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2014年9月

2014年9月27日 (土)

山口二矢の生きざま (2014年9月27日)

やまぐち・おとや、と読む。
知らない人のために、本人の供述調書をもとに、若干解説しよう。

昭和35年(1960年)10月12日に、東京・日比谷公会堂で、自民・社会・民社三党首による立会演説会で演説中の社会党委員長・浅沼稲次郎が、右翼の一少年により刺殺された。(他の党首は、自民党総裁・池田勇人、民社党委員長・西尾末広)

この少年は朝日新聞に実名報道された。山口二矢(昭和18年2月22日~昭和35年11月2日)である。17年と8か月あまりの生涯であった。

当日は会場にTVが入っており、報道記者も多数いたことから、現在でもその瞬間をYouTubeなどで見ることができる。ちなみに、2回目に刺そうと(して刺せなかったが、刺したという説もある。VTRでは判然としない。)している瞬間の写真により、毎日新聞のカメラマンがピュリッツァー賞を受けている。

もともと反発心の強い子供ではあったが、小学生のころから歴史や地理の本に興味をもち、進んでそれらの本を読みながら、かたや、自分の国を悪く言う共産党や社会党への敵意がはぐくまれ、日本が赤化しないように、自分も右翼運動に身を置きたいと考えるようになった。

父親の仕事の関係で(会社員→国税庁→人事院→陸上自衛隊一等陸佐(大佐)→事件後、依願退職)、かなり引っ越しが多かったが、札幌の高校にいるときに右翼運動への意志はいよいよ固くなり、父の転勤で昭和33年8月に東京に戻ると、父と親交のあった小原国義が校長を務める玉川学園高等部に転校した。

このころ、警職法(警察官職務執行法)の改正案が国会に提出されると、社会党、共産党、総評、全学連などがデモをおこない、国会付近でシュプレヒコールをあげ、特に浅沼委員長は学生デモ隊の先頭に立って、国会に乱入した。マスメディアも、この姿が国民全体の怒りの表れであるなどと欺瞞的報道をおこない、警察もこうした集団暴力を積極的に取り締まろうする気配がないので、このままこれを放置しておけば、日本は赤化してしまうと危惧しはじめた。

昭和34年4月に2年生になるも、あちらこちらで労働組合による春闘(春季闘争)や日教組による勤務評定反対闘争が行われ、いずれかの右翼団体に入る意を決し、兄・朔生(さくお)が大日本愛国党の一員として5月1日のメーデーでビラを撒いたかどで検挙された件をきっかけに、自分も愛国党に入党することにした。朔生は党には出入りする程度で、二矢のように党の運動に専従はしていなかった。

たまたま新宿駅で街頭演説をおこなっている愛国党総裁の赤尾敏に出会い、その後、入党の意志を示し、身の回り品をもって、浅草公園にある党本部に住み込むことになる。
右翼運動により学校の名前にきずがついてはいけないという父親の配慮から、玉川学園は退学する。

昭和35年になると、安保闘争はますます激しさを増し、左翼の集会などに行き抗議し衝突を繰り返す。与党は派閥抗争に明け暮れ、左翼はいたるところでやりたい放題の運動をしている、愛国党の考えには賛同するものの、言論や抗議活動だけでは、今の左翼の勢いは収まらないと考えるに至る。

そして二矢は次第に、こう考えるようになる。左翼運動に駆られている労働者や学生は、そのリーダーたちの赤化のための小道具として使われているだけで、実際彼らが権力を握れば、ハンガリーやチベットのように、ひと握りの共産党が圧政を強い、一般の労働者は現在よりも劣悪な生活に陥ることは明らかで、左翼運動の第一線にいる連中のためにもならないから、その指導者たる者を倒さねばならない、と。

左翼運動を破砕終結させるには、本来ならクーデターが理想的だが、金も組織もない自分一人では不可能であり、一人でできうることは、現実に身をもって、左翼指導者を倒すことしかないと決意する。

