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2014年11月

2014年11月19日 (水)

衆議院解散の狙い  (平成26年11月19日)

安倍首相が、昨晩の記者会見で、この時期での解散の意味と、解散に踏み切るに当たっての決意を述べた。

私自身も、解散という噂が流れ始めた当初、単純に、誰かがいい加減なことを漏らしたのだろうくらいに思っていた。

逆に、意味は全く違うのだが、この夏ころ、解散してみてもいいのではないか、とツイートしたことがあった。それは、もっぱら、集団的自衛権解釈変更に対し、サヨクはじめ、与党内にも、反対の声があったからだ。
そして、景気回復と同時進行で、憲法改正に着手していってほしいと願った。[参考:安倍内閣は、年内に憲法改正に着手を (平成26年7月1日) http://bit.ly/1z91Wrm @syuya_yui]

今回の解散も、実は、このあたりが、本当の狙いなのではないか、と想像している。

ツイッターでは、相変わらず、このツイートを流している。

反日の特徴:①礼儀と言葉遣いを知らない。②物事の順序や秩序に無知無頓着。③刹那優先で全体像や将来像を見通した視野をもてない。④歴史認識と、AゆえにBであるという論理性に欠ける。⑤提案・代替案がない。⑥同情・共生を通じ横に群れ、そこにしか自己のアイデンティティを見出せない。

会見で首相も言っていたが、デフレ脱却について批判する勢力があるのは承知しているが、ではどういう案があるかと問われても、誰も何も言えないのだ。
何にでもとりあえず反対するというのは、かねてより万年野党であった社会党のしてきたことだ。

十数年続くデフレを何とかしたい、そのためには、わが政策を信じてほしい、この二年というタイムスパンで見る限り、景気は上向きになってきている、この流れを止めないために応援してほしい、・・・これが安倍首相の主張だ。
過半数をとれなければ退陣するとまで言い切った。

今春、消費税が8%に引き上げられた。服を買っても、コミックを買っても、8%って大きいな、と素朴に感じたが、これもお国のためであるならしかたないと思った。
それはまた、多くの国民の反応でもあったようだ。消費税が上がっても、数値上の景気回復はゆるやかに進行していたし、8%になったからと大騒ぎする人々は見られなかった。

私を含め、周囲や友人で、急に賃金が上がったという人は一人もいない。国家の施策が、すべての個人レベルにまで反映されるのには時間がかかる。企業にはそれぞれに事情もある。
消費税を上げるということと、賃金を上げるということとは、国民ひとりひとりの次元では、相矛盾するような出来事だ。政府はその相反することを同時に実現させようと努力しなければならない。

首相の経済戦略が景気の好循環につながるのであれば、応援していきたい。
結果的に、国家として日本が、強い財政基盤を持ち続けるためにも、他にベターな方策がないのであれば、安倍政権の手腕に期待するほかない。

ところで、テロ資金提供処罰法改正案につづき、犯罪収益移転防止法改正案、テロ資産凍結法案が、国法として成立した。

何度も書いているように、主義主張を伴う国家レベルの方針の転換であっても、議論や言葉だけでは、転換したことにはならない。必ず、立法(改正も立法のうち)というかたちに落ち着かせて、初めて実現するのだ。

安倍首相はこのあたり、なかなかしたたかである。政治家の家庭に育ったという環境もあり、上のようなことは肌身に感じ、知っているのだ。
法律ができて初めて、主義主張を実現させたことになるのが、法治国家の原則だ。

教育基本法の全面改正は、安倍首相でなければできなかった。これにより、その下位に並ぶさまざまな規則や指導要領も改定され、その後、教科書の選定にまで影響を及ぼした。
これは実は、大変なことである。愛国者はかねてより望んでいたことであるが、ここまでの改正、特にこの法律については、全く新たな立法といえるほどの快挙であり、これは安倍首相主導でなければありえなかった。

景気にそれほど懸念材料の見えなかった当時、小渕首相が国旗国歌法を制定し、中央官庁の統廃合をおこなった。長らく待たれたことであり、これもある意味、みごとなことではあったが、新教育基本法制定はそれ以上の快挙であった。

