月と違い、今回は富山経由で高山に入った。北陸新幹線に乗るためだ。
行きは「かがやき」に乗った。2時間15分ほどで富山に着いた。
乗り心地はよかった。通常の指定席でも、前後が広いと感じた。

高山祭は例年、曜日に関係なく、10月9日・10日に行われる。三泊したかったが、10日はどこもとれず、二泊で帰京した。10日は9日とほとんど同じメニューで、宵祭は9日しかやらない。9日だけでも充分とわかった。

ハイライトはやはり、その宵祭だ。山車それぞれに、100個以上の提灯をつけて、古い街並みなどを練り歩く。
山車が通るところには、6時前にすでに、たくさんの人垣ができていた。撮った写真をアルバムにしたが、やはり実物のほうが迫力もあり豪勢だ。

曳き揃えもみごとだった。
朝9時より、八幡宮の前に、一列に屋台が並ぶ。青空の下、屋台の装飾がみごとに映える。
中に狭い階段があって、笛吹き番の子供たちはそこから登っている。男衆の飲む酒も置いてあるのが見えた。
見ていて飽きが来ないものだ。

布袋台だけは、境内に設置されている。
これは、からくり奉納を行なうためだ。この瞬間を見るために、大勢の人が台の正面に端役から居座っている。これはかつて見たし、あまりの混雑ぶりに、パスした。

街中はゆったりと時間が過ぎていた。
宮川は変わらず、滔々と流れ、放流された鯉まで泳いでいる。

赤い中橋から、木製の不動橋まで、何回も往復した。
不動橋は、八幡宮の入口である宮前橋の隣の端だ。不動橋はロマンだ。

いつもの「かじ橋食堂」で、飛騨牛入り朴葉味噌定食を食べた。食事はこの店しか知らないが、ここがいちばん気楽に入れる。
話してみると、婆さんは90歳でおかみさんの祖母の世代、ひ孫の小学生以下三人が店内をうろちょろしている。
それでも、どのテーブルにも、花が置いてある心遣いがうれしい。

和風喫茶「かつて」は、着くなりすぐ寄った。ここは二階もあるが、いつも二階しか行かない。この店に寄ったら、二階を知るべきだ。一階だけで帰るのはもったいない。

夜はライトアップされているので、着いた8日の夜は、中橋や江名子川沿いを歩いた。
8日夜は風が吹いて、多少寒かったが、9日は全日気温が高めで、祭日和となったのは幸運だったと思う。

古い街並み、上三之町に、「小鳥屋」という店がある。おどりや、と読むそうだ。
反物や刺し子糸などを売っている。店員のいる側は畳敷きで、昔ながらの座売りの店だ。

表に『氷菓』のポスターがあったので中に入った。
男にはあまり縁のない品ばかりだったが、『氷菓』関連のグッズも置いてあった。

「氷菓」の話などしていたが、その和装の若い男性店員は、『氷菓』の舞台であり作者の出身校でもある、県立斐太高校の出身とのことだった。

いきなり、これどうぞ、と言って差し出したのが、物語のラストとなる生き雛祭の小さなポスターであった。千反田えると折木奉太郎が描かれている。漫画『氷菓』を描いているタスクオーナ氏の描き下ろしイラストだ。

貴重なものをもらった。
そこに並ぶグッズは、どれも5月にも買ったものばかりだが、またひととおり買ってしまった。

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2015年10月 7日 (水)

今年3月28日からのブログツイートの変化 (2015年10月7日)

今年3月28日以降のブログツイートの変化です。
前回から半年以上経ったのでチェックしてみました。

これらは、2012年12月の保守政権回帰となった衆院選を受けて、その翌年2013年の参院選もこの調子でいってほしいと始めたものです。

ツイート数の多いほうのもの五つを選んでいます
この間、4月に、統一地方選挙がありました。

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平成27年10月7日(水)午後9時41分現在。

数字は、2013年7月31日→8月31日→10月7日→12月7日→2014年3月7日→6月6日→8月12日→11月6日→2015年3月28日→現在のツイート数、です。