ターゲットは、第一目標から順に、小林武・日教組委員長、共産党議長・野坂参三、社会党委員長・浅沼稲次郎に絞られた。これは、自宅で殺害するため、自宅住所など相手についての情報が多い順であった。浅沼については当初、第三目標であった。

教育で赤化を図ろうとする指導者を第一目標に選んでいるところに、二矢の先見の明がみられる。
5月29日には、赤尾敏との考え方の相違から、先輩格の党員二人とともに脱党している。

六・一五事件(同日の安保反対の全学連らによる国会乱入騒擾事件)の直後、数通の斬奸状(ざんかんじょう、悪人を斬り殺す(斬る=刀で人を殺す)趣意を書いた文書)を書いたが、浅沼宛以外のものは捨てている。ただこれは浅沼殺害のために書いたわけではなく、字を上達させるための習字の訓練を兼ねていた、と二矢は述べている。

7月1日に全アジア反共青年連盟が形成され、そこの一員となる。
その後、知人の紹介で、山梨県小淵沢町の杉本牧場でしばらく働きながら、『古事記』などの書物を読みあさり、日本人の精神性や日本の優美というものを知り、改めて日本の伝統を自覚し、日本人に生まれたことを誇りに思う。

9月に、知人のつてで編入試験を受けて大東文化大学に入り、読書を重ねるうち、谷口雅春の著『天皇絶対論とその影響』にある次のひと文に、感銘を受ける。

「忠には私があってはならない、私がない忠こそ本当の忠である。私の忠ということはいわゆる愛国屋である。私を捨てることが出来たとき、初めて本当の忠が生まれてくる。」

10月1日、偶然に自宅の押し入れから、白鞘に納められた刃渡り50センチくらいの日本刀(※実際は刃渡り33cmほどの銃剣と言われる)を見つけ、刺殺決行に使うつもりで隠しておく。
数日間、決行のチャンスを狙い、それぞれの家に電話したりしたものの所在が確認できなかった。

このころまでに、決行する相手は野坂参三にしており、13日にやるつもりでいた。しかし共産党の演説会という場であり、左翼の活動家には顔を知られていること、党員以外の一般人は入場しにくいことなどから断念せざるをえないと思っていたところ、12日早朝、自宅に配達された読売新聞で、当日午後2時から、日比谷公会堂で、三党首による立会演説会が開催されることを知る。

10月12日当日午前10時過ぎ、家族に怪しまれないよう、いつものように大学へ行くふりをして一旦外出し、12時半頃戻り、日本刀を学生服の下に隠し持って、再度、家をあとにした。……

決行直後、二矢はその場で取り押さえられ、殺人容疑の現行犯で逮捕され、丸の内警察署で取調べを受ける。

その後、身柄を東京少年鑑別所(東京都練馬区にあるので、通称ネリカン)に移され、11月1日と2日に、公安部公安第二課の警察官により供述調書をとられる。

その2日の夜、午後8時過ぎころ、見回りの間隙をぬって、シーツを裂いてヒモ状にし、ベッドを電球の下に移動させ、衣類を固めて高くしてそこに乗り、天井の電球を覆っている金具に結びつけ、そのヒモで首を吊り、自殺した。

壁のコンクリートには、歯磨き粉を水で溶き、次のように書かれていた。

七生報国

天皇陛下万才(原文のママ)

 

拘置されている間、朝起床した後、布団や毛布をきちんと畳んでいる姿や、毎朝身だしなみを整えると、皇居の方に向かって正座し、額づいて宮城遥拝をしている姿が、看守により目撃されている。

供述調書はオープンにされ、いろいろなサイトで見ることはできたが、平成22年11月2日(二矢の命日)、展転社というところから書籍として発売された。

部分的に抜粋してみる。(一部、漢字をひらがなにしている)