今回の選挙で、安倍政権が信任されたとするには、現議席数を維持しなければならない。選挙は蓋を開けて見るまでわからない。
もし、現議席を超えるような勝利となり、あるいは、自民党自体の議席が大幅に伸びる結果となれば、国民の多数から信任を得たわけだから、デフレ政策と同時に、相当な思想的政策を実行していくのではないかと期待している。
そして、愛国者の多くは、景気回復以上に、むしろこちらのほうに期待しているのではないか。私もそうだ。

安倍内閣になってから、公安は仕事がしやすくなったかのように、優秀な人材が国家の安寧のために、日夜努力しているのが明瞭だ。
公安当局はそもそも情報は継続して把握している。それを行動で示し、法律に反する者や国家の転覆を図る者に対し、実際に家宅捜索に至るというのは、安倍内閣あってのことだ。政府・官邸の意志の強さは、現場に必ずや通じる。

首相の枝野との議論もそうであったが、古屋圭司氏のときにつづき、山谷えり子氏が国家公安委員長となって、悪しきことを図っているのがどこの誰なのか、国民に周知させることをも目的として、公安や警察が動いている。
これは、政治に無関心な人間や経済に音痴な国民にもわかりやすいシーンだ。

新教育基本法の制定と同様、テロ対策三法が制定されたというのは快挙である。他の自民党内閣でもできなかったに違いない。安倍首相の偉いところは、根幹的な立法について、やることはやっているという点だ。私はこの一点だけでも、安倍政権を応援したい。

たとえば、テロ資金提供処罰法改正案(公衆等脅迫目的の犯罪行為のための資金の提供等の処罰に関する法律の一部を改正する法律案)によれば、

公衆等脅迫目的の犯罪行為を実行しようとする者が、その実行のために利用する目的で、資金若しくはその実行に資するその他利益(資金以外の土地、建物、物品、役務その他の利益をいう。以下同じ。)の提供を勧誘し、若しくは要請し、又はその他の方法により、これらの資金又はその他利益を提供させたときは、十年以下の懲役又は千万円以下の罰金に処する

とある。「資金以外の土地、建物、物品、役務その他の利益」としたところがポイントであり、これを手助けした者もすべて処罰の対象となる。

これらテロ対策三法を活用することにより、国体破壊をもくろむ個人や団体の口座が封鎖でき、サヨクの兵糧攻めを可能にする。反日を叫ぶ在日韓国人や不良集団も、摘発の視野に入ってくる。

こうした立法の動きは、積極的な外交と無関係ではない。中南米の小さな国々まで訪問した首相の意図とも無関係ではない。
国際社会における日本という観点から、最近腑抜けになった米政権に対しても、中国・韓国に対しても、少なからず影響をもつだろう。

やがて国内世論・国際世論の高まりを背景として、集団的自衛権容認と同じように、憲法改正へと一歩を踏み出すことができる日がくるだろう。

記者会見では、解散の意味について、デフレ脱却以外には一切触れなかった。最後に質問した記者は、解散であるからには、安全保障など他の政策についても焦点になるのではないか、と質問した。首相は、選挙中にそういう議論は出てくるだろうと躱(かわ)した。

実は、保守政権として、思想信条の実現を果たせるか否か、…これについても信を問おうというのが、首相のホンネであるような気がしてならない。

2014年11月18日 (火)

去勢された中核派全学連 (平成26年11月18日)

全学連は去勢されている。

これは、ここ最近の出来事にあるように、公安によって去勢されたという意味ではない。もっと前からである。
公安はその方針と方法によって、するべきことをしたまでだ。

最近、ツイッターで、4人の顔写真とともに、こういうツイートを流した。

サヨクつながり情報 :今年8月17日、日比谷公会堂、「安倍を倒せ!」集会に集まった人物の顔ぶれ:
全学連委員長・齋藤郁真、動労千葉委員長・田中康宏、長崎慰霊式典で平和への誓いを述べた城台美弥子、「君が代」不起立の反日教員・根津公子。

