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2015年6月

2015年6月29日 (月)

「すごいな!革マル派って!」って思ってほしい革マル派 (2015年6月29日)

以下は、革マル派HPより、「解放」最新号(2015年6月29日)のコピペの一部です。(http://www.jrcl.org/)
話題がないのか、最近のニュースに混ぜて、6月初旬の辺野古での活躍などを、再掲しています。
いつも感じるのですが、団塊世代か、低くても40代くらいの人間が書いているものと思われます。
それにしても、今回よく読むと、途中からおかしくなってしまいました。まさに、「可笑しく」なりました。大笑いしてしまいました。
行間も詰めたままにしますが、所詮はキチガイの書いていることなので、時間のある方だけお読みください。
読みにくいのは、見た目以上に、ひと文が長いせいもあります。
どの文章もひと文を長く書ける=知性と教養にあふれている、という昭和40年代の価値観が、そのまま現れているのかも知れません。
特に、最後の一節は読みにくいですが、共産党と縁切りしたのだけは明らかなようです。
     ▼
六月二日、安倍政権・防衛省は、天候悪化を理由に三週間にわたって中断していた名護市・大浦湾での辺野古新基地建設のための海底ボーリング調査を再開した。三万五〇〇〇人を結集した5・17県民大会、そしてこの集会をインパクトにして日本全国にまさに燎原の火のごとく広がる「新基地反対!」の怒りの声をふみにじって海底掘削を強行したのだ。この暴挙に怒りを爆発させた沖縄の労働者・人民は、新基地建設を絶対に止めるという固い決意もあらたに、辺野古現地の海上とキャンプシュワブ・ゲート前で、調査再開弾劾・新基地建設阻止の闘いにたちあがった。その最先頭で沖縄県学連のたたかう学生たちは奮闘したのだ。
「作業再開阻止!」抗議船団がスパット台船に肉迫 6・2
 六月二日朝、沖縄防衛局が海底ボーリング調査の再開を強行した。カヌー隊と抗議船団は、作業再開を阻止するために、決意も固く海上での闘いにたちあがった。
 午前九時すぎ、カヌー十八艇と、たたかう学生が操縦する船外機付きゴムボート「ポセイドン」は、瀬嵩の浜を出発し、ボーリングをおこなうスパット台船に向けて力強く海上を進撃する。「臨時制限水域」を示すフロート付近ではすでに海上保安庁のゴムボートがズラリと並んでいる。警備隊が「フロートに近づくな!」「必要な措置をとる!」などと口々に叫んで、カヌー隊を威圧する。抗議船三隻と合流したカヌー隊と「ポセイドン」は、フロートをはさんで海保部隊と対峙する。カヌー隊のたたかう学生が、スパット台船に向けて抗議の声をあげる。「作業を中止せよ!」「新基地建設を阻止するぞ!」「安保の強化を許さないぞ!」
 午前十一時十五分、ついにカヌー隊メンバーが台船めがけてフロート内へ突入を開始した。抗議船に乗りこんでいたカヌー隊のメンバーたちも次々とフロート内の海に飛びこみ、海保のゴムボートや警備隊をかわしつつ、泳いで台船に迫る。「ポセイドン」も海保のゴムボートをかいくぐり、カヌー隊を援護する。これに慌てた海保の部隊は、カヌー隊メンバーを拘束するために、海に飛びこみ暴力的に襲いかかってきた。「海保は暴力をやめろ!」「ボーリング調査を許さないぞ!」抗議船に乗りこんだ市民たちも身をのりだして海保を糾弾する。キャンプシュワブ・ゲート前からも労働者・市民約一二〇名が瀬嵩の浜にかけつけ、陸からカヌー隊を応援する。「カヌーチームがんばれ!」「ゲート前もともにたたかうぞ!」
 声援に鼓舞されたカヌー隊のメンバーが次々とフロートを越え、台船に迫っていく。その時、波状的な攻勢に翻弄され逆上した海保は、現場指揮者が乗船する「あるたいる」(五トン)をカヌーに向けて真横から追突させるという許しがたい弾圧にうってでた。「殺す気か!」抗議船やカヌー隊のメンバーたちが海保に弾劾の嵐をあびせる。その後、海上阻止団は、海保による拘束をはねかえし、午後にも再び海上での阻止行動を断固としてたたかったのだ。
早朝二〇〇名が車両阻止闘争 
  ――キャンプシュワブ・ゲート前 6・3
 六月三日、集中行動日に設定されたこの日、キャンプシュワブ・ゲート前には最大二五〇名もの労働者・学生・市民が結集した。「基地の県内移設に反対する県民会議」の呼びかけでもたれた「ボーリング調査の再開弾劾! 海上作業阻止」の闘いを大高揚させたのだ。県学連のたたかう学生たちは、この日の闘いの最先頭でたたかいぬいた。
 早朝六時、二日前に急きょ呼びかけられたにもかかわらず、キャンプ・シュワブの新第一ゲート前に設置されたテントの前に次々に労働者・市民が結集してくる。集まった労働者・学生・市民は、さっそく米軍車両専用の新ゲートと工事車両専用の旧ゲートとに分かれ、海上保安庁職員の乗った車両や工事用車両を基地内に入れないための実力阻止行動を開始した。
 午前六時三十分、旧ゲート前に配置された約一〇〇名の阻止団が座り込みを開始する。その時、沖縄防衛局に雇われた工事作業人などを乗せた十台の車両が離れた場所で待機しているとの情報が入った。怒りが爆発する。「作業車両を止めるぞ!」「よし、がんばろう!」ゲートが開門する午前七時が近づくとさらに労働者・人民が結集してくる。座り込みは約二〇〇人に膨れあがった。
 午前七時、ついに米軍ゲートが開門された。沖縄県警機動隊がゲート前に二重三重の阻止線を張り、厳重な警備態勢につく。阻止団に緊張が走る。「スクラムを組め!」「作業車を絶対に止めるぞ!」阻止団は「座り込めここへ」を合唱し決意を固める。県警は一〇〇人もの機動隊で座りこんでいる阻止団をとり囲む。「排除開始!」機動隊の中隊長の号令を合図に機動隊員がいっせいにごぼう抜きを開始した。座りこむ労働者・学生・市民はスクラムをいっそう固める。「新基地建設阻止!」「ボーリング調査を許さない!」たたかう学生たちが先頭で声をあげて阻止団を鼓舞する。阻止団の気迫のまえに、機動隊による排除はなかなかすすまない。
 その時だ。工事作業人を乗せた十台の乗用車が車列を組んで近づいてきた。「絶対止めるぞ!」「よし!」機動隊の壁を押し返す。焦った県警は機動隊バスを横づけして阻止団をパックしようとする。しかし、ごぼう抜きされた労働者・人民は阻止線を突破して座り込みに戻ることをくりかえして抵抗する。
 作業人を乗せた車列が機動隊の壁に守られて基地内への進入を開始した。「許さんぞ!」阻止団は機動隊の壁をぐいぐい押し返し車両に迫る。たたかう学生がその最先頭で「安保粉砕」のプラカードを掲げて怒りの声をあげる。「安保の強化を許さんぞ!」「安倍政権を打倒するぞ!」
 こうして阻止団の労働者・学生・市民は、作業車両の進入を二十分間にわたって阻止し、ボーリング調査を再開した安倍政権・沖縄防衛局にたいする怒りの声をつきつけたのだ。
 この後、「島ぐるみ会議」のバスで駆けつけた市民も含めて約二五〇名がゲート前で抗議行動を展開した。午前十一時には、瀬嵩の浜に一二〇名が移動し、カヌー隊への応援と海保による暴力的弾圧にたいする抗議行動をおこなった。海岸線に一列に並んだ抗議団の目の前に、フロートに突っ込むカヌー隊の雄姿が見える。「がんばれ!」海保職員がカヌー隊に襲いかかると参加者の怒りが爆発した。「カヌー隊が拘束された。解放をかちとるまでたたかうぞ!」「よし!」たたかう学生がマイクを握り、全身に怒りをみなぎらせてシュプレヒコールの音頭をとる。「海保の弾圧を許さないぞ!」「日米安保の強化反対!」元気な学生の声に鼓舞されて参加者の声もひときわ大きくなる。
 抗議団は、海保による拘束からの解放をかちとったカヌー隊のメンバーと砂浜の上でエールを交換し、さらにゲート前に戻って終日抗議行動をたたかいぬいたのだ。
海保の暴力的弾圧を打ち破り海上作業強行に抗議 6・6
  六月六日、再開されたボーリング調査に抗議するために設定された大規模海上阻止行動に、怒りに燃えたカヌー隊三十名が結集した。県学連の学生たちも「安保破棄」の赤ハチマキをしめ、その最先頭で奮闘した。
 午前九時三十分、カヌー二十五艇、抗議船三隻、学生の操縦するゴムボート「ポセイドン」からなる海上阻止団は、瀬嵩の浜からスパット台船に向けて出発した。沖縄防衛局はスパット台船三基と作業台船一隻を投入し、ボーリング調査を強行している。海上保安庁職員は、海上阻止団の抗議活動を阻止するために、ゴムボート約十隻の弾圧態勢をとり待ち構えている。海上阻止団はスパット台船に向かって左右に分かれ、四重に敷設された大型フロートを挟んで海保部隊と対峙する。
 午前十時二十分、梅雨の大雨が降りつけるなか、ついに左側に展開していたカヌー隊の十人がフロート内へ突入を開始した。
 「海上作業を阻止するぞ!」不意を突かれた海保部隊が左側に気を取られている隙をつき、右側のカヌー隊十艇もフロートをのりこえる。抗議船の上からは、無人のカヌーを次々にフロート内に投げ入れカヌー隊のメンバーがこれに飛び乗る。泳いで前進するメンバーもいる。「作業をやめろ!」怒りの声をあげるカヌー隊の気迫におされた海保は右往左往するばかりだ。
 瀬嵩の浜から、応援にかけつけた労働者・学生・市民の怒りの声が飛ぶ。「海保の弾圧を許さんぞ!」「カヌー隊と連帯してたたかうぞ!」シュプレヒコールに力をえたカヌー隊メンバーは、海保の追撃をかわし、スパット台船まで数メートルまで肉迫したたかいぬいた。
 闘いを終え瀬嵩の浜に帰還したカヌー隊は、労働者・学生・市民と交流集会をおこなった。瀬嵩の浜には琉球大学生会、沖縄国際大学生自治会、「島ぐるみ会議」や労組などののぼりが林立する。カヌー隊メンバーが、「海保や警察の圧力に屈せず、陸と海で連帯してがんばろう」と決意表明したのち、全体で団結ガンバロウをおこなった。結集した海上阻止団とゲート前抗議団の労働者・学生・市民は、これからも連帯してたたかいぬく決意を固めあったのだ。
 いま南シナ海において、米・中が制海権・制空権をかけて熾烈にせめぎあっている。この一触即発の危機のなかで米・日両権力者は、日米新ガイドライン=<グローバル侵略戦争同盟>の構築の宣言においてとりきめた〝自衛隊の米軍化〟の策動につきすすんでいる。共同軍事行動を一挙に強化するとともに、対中国最前線基地として辺野古海兵隊新基地を建設することに狂奔しているのだ。
 オバマ政権に尻を叩かれた安倍政権は、侵略戦争法=「安保法制」の制定を今国会でなんとしてもなしとげることを策している。とともに、辺野古では六月中にボーリング調査を終え、夏にも本格的な埋め立て工事を開始しようとしているのだ。県学連のたたかう学生たちは、「反安保」を放棄し、「合法主義」「整然とした抗議行動」と称して海と陸でのボーリング調査を実力で阻止する闘いにたいして敵対する日共中央指導部を弾劾しつつ、基地建設阻止の闘いを<反安保>の闘いとして高揚させるために奮闘している。
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映画 『ミツバチのささやき』 (2015年6月29日)