私は中学校に入ってからも読書が好きで、学校の図書館や友人から歴史や社会の書物を借りて読んだ結果、「左翼や一般の人が戦前、天皇が悪かったとか、軍部が悪かったため戦争したなどと云っているが、実際はそうではないんだ、日本が戦争したのは東洋の有色人種が白人の圧迫をうけているので、止むなく東洋で唯一の独立国日本が起ち上がったもので、軍隊は国のため命を的に戦ったのだ」と思いました。(中略)

社会党、共産党、労働組合、新聞などは戦争中は軍隊が悪いとか、天皇が悪いなどと一言も触れないでいて、戦争が終って左翼的な社会になると、その頃のことを頬かむりして後になって自分の国を卑下することは全く怪しからん連中だと思い、戦前の日本にも、「国を愛する気持ち、信義を守ること、忠孝、家族制度」など非常に良いものがあり、この伝統は引継いでいかなくてはならないと考えました。(中略)

私の人生観は大義に生きることです、人間必ずや死というものがおとずれるものであります。その時、富や権力を信義に恥ずるような方法で得たよりも、例え富や権力を得なくても、自己の信念に基づいて生きてきた人生である方が、より有意義であると確信しています。 自分の信念に基いて行った行動がたとえ現在の社会で受け入れられないものでも又、如何に罰せられようとも私は悩むところも、恥ずるところもないと存じます。(中略)

私がこういう人生観を抱くに至った経緯ですが、・・・(中略)私は生まれて現在まで接した凡ての人達の影響もあってこのような考えになったことは否定いたしませんが、環境によってのみ思想的影響を与えるという考え方は、いわゆるユダヤ的唯物論から見た考え方で間違っていると思って居ります。
私には日本人の血が流れており、唯物論ではとうてい割り切れない持って生まれた日本精神という唯心論的なものがたぎっており、天性からこういう人生観、思想などが形成されたと思っています。
なお本当の日本人であれば、私のような人生観、思想というものが心の奥底には必ずあると思います。(中略)

私が崇拝している人物ですが、天皇は絶対的なものですから別になりますが、…(※ここに、ヒトラー、西郷隆盛、山鹿素行ら5名の人物名が入り、それぞれその理由が簡潔に述べられている)…なお、大東亜戦争で国のため子孫のため、富や権力を求めず、黙って死んでいった特攻隊の若い青年に対し尊敬しております。

********************************

結局、安保は改定され、岸内閣は総辞職した。
その後、池田内閣の所得倍増計画に国民が応えることにより、日本は高度経済成長を遂げていく。

ニクソンとキッシンジャーにより米国は中国と外交を結び、日本もその流れに沿って、田中角栄が中国と国交を正常化した。のちに村山富市でさえ、安保容認に傾いた。

国鉄が民営化されてJRとなり、労働組合は御用組合化し、やがて社会党はその存在意義を失い、公党の名称としては消滅する。

戦後の混乱と激動の時代、実に明確に、右翼と左翼が分かれて対立し闘争していた時代に、多感な一人の若者が、公党の党首を、衆人環視のもとで殺害した。

当初、本人は、やりそこなったと思っていたが、翌日、弁護士から、正式に浅沼の死亡を伝えられ、本懐を遂げたとして安堵した。最初の一撃で、浅沼の体幹に近い大動脈を切断していたのだ。

人一人を殺し、所期の目的を達成したからには、自分の役割は終わったとばかりに、静かに自害した。

この一件を、ただの若者の暴挙と終わらせるわけにはいかない。
圧倒的な左翼の雄叫び渦巻くなかで、ある意味ひとりで戦っていたようなものである。

皇紀2620年10月12日、二矢は、6月にしたためた斬奸状に書いたとおり、浅沼に天誅を下した。

皇紀2630年11月25日、三島由紀夫が、日本の行く末を憂いながら、市ヶ谷の陸上自衛隊内で、割腹し、介錯により自決した。

日本には常に、時代の底流に、日本精神、伝統保守、皇室尊崇の念がある。

二矢の説くとおり、純粋な日本人であれば、誰もがこうしたことを思い、それらに価値をおくのではないだろうか。

二矢が生きていれば、いま71歳である。

もし今も健在だったとしたら、日本の思想の現在について、何を思うのだろう…

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2014年9月25日 (木)