城台美弥子は、慰霊式典で、楚々とした風体で、被爆者の立場から平和への誓いを述べた。
しかし、被爆者であると同時に、単に反戦を願う一婦人ではなく、あちこちのサヨク運動にゲストとして招かれ、これを断ることもなく、公然と政府を批判している。

NAZEN(すべての原発いますぐなくそう!全国会議、な全、本部は東京都杉並区)を支持しているところからも、サヨクの一員と数えていい。NAZENの代表は、東北大学出身で前全学連委員長の織田陽介であり、今は山本太郎の秘書をしているようだ。

この集会を実現させたのは、弁護士の鈴木達夫である。全学連にとっては頭の上がらない人物だ。
鈴木達夫は、動労千葉の顧問弁護士であり、法政大学の中核派学生の弁護をして無罪を勝ち取ったこともある。全学連のデモがあれば、いっしょに歩いている人物だ。

都立新宿高校を経て東京大学工学部に進学した。やはりまた、理系サヨクである。
生まれは昭和15年だから、安保闘争にも参加しただろう。都立高校にも、政治運動が起きていた時期で、新宿高校なども荒れていたころである。

在学中に社会党系の学生青年組織、日本社会主義青年同盟(社青同)に入り、学生運動をした。まともだったころのNHKに技術畑で就職したが、反日運動をしたため解雇され、その後司法試験を受けて、51歳で弁護士となった。
いわば筋金入りの左翼である。

京都大学の中核派に招かれて演説した翌日、京大の学生ら3人が逮捕された。これら学生の弁護も引き受けるだろう。

サヨク学生、動労千葉、反原発、日教組・・・ここに同和問題や在日韓国人差別問題なども加えれば、昨今の「サヨク運動」のフルコースとなる。
これらはそれぞれが、別々の母体から生まれた隠し子のような存在であり、同じ非力な少数派という立場として、そのかぎりで横に群れ、勢力を誇示するという点で意味はあるだろうが、内容や目的は全く異なっている。

保守政権に対すべき勢力としては、民主党も社民党も、中央政界ではほとんど風前の灯であり、話にならない。
そうなれば、横のつながりをもって、弱いもの同士が手に手を取り合って、「団結」せざるをえないのだ。
しかし、そのことがまた、中核派全学連そのものの力を、削ぎ落としている。

保守政権の下では特に、警察や国家権力は強く作用する。それもあってか、中核派全学連といえども、昔に比べれば、随分おとなしくなったほうだ。
彼らは団結をもって力となすのだが、上のような理由で、その団結に同じ方向性をもてないからだ。

人種問題、労使紛争、代替エネルギー問題、反日教育…等々、本来次元の異なるものを集めても、呉越同舟の舟は大型船にはなれない。

火炎瓶には火炎瓶の威力しかない。サヨクの特徴である刹那の満足と鬱憤晴らしにはいいだろうが、彼らなりの理想を実現させんとするには、それぞれがあまりにも多くの理想を一度に実現させようとするため、却って順序も決まらず、同じ場所から一歩踏み出すということができない。

しかも、その理想さえ、それそれのベクトルの太さや目的が違っていて、無秩序化しており、単に浮き足立った絶叫が谺(こだま)するのみである。

学生の視点に立って言うなら、学生運動そのものは、起きてしまうのならどうしようもない。他人がやめろと言っても、聞き入れず動いてしまうのだからしかたない。
ただ、労使紛争、在日特権問題、原子力問題など、あまりにも異次元の複数の運動のすべてに学生が関与し過ぎて、学生主体の運動ではなくなっている。相方に若さをのみ利用され続けている限り、純粋な魂の叫びは、一般国民には届かないだろう。
ここが全学連の盲点となっている。

中核派に入った学生の多くがこう言う。
「一人では何もできないが、仲間と団結すれば世界が変わると思う。」

そう思うきっかけがあり、意を決してそこに身を投じたのだから、これをやめろと言っても、聞かないだろう。
しかし、団結すれば世界が変わる・・・これはとりあえず幻想にしかすぎない。

