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2013年10月 6日 (日)

ありがとう、ベートーベン

小学生のころ、自分から言い出してピアノを習っていたので、今はいろいろ聴くのですが、やはりピアノ曲というのは、いろいろな思い出を甦らせてくれるものです。

今は本当に便利な時代で、CDを持っていない曲でも、YouTubeで簡単に見つけることもできます。

アップしてくれた人には悪いのですが、音質の悪いものも確かにあります。
今日、見つけたのは、ベートーベンのピアノ協奏曲です。
指揮はバーンスタイン、ピアノはツィメルマンで申し分なく、音質もよいです。

自分の小遣いで、楽器屋に行き、LPレコードを大事に買ってきて、よく聴いていました。レコード針は、おなじみのナガオカです。懐かしいですね。

あのころ、中学から高校のころは、歌謡曲ではフォークソングがはやりだし、私は今でこそ聞きますが、当時はどこか違和感があり、不潔っぽく感じてなじめなかった記憶があります。

ピアノなど話の通じる友人以外では、音楽の話はしなかったようです。
今からすると信じられないくらいに、内向的な性格だった思います。

ピアノはバイエル、ツェルニー、ソナチネ、ソナタ…とおなじみのコースを進んだので、そのころからずっとなじみの深いのは、やはりモーツァルトとベートーベンです。
その後、おとなになって、ショパンに没頭したのも、世間ではよくあるコースのようです。

古典派の音楽は、その後の楽曲を知ると、少々物足りなく案じますが、技術の面など、後の世からすればいろいろな限界があったわけで、いたしかたありません。

ベートーベンのピアノは、清潔感があるので好きです。ショパンやリストのように華やかなものではないけれど、彼より前の世代からすれば、相当いろいろな試行錯誤をおこなっています。

ショパンやリストとは違い、やはり、シンフォニーをしっかり書くというスケールでピアノ曲も書いていると思われるのです。

三つまで楽章があれば、アレグロ~アンダンテ~プレスト、といった順に、曲の早さが並び、ひとつの曲のなかは、いわゆるソナタ形式が確立され、たいへん几帳面な展開をみせてくれます。

ベート-ベンのピアノソナタは、やはり、終盤にいくほど、死の幻影を想起させます。ショパンも同じで、幻想ポロネーズになると、ほとんど死を予感していたのではないかと思えるような曲想になります。

20代のころ、親の死もありましたが、いろいろ迷うことも多く、勉強は嫌いではないので、アルバイトもしながら、表向きは楽しく生活しているようでも、心の奥には、いつも何か「釈然としないもの」をかかえていました。

自分が生きていることに意味があるのだろうか・・・これが、その最大の「釈然としないもの」でした。

当時、若者向けの本をよく書き人気のあった加藤諦三の本も読みましたが、それほど力にはなりませんでした。

人生の指針を示すような他人の本は、あまり意味をもたない、それより、ホンモノの音楽や小説、学問などに入り込んでいって、じかにそれに触りたい、と思ったのです。
読書感想文ではなく、積極的に三島由紀夫や川端康成を読み始めたのも、そのころからでした。法学部にいながら、心理学や哲学の本を読み漁りました。

そんなとき、音楽やピアノがすでに自分の一部であったのは、幸いなことでした。

自分が弱く、しっかりと大地に立ってないことを情けなく思いながら、何者かにすがりたいような気分が、常に作用していたようです。

どんなときでも、ベートーベンやモーツァルトは、すぐ身近にありました。
夜中にヘッドフォンで聴いていると、わけもなく涙がでてくることもしばしばでした。

もし誰かが、五体満足でない人もがんばっているのだから、健康な人間は落ち込んでばかりいてはいけない、と言ってきても、それは何の慰めにも支えにもならなかったでしょう。
それに、落ち込んでいたというのとは、わけが違うのです。

哲学の導入はショーペンハウエルからでした。世にいろいろな幸福論があるなかで、彼の幸福の定義は、こういうものです。
「幸福とは、死んでいないことである。」

笑っちゃいましたね。彼はまた、皮肉屋でもありました。しかし、きっちりと自分の論は展開しています。でなければ、ニーチェなどの後進が生まれるはずもなく、実存哲学というものが生まれなかったと思います。

彼は、ドイツ人にしては背が低く、顔もブサイクだったので、そのせいか恋人もできず、生涯独身であり、それどころか、女をこきおろすことも書いています。女性に人気がないのは、これも一因です。

ショーペンハウエルは、若いときおんぼろのアパートに下宿をしており、本ばかり買ってしまうので、家賃が何か月も滞納してしまったことがありました。
大家のばあさんが、ときどき催促にきていましたが、何か月も滞納したままなので、彼のへやの扉を叩き、ついに大声で催促してきました。

そのとき彼は扉を開けて、こう応じたそうです。
「俺を追い出そうというのか? 俺はそのうち有名な学者になるのだ。いま俺を追い出したら、若いころ、この俺がここに住んでいたんだと自慢できなくなるぞ。さっさと帰れ、このババア!」
笑っちゃいますね。

笑いつつ、ほっとして、また、次の日を迎えていきました。・・・

…いろいろな味方を得て、ようやく自分も人並みになっていきました。
性格の本質は変わらないとしても、おとなしくばかりしていては、まわりにナメられてしまうことも知りました。

知識と音楽、それを得るための労力、これらが、自分を強くしてくれたと思っています。

http://www.youtube.com/watch?v=zYl6iI4l9gA
<externalvideo src="YT:zYl6iI4l9gA:D">

(2014年7月6日現在、再生不可となっています。)

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