『活動家養成段階に入った過激派』<2013年1月6日(日)>
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-cdf9.html
5512→6459→7524→8922→11695→13137→13167→13188→14933ツイート→15223ツイート

『先の戦争に関し、韓国は日本に対し、何の賠償請求権も存在しない』<2013年1月19日(土)>
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-8856.html
9738→11999→12773→16093→17235ツイート→17350ツイート

『国旗国歌法改正案としての提案』<2013年2月16日(土)>
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-b3c3.html
3786→4567→5454→6378→9242→9899→10261→11461→12132ツイート→12494ツイート

『死刑制度は存続させるべし』<2013年3月1日(金)>
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-33fa.html
1634→2959→5436→7810→8761→10802→12028ツイート→12110ツイート

『雨後の筍のように生まれた保守系論客』<2013年9月27日(金)>
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-9a56.html
3963→6006→6701→8747→9609ツイート→9654ツイート

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社民党がもはや国政に影響を与えるようなことはないでしょうが、まだ存在し、一部自治体ではビラ撒きなどで民主党とも協力しているようであり、辺野古移設をめぐって、次の都内の住所とともに、再度、注意を喚起しておきたいと思います。

<千代田区神田駿河台3-2-11、新宿区西早稲田2-3-18、港区新橋2-8-16>

過激派関連のものは、他のものも、コンスタントに伸びています。
『活動家養成段階に入った過激派』は、具体的記述が多いためか、まだ伸びていますが、以前ほどの伸びはありません。安倍政権となり時間も経過し、公安のはたらきを信じるようになってきたからだと推理します。

韓国人の犯罪や不祥事が頻繁に起き、韓国という国家の国際的信用低下もあり、『先の戦争に関し、韓国は日本に対し、何の賠償請求権も存在しない』もコンスタントに伸びています。

『国旗国歌法改正案としての提案』は、この時期も順調に伸びていました。
最近はたまにしかツイートしないのですが、それをきちんと拾って拡散して下さる方がいるということです。
今すぐに実現などしそうもないことですが、私としてはかなり真剣にまとめたものでした。首相官邸や自民党にも、ブログのURLをメールで送ってあります。

日教組対策として、愛国心高揚策として、これはいつの日か、実現させてほしいものです。
本来は、このような法律がなくても、日本人の生活習慣として、国旗掲揚・国歌斉唱があるべきです。しかし相変わらず、日教組や全教、共産党が、国旗・国歌を軽視しており、立法化するのも一案と思っています。不要になれば、法律は廃止することもできます。
憲法改正に絡んでくるので、難しい話ですが、別の法律になってもいいので、きちんと整備させていくべきと考えます。

『死刑制度は存続させるべし』も順調なようです。危険運転致死傷罪が刑法から独立し、外国人や少年による凶悪犯罪が後を絶たないなか、やはり、死刑を量刑に残しておくべきとする考えが強いようです。
少年法廃止に関するブログツイートも伸びていました。

『雨後の筍のように生まれた保守系論客』については、安倍政権も今年暮れで三年となり、ニセモノの保守が横行していることから、誰をどう信じていくかということに、皆さんの関心があるように思います。

前回のころ、日経平均は、19000円台で推移していました。
前々々回、この日記を書いた8月上旬は15000円前後で推移しており、この7月から8月中旬まで20000円を超えていましたが、昨今は18000円台で推移しています。

この効果はまだ、まだなお一般庶民にまで波及していない面もあり、今後も政府の努力が必要です。末端労働者まで賃金が上がるとなれば、労働運動は目的を失します。
とりもなおさず、日経平均が高値で安定しているのは、日本国内あるいは日本に対する諸外国からの信頼の証(あかし)です。

安倍総裁が再任され、安倍政権が存続することとなり、今日、第三次安倍内閣も発足しました。
多くの大臣が留任し、新たに入閣した議員はその中に置かれ、いままで継続し実績を築いてきた政権内で働くことになり、国益第一の姿勢を貫く責任を負うことになりました。

