« ◇備忘録・視聴映画一覧(mixiで日記にしたもの) | トップページ | 愛国高校生の作文に、サヨク教師が暴言コメント (2014年6月11日) »

2014年6月10日 (火)

「潜在右翼」というありかた (2014年6月10日)

※現代の日本には、右翼に対するほどの左翼の存在がなく、ただ反対を喚くだけの烏合の衆ばかりであり、これをマスコミは、カナカナ書きで<サヨク>と呼んだり、テーマによって、<平和運動家>やら<市民活動家>やらと妙なネイミングを付していますが、日本共産党は無視しえず歴然と存在しているので、ここでは便宜上、<サヨク>などをも一括して、左翼という語も使います。
※保守愛国者は、左翼に対する右翼と考えます。
(今後、右翼思想関係の日記の場合には、常にこの前提をもちますので、よろしくご理解ください。)

インターネットなどを通じ情報が豊富になり、街宣右翼における似非右翼なるものの正体が暴かれ、正規の右翼団体なるものの姿がどういうものなのかが、徐々に浮かび上がってきました。むしろ正規の右翼団体は、それを、自らサイトや動画でアピールしている傾向もあります。
これはとてもよいことです。

国民を混乱させ、街宣右翼によろしくないイメージを植え付けようとする似非右翼の試みは、すでに破綻したといっていいでしょう。

おそらく、民主党政権の時代に、正規の右翼団体も、その使命を大いに自覚し、似非右翼などを自ら糾弾し、真なる右翼のありかたを再考したのだと思います。

右翼団体もそれぞれに、微妙に主張の力点が異なるのでしょうが、対売国政権に対して、一丸となって動いたことや、東北大震災以後、現地に赴いて、救援活動の一翼を担ったことは、行動する右翼として、自他ともに認める愛国行動だったと思います。

右翼団体を構成し、日々身体の鍛錬や歴史の勉強などに励んでいる右翼活動家からすれば、ここ数年湧き起こってきた「ネット右翼」というものは、実行を伴わない右翼ととられるのかも知れません。

「ネット右翼」なるものは、インターネットが普及してきたからこそ現れた右翼であり、戦後から街頭演説や頒布物をもって活動してきた右翼からすれば、陰の存在に見えます。

たしかに、SNSのような匿名の世界で、ようやく自らの意見を述べたりさえずったりすることは、憂さ晴らしでもあり、捨て台詞でもあり、一定の方向をもった信念から出ているのか疑わしい場合もあります。

「ネット左翼」という言葉があまり普及していないのは、左翼はすでに、行動を伴っており、堂々と姿を現わしているからだ、とするサヨクの言い分を見たことがあります。
拡声器で叫んだり騒音を撒き散らしたり、カウンターデモに俄かに参加したりすることが、彼らの言う「行動」のようです。

これは<サヨク>の特徴として何度も書いてきたので、これ以上の言及は避けますが、こうしたサヨクが、どうしても負けじと付けた名前が、「ネット右翼」だったのだろうと推測します。

自分の経験だけからですが、例えばツイッターにおいても、口論しているシーンには、左翼右翼で特徴があり、どちらが先に諦めたかは問題ではなく、左翼にはあとから仲間の誰かが「応援」に駆けつけています。ひどい場合は、コイツ何とかしてくれ、と、仲間の左翼を誘っているのを見たこともあります。つまり、彼らのいわゆる「共生」であり「連帯」なのでしょう。

ツイッターには、性別・年齢・地域・職種を超えて、多くの愛国者がおり、日本が生き生きしてきた実感があり、楽しんでいます。
同時に、これらの愛国者は、ごくふつうの日本人であることも明らかで、そこに右翼団体の人々が多少混ざる程度です。
行動をする人々が、ネットで自らの思想を披露したり考えを主張したりする必要もなく、むしろネットを活用し、「ネット右翼」に情報を拡散しているといったほうがいいでしょう。

「ネット右翼」にもいろいろな人物がいるにしても、基本的な主調(基調)は右翼の根本思想に連なっています。その幅はさらに広がりをもっていますが、日本の伝統、文化、芸術、様式、礼式、美、といったものを尊重し、それらに誇りをもっているという点では一致しています。

この「ネット右翼」を包含する語として「潜在右翼」という言葉があります。これは、犯罪に走る右翼というものを前提にした公安警察の呼称です。

右翼が起こしたとされる刑事事件には、公安警察が情報を手にしている右翼団体の人間が起こしたものばかりではなく、捕えてみれば、一介の自営業者だったり会社員だったりしたこともあったので、そういう右翼を「潜在右翼」と呼ぶようになったようです。
「潜在右翼」が、いつまた過激な事件を起こすかも知れないということで、インターネットなどを終始チェックしているようです。

「ネット左翼」という言葉がはやらないように、さらに「潜在左翼」ははやらないでしょう。「潜在左翼」というものがあるなら、それはイコール「過激派」であって、すでに命名の必要もなく、一貫して公安はマークしているからです。

街に潜む過激派のように、街に潜むという意味での潜在右翼という言葉には、否定的なニュアンスがつきまといますが、これら潜在右翼は、保守政権誕生やその後の政局を支持する役割を果たしているのも事実です。

同時に、団体のように、顕在化せず、ほとんど意思疎通もできないかわりに、大方のところで、方向を一にし、保守愛国の大きな流れを支えつづけていると言えます。

日本に存在する右翼志向の人間は、今やネットの中に力をもち、そこを本来の棲家にしています。この力は、政治家とてなかなか否定できないでしょう。

右翼思想は本来、個々人ではぐくむものですが、同じ基調をもつ人間が多数いることを知り、左翼のように横に群れて共生を望まなくても、そこここにいるということで、それぞれのネット運動も盛り上がります。
そうであるから、積極的にネット上で保守派同士が結びつこうというキャンペーンも実現しているのでしょう。

現在の日本の右翼思想は、今やネット社会での存在として勢力をもっていると言えます。

しかし、右翼に究極の存在理由があるとすれば、行動において左翼を倒すことしかありません。
窮極の左翼打倒は、国益にかなうとして行われるものであり、法律以前の憂国的解釈がなされて然るべきと考えます。

「ネット右翼」は、喩えていえば、成鳥になる前の雛のようなものです。
人間の生活には、さなざまな制約があります。靖国神社・護国神社参拝にしても、なかなか出かけられない人も多いのです。
始まりが「ネット右翼」からであろうと、信念をもって日々過ごしているのであれば、おのずから次に何をすればよいか浮かんでくるはずです。

いつの日か、その時点から将来を見据えて、倒すに値する左翼を倒すのであれば、右翼として十全の行動を起こしたことになると思います。

そういう機会は、いつ来るのかわかりません。その必要はない状態がつづいていくのかも知れません。
しかし万一となるその日のためにも、多少の身体の訓練をし、たまには瞑想にふけり、日々心身の鈍らぬよう心がけた生活をするのが大事かと思います。

これまた、自戒の言葉でもあります。

« ◇備忘録・視聴映画一覧(mixiで日記にしたもの) | トップページ | 愛国高校生の作文に、サヨク教師が暴言コメント (2014年6月11日) »

保守愛国」カテゴリの記事