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2015年9月

2015年9月29日 (火)

映画 『剣』 (2015年9月29日)

監督:三隅研次、原作:三島由紀夫『剣(けん)』、脚本:舟橋和郎、撮影:牧浦地志、編集:菅沼完二、音楽:池野成、主演:市川雷蔵、長谷川明男、昭和39年(1964年)、95分、モノクロ、大映。

「座頭市」シリーズや、「剣」三部作、「眠狂四郎」シリーズ、などの時代劇で知られる三隅研次。過去日記でレビューした作品では、『女系家族』(1963年)、『鬼の棲む舘』(1969年)がある。

東和大学の学生、国分次郎(市川雷蔵)は、剣道四段で人望も厚く、後輩から主将に推挙され、監督もそれを認める。
国分は、部の統率者として、来年の大会に向け、増々厳しい練習を自他ともに続けていく。

一年の壬生(長谷川明男)は、国分を良き先輩として練習に励む。他方、賀川(川津祐介)は、同じ四段をもちながら副将にも選ばれなかった。

賀川は国分を揶揄するつもりで、いろいろやらかし、同級の真理(藤由紀子)を近づけるように細工するものの、国分は見向きもしない。

やがて、夏合宿を迎える。海に面した寺での合宿だったが、国分は、剣道には不向きだとして、合宿中は部員が海に入ることを禁じた。

辛く苦しい合宿も終わりに近づき、監督が合宿現場に来ることになる。国分は船着き場まで監督を迎えに行くが、その間に、賀川は残った全員に向け、海に行こうと誘い、みんなはそれに付いて行った。

壬生だけは国分を慕い、国分に従う気持ちから、ひとり海に行くことを拒んだが・・・・・・。

まさしく三島文学そのものの映画化であり、三島由紀夫自身の映画化といっても過言でない。
剣道を通じ、真摯一徹に稽古に励み、国分は、一切の遊び、不道徳、不謹慎というものを潔癖なまでに忌み嫌っている。美しい同級の女子学生を横にしても、不感であるのではなく、あえて興味を示さない。

それだけに、剣士として、剣道への心がけはひと筋であり、おのれの正義、純潔、誠実は譲らない。
町の不良どもと相対するとき、その正義感は出番を知り、意気軒昂で縦横無尽に活躍するが、テレビも見ず、麻雀もせず、ひとと交わらず、ひたすら剣にのみ打ち込もうとする姿勢は、少しずつ、仲間や後輩への負担となる。

部活であり目的もあり、剣道を通じて部員に厳しいところは、おのれの人生のありかたや価値観と重なっていたが、そこに、自分への反目を企む者や美しい女が登場したとき、国分はこれらを拒絶するしかすべをもたない。

唯一、最後まで国分を慕っていた壬生は、ひとりだけ海に行かなかったことを、かえって国分に偽善的ととられるのを嫌い、海に向かい、海から却ってきた仲間といっしょに戻ってきて、国分や監督と対峙する。

監督の詰問に、賀川は自分が言い出したと素直に謝り、罰を受ける。
深夜、外で、ただひとり信じていた壬生と遭遇し、国分は真実を尋ねたが、壬生は、自身も海に行った、と答える。

翌朝、林のなかに、自害した国分の姿があった。
ラストで、道場に集められた部員は、監督の説諭を聞く。

『金閣寺』では、金閣に放火した吃りの僧は、裏山から燃える金閣を見ながら、「生きよう」と思った。
本作では、国分は、部の統率をとれない自分のふがいなさを嘆いて、何も残さず自殺したのである。

そのきっかけは、信頼してくれていた壬生さえ、自分を裏切ったからなのか、賀川の、純潔とは言えない世間並みの「普通さ」「世俗さ」に根負けしたからなのか、判然としない。おそらく、それら全部であろう。

国分は、純粋さや、汚れを知らぬ正義感を貫き通そうとするあまり、世俗の汚濁にまみれるだろう将来を予感し、純潔な現在を「維持」しようとした。自害することで、「現在」が永遠となったのだ。賀川のふるまいや、虚偽を見抜けないままの壬生の背信は、そのきっかけとなったに過ぎなかった。

