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2014年12月17日 (水)

沢木耕太郎 『テロルの決算  新装版』 (2014年12月17日) 

沢木耕太郎・著  文藝春秋  2008年11月7日

山口二矢の浅沼稲次郎刺殺事件についてのノンフィクションである。 

『山口二矢供述調書』(山口二矢顕彰会編、展転社、平成22年11月2日発行)以外で、かの事件に関することを中心的テーマとして書かれた、ほとんど唯一の書籍である。 

事件の真相をリアルタイムで追うという形を取りながら、それぞれの誕生から始まり、政治活動に至るまでに言及され、それらが適宜挿入され、特に浅沼はよわい60を超えているだけに、戦前から戦後間もなくの政治状況や、昭和30年代の激動の時代背景にまで話は及ぶ。 

左翼と右翼が激突しながら迎えた安保条約自然承認のあと、10月12日に、日比谷公会堂で山口が浅沼を刺すに至るまでについては、浅沼周辺の人々の発言に触れ、特に2回目の中国訪問のときの演説やその後の発言により、一気に右翼の怒りを買うまでになったことが明らかにされる。そして、他方、同時に、愛国党を離れた山口の決意と決行までのようすを、独自の調査と収集資料により、克明に描き出している。 

両者双方から、その瞬間までを描くことで、映像的なダイナミズムをもったノンフィクションとなった。 


夭折者に関心が向くのは、こうしたノンフィクション作家にとっては本能に近いものがあるだろう。実際、沢木は、あとがきでそう述べている。 

「二矢がもし生きていたら…楽しいこともあったのだろうか… 
いや、夭折した者には、それ以上の生を想像させないところがある。…特に二矢の場合ほど、もし生きていたらという仮定を撥(は)ねつける夭折はない…」 


何歳までを夭折というか決まりはないが、一般的に若くして死ぬということをさすのだろうし、この言葉には、多分に、文学的なヒロイズムが隠されている。 

滝廉太郎も中原中也も、立原道造も藤村操も、あるいはショパンだって夭折と言えないこともない。 


こういうものを書くからには、そうしたきっかけがあるわけで、ということは、初めから二矢という人間への暖かなまなざしが見て取れるのは当然かもしれない。 

二矢は事件後、その背後関係を疑われ、何度も取り調べを受けた。しかしそうした背後、つまり彼に誰かが命じて浅沼を殺させた、といったことはなかった。 

「…山口二矢はその誰かに踊らされていた人形にすぎないのだ。…私には、このような見方の底に隠されている他者への傲慢さと、その裏返しの脆弱(ぜいじゃく)さが我慢ならなかった。それは山口二矢という十七歳ばかりでなく、同時に私の十七歳に対する冒瀆ではないか、いやすべての十七歳への冒瀆ではないか、と思えた。あなたは十七歳の時、人ひとりを殺したと思ったことはないのか。少なくとも、私にはあった……。」 

この部分は、1982年当時に書かれたあとがきにある。 


1990年代の終わりころ、17歳が数々の問題を引き起こし、問題の17歳などと言われた。 

17歳は、未成年として、成長途上にある年齢であるのは間違いない。 
しかし、昭和30年代の17歳より、40年代の17歳より、50年代の17歳より、近年の17歳のほうが、ものわかりがよく柔軟になったと同時に、国家・歴史・思想について、無関心で不勉強になってきているのではないだろうか。 

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