受験を終え、合格し、学籍を得たという安心感のうちに、やがて若者によっては、その後の無為な時間の経過を後ろめたく感じ始めるだろう。
アルバイトなど、しなくていいならしなくていい。その時間にできることがあるはずだ。
そのとき、何に関心をもつか、またはどういう勧誘にはまっていくか、……ぽっかり穴の開いた心に、人によっては、そこに染み入る水は心地よい。
それがサヨク運動だったとしても、それをひとつひとつ否定することはできない。

それでも、知識に飢えた若い魂は、もっと本を読み、幅広い教養を獲得するべきだ。それこそ、大学時代の本分であろう。そこには、不安を煽る左傾の教授も必ずいる。それはまた別の意味で困ったことだが、大学は開かれた知の世界であり、左右の間口は広くてよい。
どれを取捨選択するかは、学生の自由な意志による。

サヨク学生がその理想を実現しようとするなら、明解な言説で、丁寧な説明をしなければ、一般国民の関心を集めることはできない。ただでさえ、学生という身分は、社会全体からすれば半人前であり、親のすねかじりが何を生意気なことを言ってるんだ、で終わりである。

そう扱われたくないのであれば、身勝手な理論に自己陶酔しているだけに終わらず、公共の場に出て、世間に訴えかけたらいいのだ。そうすることで、ようやくその運動なるものは端緒を掴む。
しかるに、現在の中核派全学連のしていることは、あたかも、カビの生えた科学的社会主義なるものを、後生大事に再実現しようと夢見る、自己陶酔スパイラルに陥っている。

全学連の運動が、いつまでもカビの生えた科学的社会主義を再現実化させようとしている限り、保守系愛国思想は安泰である。
社会主義の産声とされるシャルル・フーリエらの空想的社会主義という原点に戻って、斬新な社会主義思想を再構成し追究しようとする気配は、今のサヨク学生には全くない。

今の学生運動の主役は、それぞれの母体から生まれ出た隠し子たちに、両脚両腕を引っ張られ続け、関節をはずされそうになった操り人形と化している。このことを自覚しないかぎり、純粋な学生運動には、保守派の人間はもちろん、いちばん振り向いてほしい層、いちばん味方になりそうな無党派層をも、見失い、敵に回してしまう。

そして、そんなスパイラルにはまっている間に、若い力を利用した代役のほうが、主役の学生より前に出て、近い将来、梯子ははずされるだろう。
各分野でサヨク運動する者は、それぞれがまた、自分たちを主役であると信じているのだ。

「大学の主役は学生である」と全学連の学生は言う。それは小さな問題だ。ままごとのような言辞に終始するのみでは、世間は耳を傾けない。いまだに、成田空港を成田軍事空港と称するなど、子供の言葉遊びだ。
かつては、「社会の主役は学生である」という言葉さえ吐いていた。不遜な言葉であるが、それはそれで憎めない発言であった。

優秀な学生の集まる中核派の学生が、以上のことに気が付かないのだろうか。気が付いて、本気になったら、かなり「ヤバい」ことになりうる、と個人的に思う。
或いは、気が付いているがしかし、見て見ぬふりを決めているのだろうか。

としたら、中核派も、かつて早稲田大学から一掃された革マル派と、似たような運命をたどることだろう。まさに、その革マル派の向こうを張って、革マルとは異なる方法論、すなわち直接的な行動を信奉し、そればかりに力点を置くようになってしまった。

国立大学当局は文部科学省の管掌下にある。私大は、企業の経営者が理事に名を連ねる。
中核派学生を軽蔑し、迷惑に思う学生も大半だろう。
今の中核派全学連は、いよいよ行き止まりに突き当たってしまったのだ。

思想には仇敵が付きものである。
中核派がその理想なるものを実現せんとするに、その真の仇敵は何なのか。
日本政府か?大企業か?大学当局か?
実のところ、根底では相変わらず、革マル派なのではないだろうか。

いずれにせよ、国家観のない思想というものを信じることはできない。国家を憂えぬ思想というものを信じることはできない。
真剣みのないサヨク思想などに、耳を貸すことはできない。ままごと談義につき合うことはできない。

学生運動そのものはあってもよいと思う。国を憂えぬサヨクまがいの反日や売国奴を、純粋な左翼運動に身を投じた学生が、国家のためにと説諭するというなら、そういう姿を見てみたいものだ。情けない話だが、今の日本でそうした麗しき光景があるとしたら、とても感動的だろう。