監督:ビクトル・エリセ、脚本:ビクトル・エリセ、アンヘル・フェルナンデス・サントス、撮影:ルイス・カドラード、編集:パブロ・ゴンザレス・デル・アモ、音楽:ルイス・デ・パブロ、主演:アナ・トレント、1973年(日本公開、1985年2月)、99分、カラー、スペイン映画、スペイン語、原題:El espíritu de la colmena(ミツバチの巣の精霊)

 

街をぶらついていると、思わぬ発見がある。『ミツバチのささやき』がDVDで発売されていた。

ビクトル・エリセは作品数が少なく、長編では、この作品のあと同年に日本で公開された『エル・スール』(El Sur1982年、日本公開1985年2月)を含め、三作品しか作っていない。

1985年(昭和60年)ころ、まだまだ都内にはたくさんの映画館があり、主要国のものでない映画を上映する名画座のような映画館にも多くの人が入っていた。

この二作品も、当時まだできたばかりのシネヴィヴァン六本木で観た。その印象的な映画を、いまへやで見られるというのはありがたい話だ。 

1940年のとある日、スペインの田舎町オユエロス村の公民館に、巡回映画がやってきて、そこで怪奇映画『フランケンシュタイン』を上映した。

アナとイザベルもそれを観た。

6歳のアナ(アナ・トレント)には、年の近い姉・イザベル(イサベル・テリェリア)、養蜂業を営む父・フェルナンド(フェルナンド・フェルナン・ゴメス)、母・テレサ(テレサ・ジンペラ)がいた。

アナとイザベルは寝室もいっしょで、いつも共に行動していた。(※アナ・トレントが6歳だったので、俳優はみな本名をそのまま使っている。)

 

ベッドで向かい合い、アナはイザベルに、さきほど観た映画で、あのやさしい人(フランケンシュタイン)は、少女を殺してしまったのか、と尋ねる。イザベルは、殺してはいない、と言う。

父は蜂蜜を作るのに忙しい。母は誰か遠くにいる人間に手紙を書いている。

姉妹は学校の授業を終えたあと、大草原に行く。見渡す限りの草原の遥かかなたに、一軒の小屋があり、二人はそこまで行って中を探るが、何もなかった。

 

別の日に、アナはひとりでその小屋に向かう。外に大きな靴の跡があった。

さらに別の日にそこに行くと、足にケガをした脱走兵が横たわっていた。アナは持っていたリンゴをあげるのだった。・・・・・・

 

 

主演のアナ・トレントの可憐な容姿が人気を呼び、小さな映画館ではあったがロングランとなった。

しかし、この映画は、おもしろおかしい映画ではなく、少女をモチーフにしたシリアスな映画である。

 

夜や暗がりのシーンが多い。明るく無邪気な昼の世界は、未知に向かう好奇心のほの暗い夜や闇の世界と、対比されている。

タイトルロール・エンドロール以外ではほとんど音楽も入らず、自然の音が生かされる。ミツバチの羽音、汽車の汽笛や走り抜ける音、手紙を書くときのペンの音、木々が風にざわめく音・・・。例外は父の懐中時計で、開くと音楽が鳴る。

 

当時は、少女の内面の物語としての印象しかなかったが、今度観てみて、この映画は、全編に、隠喩(メタファー)や暗示が散りばめられていることがわかる。

これはすべて、当時のフランコ政権に対するアンチテーゼだ、とするのが定説のようだが、それを知らなくても、いや、そういう定説とは別に、この少女の生活自体が、メタファーや暗示に彩(いろど)られているということなのだ。

それゆえ、アナの日々の時間は、イザベルとの時間でもあり、父・母との時間でもあり、フランケンシュタインとの時間でもあり、小屋で見つけた脱走兵との時間なのである。

 

アナはまだ幼く、映画を観たあとのように、映画の内容にも、イザベルの死んだふりのいたずらにも騙される。無垢であり正直であり、自らの世界に舞い込んだ対象すべてに対し、ピタリと寄り添うように対峙する。

アナの世界は、日常空間を通じて、イザベルはもちろん、厳格な父や、美しい母のいる静かな環境から生まれてきたものなのだろう。

 

一見アナとは無関係の出来事が挿入されているようで、父や母の存在は、家という空間を通じ、好奇心がいざなうアナの世界と、つながりをもっているのだ。

陳腐な言い方をすれば、この映画に現れるのは、アナの日常の時間・空間という「現実」なのである。

アナの現実(リアリティ)は、微妙に姉とも違い、父や母といった大人たちとも違う。

 