剣道部の話だから、道場での練習のシーンが多く挿入される。
練習シーン、全員が正座しているシーン、罰を受けて壁に向いて正座させられているシーンなど、撮り方や編集がうまい。

映像は終始、真剣そのものであり、作られた笑いのシーンはあるものの、純粋を押し通す国分の姿が、そのまま映像を支配しているかのようだ。

真理の登場シーンは華やかになるものの、それは常に、国分から遠ざけられた美しさである。
真理を演じた藤由紀子は、同じ大映の田宮二郎と結婚して映画界を引退する。

市川雷蔵は、「世俗」から見れば窮屈とも言える学生を、丁寧に演じている。長谷川明男、川津祐介も、新鮮な演技を見せている。川津祐介は、国分の手前、屈折した心理を垣間見せる賀川を、嫌味なく演じている。

国分でさえ、実は相当、屈折している。純粋さを貫くとはそういうことだ。
不良が空気銃で、大学の飼っている伝書鳩を打ち落とすシーンがある。通りかかった国分が不良たちを追っ払うが、そのあと国分が鳩にしたことは、国分の他者に対する態度を、みごとに象徴している。

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2015年9月27日 (日)

映画 『悪童日記』 (2015年9月27日)

監督:ヤーノシュ・サース、 原作:アゴタ・クリストフ、 脚本:アンドラーシュ・セケール、ヤーノシュ・サース、撮影:クリスティアン・ベルガー、 編集:シルビア・ルセヴ、 音楽:ヨハン・ヨハンソン、主演:アンドラーシュ・ギーマント、ラースロー・ギーマント(双子)、2013年、111分、ドイツ・ハンガリー合作、ハンガリー語、原題:A nagy füzet(分厚い冊子)

1944年8月、ハンガリーの田舎町が舞台。
ドイツ軍の空襲が激しくなってきたため、双子の少年の母親は、彼女の母親の住む田舎に、二人を疎開させる。父親は軍人として家を出る。

双子にとっては祖母に当たる老婆であるが、娘とはほとんど交流のなかったせいか、双子の母を口汚く罵り、双子たちにも辛く当たる。
やむを得ず双子は、野良仕事をして祖母の手伝いをしながら、そこで生きていくしかなかった。・・・・・・

原作はフランス語の『Le Grand Cahier』(1986年)であるが、アゴタ・クリストフはハンガリー生まれ。監督がハンガリー人であり、言語もハンガリー語だ。

撮影のクリスティアン・ベルガーは、ミヒャエル・ハネケ監督の『ピアニスト』『隠された記憶』『白いリボン』を撮っている。室内の陰影、顔に当たる光と影など、光線と陰影を撮るのがうまい名匠だ。

この映画には(原作同様)、固有名詞が一切出てこない。
双子の名前はもちろん、父、母、祖母、双子が出会う人々にも、名前がない。地名も出てこない。ドイツ軍の来襲とハンガリー語からして、ハンガリーのどこかの村であり、第二次大戦下という背景があることだけはわかる。
映画では、1944年8月14日という日付が出てくる。

父親は、自身が戦地に赴き、息子たちが疎開するので、親と離れている間、しっかり勉強することなどに加え、あることを約束させた。
まだ何も書いてない日記帳を双子に渡し、疎開先での出来事を、事実の記録として、すべて日記に書いて残しておくように、と言ったのだ。

これが、この映画の内容そのものであり、双子の書くのは、想像や感想や夢ではない。すべて、見聞きし経験した「事実」だけを書くことになったのである。

翻訳当初からの邦題は、大きな誤解を生むだろう。「悪童日記」ではなく、多少意訳してでも、すなおにそのまま「大きな日記帳」くらいにすべきであった。
そもそも、ここに「悪童」は出てこない。

悪さはするのだが、それは双子の置かれた環境や周囲の人々の影響のなせるわざであり、映画のシナリオの上では、決して悪くはないのだ。

ストーリー自体は淡々と進んでいく。
双子初め、登場人物の誰も、笑うシーンがない。だからといって、神経質にシリアスな映画でも、思索的哲学的な内容とも言えない。
それはただひたすら、徹底的に「事実」のみが描写されているためだ。これはいいこと、これはよくないこと、といった判断は、視聴者が加えるだけで、映画のなかでは、双子がまっすぐに生きているだけなのである。