だが、そういう純真な姿は、是非はともかく、安保闘争までであった。その後の闘争は、多くが実は利権に絡み、あるいは、運動自体が当該学生の人生論になってしまった。
思想貫徹に、イッヒロマンは邪念でしかない。

思想も政治も、書籍のなかにあるのではない。マルクスもエンゲルスも優秀であった。しかし、その後多くの地域で、社会主義は崩壊した。
国家というものも書物のなかにあるのではない。実態として、相手のあるものとして、歴史を引きずるものとして、そこにある。
それは、今われわれの住まうところ、日本という空間であり、日本という時間である。

2014年11月 4日 (火)

Levi's Black Skinny Slim Leopard (2014年11月4日)

Levi's Black Skinny Slim Leopard
6年前の春に買って、最近までよくはいていました。
ちょうどこんなのを探しているときで、たまたま見つけたんだけど、ジーンズにしてはいい値段だったんで、一度はあきらめて帰ってしまったのです。
でもやはり、あれはほしーい!となって、次の休みに行って、思い切って買ってしまいました。
たくさんのウリがあるんですよ。糸や破けもそうだけど、やはり全体的なダメージ感がいい。汚れ系にしてるにしては、おしゃれっぽさもある。
それと、同じリーバイスでも、ブラックシリーズというのは、はいてる人をなかなか見かけない。二人見たことはある。
このとき、もうひとつ、これのゴールドのところをブラックにしたのがあったのです。
たしか。腰の横とどっちかの足元に、このゴールドの感じの黒の模様を散らしていました。
それもよかったので、そのうち買おうかなと思っていたけど、もうブラックシリーズは作っていないとのこと…とても残念です。
先週買ったリーバイスは、わずかにポリウレタンが入っているので、伸縮があってピタッときます。
他のメーカーで買ったヤツはピタッときすぎるくらいで、タグ見たらウレタン4%、…それででこうなるのかと思ったよ^^
どっちかっていうと、綿100%のほうがいいっかな。
レパードもブラックも、いずれももう、売っていません。
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2014年11月 3日 (月)

TPP交渉参加イコール売国という短絡思考 (2014年11月3日)

TPP(環太平洋戦略的経済連携協定、Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement)は、おそらく大詰めの段階にきているのだろうと思われる。

安倍自民党総裁は、「聖域なき関税撤廃」を前提とするTPPには参加しないことを選挙公約に掲げ、オバマ大統領からこれについての了解を得た上で、昨年3月、首相として交渉参加を表明した。ただちに甘利明内閣府特命担当大臣を統括責任者に任じ、以来、各省庁などから100人近い担当者を出して、日夜交渉に当たる日々が続いている。

交渉のプロセスは公けにされないことになっているので知る由もないが、日本にとって不利な要請に妥協することのないようにと、担当者を信用するしかない。協定成立後もそこに盛られた文言は非公開となるおそれがあり、なおさら用心が必要だ。

経団連は一貫して推進派だが、民主党は、推進派の官僚に押されながら、与党時代には概ね賛同していたものの、野党となってからは反対派が目立つようになってきている。現政府与党には推進派も反対派もいる。
安倍首相自身は、一定の条件を満たすことを前提とする推進派のひとりに数えられている。
大企業はこぞって推進を期待するが、多くの分野では、それぞれの立場によって、まちまちとなっている。

政府は、誤解や曲解を招かないためにも、適切でタイムリーな情報を、発信する義務がある。マスメディアも次元の低い煽り記事ではなく、事実だけを報道するべきだ。
これに関心をもつかどうか、そして関連情報を得るかどうかは、受け手のありかた次第である。

現段階では、全く交渉成立せず、という結論には至らないと思われる。分野ごとに一定の条件をつけて、日本は日本としての国益を重視する立場を貫き、全体として国民から概ね賛同を得るような結果に落ち着くだろう。