冒頭、映写機などを積んだトラックがやってくる。子供たちがそこに集まり、はしゃぎまわる。

その映画『フランケンシュタイン』は、後に、アナの想像として再度出てくる。アナにとって、映画の世界もまた、リアリティとして心に貼りつくのだ。

アナの心情を表すのに、シーンの積み重ねをおこなっている。それが父や母のシーンでもある。積み重ねられるシーンは、どれも印象的で、冴えた美しさがある。

 

セリフの多くないこの映画で、この映画を生かすも殺すも、畳みかけてくるこれらシーンの選択による。

線路に耳を当てて、もうすぐ汽車が来る、と言うシーン、アナが小屋で脱走兵に、無造作にリンゴを差し出すシーン、置き物のような網の張られた容器に入れられたミツバチをアナが眺めるシーン、などがその例だ。

 

殺された脱走兵の所持品から、アナの父フェルナンドが呼ばれる。脱走兵は、父の懐中時計と上着を持っていたからだ。それを脱走兵にあげたのは、アナであった。

父に叱責されて家出をしたアナは、捜索され発見され、今は衰弱してベッドに横たわっている。

やがて、アナは再び小屋に行く。そこには(当然ながら)脱走兵の姿はなかった。

 

この終わり方も、一定の起承転結をもたない道筋の作品にふさわしい。

深夜の静かな時間に、アナの世界に浸ってみるのもいいかも知れない。

 

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2015年6月25日 (木)

同性婚認定ありやなしや (2015年6月25日)

今年3月31日、東京都渋谷区で、同姓婚に証明書を発行する条例が可決した。

同性カップルが、通常の婚姻に相当する関係と認められる場合には、申請により、公的機関がその証明をする、ということだ。(※〔資料〕)

4月26日に実施された統一地方選挙で、この「同性パートナーシップ条例」の実現を議会でも推進してきた、43歳の長谷部健(はせべ・けん)が当選し、新区長となった。

長谷部は、国政での保守党系でも野党側でもなく、無党派の区議であった。
ちなみに、妻は、テレビ朝日勤務の佐分千恵(さぶり・ちえ、長谷部千恵)、三人の娘の父親である。

都心の区長選でもあり、区固有の大問題があるわけでもなく、ホームレス問題と並び、同姓婚問題がクローズアップされた選挙であった。

条例案には自民党議員は全員が時期尚早との判断で反対したが、条例は成立し、推進派の区長が当選したことで、早ければこの夏からと言われてきた証明書の発行は、確実に促進されるだろう。

アパートの賃借や通院、区営住宅への入居などにも、男女の婚姻関係と同じように扱うべきということだが、保険証の記載や世帯主の決定など、細かな問題が残っている。
そもそも、「こうした傾向」に違和感を覚える人々に、条例の趣旨を納得してもらえるかが問題だ。

同性愛は、古くて新しい問題だ。(以下、男性同性愛者を念頭に書きます。)

人種・国籍・民族、性別・年齢・身分・職業にかかわらず、あまねく存在している。スポーツ選手にも医者にもいる。映画監督にも俳優にもいる。マイミクにもツイッターにもいる。右翼にもヤクザにもいることを知っている。

あたかも、電話のユニバーサルサービス料の徴収相手のように、日本にもあまねく存在している。
ただ、各国とも、特に日本においては、かねてよりそれは「隠されねばならない事実」として、表沙汰にすることは避けられてきた。

古くはカルーセル麻紀や美輪明宏のように、開き直って人前に出るくらいになったり、新宿二丁目のバーの「ママ」のように、ある種の信念に裏打ちされた開けっぴろげのキャラクターの持ち主でもないかぎり、影の存在に徹していた。

これと対照的に、テレビや映画、小説といった虚構の世界では、頻繁に取り上げられてきた。現実に表明できないものゆえか、虚構世界では細々と描写されてきた。

時代が下って、同性愛に対し、世間の目は、わずかながら寛容になってきた。大きく変化したとはいえないまでも、世間の奇異なまなざしは、だいぶ穏やかになってきたように思う。

同性愛者であろうと、偉大な仕事を残した人はたくさんいる。
ソクラテスはじめ古代ギリシアの哲人は、ほとんどが同性愛者である。男性裸像をつくる彫刻家も同様である。ルキノ・ヴィスコンティもジャンニ・ヴェルサーチ、ヘルベルト・フォン・カラヤンなど、各界において、その数は枚挙にいとまがない。

およそ哲学や芸術というものは、同性愛志向に近いセンスにおいて花開くかのようだ。
日本では、同性愛者はおおかた結婚するが、その実、それと知られている著名人はたくさんいる。三島由紀夫はその代表だろう。

小説には、その作家自身が投影されるという。三島の場合は、特に顕著だ。『仮面の告白』や『禁色』は、三島自身の告白だ。

しかし、偉大な仕事をしていようと、一市井の人であろうと、同性愛者という一事をもって差別することはあってはならない。
今や、上記著名人らのプライバシーが公にされ、より一層、小説や映画で同性愛について書かれ、テレビでも盛んに喧伝されるにつれ、身体障害者への差別が消えていったのと同じような過程にある。

それにしても、同性愛かどうかは、各人のプライバシーの範疇に入るものであり、仕事以前の問題として、その人物の能力や才能を否定するものであってはならない。
それは、婚姻に向けてであろうとそうでなかろうと、男女間について言えることと同じだ。

渋谷区や新宿区のように、昼間人口の多い地域は、夜間人口として同性愛者が多くなる傾向がある。LGBT(Lesbian、Gay、Bisexual、Transgender)に関する発信が多いのも、この地域の特徴だ。

そのことの行き着く先として、住民から同性パートナーシップを要求する動きが出てきてもおかしくはない。先日旅行した岐阜県高山市では考えられないことだ。

区側では、憲法が定める婚姻とはまったく別の制度としているが、是非は別として、日本国憲法が制定されたからには、憲法制定以降、すべての法律や条例は憲法を根拠法にしており、これと全く別の制度なるものを実現するためには、それなりの手続き(憲法改正)が必要だ。

憲法第24条一項には、「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」とある。
憲法や他の法律との整合性も残された課題だ。

問題は、仮に、こうした諸問題がクリアされたとして、この条例にしたがって、どれくらいの同性愛者カップルが、この制度を利用するだろうか、という点だ。
例えば、二人同居可のアパートに、友人同士などとして、すでに同性愛カップルが住んでいたとしてもおかしくない。

条例は、国法のように一括した法律では治められない部分について、各自治体がその特性の上に立って制定するものである。
しかし、各方面との法律上の調整が済まぬままに、こうした不完全な状態で条例が制定されることに、どれほどの「法的効果」があるだろうか疑問である。

同性愛かどうかということは、すこぶるプライベートな次元の問題であり、周囲が穏やかに見守っていくべきであり、それ以上でもそれ以下でもない。
同性愛者だからと開き直って、世間に対し、「そのことだけをもって」自己主張するのはおかしいのであり、パートナーとなった同性愛カップルが、「そのことだけをもって」男女の婚姻と同等の主張をすることにも、どこか違和感を覚える。

同性婚カップルが、市井の人間として、二人の日々充実した時間を送り、共にはたらき、知らせたければ周囲に伝えるということだけでいいのではないか。

LGBTを、「そのことだけをもって」差別することは許されない。が同時に、LGBTが「そのことだけをもって」権利の主張をすることもあってはならない。

おおかたの同性愛者も、実のところ、そう思っているのではないか。
パートナーになっていようといまいと、同性愛であるか否かではなく、どれくらい仕事ができるのか、能力を生かしえているか、努力しているか否か、という人間一般レベルでの評価が重要なのだ。

これは日常生活を営む生活者としても言えることで、社会的常識、礼儀、挨拶といった要素にも通じる。
同性愛者に多く見られる現象は、私たちは「人種が違う」から、一般社会とは距離を置き、全く別箇の物差しが通用する固有の世界に生きているという曲がった自負だ。
国民である限り、法律も常識も、あまねく同一基準のもとにある。