安保法制が整備され、中国も従来の市場での信用を揺るがせている状態で、日本への投資はさらに拡大し、TPP交渉も一応の決着が付いたことで、蚊帳の外に置き去りにされた国々がどう出るか気になるところです。

ところで、中核派について、前回、こう書きました。

来月4月12日(日)と26日(日)には、統一地方選挙があります。
統一地方選は、国政と違い、国全体を見通すようには関心をもちにくいですが、せめて、自分の住む自治体に関しては、積極的に情報を集め、あるいは周知して、反日分子が当選しないような環境を作っていかなければなりません。

私個人は、東京都杉並区で立候補予定の、中核派の支援する北島邦彦の当落に注目しています。
区議会議員といえども、ここまではっきりと中核派であることを丸出しにしている候補が当選するということは、杉並区がいかにアカ汚染が進んでいるかのメルクマールになるからです。
東京都特別区議選は4月26日投開票です。

北島邦彦は落選し、去年の衆院選で鈴木達夫も落ち、中核派は権力に近付けませんでした。あたりまえのことです。
全学連レベルではあちこちで摘発が行われ逮捕者を出し、資金不足に陥っていることは明らかです。昨年8月のように、日比谷公会堂で、威勢よく反日教師や動労千葉を呼んだ集会は、今年、開けませんでした。

逮捕されても、過激派はふつう黙秘を通し、そこにサヨク弁護士が登場するわけですが、気弱な逮捕者の自供や、押収したパソコン・メモリースティック、電話の通話記録や預金通帳から、公安は豊富な情報を得、いろいろと派生的に捜査が進むとみられます。

革マル派や民主党の動きも気になりますが、大勢に影響はないだろうと推察します。
やはり日本共産党がどう動くかに注意していきたいところです。

言っていることやしていることは、たいしたこともなく、多くの保守派からの非難も変わりないですが、それでも共産党には、何十万という支持者がいて、それらが一票をもっており、絶対に棄権しない連中だということを肝に銘じておきたいです。

それと同じことを保守側がおこなえば、来年の参院選も、今までの衆院選・参院選と同じ結果になると予想されます。
野党は、代案を出すどころか、単に足の引っ張り合いや安倍首相個人攻撃をすることに終始しており、それに手を貸し、煽っているのがマスコミです。

心ある有権者はそんな野党やマスコミの騒音には見向きもしないはずですが、相変わらず、テレビのタレント風情の言うことを真に受けるような人種も多く、今後、いわゆる無党派層がどう動くか、ということになります。

政権にある者は、政治資金問題や失言問題を起こさないように注意し、一方、保守派有権者は継続して、無党派を説得する必要があるようです。

サヨク同様、相手を誹謗し叩きのめす姿勢も必要ですが、同時に、日本の文化、日本と日本人のすばらしさをうったえていくことも必要かと思います。
そんなすばらしいこと(もの)があったのか、といった情報は、日本人一般に驚きをもって受け留められると考えます。
そうやって、少しでも保守派愛国者が増えることを期待したいものです。

2015年10月 5日 (月)

映画 『祇園囃子(ぎおんばやし)』

監督:溝口健二、原作:川口松太郎、脚本:依田義賢、撮影:宮川一夫、編集:宮田味津三、美術:小池一義、音楽:斎藤一郎、主演:木暮実千代、若尾文子、1953年(昭和28年)、85分、モノクロ、大映

囃子(はやし)とは、笛、大鼓、小鼓、太鼓で、謡や能をはやしたてることであり、芸妓が宴席で披露する持ち芸である。

溝口健二、55歳、木暮実千代(こぐれ・みちよ)、35歳、若尾文子(わかお・あやこ)、20歳、浪花千栄子(なにわ・ちえこ)、45歳のときの作品。
溝口健二は、直前に、森雅之、京マチ子主演『雨月物語』を撮り、国内外から高い評価を得ている。

