« 暴言コメント左翼教師の存在を、国と県に通知 (2014年6月19日) | トップページ | 自虐史観の絵本で、子供を洗脳する団塊左翼 »

2014年6月24日 (火)

沖縄戦・十代の遺詠・遺文の潔さ (2014年6月24日)

昨日は、沖縄・終戦の日(慰霊の日)でした。

昨年2月の日記に手を加え、再掲します。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

特攻隊戦没者慰霊顕彰会発行の『特攻』(平成24年8月号)より。

靖國神社内靖國会館にて行なわれた殉國沖繩學徒顕彰六拾七年祭で詠まれた遺文と遺詠を紹介します。

☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆

小渡壮一命

    沖縄県立第一中学校
    鉄血勤皇隊
    球(たま)九七〇〇部隊野戦重砲隊
    真壁にて戦死
    当時十七歳

御両親様

 どうか健在であって下さい。私も今度鉄血勤皇隊に入り、郷土沖縄に上陸した敵と戦ひます。しっかりやります。御安心下さい。萬一私が戦死した時は、よくやって呉れたと思はれて、決して嘆く様なことはしないで下さい。
 最後に御両親様の御健康と御發展をお祈り致します。さやうなら。

身はたとひこの沖縄に果つるとも
   七度生まれて敵亡ぼさん

☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆

大嶺美枝命

    沖縄県立第二高等女学校
    白梅学徒隊
    高嶺村国吉で戦死

お母様

 いよいよ私達女性も、學徒看護隊として出動できます事を、心から喜んで居ります。お母様も喜んで下さい。
 私は「皇國は不滅である」との信念に燃え、生き伸びて来ました。軍と協力して働けるのは、いつの日かと待って居りました。いよいよそれが私達に報ひられたのです。何と私達は幸福でせう。大君に歸一し奉るに當って、私達はもっともいい機會を与へられました。しっかりやる心算で居ります。
 お母様は女の子を手離して、御心配なさる事でせうが、けっして御心配はなさいますな。私は優しいお母様の暖かいふところの中で、いつも可愛がられてすくすくと伸びて参りました。私は、その暖かいお母様のお教へを、今こそ生かして、立派な日本女性としてお國に御奉公する覺悟で居ります。
 軍醫のお教へ、先生のお教へを學び、友と固く手を取り合って、懸命にやってゆく心算で居ります。いよいよ御奉公の時がやって来ました。しっかりやります。
 お母様。私の身體はすべてお國に捧げたのです。その身體を私は大事に磨き上げ、國のためにつくします。男でも女でも、詩にあります様に「國を思ふ道に二つはなかりけり」で、忠孝の信念に變りはありません。私の身體は國が保証して下さるのです。ですからどうぞ、何の心配もなさらないで下さい。
 散るべき時には、立派な櫻花となって散る積りです。その時は、家の子は「偉かった」と賞めて下さいね。
(中略)
 これから私は立派な従軍看護婦として、お國のために参ります。
 お母様、くれぐれもお身體を大事にされて、善ちゃん、弘ちゃんと明るく朗らかにお暮し下さるやうお祈りします。                                      かしこ

 最後に、一家の御健康をお祈り致します。             美枝

☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆

安谷屋盛治(あだにや・もりはる)命

    沖縄県立第一中学校
    鉄血勤皇隊
    球(たま)九七〇〇部隊野戦重砲隊
    真壁にて戦死
    当時十六歳

大君の御旗の下に死してこそ
   人と生まれしかひはありけり

君のため何かをしまむ若櫻
   散って甲斐ある命なりせば

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

運命のめぐり合わせとしか言えない境遇で、一般の住民が戦わざるをえなくなった沖縄戦。
沖縄は銃後の守りから戦争の渦中に巻き込まれた。そのなかに、必死に戦った少年少女たちがいた。

武器もなく訓練も積めず、つい数か月前までは、普通に学校に通っている生徒たちであった。
こうした状況にあって、どうしたら勝てるか、などと考えている余裕などない。
米軍の戦車や米兵の姿を見て、取るに足りない武器をもって、突撃していったのである。……

それにしても、驚くのは、彼らの書いた文章だ。
死の直前にして、16、17歳でこんな決死の文章を、落ち着いた筆で書けるというのは、肝っ玉が座っていたからだろう。
その根本はやはり、教育勅語や修身など戦前の教育が浸透していたからだと思う。

時代や背景が違いこそすれ、これくらいの文章や短歌を書ける才能なり教養なりを、日本の若い世代に学んでほしい。
そのためにも、日本人としての大和魂と、日本人としての気概を、まず心に、宿らせねばならない。

そのためには、話を一挙に現実に戻せば、日教組を潰し、自虐史観一色の教科書を焚書とし、日本的な道徳を説くような教育を、児童のころより始めなければならない。

少なくとも、すべての小学校と中学校では、音楽かまたは独立した時間に、「君が代」の意味と歌い方を解説し、歌わせ、斉唱させ、同時に童謡などを聴かせる。
「君が代」の指導は、学習指導要領に盛り込まれているが、実際に教師がきちんと生徒に指導するようさせるのは、教師を監督する立場の者たちである。

場合により、歴史書を繙(ひもと)く際の一助として、「海ゆかば」の歌詞の説明くらいはあってもよいだろう。それを毛筆で書く練習をしてもいいのだ。
これをして右傾教育などど批判することは簡単だ。それに右傾教育でも何でもない。
整然たる教育をしてこなかったツケが、あちこちに噴出しているではないか。

年間、一定の時間を割いて、「教育勅語」を解説し、読ませ、できれば暗唱させる。某小学校でもやっているのだから、全国の小学校・中学校でも、条件さえ整えばできるはずだ。
それに、これは、実は国家の施策として実行していく類いのものなのだ。

何でもかんでも、人のせいにする議論は嫌いだ。
今は携帯が・パソコンが普及したから、字が書けない子が多い、など。

別に、入試のための国語力をアップさせよ、と言っているのではない。
いざというとき、親や友人に、上記のような文が書けうるか、ということだ。別に携帯を使おうがPCを使おうが関係ない。

いざというとき、力ある文をしたためるには、肝が座っていなければ言葉に表せない、ということだ。
その気概を育てるのに、教育現場での多少の強制力は認めなければならないだろう。

教育現場に、過ぎたる自由を認めた制度や試み、クラス運営、授業などは、その10数年後に必ず、失敗という結果に終わっている。
これでは、当の学生・生徒を「腑抜け」にし、甘ったれた料簡の狭い有権者をつくるだけだ。

<参考>
「教育勅語を知っておこう」
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-9c69.html

« 暴言コメント左翼教師の存在を、国と県に通知 (2014年6月19日) | トップページ | 自虐史観の絵本で、子供を洗脳する団塊左翼 »

保守愛国」カテゴリの記事