田淵広子の反日で悪質な英語表現  (2014年9月25日)

ニューヨークタイムズ(NYT)の反日売国記者・田淵広子が、昨年末の安倍総理の靖国神社参拝について書いている記事についてである。

http://nyti.ms/K4U6JT

その冒頭には、このように書かれている。

By HIROKO TABUCHI  Published: December 25, 2013

TOKYO — Prime Minister Shinzo Abe of Japan visited a contentious Tokyo war shrine early on Thursday, provoking swift condemnation from China and South Korea, both victims of Japan’s wartime aggression.

「安倍首相は木曜朝早く、日本の戦時下の侵略によって犠牲者を出した中国、韓国からの素早い非難を引き起こすなか、異論の多い東京の戦争神社を訪れた。」

記事の途中に、the Yasukuni Shrine in central Tokyo と出てくるが、この冒頭部分では、靖国神社を「異論の多い東京の戦争神社」(a contentious Tokyo war shrine)としている。

不定冠詞 a を付けることで、 「ある~」「とある~」というニュアンスにし、この戦争神社を貶(おとし)める印象を与えている。

侵略(aggression)という語も使っている。 aggression は、正当な理由のない侵略であって、攻撃性を帯びる侵入であり、単純な invasion (侵入、侵害)ではない。侵略戦争は、a war of aggression である。

安倍首相が参拝したのは、26日(木)の午前中であり、記事もそうなっているが、出版が25日になっているのは、ニューヨークとの時差の関係だろうか。

これに続き、首相が一期目に参拝できなかったことを痛恨の極みとしてきたことや、二度と戦争の惨禍が起きないことを願って参拝したとする首相の言葉などを挙げている。
後半には、中国からの批判を載せている。

もっぱらこの記事に関してだけ言えば、冒頭部分以外は、日本の新聞とほぼ同じ記述であり、上司のチェックも入るだろうし、痩せても枯れてもニューヨークタイムズであるからには、左翼の機関誌のような記述は見られない。

しかし、どうだろうか。
新聞を読むとき、タイトルと、その次の要約まで読み、記事そのものは読み飛ばす人も多いのではないだろか。
とすると、冒頭部分だけ読んだ人は、過激な単語や、誤った表現を、そのまま信じてしまうのではないか。

慰安婦問題についても、朝日の謝罪のあとも、必死になってツイートしている。
その内容は、まさに、朝日新聞や、従軍慰安婦研究の学者と、同じ立場である。いわるゆ、一般論への問題のすり替えを、平然とおこなっている。

私を含め、田淵広子に対しては、ツイッターではかなり多くの人が、ツイートしRTしている。
そこで、ようやく出てきたのが、以下のヒロさんという方の日記である。詳細なデータであるが、それでもなお、出自から初めて就職するまでの学歴・経歴は紹介されていない。

プライバシーといえばそれまでだが、一記者として隠れているのに我慢できず、これほど自らを平気で前面に押し出す露出型の人物に、オープンにしていないところがあるというのも不思議な話だ。

今後も、隙あらば、記事の冒頭だからこそ、自らの主張するカラーを出すに違いない。
ほとんどの日本人はニューヨークタイムズを読まないだろうが、これを読むアメリカサイドや他の国々の人々が、一記者の捏造記事を信じてしまうことが懸念される。

毎日新聞にいる在日韓国人記者をはじめ、マスコミには日本人である反日記者は多い。
しかし、それ以上に、海外向けに、進んで反日記事を書くことは、実に罪作りなことだ。

<田淵広子に関して、最近流しているツイート>

・ニューヨークタイムズ(NYT)田淵広子記者の経歴と生い立ちについて   (ヒロさん日記より)http://hiro-san.seesaa.net/article/405610976.html

・The Japanese doesn't trust, articles of NYT reporter Hiroko Tabuchi. She wrote  just for her own self-advertisement.