同性愛者が増えることで、少子化が促進されるのではないか、という懸念もあるようだが、いくつかの資料を見る限り、一概にそうとも断定できない。人文科学の分野に、単純な算術を適用するのは、サヨク的思考である。

国家的規模に触れうる問題であるなら賛否を戦わせてもよいが、性的志向という次元の話は、思想レベルの範疇になじまない。
もしLGBTが、カップルとして自分たちの権利を主張したところで、事実としてそもそもマイノリティの問題であり、国勢を左右することは予想されない。

「頑張れ日本!全国行動委員会」がこの条例に真っ向から反対していたが、いかにも愛国者の陥りやすい一刀両断的反論で、賛同できない。

例えば、足の不自由な人が、そのことをもって、能力や人格まで否定されるのは正しいことではない。同性愛者に関する意識をどうもつかも、同じことである。
足の不自由な人々、という範疇に対する態度は、彼らがそのことに甘え、傲慢な態度を見せるかぎりにおいて批判されてよい。
同性婚の場合もしかり、であると思う。

本来は、そっとしておくべき事柄であったのに、条例制定をという自己主張そのものが権利を主張しているかのように見えてしまう。そこに伝統主義側の一部が噛み付くのも無理はないが、いささか勇み足のような気がする。

もし彼らが、同性婚では子供の誕生は見込めず、ひいては日本の歴史を途絶えさせうる要因になる、と主張したとしても、それもやはり誤りであろう。

同性婚はマイノリティである。マジョリティのうちにあるマイノリティである。そのマジョリティのうちにあって、意図的に子をつくらない夫婦もいれば、望んでも子を授からない夫婦もいる。
愛国者とは、日本の全体像を見据えてものを言うべきであって、その視点を欠いた発信は、マイノリティどころか、マジョリティからも反感を買うことになるだろう。

現代において、LGBTが大いなる差別を受けつづけているとは思えない。
ひねくれて自らを卑下することはないが、一方で、権利の主張が過ぎるのもよろしくない。

マイノリティが権利を主張すれば、条例制定にまでこぎ着けられるのだ、という図式をこそ、警戒しなければならないのではないか。

※〔資料〕

条例成立時のニュースは以下のとおり。

   ▼
「同性婚」に証明書 東京・渋谷区、全国初の条例成立  :日本経済新聞 (2015年3月31日)http://s.nikkei.com/1IMvYEY
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG31H7P_R30C15A3CZ8000/

 同性カップルを結婚に相当する関係と認め、「パートナー」として証明書を発行する東京都渋谷区の条例が31日の区議会本会議で、賛成多数で可決、成立した。4月1日施行。同様の条例は全国に例がなく、性的少数者の権利を保障する動きとして注目されている。

 証明書発行の時期などは今後、区の規則で定める。区は早ければ夏ごろの開始を目指しているが、桑原敏武区長が今期で引退するため、事実上の運用は4月の区長選で当選する新区長の下で進められる。

 条例成立後、記者会見した桑原区長は「国政に対しても人権上の課題として一石を投じ、歴史的な一ページを開いた」と述べた。

 採決では、出席総数31人のうち自民党と無所属の一部計10人が反対。採決に先立ち、自民党区議は「十分時間をかけて議論し、結論を導くことが肝要だ」と述べた。

 区は条例施行後、専門家らからなる「男女平等・多様性社会推進会議」を設置。区民や事業者に内容を説明し、協力を求めていく。

 条例は、男女平等や多様性の尊重をうたった上で「パートナーシップ証明書」を発行する条項を明記。不動産業者や病院に、証明書を持つ同性カップルを夫婦と同等に扱うよう求めるほか、家族向け区営住宅にも入居できるようにする。条例の趣旨に反する行為があり、是正勧告などに従わない場合は事業者名を公表する規定も盛り込んだ。

 証明書の対象者は区内に住む20歳以上の同性カップルで、互いに後見人となる公正証書を作成していることなどが条件。カップル解消の場合は取り消す仕組みもつくる。

 証明書に法的な効力はなく、区側は「憲法が定める婚姻とはまったく別の制度」としている。〔共同〕
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2015年6月24日 (水)

映画 『紙の月』

監督:吉田大八、原作:角田光代、脚本:早船歌江子、撮影:シグママコト、音楽:little moa、小野雄紀、山口龍夫、主演:宮沢りえ、池松壮亮、小林聡美、2014年、126分、松竹。

よくできた映画だと思う。

子のない契約社員の銀行員が、顧客の孫である大学生と恋に陥り、これは偽物の愛の生活と気付きながらも、自分の思う自由を実現するべく、徐々に多額の横領に手を染めていく。

紙の月とはペーパームーンであり、映画終盤で、梅澤梨花(宮沢りえ)が、空に浮かぶ三日月を指でなぞると、三日月が消えてしまうというところからきている。
その明け方の駅のホームでのシーンは、梨花が初めて、大学生・平林光太(池松壮亮)と夜を共にした晩の明けであった。

監督は、『桐島、部活やめるってよ』で第36回日本アカデミー賞最優秀監督賞、最優秀作品賞を受賞した吉田大八。
原作にはない銀行員として、先輩格でお局的存在の隅より子(小林聡美)、梨花の同僚で、小悪魔的なセリフをささやく相川恵子(大島優子)を、登場させている。
ベテラン石橋蓮司や中原ひとみも出ており、作品を引き締めている。

仕事熱心で顧客の評判もよい梨花は、パートから契約社員となる。
大口の顧客のひとりである平林孝三(石橋蓮司)の邸宅に行くと、たまたまそこに来ていた孫の光太と会う。

帰り道、光太は梨花を待ち伏せしていたば、梨花は無視して帰る。数日後また、駅で互いを見かけ、梨花は光太とラブホテルでひと夜を過ごす。
夫・梅澤正文(田辺誠一)とは円満であったが、夫あ仕事に夢中であり、梨花はどこか気持ちのすれ違いを覚えていた。

やがて、梨花は、光太が大学の授業料150万円余りをサラ金から借りていることを知り、それを立て替えると申し出る。
梨花が、顧客のカネをごまかして得た200万円の入った封筒を光太に渡そうとすると、光太は、「これを受け取ったら、関係が変わっちゃうよ」と言って拒むが、「何も変わらない」と梨花に言われ、受け取ることにする。

次第に二人の関係は親密となり、郊外に二人だけのきれいな賃貸マンションを借り、梨花のくすねるカネも大きくなっていった。・・・・・・

冒頭に1994年と出ており、バブルのはじけたころが背景となっている。
高度成長期にも、三和銀行や滋賀銀行で、女性行員の巨額横領事件が発生していたのを思い出させる。この二件は、結婚をエサに、30代半ばの独身OLが愛人へ貢いだ横領であったが、この映画では、梨花という、世間並みの家庭をもつ女性が、自らの意志で、横領に走ってしまう。

言ってみれば、「よくある話」であって、そこをどう映像化しエンタメ性を保たせるかが、監督の力量にかかってくる。この期待は裏切られなかった。『桐島、部活やめるってよ』を撮った監督だけのことはある。

宮沢りえも、役柄を心得、さまざまな表情を見せてくれる。池松壮亮は、ここのところ観てきた三作品のなかでも、いちばんよい。『愛の渦』『海を感じる時』『紙の月』三作品ともセックスシーンがあるのは偶然というしかない。
ただし、この作品では、セックスシーンは他の出来事と均等にしか描かれていない。これは、梨花の心情を軸として進められているからだ。

初め、化粧品を買うために、支払いに足りず、顧客から預かったままバッグにあった金から、一万円を取り出して使ってしまう。しかし、すぐ次の日には、自分の口座から降ろしてそろえ、業務には何の支障もない。

しかしやがて、光太の借金の話を聞いたところからは、加速度的に、横領していく。そのうち、プリンターを使って、偽の証書までつくるようになる。

隅より子が自身の異動にかかわる話を聞いたあたりから、梨花は怪しまれ、やがて悪事は露見する。光太との関係も終わってしまった。

ラスト近く、会議室で二人だけとなった隅と梨花の対峙するシーンがあり、そこで、「梨花のペーパームーン的ニセ恋物語」は、一応の結論を出す。この無機質な空間で、梨花の紙の月は総括される。この演出はよかった。