ところで、ツイッターなどでは、安倍内閣を「似非」保守であり売国内閣であるとして、「真の」保守を自認する立場からは、TPP参加自体が「似非」保守の証明であるとして、安倍内閣を支持する立場の者は、安倍内閣ともども、一貫して批判の対象になっている風である。

多くの場合、安倍内閣を支持するからには保守層であろうに、それにもかかわらず、TPPにだけは反対するのか、一貫性がないのではないか、あるいは、安倍内閣はそもそも「似非」保守であるからTPP交渉に踏み切ったのであり、これを支持する保守層は同じく「似非」保守なのである、とする「真の」保守を自認する立場からの「誇らしげな」批判である。

といって彼らには、現内閣の進めている作業に替わるべき代替案はなく、安倍政権が保守でないのなら、誰のどういう内閣なら「満足」なのかといった提案があるわけでもない。そもそも、どんな政権であれ、国民が国の政策のすべてに「満足」などすることはありえない。人間は存在欲求である。

言葉遊びは、サヨクの好きな言語ゲームの一環であるから、そういう落とし穴に陥ってはならない。ただ、一つだけはっきりしていることがある。
安倍内閣の実力や各閣僚の経歴にかかわらず、安倍政権は私の想像しうるなかでは、最も保守の思想を体現化していると思うし、またその可能性を秘めている政権ということだ。

安倍氏とは年齢も同じであり、人としての自己エネルギーの分散化や心の動きは何かと想像しやすいが、小さいときから政治の世界を垣間見てきた人物でもあり、論法にだけ頼ることなく、勘をはたらかせた政治判断もあることだろう。

最終的に算出された内閣府の試算では、TPP参加により、国益は増すとされている。それなら賛成、というわけでもなく、一国民が事を左右できるわけでもないから、ただひたすら従うべく、ここは諦めムードである、というのもでもなく、政府に喧嘩を売るというのでもなく、…国益を視野に、一定の条件の下で参加するというのなら、むやみに反対する理由もない。
特に、これにより、日本が将来的に、経済分野や軍事分野で、覇権をもちうることにつながるのであれば、推進したほうがよいに決まっている。

例えば、ある会社で不採算部門や不採算の支店があっても、他の部門や支店でそれを上回る採算がとれていれば、とりあえず利潤は増すことになる。
国益という考え方も、おそらくこれに近い。大いにデメリットを蒙る分野があっても、それをしのぐだけのメリットをもたらし続ける分野があれば、国益増進にはかなうのだ。

デメリットを蒙る分野に働く人々やそれを代弁する人という具体的個人に注目すれば、彼らは現実的に困るわけだろうから、競争力に負けそうな例えば小麦や砂糖などの分野では、当面は必要に応じ一定の補助は必要だ。コメについては、全体に消費量は減っているにしても、日本人はやはり日本のコメを食べるだろう。

例えば私個人は「新潟県産こしひかり」「秋田県産あきたこまち」「宮城県産ひとめぼれ」のどれかを食べているが、こういった銘柄米の生産維持にも配慮してほしい。後継者の育成とともに、安心して生産できる環境整備も怠らないように配慮する必要がある。

TPP締結に関しての懸念は、デメリットを蒙る人々に対するケアだけではない。不謹慎な言い方だが、これは否応なく結果的に、金銭面で解決していくことができる。
それよりむしろ、デメリットを受ける分野で、それまで培われた手段・方法といった文化が忘れられてしまうことを懸念する。

交渉はそれぞれ担当者が相手国と真摯におこなっているとして、全体としてはどうしても、有利不利になる部門が出てくる。それぞれの分野の人々は、その代弁者としての担当者に、先行きの不安をもちながら、あるいは期待を込めて、見守っているところだろう。

TPPは一度動き出したら変更を加えられないと言われる。明らかにデメリットだけを蒙る業界もあるようだから、政府はその補填政策を考えておかなければならないが、それより前に、交渉の席で、日本に有利になるようにはたらきかけていけばいいのだ。

アメリカという国は、いつでも自己中心の国家である。勝てば官軍で、勝てば理屈もまかり通ってきたが、ここへきてオバマ政権に、良くも悪くも、かつてのアメリカ大統領には見られないようなへっぴり腰ぶりが目立ってきている。