2014年9月24日 (水)

映画 『去年マリエンバートで』

監督:アラン・レネ、脚本:アラン・ロブ=グリエ、 撮影:サッシャ・ヴィエルニ、編集:アンリ・コルピ、ジャスミーヌ・シャスネ、音楽:フランシス・セイリグ、主演:デルフィーヌ・セイリグ、ジョルジョ・アルベルタッツィ、サッシャ・ピトエフ、94分、モノクロ、1961年、フランス映画(仏伊合作)、原題:L'Année dernière à Marienbad(去年マリエンバートで)

ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞している。
脚本のアラン・ロブ=グリエは、『嫉妬』などで知られる小説家である。『嫉妬』(La Jalousie 1957年)は、1959年、白井浩司訳で新潮社から出版された。

以下のとおり個性的な映画ではあるが、内容的にも、映像美という観点からも、隠れた人気を保つ作品であり、最近では、2010年2月から3月にかけての3週間、東京・渋谷のイメージフォーラムで上映された。

主役は、女性A(デルフィーヌ・セイリグ)、男性X(ジョルジョ・アルベルタッツィ)、男性M(サッシャ・ピトエフ)であり、MはAの夫のようである。

広大な庭園をもつバロック建築風の巨大なホテルで、紳士淑女が集まり、オペラの観劇とパーティが開かれる。
そこでXはAを見かけ、去年会いましたね、と問うが、Aには記憶がない。

しかし、何度もXに問われるうち、Aは、定かではないが、そんなことがあったような気がしてくる。Xによれば、実は二人で旅立つ寸前まできて、Aが姿を現わさなかったというのだ。

人々の中には、夫らしき男の存在Mがいて、ときおりAのそばに姿を見せる。MはXの心中を知り、心理的に相手を負かすため、トランプやマッチを使って、あるゲームをおもなう。

やがて、三者それぞれの思惑からさまざまなイメージが広がり、現在から過去、過去から現在という時間の行き来が始まる。・・・・・・

映画好きの世界では有名な映画だ。雰囲気も独特で、すでに何回も観ている。初めて観たときは、キツネにつままれたような印象であった。

だいたいのストーリーはあり、言っていることはわかるのだが、途中から、現在と過去、言ってることの食い違い、などが目くらましのように次から次に出てくる。
アラン・ロブ=グリエは、黒澤明の『羅生門』から着想を得たという。映画『羅生門』は、芥川龍之介の『藪の中』をもとに書かれている。多襄丸の証言、武士の妻の証言、巫女の口を借りて話される武士の証言、…三者三様に証言が食い違う話だ。

約1時間半の上映で、会話はそんなに多くなく、初めから殆んど、誰かの語りとなっている。
男二人と女一人という、ストーリーの想像しやすい設定だが、記憶と時間がテーマになっているので、わかりにくい映画という定評はある。

白黒ならではの、光と影の演出はもちろん、鏡や壁の意匠などを、うまく演出に使っている。後半でAのまとうローブはココ・シャネルのデザインによるなど、映像のなかで衣装、インテリア、庭園の美しさにも目がいく。

始終奏でられる催眠術のようなオルガンの調べ、頻繁に歩くように横に動くカメラ、カット割りの遊び、装飾や庭園の幾何学模様、背景は違うのに何度も出てくる彫刻、鏡を多様した演出、死人のように表情のない人々の存在感、主役3人を含め無機質な動きしか見せない紳士淑女、必ず同じ人間が勝つ二人のゲーム…、 どこか不気味でミステリアスな雰囲気さえ漂わせながら、3人は確実にある方向に導かれていく。

このゲームとは、トランプを用意して、テーブル上に、4列にカードを置く。
一列目に7枚、二列目に5枚、3列目に3枚、四列目に1枚、・・・二人でこれらのカードを取り合って、最後の一枚を取らざるをえなくなったほうが負けである。