冒頭に、カソリック系の女学校で聖歌が歌われる。シスターの指示のもと、外国で災害に遭った子供たちに、わずかでいいので寄付をしよう、ということになり、梨花はその寄付を続けていた。
この回想シーンは、梨花の現在と対比されるが、説教がましいわけでもなく、流れるようなアクセントとして適宜挿入されており、効果的だ。

全体的に、ストーリーに一定のテンポが保たれており、これは、人のカネを横領してまで大学生との豪華な時間に耽る梨花の心情とシンクロしている。
二人の心境の変化は、徐々に二人の衣服がきれいになり、三泊もする豪華ホテルのスイートルームでのはしゃぎようにも現れている。

この監督は、人間の心情の変化を、時間の経過とともに、小道具や日常のひとコマなどを使って描写するのがうまい。

いつもお笑い系の多い小林聡美の芝居がうまい。

映画として、ふつうに楽しめる作品である。

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2015年6月17日 (水)

映画 『この世で俺/僕だけ』

監督:月川翔、脚本:松瀬研祐、撮影:木村信也、照明:尾下栄治、音楽:ゲイリー芦屋、主演:マキタスポーツ、池松壮亮、佐野史郎、109分。

伊藤博(マキタスポーツ)は、 損保会社に勤めるうだつの上がらないサラリーマン、かつてはロックを歌うこともあった。離婚歴があって、今はひとり暮らし。

黒田甲賀(こうが、池松壮亮)は高校生だが、いわゆる不良で、仲間とカツアゲして小遣いを稼いでいた。

この風采の上がらない中年男と不良高校生が、ある晩、同時に、赤ちゃん誘拐の犯人になってしまう。

伊藤は、朝のテレビ番組の今日の運勢コーナーで、自分の星座の今日の運勢が、何でも思いついた時にすぐ実行するのがよいでしょう、と知り、これを真に受け、夜のコンビニに乗り付けてあった車を、勝手に運転して去ってしまう。

そのコンビニ前でたむろっていた甲賀がその車をバイクで追いかけ、橋の下で格闘となるが、赤ん坊の泣き声を聞いて車に戻ると、後部座席にダンボール箱に入れられた赤ちゃんがいた。

冒頭からちらちら知らされるが、この街ではもうすぐ市長選挙があり、街の再開発派である現市長・犬養とおる(佐野史郎)は、再選するために、ヤクザを使って、ライバル候補で再開発反対の市議・大隈泰三(野間口徹)の一人娘を誘拐させたのであった。・・・・・・

どちらかと言えば、コメディに入るのだろう。
主役二人のストーリーはなかなか難しい。本作もその落とし穴にはまっている。

それぞれの現在にいたるまでの経緯は、たしかに会話や短いカットに表わされているが、それだけでは物足りない。

この二人が出会うこと自体が、ドラマの核になっているのに、そのへんの描写が足りないので、電車で隣り合わせた者同士が出会ったくらいのインパクトしかない。これが最も残念な点だ。
過去の経緯をところどころ回想で挿入するだけでも、だいぶ違っていたはずだ。

ヤクザ集団に追いかけられるなど、逃走シーンが多いのはドタバタ喜劇の常道だが、これも、集団全体から、追う者・追われる者の必死な表情のアップまで、いろいろなカットが組み合わさればいいものを、それがないので、迫力に欠けている。

予算も限られていたようだが、要は脚本の不出来と監督の力がないということだ。

こうなると、役者それぞれの演技力がものを言うしかない。
主役二人は、その責任をみごとに果たしている。

マキタスポーツというのはよく知らないが、池松壮亮はこうした条件にもめげず、役になり切っていた。

子役のときから活躍してきたが、『男たちの大和』でも、仲代達矢・鈴木京香との現在の描写では、15歳ながら存在感を発揮し、細かい演技は注目に値する。
池松が操縦するラストシーンは、あの映画の締めにふさわしかった。

今秋公開予定の『劇場版 MOZU』に、重要な役どころで出るようだ。楽しみにしたい。
しかし、何より、池松主演の映画が出きるのを期待している。もっと深みのある役柄に挑戦してほしい。コイツはできる!

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映画 『ムカデ人間 2』

監督・脚本:トム・シックス、撮影:デヴィッド・メドウズ、音楽:ジェームズ・エドワード・バーカー、主演:ローレンス・R・ハーヴェイ、91分、モノクロ、2011年、イギリス映画、原題:The Human Centipede II

とにかく気色悪い映画であり、前作のつづきとはいえ、こういうふうにつづくのかと、かえって失笑してしまうくらいの代物だ。

ムカデ人間とは、前作でハイター博士がおこなった人体実験である。
人間の肛門を口と結合し、複数の人間をつないで、ムカデのようにしようというものだ。

前作『ムカデ人間』と同じ監督で、長さもほとんど同じだが、こちらはカラーではない。
主演マーティン役のローレンス・R・ハーヴェイ(現在44歳)はイギリスの俳優で、この作品で初めて世界的に有名になったが、本国では子供向けの番組に出るなど愛嬌のある表情が売りのようだ。日本の映画が好きな親日家でもある。
アシュリン・イェニーは前作に続き、マーティンに騙されてオーディション会場に来る本人役で出ている。

マーティンは、ロンドンのとある地下駐車場で、ひとりで夜間の警備員をしている。
駐車場の監視をしながら、PCで『ムカデ人間』のDVDを観るうち、ついに、自ら、ムカデ人間を実現させようとする欲望を抑えきれず決行することにした。

駐車場にくる客の男女を痛めつけたのを皮切りに、目的の人数になるまでには、粗暴な義理の父親まで半殺しにする。
マーティンにはやや発達障害があり、それを日常的に、両親からなじられていた。

彼の趣味はといえば、本物のムカデを水槽に飼い、たまに昆虫をえさとして与えることと、ムカデ人間のDVDから、その実現方法を書きとめることであった。
そして、今やそれを実現することになったのである。彼は常に、長めのバールと拳銃を持っていた。

大きな空き倉庫を借りたマーティンは、その貸主までも半殺しにして、自分の実験台とする。前作に本当に出演していた女優アシュリン・イェニーを、騙して倉庫に呼び、彼女も実験台にする。

ようやく目的の12人がそろったところで、いよいよマーティンの目を覆いたくなるような苛烈な実験が始まる。・・・・・・

前作が、仮にも、医師であるヨーゼフ・ハイター博士が、ムカデ人間を実現するべく、多少とも医学的な描写があったのに対し、本作は、もろにスプラッターホラーとなっている。

白黒にされているだけに、血の色を見ないが、カメラが引いて倉庫にころがる全員を捉えるシーンなど、黒がぎらぎらとして、かえってなまなましく感じる。

カラーでないだけに、フィルム上ではどこか思索的な雰囲気を醸し出している。これは、屈折したマーティンの心理を表わすのにひと役買っている。
とはいえ、やはり前作とは異なり、特に後半は残虐シーンの連続で、ストーリー性は後回しにされた感がある。それが狙いなら、これもしかたない。

単なるスプラッターで終わらず、イーライ・ロス監督の『キャビン・フィーバー』をはるかに超えて、不潔度と薄気味悪さ満点であり、ミヒャエル・ハネケ監督の 『ファニーゲーム』と似た不愉快さ・嫌悪感を放ちまくる映画となっている。残虐性において、イーライ・ロスのヒット作『ホステル』シリーズに並ぶだろう。

全編にわたり猟奇的であり、精神異常者の犯行そのものである。マーティンはハイターと違って医者ではなく、全くの素人であり、自らの趣味として、ムカデ人間を実現させようというのだ。それゆえ方法が稚拙であるが、それだけに素人の異常性を思い知らせてくれる。

そもそも、主演のローレンス・R・ハーヴェイという俳優が、実に醜いのだ。存在からそのまま悪臭を放つようだ。

髪は薄く頭の前側は後退しており、頬が膨れ、首もなく、目はギョロ目で、瓶底メガネをかけるときもある。チビでデブであり、全裸のシーンも数回出てくるが、腹だけが異様に膨らんで垂れており、下腹部を覆うほどだ。ハゲも腹もメイクではない。
下腹部が映るときはボカシが入るが、それでもなお、ペニスは、浮き袋の空気注入口並みの短小さであることがわかる。