お説教めいた話でもなく、反戦を主張するような話でもなく、ただ「事実」が並べられていく。
といって、飽きはこない。これはすなわち、双子の少年の語りと視線に、視聴者が同一化させられるからである。
少年たちは、何とか必死に生きている。必死に生きている日々に、退屈や飽きはこないのだ。

この双子の少年は一卵性双生児でそっくりだが、よく見ればもちろん微妙に違っている。どちらが兄か弟かは不明だが、それはどうでもいいのだ。

この映画では、内容柄、特に少年たちの目の力が必要である。
監督は、澄んだ目でありながら、いろいろな表現のできる目をもち、多少賢さを感じる素朴な感じの、しかも双子の美少年を、半年かけて探したという。
数回出てくるドイツ軍将校は同性愛者であり、映画として、美少年は必要条件だったろう。

この双子の少年が主役であり、常にスクリーンに映っており、ほとんど彼らのキャスティングで、良し悪しが決まるのだから、当然の苦労だったろう。そして映画は成功した。

もうひとり印象に残るのは、双子の祖母役の女優(ピロシュカ・モルナール)だ。舞台劇出身で、1945年生まれだから、撮影当時68歳だ。その巨体と顔つきは、まるで意地悪婆さんそのものであるが、原作でもこの祖母は「魔女」と呼ばれている。

ラストで、双子は初めて、異なった道を歩み始める。
双子にとって、別々にされるのがいちばん寂しい、という語りがあった。
今やもう、寂しくはなくなったのだ。

この映画を観て、ガス・ヴァン・サント監督の『エレファント』(2003年)を思い出した。
事実を並べていくだけのつくりで、しかも、時間を重複させて撮られた作品だ。

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2015年9月21日 (月)

好きな映画 (2015年9月21日更新)

<作品名>(平成27年9月21日更新)

『死刑台のエレベーター』『ディーバ』『カサブランカ』『望郷』『モロッコ』『街の灯』『メトロポリス』『M』『靴みがき』『自転車泥棒』『道』『鉄道員』『赤い風船/白い馬』『紅塵』『ローラ殺人事件』『アスファルト・ジャングル』『イヴの総て』『汚れた顔の天使』『窓』『ナイアガラ』『紳士は金髪がお好き』『深夜の告白』『『呪いの血』『私は殺される』『拾った女』『荒馬と女』『十二人の怒れる男』『第三の男』『必死の逃亡者』『陽のあたる場所』『郵便配達は二度ベルを鳴らす』『去年マリエンバートで』『顔のない眼』『めまい』『サイコ』『北北西に進路をとれ』『鳥』『裸足の伯爵夫人』『穴』『非情の罠』『2001年 宇宙の旅』『マドモアゼル』『クリスマス・ツリー』『特攻大作戦』『水の中のナイフ』『帰らざる夜明け』『レマゲン鉄橋』『チャイコフスキー』『大地震』『カサンドラ・クロス』『ベニスに死す』『ラ・パロマ』『シャイニング』『ストリート・オブ・ファイヤー』『激突』『π』『普通の人々』『殺しのドレス』『レオン』『ミツバチのささやき』『マリリンとアインシュタイン』『チャイナタウン』『マルホランド・ドライブ』『青いドレスの女』『ミスト』『天使』『ラルジャン』『遊星からの物体X』『トワイライトゾーン』『暴走機関車』『サン★ロレンツォの夜』『ボーイズ・ライフ』『評決』『キャビン・フィーバー』『刑事ジョン・ブック/目撃者』『ミザリー』『氷の微笑』『ステイ』『隠された記憶』『ファイナル・デスティネーション』『白いリボン』『倫敦から来た男』『テキサス・チェーンソー』『ゆりかごを揺らす手』『レミング』『不眠症 オリジナル版インソムニア』『ヒート』『THE WAVE  ウェイヴ』『エクスペンダブルズ1・2』『コロンビアーナ』『アンチクライスト』『メランコリア』『引き裂かれた女』『メカニック』『わたしを離さないで』『ドラゴン・タトゥーの女』『偽りなき者』『危険なプロット』『鑑定士と顔のない依頼人』『トラ・トラ・トラ!』『安城家の舞踏会』『日本のいちばん長い日』『明治一代女』『どぶ』『にごりえ』『羅生門』『歌行燈』『悪い奴ほどよく眠る』『天国と地獄』『白い巨塔』『浮雲』『女が階段を上る時』『鍵』『悪名』『女系家族』『長崎ブルース』『約束』『鬼の棲む館』『飢餓海峡』『人間の條件』『戦争と人間』『少年時代』『華麗なる一族』『鬼畜』『復讐するは我にあり』『砂の器』『新幹線大爆破』『県警対組織暴力』『人妻集団暴行致死事件』『AKIRA』『ツィゴイネルワイゼン』『家族ゲーム』『鬼龍院花子の生涯』『犬神家の一族』『マルサの女』『疑惑』『極道の妻たち』『TOMORROW  明日』『天城越え』『渚のシンドバッド』『顔』『CURE』『失楽園』『MEMORIES』『青の炎』『トウキョウソナタ』『カミュなんて知らない』『男たちの大和/YAMATO』『女はバス亭で服を着替えた』『明日の記憶』『象の背中』『ライフ』『宮城野』『白夜行』『冷たい熱帯魚』『一枚のハガキ』『11.25 自決の日』『パレード』『はやぶさ 遙かなる帰還』『桐島、部活やめるってよ』『渋谷』『SHORT PEACE ショート・ピース』『迷宮物語』『言の葉の庭』『そこのみにて光輝く』など。