一回に取るカードの枚数は何枚でもよいが、一つの列からでしか取れない。一つの列から1枚だけ取ってもいいし、複数枚取ってもいいし、全部取ってもいい。ただしあくまでも、一つの列からだけである。そうして、交互にカードを取り合う。

このゲームには、必勝法があるようだ。Xは常にMに負けてしまう。まるで、Mは自分がAの夫か、又は先んじて親しくなった男であることを、ゲームの勝利によって暗示しているかのようである。

誰が本当のことを言っているのか、本当のことはあったのだろうか、…そういう疑問には何の意味もない、と原作者アラン・ロブ=グリエは述べている。
しかしよく観ていれば、話は通っている。

Aに駆け落ちを促したMは、一年待った。そして偶然、この巨大なホテルで再会した。Mは、去年撮った写真を元にAの記憶を甦らせ、いまだに怯えるAに、心のすべてで執拗に誘惑しつづけるのだ。

Aは去年、土壇場で姿を表わさなかった。偶然Mと出会っても、そのことを忘れていたのか、それとも忘れたふりをしていたのか。
いろいろな暗示が散りばめられながら、次々に映像が畳みかけられていく。

『2001年宇宙の旅』『マルホランド・ドライブ』をはるかに超えるほど難解だと定評ある映画、・・・しかしそれらよりは上映時間の短い映画…、上映中、あなたがこの映画とともにあったことだけは、確かなのである。

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2014年9月 1日 (月)

維持させよう!保守政権の基盤安定! (平成26年9月1日)

ツイッターでのことです。

最近、不思議に思うのは、保守愛国の立場の人が、絡んでくるようになったことです。

かつては自称サヨクやその周辺と思われる輩が絡んできていましたが、今は、「予想された第二期」といったところです。

といっても、数としてはそれほど多いわけではないです。
付くコメントのほとんどは、私のツイートに賛同して、短く返信するものや、さらにその先を語るようなものが多いので、たまに、フォローし合っている同士から、批判めいた返信が入ると、これは何?という感じになります。

昨年、参院選が終わってしばらくしたころ、これからは、保守にもいろいろな分子が生まれてくるはずだから、不用意に賛同するのではなく、自分なりによく調べるなどしてから、賛同でも反対でもするのがいい、というようなことを書きました。(※雨後の筍のように生まれた保守系論客 (平成25年9月27日) http://bit.ly/1pWNY5I

最近、批判された私のツイートは、こうしたものです。批判のうちにも入らないのですが、紹介します。


安倍政権打倒保守って、どういう保守なのでしょう。安倍信者でも自民党員でもないが、やっと戻った保守政権であり、掲げる政策には概ね賛同します。しかし批判すべきは批判していきます。我々の声が少しでもカタチになることを期待して一票を入れ、実現したのが自民党政権です。保守の安定政権が必要です。

これに対し、


これこそが似非保守なんですね。この頃増えてる奴らですよ。本当の保守は政権維持、政策は駄目な物には反対して行くのが普通ではないでしょうか?安定政権は絶対必要?

プロフィールには、「愛国心が高い国民です。嫌中、嫌韓です。原発賛成。沖縄独立反対。左翼撲滅」とあります。

これに対する私の返信は、


しかし批判すべきは批判していきます、と書いてあるのが読めませんか?^^  それにしても、保守の安定政権は必要なのです。自分だけ悦に入っているんじゃないですか?

最後はチクリと皮肉で刺したのですが、それからは何も言ってきません。
まあ、お子様ランチに五寸釘を刺さなくてもよかったのですが。

ただ、こうした傾向の発想が、少なくともツイッターには多い。ということは、あちらこちらにありうるということでしょう。

なにしろ、SNSのようなツールは便利であり、一応、匿名性も保たれ、何も言えなかった引っ込み思案の人間でも、電源入れてログインすれば、何でも言えるようになり、寡黙な人間も饒舌になることができる時代です。