同居する実の母親からも疎んじられ、義理の父親はプロレスラーのような体格で全身に入れ墨が入ってる。
母親殺害のシーンは迫力がある。向かい合っての食事中だが、ムカデを飼うことなどをなじられ、拳銃で頭を撃ち抜く。頭の中央が吹っ飛んで向こうが見えるほどの頭部に、髪の毛だけが付いている状態で、その死体をいすに座らせる。それに向かい合って、マーティンは平然と食事をするのだ。

マーティンは時折自慰行為に走るが、なぜだかペニスにサンドペーパーを当てがう。それはマーティンにとっての快楽なのだ。サンドペーパーに包まれたペニスが血まみれ状態でオナニーするシーンにはボカシが入る。

劣等感にさいなまれ、肉親にも見放され、到底女性にも相手にされず、ムカデ人間の実現こそが、彼の生きがいであり幸福となる。

ガムテープで手足を縛られた全裸の老若男女が、広い倉庫のそこここでうめき声を上げ、のたうちまわる光景は異様そのものだが、マーティンにとって、それはまだ過激な「手術」のウォーミングアップに過ぎない。

立てないように膝の肉をはがし腱を切り、歯をバールで砕き、前の人間の肛門と次の人間の口は大型ホチキスで留めるなど、凄惨なシーンが連続する。

最初の人間にものを食わせてもなかなか排泄して次の人間に移動しない。マーティンは苛立って、各人全員の尻に下剤を注射して回る。
しばらくすると、全員の腹からグーグー鳴る音が聞こえ、前の人間の排泄物は次の人間の口へと流れていく。口からこぼれてしまう者もある。
マーティンはその光景を見て狂喜するが、すぐにゲロを吐くというのはご愛嬌だ。

このおぞましい映画は、当然R18+であるが、一般の観客が観ても絶えられないシーンが多い。
ストーリー性やカメラワークより、マーティンの心情に成りきって視聴するよりほかにない。

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2015年6月16日 (火)

映画 『トラッシュ!-この街が輝く日まで-』

監督:スティーヴン・ダルドリー、原作:アンディ・ムリガン、脚本:リチャード・カーティス、主演:ヒクソン・テヴェス、エドゥアルド・ルイス、ガブリエル・ワインスタイン、編集:エリオット・グレアム、音楽:アントニオ・ピント、英・ブラジル合作、ポルトガル語・英語、カラー、114分、原題:Trash(ゴミ)、

3人の少年、ラファエル、ガルド、ラットを演じるそれぞれヒクソン・テヴェス、エドゥアルド・ルイス、ガブリエル・ワインスタインは、地元の住民からオーディションで選ばれている。

この3人の少年たちが棲家にしている家のジュリアード神父は、マーティン・シーン、ボランティアとしてこの家の手伝いをしているオリヴィアは、ルーニー・マーラ、ストーリーの核心人物ジョゼ・アンジェロは、ヴァグネル・モウラが演じている。

リオデジャネイロ郊外のゴミ捨て場には、毎日大量のゴミがトラックで運ばれてくる。

ラファエルとガルドは、たまたま見つけた財布の中を見ると、少しの現金以外に、父親と娘が写った写真や、数字の書かれた暗号めいたメモを見つける。

二人は、どぶ川に住むラットとともに、天真爛漫にも、財布を届け、ふっかけて、大金を手にしようと考える。だが、ラファエルは謎めいたメモから、真相を突き止めようとする。

そうこうするうち、警察は、重大な財布の落とし者がないかどうか、彼らのゴミ山に迫り、少年たちに探すよう指示する。
ある日、ラファエルとガルドだけが捜索に加わっていないことを知った刑事フェデリコ(セルトン・メロ)は、翌朝、ラファエルをパトカーに拉致し、暴力をふるう。・・・・・・

ダニー・ボイルの『スラムドッグ$ミリオネア』を彷彿とさせるブラジルの貧民窟が舞台で、警察や少年の追跡劇の舞台は、すべてそうした建物や狭く入り組んだ迷路である。
彼らの棲息する場所は、まさにゴミの山であり、中央にたまった水場の上に、丸太を汲んで生活している風景も映る。

3人は14歳というのに、ようやく読み書きができるほどであったが、不正を直観し、「正しいことをやりとげる」という考えのもとに、最後には政治家の悪事が露呈する。

彼らはついに、大金を手にするが、その一部がゴミの山から下に向けてばらまき、新天地の海沿いに移動し、漁師になることを暗示して終わる。
札が空に舞うさまは、拾うほうからすれば、まさに、カネが天から降ってきたようなものだ。

暗号を解いて、ある墓地に行くと、そこには殺されたジョゼ・アンジェロ(バグネル・モーラ)の娘が隠れ住んでいた。写真にあった少女だ。

ラスト近く、この少女が出現することで、娘は生きていたのだという事実によりそれまでの流れが一変して明るくなる。フェデリコはそこにも来るが、四人は逃げおおせる。

相手が子供であっても容赦のない警察、賄賂がまかりとおる政治の裏側、食う物にも困る日々の生活・・・そうした境遇にありながら、拾ったひとつの財布に対する少年たちの好奇心と正義感、躍動感、生きることへのたくましさ、互いの友情は、見ていてすがすがしい。

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2015年6月11日 (木)

共産党を袖にした革マル派だが、その実態は… (2015年6月11日)

先日、JR代々木駅で大江戸線に乗り換える地下への入口前で、多数の共産党員が、「赤旗」の見本を配っていた。
今や、代々木は代々木ゼミナールの街ではない。文字通り「代々木」(日本共産党中央委員会)の街である。(共産党は、本部と言わない。委員の集まりであり中央委員会と呼ぶ。ソヴィエトと同じだ。)

見本というが、実際の6月10日の「赤旗」であった。
なぜこの日の「赤旗」を見本にしたか。そこには、共産党の重大決意が掲げられていたからである。
すなわち、戦争法案反対にかこつけて、「戦争法案阻止・党勢拡大大運動」をよびかける、という見出しで、幹部会による今後の方針が、見開き2ページに述べられている。

党勢倍加と世代的継承を二大目標とし、来年の参院選で、850万票、得票率15%以上獲得を目指している、という。
また、党の自力の弱点を克服しなければ、将来の躍進の保障はない、とも書いている。

共産党は、表面とは違い、内部においては、深刻な危機をかかえているのだ。「赤旗」購読者が減り、党員も伸び悩んでいる現状を、まことに正直に憂いているのである。
若返りをしようにも、重荷を背負うだけの覚悟がある幹部が育たないし現れない。長老は居座ったままだ。

何かと秘匿主義の党であるが、表に出すかぎりの情報に関して、共産党には嘘がない。解釈や形容において、我田引水するのである。

共産党は、安倍政権の安保法制そのものに反対しながらも、この反対運動を契機に、党の勢いを増そうとしているだけなのだ。

これはある意味、安保法制ありやなしや、という土俵に乗っかって議論しているわけで、テロ政党と言われて共産党議員が立腹したように、彼らは今ではあたかも、常に机上の議論に終始するようにふるまっているのだ。

かつてのテロ政党は、自衛隊を違憲と言いながら、民主主義の名の下にあるからには、議論を通じてのみこれに反対することに終始し、そのために、自衛隊こそ平和憲法を維持してきた立役者であり、これを戦地に送り出す法案は戦争法案だと短絡し、同時にこれが自衛隊に関する矛盾した発言になっていることに気が付かない。

いや、気付いているのだ。が、はっきり言って、どうでもいいのだ。

おそらく、衆議院の優越で、法案は通過・成立するだろう。共産党も野党として、できるだけのことはするが、あくまでも党勢拡大の契機であって、あわよくば参院選で議席が増えでもしたら、一石二鳥くらいのところなのである。(むろん、そうは問屋が卸さないが。)