 

映画 『歌行燈』

製作:永田雅一、監督:衣笠貞之助(きぬがさ・ていのすけ)、原作:泉鏡花、脚本:衣笠貞之助、相良準、撮影:渡辺公夫、照明:泉正蔵、美術:下河原知雄、編集:名取功男、音楽:斎藤一郎、主演:市川雷蔵、山本富士子、1960年、114分、大映、カラー。

このころにしては珍しいカラー作品(コダック、イーストマンカラー)。
ちなみに、国産初のカラー映画は、富士フィルムによる『カルメン故郷に帰る』(1951年、松竹)である。

1943年に、監督:成瀬巳喜男、花柳章太郎、山田五十鈴主演で映画化されており、これが二度目の映画化。

明治三十年頃、伊勢・山田、能の観世流家元・恩地源三郎を父に持つ喜多八(市川雷蔵)は、すっかり自らの芸にうぬぼれた盲目の謡曲師・宗山の家を訪ね、一曲賜りたいと申し出、宗山は滔々と謡(うたい)を始める。

途中から喜多八は鼓を打ち、宗山に恥辱を味わわせ、去っていく。宗山は恥ずかしさから、庭をさまよい、井戸に落ちて死ぬ。
喜多八は焼香しに再度宗山宅を訪れ、娘のお袖(山本富士子)と会い、一目惚れする。

宗山に対する喜多八の振舞いを知った源三郎は、喜多八に家元破門を宣告し、今後一切、謡を演じないよう釘をさす。
喜多八は、門付(かどづけ)をしながら、あちこちの町を歩くことになる。

お袖も、宗山亡きあと、後妻に屋敷から追い出され、これも芸妓として、置屋(おきや)を転々とする身の上となる。

月日が流れたある晩、伊勢・桑名の新町をお袖が仲間と歩いていると、男同士が喧嘩しているところに遭遇する。
縄張りを荒らされた地回りが、門付の男を殴っていたのだった。その男は喜多八であった。・・・・・・

後半で、二人が再開したところで、互いに相手を思う気持ちから、お袖にせがまれて、喜多八は、禁じられている謡と舞を、お袖に教える。
このシーンは、小川の流れる森のなかで、繰り返し描写され、そのつどの構図がすんなりと決まり、どこをとっても一幅の絵のようだ。

能に造詣の深い鏡花が、謡や仕舞にこと寄せて、男女の心の通い合うさまを描いた原作を、ほぼそのとおりに映像化している。
ラストも、二人が抱擁するシーンで、悲恋に見えたかのような物語は、ハッピーエンドとなる。

