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2015年4月18日 (土)

映画 『チャイコフスキー』 (2015年4月18日)

監督:イーゴリ・タランキン、脚本:イーゴリ・タランキン、ユーリー・ナギビン、ブジミール・メタリニコフ、製作総指揮・音楽:ディミトリ・ティオムキン、指揮:ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー、撮影:マルガリータ・ピリーヒナ、編集:レオニド・ネホロシェフ、ゾーヤ・ウェリョフキナ、主演:インノケンティ・スモクトゥノフスキー、アントニーナ・シュラーノワ、1970年8月、ソ連映画、カラー、154分、原題:Чайковский(チャイコフスキー)、日本公開:1970年12月

当時、高校1年だったわけだなあ・・・封切直後に、有楽町の映画館まで行って観てきた。

当時、ソ連を代表するチャイコフスキー指揮者、ロジェストヴェンスキーが指揮をとるほか、ボリショイ・オペラ、ボリショイ・バレエ団、レニングラード管弦楽団など一流どころが出演・協力した映画である。
一度も会うことなく、チャイコフスキーに経済的な支援を送りつづけたフォン・メック夫人についても、丁寧に描かれている。

プロローグとエピローグに挟まれた二部構成となっている。

ピョートル・チャイコフスキー(愛称、ペーチャ、インノケンティ・スモクトゥノフスキー)は、新曲、ピアノ協奏曲第1番を、親友でピアニストのニコライ・ルビンシテイン(ウラジスラフ・ストルジェリチク)から批判されながら作曲していく。

フォン・メック夫人(アントニーナ・シュラーノワ)は亡き夫の跡を継いで、女手ひとつで娘を育てながら、商売を営んでいる大富豪であるが、知性的で賢明で芸術にも理解があり、特にチャイコフスキーの音楽には、早くから注目していた。
あるコンサート会場で、夫人はピョートルを遠くから見るが、二人は以降も手紙のやりとりをするのみで、実際に会うことはなかった。

デジレ・アルトー(マイヤ・プリセツカヤ)のオペラシーンや踊るシーンを挟みながら、デジレとの恋が描かれるが、その恋は終わり、学生であったアントニーナ・ミリュコーワ(リリア・ユージナ)としぶしぶ結婚する。だがアントニーナは品もよくなく、ピョートルにふさわしい妻ではなかった。
ピョートルはこれを悲観し、近くの川に入水自殺しようとするが助けられる。

フォン・メック夫人邸を訪れたニコライは、ピョートルの払うべき慰謝料や今後の生活費について相談し、夫人は承諾する。その直後、ニコライはパリで病死し、ピョートルは衝撃を受ける。茫然としたまま知人とパリの街中をさまよいカフェで話し込むうち、新たな創作の情熱が芽生える。

長い汽車の旅のなかで、自分の音楽に対する新聞の批判記事を読むうち、幻にフォン・メック夫人とやりとりした手紙の内容が回想される。
夫人は手紙を通じ、ピョートルを心から愛し、邸に招待するので会いたいと綴るが、ピョートルは、合わないほうがいいとして、断り続ける。

幾星霜を経て、夫人邸に雇われていた楽士にして秘書役のウラジスラフ・パフリスキー(キリール・ラヴロフ)は、夫人の娘と結婚している。商売は娘夫婦の預かるところとなり、夫人はピョートルに会えない心痛から神経を病んでいた。
ピョートルからの手紙は続いていたが、夫人は病いで字が書けなくなっていると聞いていたため、ウラジスラフ宛てになっていた。ウラジスラフはピョートルの手紙を、夫人に渡していなかった。

やがてピョートルは、交響曲第6番「悲愴」の作曲に着手する。
街中で偶然、ピョートルはウラジスラフに会い、夫人から手紙が届かない理由を尋ねるが、出世のために夫人を利用したあなたのせいで、夫人は病気になったのだ、と罵られる。

第6番の作曲は順調に進んだが、何か足りないという思いがあり、ピョートルは最後の部分を修正して世に出す。自ら初演を指揮したこの曲は観客の大喝采を浴び、ピョートルは英雄視される。その9日後に、彼は息を引き取る。

ラストに、プロローグに戻り、子供のころのピョートルの姿があり、次いで、白樺の林を歩く作曲家チャイコフスキーの姿が静止して終わる。

まさに、この修正した部分が、6番の第4楽章であり、悲劇のメロディーであることを暗示している。
交響曲が第4楽章まであるときは、最後の楽章は盛り上がって終わるのが常であるが、6番の盛り上がりはみごとなまでに3楽章でいったん終わり、最後に悲劇的な哀しい旋律を讃える楽章が付け加えられるという異例の形をとっている。
1楽章冒頭から悲劇的な主旋律で始まるが、4楽章もそのように終わることで、この交響曲は、まさしく悲愴となった。

自分の意志で、合わない方がほうがいいと決めたフォン・メック夫人に対する、ピョートルの心からの感謝と、心の嗚咽が託されているかのようだ。

この映画は、チャイコフスキーが、35歳から、逝去する53歳までの時期を取り上げている。
特定の時期のチャイコフスキーの作曲家あるいは人間としての姿を追った人生ものであり、メリハリを楽しむような映画ではない。
それだけに、上に出てきた以外にも、「花のワルツ」など随所に彼の著名な音楽がふんだんに流され、作曲家をモチーフにした作品ならではの豪華な出来栄えになっている。

フォン・メック夫人の最後には触れられていない。夫人は、チャイコフスキー逝去の翌年、1894年に亡くなっている。
夫人の側については詳しく描かれていないが、この映画としてはそれで妥当だろう。

明るく威勢のよい交響曲第4番は、夫人に捧げられている。夫人からの資金援助が始まったころであり、熱のこもった作品である。この映画でも、前半にBGMとして流されている。

これを初めてコンサートホールで聞いたとき、身震いしたものだ。割れんばかりの拍手というが、本当にホール自体が崩壊するような絶大な喝采というのがこの世にあるのだと知った一瞬だった。
チャイコフスキーは、本当に、楽器を鳴らすことに長けている作曲家であると思う。

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