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2014年8月 6日 (水)

映画 『安城家の舞踏会』

監督:吉村公三郎、脚本:新藤兼人、撮影:生方敏夫、音楽:木下忠司、照明:加藤政雄、編集:杉原よ志、劇中音楽演奏:松竹管弦楽団、主演:原節子、滝沢修、森雅之、1947年(昭和22年)、89分、モノクロ。

久しぶりに観た。本編では『安城家の舞踏會』である。
華族制度は、戦後民主主義のもと廃止された。伯爵家である安城(あんじょう)家もその運命にあった。
安城家当主・安城忠彦(滝沢修)の長女・昭子(逢初夢子)は、せめてもの思い出にと、舞踏会を開くことを提案する。末娘・安城敦子(原節子)はいい顔をせず、放蕩息子である兄・正彦(森雅之)は、傍観するばかりだ。

他方、忠彦は、安城家の名を借りてのし上がった新川龍三郎(清水将夫)に借金があり、新川は安城家の屋敷を手に入れようと企んでいた。新川の娘・曜子(津島恵子)は、正彦の許嫁になっていた。

元安城家で車の運転手をしていた遠山庫吉(神田隆)は、出戻りである昭子を今でも慕っていた。今では運送会社の社長を務め、金回りもいいので、この屋敷を手に入れようとしていた。

敦子は、昔からの馴染みであり人柄もいい遠山の申し出を受け、遠山にこの屋敷を売るべきだとするが、父・忠彦は華族の生活と誇りを捨てきれず、新川に掛け合ってみると言う。

結局、父や姉のいうとおり、多くの人々を招いて、舞踏会が開かれる。
そこには、新川や曜子、遠山の姿もあり、忠彦の二号・千代(村田知英子)の姿もあった。連れ合いを亡くした父のために、敦子が呼んだのである。・・・・・・

新藤兼人がまだ脚本を書いており、『ひめゆりの塔』などで知られる津島恵子の21歳のデビュー作でもあり、さすがに時代を感じる。のちに悪役で有名になる神田隆もまだスマートで、いい役柄を引き受けている。
『羅生門』『浮雲』などで知られ、どんな役柄にも豹変すると言われる森雅之は、この作品で一躍有名になる。
ほかに、旅館の女中役など『男はつらいよ』でおなじみになる谷よしのも、招待客の一人としてセリフがある。殿山泰司も、安城家一家を見守る忠実な家令・吉田を演じている。

本作はキネマ旬報ベストテン1位となったが、その綿密なつくり、芸術性からして、今でも色褪せることのない作品だ。特に、一定のテンポをもったストーリー展開、意欲的な照明、カメラ、細やかな演出が注目に値し、それによって、廃止される華族の悲劇・やりきれなさ・心の相克といったものを、しっかり描写することに成功している。

この映画を観終わって、果たしてこれが、わずか89分の映画だったろうかと驚くほどに、時間的に充実した作品である。
空間的には、伯爵家の拾い居間や階段、居室、舞踏会会場などが用意されるほか、壁にかかる絵画、ピアノ、ベッド、テーブル、イス、グラス、葉巻、鳥かごと小鳥といった小道具に至るまで、細大漏らさず意欲的に行き届いてる。
音楽はショパンのエチュードなどが使われるが、タイトルバックと舞踏会の演奏は松竹管弦楽団によっている。

始まりは、あたかも舞台劇のようでもあるが、反対側からの撮影を重ねていくのは、やはり映画でしかできないことだ。階段を昇り切ったところから、階下の舞踏会場を見下ろすカメラ、肝心なところでは、ツーショットになる人物をやや下から仰角にとらえるカメラなど、数々の工夫もあり、内容とは別に、そういったテクニカルなところに気が付いて、ついニンマリとしてしまうシーンも多い。

主演の原節子は、すでに映画経験があり、配役では東宝となってるが、直前にフリーとなり、この松竹映画に出ている。戦後間もない作品でもあり、滝沢修ら民藝の舞台俳優と映画俳優が合同で出来上がった作品だ。

作品のテーマは、安城家の悲劇を過去への未練にのみ追うのではなく、古い制度を捨てて、あしたから新しい生活を始めるべきだ、とする希望へと開かれている。華族廃止をむしろ、前向きにとらえようとしている。

その牽引役は安城敦子であり、演じる原節子の信念を秘めた安定感のある容貌と清楚で確かな演技により、この狙いどおりとなっている。最後の舞踏会とはいえ、また、妻を亡くした身とはいえ、忠彦のために二号さんを招くというあたりも、当時としては先進的なストーリーであったろう。
敦子の役柄は中軸であり、ファーストシーンは原節子が振り返るシーン、ラストシーンは原節子のアップで終わる。
この冒頭の居間でのシーンは、観る者を一気に引き込むだけのカメラワークと演出が盛りだくさんだ。

この作品の映画としての圧巻は、舞踏会よりむしろ、舞踏会が終わったあとにある。
多数の人が集まり、華麗でにぎやかな舞踏会が終わると、そのガランとした広間は寂しい空間だ。
忠彦と敦子が、そこで、ダンスを踊ることになる。この数日のうちに、そして、舞踏会当日に、いろいろなことがあった二人だが、この親子の踊るシーンは美しい。ここにすでに、華族終焉の悲劇のにおいは消え去られている。

こういう作品が、戦後間もないころ、映画の職人たちや俳優たちによってつくられ、日本に希望をもたらしたのだろう。
この映画には、技術的にもかなり学ぶところが多い。難しいテーマであるが、それを演出やカメラ、タイミングで、実にうまく表現している。

映画に無関心な人は別として、いま、映画を作っている人々やこれから作ろうとしている専門学校の生徒などは、こういう映画を観ているのだろうか。日本の映画の宝でもある。
最新鋭の機器の操作ばかりに習熟せず、同じ日本人として、古くてもよい作品は観ておいてほしいものだ。

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