主演の市川雷蔵と山本富士子は、このころが最盛期の俳優であり、雷蔵の端正な顔立ちと、山本富士子の日本的な美貌が内容に合致している。

その他、脇には、当時の映画界を支えた多くの俳優が出ており、当時の俳優の層の厚さを見せつけられる。
お袖の厄介になっている置屋の主人に上田吉二郎、その女房に賀原夏子、喜多八が寝泊りする木賃宿の大家は浦辺粂子、そのほかに、小沢栄太郎、信欣三、角梨枝子、見明凡太郎らの顔もあり、われわれ世代からすると嬉しくなる。

衣笠貞之助は、初のカラー作品としても、海外から高い評価を得た1953年の『地獄門』に味を占め、この映画もカラーにした。結果として、夕刻の風景、木の陰のたゆたう姿、衣装の美しさなどを際立たせた。

カラーになることで、『地獄門』での長谷川一夫の美男ぶり、京マチ子のあでやかな美しさがそのまま映像美となったように、この作品でも、市川雷蔵と山本富士子の美貌がカラーに映え、能の謡や舞の起こす幽玄の世界に溶け込んでいる。

(なお、個人的に、長谷川一夫は美男とは思わない。)

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2015年9月20日 (日)

安全保障関連法成立より参院選に向けて (2015年9月20日)

<論点の整理>

今回成立したのは、平和安全法制整備法と国際平和支援法の二法である。

国際平和支援法は新法であるが、平和安全法制整備法は、10の防衛関連の法律を、一括して改正するための法律だ。

10の法律とは、

自衛隊法、国際平和維持活動協力法(PKO法)、重要影響事態法(旧・周辺事態法)、船舶検査活動法、武力攻撃・存立危機事態法(旧・武力攻撃事態法)、米軍等行動円滑化法、特定公共施設利用法、外国軍用品等海上輸送規制法、捕虜取り扱い法、国家安全保障会議設置法(NSG法)

である。

いずれも、存立危機事態に即応した改正が行われる。

存立危機事態とは、日本の存立や生命・身体・財産など、日本国民としてもつ権利が脅かされるような事態であり、近隣諸国での有事や、石油の輸入が危ぶまれるような事態も想定されている。

アメリカとの関係で、相変わらず、日本がアメリカの下僕のままだ、という批判もあるが、それは当たらない。
むしろ、経済のみならず、アメリカと対等になったのである。

<首相談話との整合性>

このたびの安保法案成立は、前月の首相談話とも呼応しており、矛盾はない。

(参考)戦後70年首相談話と日本の選択 (2015年8月14日) http://bit.ly/1HL9pxz @syuya_yui

談話は、実に慎重にして丁寧な表現を用いていたが、中国を念頭に置いていたのは明らかだ。

中国の海洋進出は、フィリピン、マレーシア、ベトナムなどに対し、緊張を強いている。
東南アジアにおける雄として、中国の動きを牽制するために、日本が防衛力・軍事力において力を見せつけ、集団的自衛権を把持することは、これらの国々から期待されていたことでもある。

さらに、日本に影響のあるかぎり、後方支援については、地理的制約を排したため、世界のどこにでも、自衛隊が派遣されうることになり、多くの国から評価されている。

<野党共闘>

日本共産党は、さっそく志位委員長が、来年7月の参議院選挙に向け、野党共闘を呼びかけた。

何度も書いていることだが、今年の共産党中央委員会では、党員増加と『赤旗』購読者の増加を、至上命令としている。

志位ら共産党議員の絶叫は、安保法制反対は、可決されることを承知の上での「臭い」芝居なのであり、ホンネは、参院選での議席獲得に向けた伏線である。

昨年来、「一点共闘」を他党に呼びかけてきたものの、予定通りの共闘は得られなかった。
「一点共闘」とは、主義主張の違う党派や団体でも、一致点が一つでもあれば、その一点で協力し合おうとする考え方である。

土壇場にきて共産党に歩み寄ったのは、むしろ民主党のほうであった。
議事堂前のデモに枝野幸男や辻元清美が参加し、共産党の下部組織SEALDsの奥田愛基を公聴会に押したのも、民主党であった。