原則、ツイッターでは議論しないので、何かまた言ってきてもそのままにします。

さて、保守といっても十人十色であるに違いないので、それを集約するのは難しいわけですが、それでも、衆院選、参院選で、多くの有権者が、保守政権の誕生を希求し、政権奪還を実現したわけです。

それはよかったよかった、と言いつつ、今までモノを言いにくく、おとなしくしていた保守側の人間が、いろいろなメディアに登場し、本を著し、少しでも自らの言説を披露し拡散しようと動き出しました。それは安倍政権が誕生した直後に予想のついたことでしたが、実際、そうなっているわけです。

かつて、ここでも、そうしたいくつかのサイトを批判しましたが、結論として、今の私たちに、これ以上の政権を期待するのは、過大な要求というものでしょう。

サヨクの先頭を切って、楽器を鳴らし、歌を歌い、非現実的な話を繰り広げる歌手や音楽家、小説家や評論家たちは、彼らのレコードがヒットし、著作が売れたころ、どういう政権の基盤であったかを、よく思い起こす必要があります。

規制を加えず拘束もない自由な社会で、自由に作曲し、自由に書いてこれたのは、保守政権の基盤があってのことです。多くの時代は自民党一党支配であり、そうなれば不祥事や汚職もあったのですが、それは世界中どの政党をとっても、政権政党に不祥事というのは、起きてもやむを得ないものがあります。民主党も同じでした。ないほうがいいに決まっていますが、政治とは、子供の純真のように・芸術作品のように、さほど美しく純粋であるとは限りません。
二二六事件を起こした青年将校や山口二矢のほうが、よほど純潔であり美しいのです。

安倍政権は、もうすぐ改造内閣が誕生しますが、すでに、好ましからざる人物が入閣するのではないか、という噂も、乱れ飛んでいます。
それでも、もし出来上がったら、これを信用して託すしかない、われわれが大臣を選べるのではありません。最後は、自らの政策を実行するべく、法律手続きに基づいて、内閣総理大臣が任命するのです。

改造内閣でも同じことで、国民は、いつでも政権にさまざまな要求を出したり、政策を批判して、よりよいアイデアをぶつけることができます。
保守政権を望み実現したからといって、賛同できないことに黙っていることもないでしょう。

保守だが反安倍、という人が、そう言う理由に、TPPへの参加、移民政策の実施があります。正確には、後者は、ありました、といっていいです。細かくその政策を見れば、何でもかんでも受け入れるといっているのではないことが浸透したからでしょう。
新自由主義には反対、場合によっては、集団的自衛権にも反対、という保守もいるのです。

政治は常に、利害が対立し、利害の衝突を避けるために、話し合いという名の駆け引き、あるいは、現ナマ作戦、あるいは、脅しといったものが付きものです。
セオリーどおりに、国民一人ひとりの頭に描く青写真通りに、すべてコトが進むなどということはありえません。

自民党は資本家階級と高額納税者に配慮します。資本主義社会であり、政治献金の大口であるからで、口先だけの人間や、ツイッターで囀っている程度の人間に配慮するのは、順位としてはずっと後のことでしょう。

それでも、安倍政権は、実際は秘書の方がしているにしても、私のツイートまでRTするなど、世論の動向にも配慮しています。FBでも、安倍さん自身がラインに載せ、コメントを返している場合もありました。
これは、支持率を気にしているからにほかならないにしても、同時に、国民の声に耳を傾けようという意志の表われでもあります。

SNSで、こういう対応をしていた首相や官邸があったでしょうか。
安倍首相が、駆け引きや妥協の多い世界にあって、ここぞという課題についてはギリギリ妥協せず、カネや駆け引きに持ち込まないで信念を通したのは、ある意味、立派なことです。
当然のことと期待されつつ、それでもようやく満を持して、靖国神社に参拝したことも考慮すべきです。
以前の政権時に、教育基本法の全面改正を通したのも思い出しておく必要があります。安倍氏は、実は、やることはやっている首相なのです。

