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2013年12月25日 (水)

映画 『AKIRA』

監督・原作:大友克洋、脚本:大友克洋、橋本以蔵、音楽:芸能山城組、アニメーション、1988年、124分。

『週刊ヤングマガジン』に連載された(講談社、1982年12月20日号~1990年6月25日号)漫画を、大友自身が映画化したもの。アニメ映画の製作費としては、当時では破格の10億円と言われる。

プレスコで作られ、口の形は5種類で、実際の発音に近い絵となっている。

単行本は週刊誌と同じサイズで、小口に黄色のインキが塗ってあり、旅行案内の本みたいだったのを覚えている。第一巻だけ持っていたが、とっくに人にやってしまった。

2002年頃より米国で実写映画化の話が上がっているが、その後10年以上経過したが完成のメドは立っていない。(漫画は実写化しないほうがよい、その例が『あしたのジョー』である。実写化にするなら、着想だけ得て、全く別の作品を作ったほうがよい。)

1988年7月16日(これはこの映画ロードショーの初日の日付けでもある)、東京で新型爆弾が炸裂した。その31年後の2019年、「ネオ東京」には高層ビルが林立し、翌年には東京オリンピックも開かれる予定だったが、街中は荒廃し、ゴミが散らかり、暴走族が走り回っていた。(※現実の2020年オリンピック開催は、全くの偶然である。)

金田は、敵の暴走族クラウンを見つけたとの情報で、愛用のバイクで、仲間とともに高速を疾駆する。
街は反政府デモで大混乱していた。その混乱のなか、ひとりの男が小さな男の子を連れ回し、やがて軍に発見され殺されてしまう。軍がその子供を捕えようとした瞬間、その子の顔が険しくなり、いきなり付近のガラスが割れ、ビルが崩壊する。
やがてその子は、闇に消えてしまう。

金田の仲間の鉄雄は、ひとり敵を追いかけていた。敵のひとりを倒したところへ、先の男の子が立っており、鉄雄のバイクはこの子と衝突してしまう。

現場に金田たちもやってくるが、既に軍が包囲しており、その男の子と鉄雄は、軍のヘリコプターに乗せられて連れて行かれてしまった。

金田たちは、鉄雄の行方を追う。・・・

当時、単行本の第一巻だけ読み始めたとき違和感をもったのは、この男の子がしわくちゃだったということだ。この劇画でも同じだ。彼らは、年寄りの顔をした子供なのである。
実は彼らは、ナンバリングされ、ナンバーズと呼ばれており、念動力という超能力をもっていた。彼らの存在は、軍のトップシークレットであり、軍によりその超能力が研究されていた。それは、念力によって、ものを破壊し、また誕生させる能力である。
彼らのなかで、最も高い能力をもつ者がアキラであった。

膨大な原作を読んでいる読者からすれば、それを2時間にまとめた劇場アニメでは物足りないようだ。

主役級でない周辺の人物も、長いストーリーのなかでは、あとになって一定の役割をもって登場したりするが、2時間枠ではそれができない。いろいろカットしてあるところも多いようだ。
ただ、それでも、それはそれとして、アニメとしては充分楽しめるとのことだ。

原作を知らずに観た人も、映画館でこれだけのアニメを見せられたら、それはそれで感動するのではないだろうか。

背景の絵がすばらしい。ネオ東京のようす、そこが荒廃しているようすがいい。
セル画での表現もまた、すばらしい。特に、バイクの走るシーンは、バイクそのものはもちろん、ライトの描き方、スピード感などプロの腕だろう。
その他細部を見ていると、これでもかというほど数えきれない腕前を知ることができる。

登場人物の顔がみな似たり寄ったりという批判もある。たしかに…しかしそこは、ちょっとした表情などのヴァリエーションでクリアしているとも言える。
これらの表現力は、漫画家を志す者の目には、憧れの的にしか映らないに違いない。

この映画への批判は、ほとんどがそのストーリーに対してである。細かなセリフは違っても、原作とほぼ同じ展開と結末なので、この批判は原作に対してなされたものとも言える。その原作をさらに短縮したわけだから、たしかに飛躍したようなところもあり、強引とみえるところもある。

ケイとキヨコ(ナンバーズのひとり)との以心伝心、鉄雄とアキラの心の重なりなど、無理もあるなあと思いつつ、そのボンヤリとしたなりゆきがまたいいのかも知れない。

終盤手前までは、ストーリーを追いやすいが、鉄雄が色の付いた雲のように巨大に膨張するあたりから、絵としては相変わらずすばらしいが、ちょっと理解しにくいのだ。
キューブリックの『2001年宇宙の旅』のパクリと言われるが、あの「ムーンチャイルド」の発想はたしかに念頭にあっただろう。それだけではなく、ラストシーンの描写は、『2001年…』の光の洪水を彷彿とさせる。

しかしいずれにしても、人間だか何かわからないすべての動物あるいはそのもっと以前の物体にも、それぞれが底知れぬエネルギーを宿していて、その最たるものが今現在は「アキラ」という地下に閉じ込められている存在なのである。

「アキラ」は、鉄雄の「心」と共鳴することによって、新たな世界を産み出すわけだ。ナンバーズも技術者も設備もすべて消え去ったが、金田とケイ、甲斐(かい、金田の暴走仲間)は生き残るわけだ。
そして、ラストシーン…鉄雄の眼球が大写しにされる。この世界を凝視しているという構図だ。

主役は金田と鉄雄と言っていい。二人は幼馴染みである。鉄雄は常にひ弱で、金田はそんな鉄雄を守ってきたが、鉄雄はいつか金田と対等になろうとしていた。
そういう心理過程があった上で、あるとき鉄雄が超能力をもってしまうことで、金田に対する優越感も味わうことになる。このへんがストーリー上の伏線となっている。

ケイは反政府ゲリラの一員であったが、冒頭から二度ほど金田に助けられ、金田はケイに淡い恋心をもっている。

若い男性向けの雑誌への連載であり、内容も不良少年が中心となっており、流血シーンも多い。ナンバーズの子供たち3人は、みなしわくちゃの爺さんや婆さんの顔であり、そのうちのひとりはイスの座ったままで重役風の子供である。初めて見ると、ちょっと気色悪いものがあり、へたをすると差別だなどと騒ぐ連中も出てきそうだ。

しかし、スタジオジブリ系のニュアンスは全くなく、同じ空想や夢を描くにしても、パワフルでありど根性ものに近い。

その後の大友の活躍はどうかという前に、1988年にこうしたアニメが日本に誕生していること自体は、漫画の技術やテーマからしても、驚嘆に値するし誇りにしていいと思う。

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