だからと言って、過去の衆院選や統一地方選で、自らの議席を、ほとんどそのまま共産党に奪われた民主党が、すんなりと共闘を組むとは思えない。

共産党同様、公安調査庁から極左暴力集団と指定されている革マル派や中核派は、頻繁に共産党批判を繰り返しており、痩せても枯れても、共闘を組むことはないだろう。

社民党に次いで、民主党も落日の感があるが、良くも悪くも民主党には資金力が残っている。そのため、そう易々と共産党の言うなりにはならないであろう。

保守側からすれば、共産党が議席を伸ばすのも面倒であり、痛し痒しといったところだ。

しかし、日本の政局は、戦前より常に、保守政党と共産主義との闘いであった。これはまた、右翼と左翼の対立でもあった。

原点に戻るというなら、理念のない民主党が議席を維持するより、共産党が議席を増やしたほうが、保守側にも、緊張感をもたらし、いっそう奮起し、共産党叩きに熱が入るということも考えられる。

<参院選へのモチベーション>

そこで、保守派有権者に考えていただきたいことがある。

1960年6月19日、岸信介政権で、新安保条約が成立した。

その5か月後の同年11月20日に行われた衆議院選挙では、その2年前の1958年5月に行われた選挙より、自民党の議席のほうが伸び、社会党の議席は減ったのである。

この歴史的事実は、何を意味するのか。

当時の社会党は、ほとんど共産党に近いスタンスであり、いわゆる「革新政党」として自他ともに認められていた。
10月12日には、日比谷公会堂で、山口二矢による浅沼稲次郎・社会党委員長刺殺事件も起きている。

自民党を超えることは無理でも、社会党が議席を伸ばしてもおかしくはなかった。
いろいろな駆け引きや買収は、どこでも同じである。それでも、自民党が議席を伸ばしたのである。
これが、1960年11月当時の世論であった。

正しいと思い、信念をもち、それをやり遂げた者たちに、勤勉実直な日本国民は、エールを送るということだろう。

代案を示さず、意味のない質疑を繰り返し、時間ばかり費やす者たちに、日本国民は厳しいのだ。

政治家は、国民が嫌がることでも、なお、国家百年の計のため、断行しなければならないこともある。
そして、すべての人に、一様に利益になる政策などないのだ。

以上のことを踏まえ、来年の参院選へのモチベーションとしたい。
憲法改正への歩みも、止めるわけにはいかない。

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2015年9月13日 (日)

「和紙キャンドルガーデン-TOHOKU2015-」(東京ミッドタウン・芝生広場) (2015年9月13日)

知人の学生の所属する大学のゼミ主催による「日本大好きプロジェクト http://www.nippon-daisuki.jp/ 」のイベントに行ってきた。

『和紙キャンドルガーデン-TOHOKU2015-』というものだ。(http://www.nippon-daisuki.jp/category/1924473.html
多少報道されていたので、ご存じの方も多いかも知れない。

ところは、東京港区の東京ミッドタウン内・芝生広場、今月11日(金)から今日13日(日)の三日間、午後5時から9時までの開催だった。

「日本大好きプロジェクト」 について、ホームページに次のようにある。

   ▼
多摩大学村山貞幸ゼミ日本大好きプロジェクトでは、平成20年10月より日本の伝統文化を伝承してゆく活動をはじめ、平成25年4月現在、幼稚園・保育園・児童館・その他高齢者施設などで1050回を超える訪問型のイベントを実施させていただきました。

日本の伝統文化に数多く触れていただくことで、多くの人々に日本を深く理解し、心から「大好き」になっていただくことを目指します。

現在、主に子どもたちに伝えることを中心に活動を進めておりますが徐々にその範囲を広げ、様々なかたちで老若男女が参加する活動にしてゆきます。

そして最終的には、街のあらゆるところで、日本の伝統文化に触れることができ、皆で「日本大好き!」と叫べるような雰囲気をつくってゆきたいと考えています。

紙漉き、藍染、竹鉄砲、ちぎり絵、浮世絵、茶道、投扇興、水墨画、折り紙、書道、俳句かるた、紙芝居、鼓、空手、剣道、和菓子、将棋、狂言、三曲、筝、影絵、扇子づくりの活動を行っております。