日米安全保障条約という「防衛同盟」をいいことに、相変わらず日本の弱みにつけ入るようなスタンスや発言が多い。裏返せば、アメリカ産業全体に閉塞感と、それによる焦燥感があるのだろう。そうであるからには、産業界のリード役である大企業は、次の開拓先を見つけなければならない。正確にいえば、一定の企業が米政権をしてTPP交渉の後押しをしているのだと言っても過言でない。
経済の頭打ちを打開するためには、日本との貿易拡大が手っとり早いと見ただけだ。

もともと、経済的に大規模とは言えない四カ国間の経済連携協定に目を付けたのはアメリカである。そして、アメリカがターゲットとして狙っているのは、それらの国々ではなく、日本そのものである。日本は、これらの国々とは盛んに貿易を進めているのであり、貿易協定など結ぶ必要もなかった。

アメリカという国は完全に信用しにくいが、アメリカにとっては、TPP交渉を焦るほどに、日本は防衛面でも経済面でもなくてはならない国であろうことが裏付けられている。こうした動きを逆手にとって、日本の存在感を強く示しながら、対中国・対韓国・対共産圏に対する牽制を強めていくことができる。
貿易協定はすなわち防衛協定でもある。

こうした現状をわきまえると、日本政府が国際社会における一定の野心をもつことになってもおかしくはない。むしろそうあるべきだ。
それがどの程度の将来を見据えていくことになるにしても、集団的自衛権解釈変更との兼ね合いもあるなかで、太平洋地域にある国々、東南アジアからインド方面における国々にとってのリーダー的存在、模範的存在になることを期待したい。

政治は複雑な生き物であり、さらに安倍首相自らの保身もあろう。魑魅魍魎の跋扈する政界で、自らの信念をもって、伝統を重んじ、日本人に、日本というものを再認識させようと行動している点では、政権発足時からの経緯を見ているかぎり、懸命に仕事をしてきていることは心ある国民がよくわかっている。

これは積極的な外交や国内各地への視察だけでなく、見えにくいが各機関との連携やいわゆる根回しも行き届いていることは想像に難くない。
裁判とは違い、行政とはなかなか一刀両断に物事を決定していくことはできにくい。それでもなお一刀両断に近いかたちが見られるのであれば、それは首相の決意の強さの表われであろう。

政治におけるなし崩し的な決定こそ、忌み嫌われるべきである。それのない政権だからこそ、そこに多少の出来事があっても、国民はあまり騒がないのである。

仮に首相自身の背景に胡散臭いものがあるにしても、清濁合わせ飲む度量が必要なのも政界の現実だ。でなければ、持病どころかとっくにノイローゼになってしまっているはずだ。
自民党議員が韓国と親しいのは、自民党結党以来のことであり、地下鉄献金など枚挙に遑がない醜聞がこれを証明している。元々日本の領土だったのだから、その利権を引きずるのはしかたない。
残念ながら、今の野党であれ政府与党であれ、日本は決して韓国と縁が切れない。腐れ縁と言ってもいい。「そのうえで」何をどうすべきかという議論が始まる。

日本の政治における保守とは、字引きにある保守という言葉の意味ではない。政治は現実的な生き物であり、相手のある駆け引きだ。しかも、過去の歴史を引き継ぐ形での政権運営となる。

日本が予想しうる一定の国益を目の前にするとき、それに向けて一歩を踏み出すのは、歴史的必然だ。国益重視の姿勢は、まさしく保守本来の姿である。

公共の福祉の観点から、私有の土地が収用され、成田空港がようやく開港した。これに似て、国益重視というのは、時として個人の自由や財産を奪うものである。それを了解したうえでの保守愛国であるはずだ。ゴミの焼却炉の設置場所の騒ぎと同じで、総論賛成でも、自分の地元はいやだという各論反対にも似ている。

間口の広い行政のなかで、TPP参加そのものだけを取り上げて、日本国民の一部を困らせるからこれぞ売国政策だと断ずるのは、いかにもみごとな短絡思考だ。
保守人であるならば、巨視的な見方を貫き通していくくらいの器量があってしかるべきと思う。

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