京都・祇園の細い路地を、若い女が歩いていく。
名前は栄子(若尾文子)、どうにもこうにも食べていけなくなり、母の知り合いの芸妓・美代春(みよはる、木暮実千代)を頼って来たのだった。

最初は渋った美代春だが、栄子の事情を知り、絶対に音を上げないことを約束して雇う。
さまざまな稽古を積み、家内の雑用もこなして一年後、見習い芸妓から、晴れて栄子は美代栄(みよえ)という源氏名をもらい、一人前の芸妓として独立する。

見世出し(みせだし、芸子としての初お披露目)には、豪華な衣装が必要で、美代春は、祇園では顔役となっているお茶屋(芸妓を呼んで客に飲食をさせる店)の女将(おかみ)・お君(浪花千栄子)に借金する。
着物も整い、美代栄は美代春に率いられ、男衆ともどもご近所に挨拶回りする。

ある日、二人は、贔屓客である大手車両会社の専務・楠田(河津清三郎)とその部下・佐伯(菅井一郎)の席に呼ばれる。そこに同席していた官庁の課長・神崎(小柴幹治)は、美代春に一目惚れする。
これを知った楠田は、美代春を神崎に近づけることで、事業を有利に進めようと画策し、同時に、気に入った美代栄を水揚げ(美代栄の「旦那」になること)しようと企む。・・・・・・

カメラの横移動(線路の上にカメラを据えて横に移動しながら撮る)やクレーン撮影(クレーンショット)、やや高いところにカメラを設置した撮影など、溝口らしい手法があちこちに見てとれるが、演出にかかわるカメラワークとしては、クローズアップが全くない、という点に注目すべきだろう。
どんなに悲しい表情や、物思いにふけるシーンでも、顔のアップは一つもない。昨今の監督なら、平気でアップにしたいところでも、それを自重して、せいぜいバストショットとなっている。

特に女優であればアップにしたいところであっても、スクリーン上での顔の大写しは、役柄でなく、その女優個人の顔になってしまうおそれがある。
何より、顔のアップというのは品がない。それは映画職人がすることではない、ということだ。そして、クローズアップが多いと、観ているほうが疲れるのだ。

ロングショットの多用も、溝口の特徴の一つだ。カメラの位置から、はるかに離れた被写体を撮ることで、手前のものから離れたものまで焦点を合わせる(被写界深度が深くする、パンフォーカス)必要がある。
こうして撮られたシーンは、我々の視覚同様で、自然にスクリーンを見ていることができる。

若尾文子の初々しさと、木暮実千代の円熟さの掛け合い演技の妙がみごとだ。
生活のために、まっすぐに芸道に進んでいく美代栄と、長年、結婚せず身を引かずに、いまだ第一線で活躍する美代春のやりとりが軸となり、ストーリーとしてはよくある展開だ。
それを、的を射た台詞、沈黙、カメラワーク、さりげない場面転換で、一定の早さを保って、進んでいくのである。

二人とも、それぞれの粗相から、お君に仕事を干されるが、それらは徐々に修復され、ラストはまた新たな仕事へと、二人は並んで向こうに歩いていく。
いろいろあったが、色町でまた心新たに、あすに向けて生きていくというラストは、成瀬巳喜男(なるせ・みきお)監督で、高峰秀子が銀座のバーのママを演じた『女が階段を上(あが)る時』(1960年)を思い出させる。

厳しい監督の下で、すぐれた映画が出来上がる。
昨今のように、監督が、若い出演者やその所属事務所にやり込められている状況で、すぐれた映画などできるはずがない。

この後、溝口は『楊貴妃』(1955年)などを経て、1956年に『赤線地帯』を撮り、これが遺作となる。
『赤線地帯』は、売春防止法成立前の吉原の遊女の実態を描いた作品で、木暮実千代、若尾文子、三益愛子、京マチ子、沢村貞子らが出ている。
こちらも機会があれば、ぜひご覧いただきたい。

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