衆院選での安倍政権の誕生について、あのとき私たちは、これ以上を願うことはかなわなかったはずです。
しかし、その政権が長期になると踏むや、安倍さんの考えはもっともだが、しかし私ならこうする、という評論家が我も我もと目白押しとなり、何とも、内閣総理大臣がたくさん誕生したような印象をもちます。

総理大臣は国民の負託に応えて、自らの仕事をきちんとおこなう。これを間接的に選んだ国民一人ひとりも、自らの仕事をきちんとおこないつつ、批判すべきは批判する。
これでいいのではないでしょうか。

いま私は、時間があれば、サヨクのバカより、保守側のバカを啓蒙してやりたいと思うのです。
円卓のテーブルに着いて、数人で議論してみたい気がします。

前線に出てくるサヨクはアホばかりでも、兵站(へいたん)にあるサヨクは、間違っているにしても、理論武装しています。上野千鶴子ばかりではない、兵站にはさまざまな国体破壊者がいて、戦線の活動計画を練り、アドバイスを怠っていません。
兵站に蠢(うごめ)く反日やアカに比べれば、前線にいるのは、カネで買われた一兵卒や、きれいな空気が吸えるからと、騙されて連れて来られた年寄り連中ばかりです。

しかし、これと似たことは、保守側にも言えます。兵站なくして前線なし。
安倍政権の誕生とともに、うれしさの余りか、あたかも自分が統治者になったような気分で、安倍政治を何でもかんでも批判し、人前で意見を開陳する。何ともおこがましい姿です。

日の丸を振って、大声を出して、われ愛国者なり、といった愛国中学生のような自己表現の延長線上で、いかにも我こそが保守国家の体現なり、保守安倍政権に物申す、といった態度を自負するのは、20代までは容認されるとしても、そこから先は、それだけであっては兵站はもちません。

政治は生き物であり、社会そのものが政治的なのです。
私自身は、反対する事案があれば、自分なりに反対を表明し、とりあえず、関係先にメールを送ったり、ツイッターでRTされたりするよう動きます。

そして、もしその反対する政策が、閣議決定でもされれば、残念だししかたないけど、それを決定したのは、自分が一票を入れた政党だから、党員でもなく信者でもないが、それに従うしかないなあ、と思うことにしています。

ただ、幸いにも、今のところ、猛反対するような政策や、その実行までの道筋はありません。多少反対することはありますが、その道筋を睨みつつ、判断していければいいと思います。

内閣が掲げる政策に、全部賛成・全部反対、ということはしません。
日本の国益にとって、そのときしかたがないということもあるでしょう。表立って賛成しなくても、今はしかたない、という政策もたくさんあるのです。

もっとも根本的なところでは、私は日米安全保障条約というものを、できることなら破棄したいくらいです。
現憲法を破棄し、新たに日本国民の手で憲法を制定し、米軍の駐留をなくし米軍基地をすべて廃止し、自国で核兵器を装備し、巨額の防衛予算を組んで、日本が世界に冠たる軍事大国になることを、密かに望んでいます。
米国の存在や米国文化の日本への流入・浸透が、あたかも自然で、無意識となっていることじたいが、心配であり、また、腹立たしいのです。

ただ、いまこんなことを声を大にして言っても、始まらないわけです。

赤尾敏も山口二矢も、愛国党その他戦前戦後に活躍した右翼が正しいと思うのは、まさにこの点です。
彼らは決して、進んで日米安全保障条約締結を歓迎していたわけではありません。
当時、丸腰になった日本、北に存する共産圏を考えたとき、順番として、日本が赤化するのを防ぐのが先だ、という考えで、左翼を倒し、あるいは、政府を批判していったのです。

お子様ランチ風情に不満があるなら、私にだって、もっと大いなる不満があります。
それでも、この日本において、日々の国民の義務を果たしながら、選んだ為政者を批判しつつも信じていくのが、日本国民にふさわしいありかたかな、と思っているのです。

文句あるか?^^  ちょっと枯れてきましたかね^^

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