法案が通れば、その後も反対姿勢の手を緩めないぞ、と演技は続けるだろうが、党勢がいかようになったかだけが、幹部連中のもっぱらの関心事なのである。

こうした光景が、革マル派には鼻につくのである。

一水会が右翼の街宣を受け、やがて結局、右翼であることをやめると放棄宣言をしたが、これと並行して、共産党と革マル派のなりゆきにも注目していた。(もはや中核派に力はない。)

国会や街頭演説、機関紙「赤旗」では舌鋒鋭いクセに、反対の主張は、政権側の用意した土俵のなかでのことであり、革マル派は、これを、だらしがない、と批判するのである。

「日共における不破=志位指導部は、戦争法案に反対する一点共闘の名において、保守層に迎合し、安保反対を後景におしやっている」と批判するのである。

安保法制に反対・賛成なのではなく、安保というありかた自体を否定するのが、革マル派の立場である。(ここだけとると、まるで愛国者のようでもあり、一部右翼がサヨクに近付くのは、このあたりの、まさに一点共闘なのである。)

共産党の一点共闘とは、左傾勢力にもそれぞれいろいろな思惑があろうが、政権批判で手に手をとることができる共通のテーマについては、その一点につき、どことでも共闘し合おう、というものだから、革マル派は意味を取り違えている。

池内沙織も、野党の一点共闘をさらに広げて、安保法案を廃案に追い込もう、と言っており、一点共闘は、幹部から末端の使いっパシリにいたるまで、現今の共産党の、

<泣くに泣けぬ悲鳴にも近い妥協策>

なのである。

革マル派の機関誌「解放」号外(2015年5月17日)には、二つのタイトルが掲げられている。

「侵略戦争法の制定を阻止せよ/安倍ネオ・ファシスト政権打倒!」というタイトルの前に、より大きく「辺野古新基地建設を阻止せよ/全米軍基地撤去!/安保破棄!」というタイトルが赤の背景に書かれている。

共産党が「戦争法案」と呼ぶのに対し、革マル派は「侵略戦争法」としているが、これは似たようなものであり、命名の差に過ぎない。

むしろ、ひとつの政権打倒よりも、全米軍基地の撤去や安保破棄ということばからして、安倍政権だけが敵なのではなく、すべての保守政権、戦後の自民党政権、日米の協力関係そのものに対して、反対を唱えているのである。

一部を引用しよう。一部既成指導部とは、日本共産党指導部のことである。

★一部既成指導部は、この時に、「保守層」との「一点での共同」を自己目的化し、辺野古の闘いにおいて「反安保」を意図的に投げ捨てている。資材搬入や海底ボーリング調査を実力で阻止する闘いを「保守層との共同」の阻害要因であるとみなし、この闘いに陰に陽に敵対している。「安保賛成」の保守層の顔色をうかがって「反安保」を放棄するのは、闘いを敗北に導く裏切り行為ではないのか! 

彼らは党としては一応は「安保廃棄」を掲げているとしても、その内実は、「安保廃棄」以前に現存政府でも採用可能な政策――NATO並みの「対等な軍事同盟」への改良というべきもの――を代案として対置し、その採用をもとめることに実質上は解消してしまっているのだ。こうした一部既成指導部による「反安保」の放棄をのりこえ、いまこそ、<全米軍基地撤去・安保破棄>めざし、反戦・反安保闘争の高揚のために奮闘しよう!★

革マル派は、この妥協の産物、保守政権での土俵における議論という、政権へのおもねった態度を嫌忌する。
安保そのものの破棄が、目的なのであり、この限りにおいて、共産党も一刀両断にされる。

革マル派のこうした短絡思考は、ちょうど、学生運動華やかなりし昭和35~44年ころを彷彿とさせる。現在ではほとんど存在意義を失った社民党の主張に通じるものがある。
翁長知事の発想にも近い。翁長を「理論的に」支えているのは、反日弁護士・猿田佐世である。

福島瑞穂の内縁の夫・海渡雄一が在籍する弁護士事務所に猿田佐世も籍を置いており、「新外交イニシアティブ(ND)」とやらの事務局長をしている。事実上、ひとりでやっているようなものだ。翁長をけしかけて暗躍しているのは、この猿田佐世である。

今の革マル派には、おそらく、かつての学生運動家である団塊の世代左翼が、未練を込めた意趣返しをするために、多数参画している。
HPの更新や、記事の書き手も、おそらくは年配の世代だろう。
死ぬ前に、もう一度やりたかったことを成し遂げたい、というわけだ。

そのためには、カヌーも送る、カンパも振り込む、現地に引っ越す、自分を裏切った(と本人は思っている)本土や体制を離れ、余生を自然豊かな沖縄で過ごすのだ。
そしてあとは、やりたい放題である。

革マル派は年配の元左翼学生に支配された、レクリエーション組織となっている。親中云々というより、自分の死後の日本など、どうでもいいと思っているのだろう。

革マル派は、共産党の一点共闘には乗らないことがはっきりした。
旧左翼が大きな顔をして先輩づらできる現サヨク学生や「学生後」の人間を、寄付や「ためになる思い出話」で集めているのが実態だろう。

共産党にとって、安保法制阻止は、党勢拡大と世代的継承の踏み台にしか過ぎない。
革マル派にとって、安保法制反対は、広義の「遊び」にしか過ぎない。

危機感、誠実さ、計画性、一貫性、気合いの入り方、そして愛国心・・・
政権側が勝利するに決まっている!

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2015年6月 4日 (木)

「みたままつり」~今年は参道に露店なし (2015年6月4日)

『靖国』(靖国神社崇敬奉賛会・会報)6月号によると、今年も例年どおり、7月13日(月)から16日(木)まで、 「みたままつり」が開催されるが、今年は、参道への露店出店を見合わせるとのことだ。
祭典は通常どおり行なわれ、神輿も出るが、多くの人出によりトラブルも多く、今年は露天を出さないことにしたようだ。
おそらくは、神社独自の判断だけではないと推量するが、結果的にはこれでよかった。
これは以前から、心ある参拝者がみな思っていたようで、私もそうだ。
年末年始はいいとしても、春のさくらまつりのときも、露店は廃止してよいと思う。
神社側の説明以外に、賛成の理由は二つある。



参道に人が出るということは、少なくとも、靖国神社の存在を認識してのことであるので、そのこと自体はありがたいとしても、参拝をしない者が多いのだ。
単にお祭り気分だけで、飲み食いに来るのは、まるで盆踊りと同じ感覚だ。「みたままつり」の本旨からはずれる。
もうひとつは、祭りの終わったあと、参道が汚れてしまうということだ。
ゴミはそのつど分別して収集しているが、露店では油を使うため、アスファルト地面に、黒い油の跡がついてしまう。
ひと月後くらいに行くときれいになっているので、神社が清掃業者に頼んでいるのがわかる。露店をなくせば、このコストを抑えることもできる。
露店商にはそれぞれの言い分もあるだろうが、祭典の趣旨を汲んで、理解してもらうしかない。
それにしても、神社としては、大きな決断だったろう。来年以降もつづけてほしい。
献灯についても、永代献灯は、今年で、新規申し込みを終了する。

無粋な話だが、4日間の献灯の初穂料だけで、神社としては2億円前後の収入があることになる。永代献灯にすると、各年の収入が減るということも考えられるだろう。
永代献灯の廃止も、賛成だ。

そうした収入面の予想もあろうが、個人的には、「みたままつり」は毎年のことでもあり、心新たに、その年の初穂を収めるというのが、英霊に対するありうべき姿勢であり、献灯の趣旨と思うからだ。
靖国神社に再三伝えているのは、警備員の増員と、積極的な警備のことだ。


神社という場所柄、あまり警備員の姿が多いというのは、たしかにあまりいただけない。それでも、目立たないように警備するというのもプロの技であろう。
靖国神社の境内の警備は、参道の車の誘導などの警備と違って、伝統的に元警視庁警察官から採用することになっている。
しかし、どう見ても、ことなかれ主義で退官した者が、ことなかれ主義で時間の経つのを待っているばかりのようだ。
彼らには神社側から、再就職者並みとはいえ、月々の給与が支給され、夏冬の賞与も出る。異動も転勤もない。ならば、もっとしっかり仕事してほしいものだ。
いつぞや拝殿前で、賽銭箱と同じ高さにいながらにして、大きな声で携帯電話で話している男(日本人)のことを書いた。