   ▲

都心のビル街の一角に、芝生の庭園がある。
地下鉄大江戸線・六本次駅から地上に出て、東京ミッドタウンのモダンなビルの裏手に回ると、緑が見えてくる。
都心のオアシスといった感じだ。

水の流れる庭園があり、小さな展示館やオープンカフェを抜けると、芝生広場と呼ばれるスポットに出る。

まだ日が高いときに着いたが、やがて日が没して、キャンドルが揺らめくと、川に浮かべられた燈籠のように、芝の上一面に、筒状のメッセージが美しく映えてくる。

東日本大震災による被災地の復興を願って、被災地域の人々と、復興を願う人々との交流を深めるイベントのひとつだ。

被災地域の人々のメッセージが和紙に書かれ、それを筒状にして置き、中に蝋燭を入れて灯している。メッセージを書いたのは、小さな子供たちからお年寄りまでさまざまだ。

多摩大学の学生が、被災地の現状を、多くの人々に知らせようと始めたこのイベントは、今年で6回めとなる。

学生たちは、立入禁止区域以外の町に入り、現状を知るため、さまざまな配慮をしつつ、そこに生きる人々と話をしてきたという。
夏や冬の休みだけでなく、時間があれば、カネと時間を費やしてでも東北地方に赴き、震災後の今を生きる現地の人々の現状を、目と耳で確認してきた。

その交流の結実が、和紙へのメッセージとなって、東京に集まり、展示されているのだ。

初年度は、ミッドタウン側によるキャンドルナイトだったようだが、大震災が発生し、いまの内容に定着したという。

和紙は、学生がみずから漉いたもので、そこに現地の人々による文字や絵が描かれている。
来場者は参加者として、これに応えるかたちで、メッセージを送る側になる。一枚書けるとのことで、私も一筆書かせていただいた。

筒の形にして、中に固形蝋燭を入れると、スタッフの学生が、中央にある紙飛行機のところにある、まだ書かれていない白い筒と交換した。

中央に形どられた紙飛行機は、被災地の人々のメッセージが、その他の地域の人々に届くように、とのイメージをもたせているそうだ。そこにはまだ白い筒が置かれているので、書かれたものと交換する。これにより、被災地以外の人々からのメッセージを、逆に被災地の方々に届けようということだ。

紙飛行機の周囲に、円形状に、和紙キャンドルが並ぶ。
中央に被災地の市町村名が置かれ、周囲に現地の人々のメッセージが置かれている。

一日目は雨のため中止となったようだが、きのうと今日は予定通り実施された。
今夜は無風ではなく、適度に夜風が過ぎるので、キャンドルの灯が、ゆらゆら揺れて美しかった。

帰りは、水の流れる散歩道(ロードエリア)に置かれた和紙キャンドルの灯りを楽しみつつ、芝生広場から外苑東通りに戻った。

こうしたイベントというものは、開催までが大変だろう。
企画や広報はじめ、多くの学生の尽力によって実現する。
今回は、東北のいくつかの大学の学生も参加協力して、実現したとのことだ。

パンフレットは、全ページ、手作りである。手漉きの和紙に書いた学生のメッセージや、東北での活動ぶりが、カラー印刷されている。
和紙と同様、やはり、手作りというのはいいものだ。人のぬくもりがある。

この「日本大好きプロジェクト」の狙いは、上にあるとおり、日本人が忘れがちな日本の生活文化を、小さなところからでも再生させようとする点にある。
日本の伝統のよさを、生活者の視点で見直すことに意義がある。

日本の伝統は、脳や歌舞伎といった高尚な芸術だけではなく、相撲、柔道、剣道といった競技や武術だけでもない。

身近なところに、日本の伝統は生きている。その火を消してはならない。
この和紙キャンドルにも、日本を取り戻すという意志が垣間見られた。

こういう指導をする先生と、そこに集う学生たちが、たしかにいるのだ。
今後もぜひ、続けていただきたい。

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