直接注意するより、わきにいる警備員に依頼すべきと思い、その警備員に注意するよう促したが、文字通りゴニョゴニョ言ってるだけで、何もしなかった。しかたないので、ジェスチャーでその男に知らせた。
今の警備状況では、靖国神社のどこにでも、本格的に放火しようと思えばいくらでもできる。そういう隙(すき)があり過ぎるのだ。


鳥居の足にちょろっと放火した事例はあったが、あれは犯人が逃げることを考えているからである。逮捕覚悟で火をつけようとする反日分子も、大勢いることを再認識してもらいたい。
多くの参拝者は、心穏やかに参拝する。警備陣は、ピリピリした雰囲気を醸し出さずに、しかしきっちりと仕事をしてもらうほかない。

2015年6月 1日 (月)

飛騨高山紀行 (2015年6月1日)

5月26日から三泊で、高山市に行ってきました。
フォト集を見ていただければ、街のようすは一目瞭然です。
とにかく、すべてにきれいな街です。
学生時代、秋の高山祭に合わせて、友人のところ(会社が借りている寮)に厄介になって以来です。
そのときはその名古屋出身の友人も、高山に来たことがなく、いっしょに見て回ったはずなのですが、布袋台のからくり人形と白川郷が印象的だったくらいで、時間もなかったため、他の景色が記憶にありません。
今回の高山行きは『氷菓』をきっかけにしていました。それでも4年ぶりに、仕事を休んで遠出するので、いろいろ調べてから行きました。
宿は、せっかくだからと日本旅館に決めていましたが、朝食・夕食の時間に縛られるのはいやだな、と思いつつ検索したところ、古い街並のど真ん中に、素泊まり専門の小さな宿があることを知り、そこを予約しました。
河渡(ごうど)という純和風旅館です。五へやしかありません。オフシーズンだからとれたのでしょうね。他に客はありませんでした。
3日間とも天気に恵まれ、むしろ暑い日々でしたが、湿気はないので、からりとした日差しがきつい、という感じです。
好天のもと、歩兵のように歩き回りました。散策が目的だったので、多くの資料館のうち、昭和館以外はパスしました。
氷菓関連のスポットはほぼ暗記していたので、そこに出くわすと写真を撮っていましたが、街の中をきれいな川が流れ、その脇をぶらぶらするのが目的だったので、旅行としては大成功でした。
そうは言っても、宮川にかかる橋は、赤い中橋から万人橋まで、必ず渡ると決めていたので、着いた日早々、けっこう歩きました。
高山は、月遅れ(ひと月遅れ)で、雛祭りや端午の節句を祝うとのことで、6月5日までは、あちこちに鯉のぼりがありました。
アニメには、サギが魚を喰らうシーンがありますが、実際にサギがいて小魚を獲っているのには驚きました。段差で水の落ちたたまりには鯉が泳いでおり、よく見ると、両脇から排水されるところがなく、すべて山からの水だとわかりました。
弥生橋に合流する小さな江名子川にも、小さな橋がかかっているので、その脇を延々と歩いていきましたが、だんだんと人里離れてくるので、途中で引き返しました。
歩き回るのは好きなのですが、さすがに足が疲れてきたので、休み休み帰ってきました。
高山のいいところは、いろいろなところにベンチや腰かけ用の切り株があるので、どこでも一休みできることです。靴を脱いで、靴下も脱ぐと、ほっとします。
その足で、喫茶「去(かつて)」に寄りました。アニメで2回登場しますが、この店は最高ですね。
古い街並には、格子戸の喫茶が何軒かありましたが、もうひとつ入った「ばらん」とここは、何度でも入りたい店です。
翌朝は、宮川朝市を見たついでに、付近の食堂に入りました。
せっかくだからと、朴葉味噌定食のうち、飛騨牛入りのほうをいただきました。
おかみが、朴葉が青いのよ、と言っていましたが、どういうことかわからず、帰って宿で聞いたら、ふつうは枯れた茶色の朴葉だが、今は朴葉が茂る季節なので青い朴葉を使える、とのこと。つまり、青葉の朴葉とは貴重でいいときに来ましたね、お客さん、と言いたかったのです。
この食堂は、客がいようといまいと、近所や知り合いのおばさんたちが始終出入りして、奥で話しています。片手間に食事を出しているという感じがいいです。
飛騨弁というのがあるようですが、関西弁に近いけどちょっと違う印象です。
観光の街だからなのか、・・・ということがいくつかありました。
地元のタクシーは、信号のない横断歩道で何人か渡ろうとしていると、だいたい止まってくれます。一般車両もたまに止まります。
宮川のほとりを歩いているときに、制服の男子中学生の集団とすれ違いましたが、そのとき、先頭のひとりが「こんにちは!」と言ったのです。思わずこちらも「こんにちは」と返しました。
その数メートルあとには、今度は女子の数人が来ましたが、やはり「こんにちは」と言ってくれました。これは、爽やかでした。
ここで、私に愛国スイッチが入りました。
三日目は、やや遠いですが、日枝神社に行きました。
春の高山祭「山王祭」は、日枝神社の例祭です。日枝神社は旧高山城下町南半分の氏神様、秋の高山祭「八幡祭」は、旧高山城下町北半分の氏神様、桜山八幡宮の例祭です。
相当奥へと広い神社で、木立ちも天を突くほどの高さで、古くからの氏神様であることがわかります。
高山本線の反対側・西側も、少し歩きました。
こちらは、東側と違って、すぐ住宅街と畑になりますが、そこに美しい木造の建物を見つけました。こんなところに美術館や資料館らしきものはなかったはずと思いつつ、表に回ってみると、小学校でした。高山市立南小学校とあります。
校庭側から見ると、やはり雪国のためなのか、屋根が大きく広くとってある平屋になっていました。雪を落としやすいといいます。これは古い街並でも、雪への対策があったのと同じです。
校舎側中央に、国旗・校旗・市旗が整然と掲揚されていました。
岐阜県は、栃木県・愛媛県と並び、日教組組織率がゼロの県です。そもそも伝統を重んじる街に、ヤクザ教師のほうが棲みつかなかったのかも知れません、あるいはまた、愛媛県のように、まともな教師たちの格闘の歴史があったのかも知れません。
平日午後に揚がっているということは、毎日終日、掲揚されているということです。
こういう光景を見ると、ほっとします。これが日本の風景の原点です。
4月に同僚が函館に旅行したとき、観光スポットには必ずと言っていいほど、中国人がいると言っていました。
高山も同じです。視野に入る3分の1近くはシナでした。言語でわかります。韓国語には一度も出会いませんでした。
日本のこんな奥まで旅行できる中国人は、限られた人々でしょう。あらかじめ場所柄からして注意をされていたのかわかりませんが、静かに観光を楽しんでいました。同じ中国人でも、行き先を選ぶ段階で、性格や知性も選別されるのでしょう。
行きの高山本線は、ほとんどが年配の白人の集団でした。
観光の街には、聞いたことがない言語のアジア人も多いです。池袋あたりにも最近多い人種で、東南アジアの人々ですね。場所柄なのか季節柄なのか、男女の若いカップルや家族づれはほとんど見かけませんでした。
日本人はやはり老夫婦や婦人の集団が多かったです。
この街には、ベンチ以外にもささやかな配慮が見てとれます。
旅館では床の間に生花があり、二日目に戻ると白い芍薬に替わっていました。朴葉味噌を食べたところも、百合の花は生花でした。喫茶「バグパイプ」の各テーブルにも一輪挿しがありました。喫茶「かつて」は、二階への階段下に、立派な器に花が生けられていました。
これは当然のことなのかも知れません。高山の人にとってはあたりまえのことなのかも知れません。しかし、こうした細やかな配慮もあって、人々を惹きつけ続けるのでしょう。
こういう街が日本にあり、多くの人が日本の伝統のよさを知る・・・これは日本の誇りです。
高山はこれが最後と思って出かけましたが、また行くことになりそうです。

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