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2013年10月

2013年10月30日 (水)

浅草へ

天気がよかったので、浅草まで行ってきました。

浅草寺は、一年ぶりくらいかな。

あいにく、雷門は、塗装の改修中で、来た人はみながっかり…。

それでも、掲げてある「雷門の写真」を、写真に収めていました。

仲見世は、平日にもかかわらず、大変な混雑!

一般客に加え、白人から黒人まで外国人の観光客が多い上に、年寄りの団体、修学旅行の高校生などで、ごった返していました。

わきの裏道を通って、境内へ。

無病息災のお香の煙をいただいて、観音堂へ。

島倉千代子の「東京だよ、おっ母さん」の母と娘も、こんなところに出くわしたのでしょう。

三番のラスト「お祭りみたいに、賑やかね~♪」とは、まさにこのシーンですね。

上野で降りて、アメ横に寄り、ちょっと買い物をして帰路へ。

相変わらず、マルベル堂があったのには、なぜかホッとしました。

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2013年10月27日 (日)

懐かしの洋楽:♪あなたのとりこ♪オー・シャンゼリゼ♪ウィル・ユー・ダンス♪

「あなたのとりこ」(Irrésistiblement)   1968年(昭和43年)

歌:シルヴィ・ヴァルタン   

http://www.youtube.com/watch?v=8RA_xygd4CY
<externalvideo src="YT:8RA_xygd4CY:D">

Tout m'entraine irresistiblement
vers toi comme avant
Tout m'enchaine irresistiblement
a toi, je le sens
抵抗できずに私は引っ張られる
以前みたいにあなたの方へ
抵抗できずに私は縛られる
あなたに, それくらいは気付いているわ(*)

Comme le jours revient apres la nuit
et le soleil toujours apres la nuit
comme un oiseau qui revient vers son nid
qu'a mon amour je vais aussi
夜の後,また朝が戻ってくるように
夜の後,いつも太陽が戻ってくるように
巣に戻る鳥のように
恋人のもとに私も行く

Tout m'entraine irresistiblement
vers toi a chaque instant
Tout m'enchaine irresistiblement
a toi, je le sens
抵抗できずに私は引っ張られる
いつもあなたの方へ
抵抗できずに私は縛られる
あなたに, それくらいは気付いているわ

Comme la mer qui frappe le rocher
obstinement sans jamais desarmer
par le malheur on est souvent frappe'
Mais l'amour seul peut nous sauver
岩にあたる潮のように
かたくなに決して容赦されることなく
不幸にも人は時に打ちのめされる
でも愛だけは私たちを救ってくれる

(instrumental break)

Comme la joie revient apres les pleurs
apres l'hiver revient le temps des fleurs
au moment ou' l'on croit que tout se meurt
l'amour revient en grand vainqueur
涙の後 喜びが戻るように
冬の後 花の季節が戻るように
ちょうど人が「全ては死ぬものだ」と思う時に
愛は勝利者となって戻ってくる

Tout m'entraine irresistiblement
vers toi comme avant
Tout m'enchaine irresistiblement
a toi, je le sens
抵抗できずに私は引っ張られる
以前みたいにあなたの方へ
抵抗できずに私は縛られる
あなたに, それくらいは気付いているわ

「オー・シャンゼリゼ」 (Les Champs-Élysées)   1970年(昭和45年)

歌:ダニエル・ビダル

http://www.youtube.com/watch?v=oamRCeLNAWA
<externalvideo src="YT:oamRCeLNAWA:D">

「ウィル・ユー・ダンス」(Will You Dance?)   1977年(昭和52年) 

歌:ジャニス・イアン

http://www.youtube.com/watch?v=wfbh7jz_IWo
<externalvideo src="YT:wfbh7jz_IWo:D">

2013年10月26日 (土)

高橋真梨子  ♪ for you … ♪

高橋真梨子 「for you …」(1982年)

YouTube にいくつかありますが、これがいちばんいいですね。

http://www.youtube.com/watch?v=81-kmT6xrHs
<externalvideo src="YT:81-kmT6xrHs:D">

いろいろと思い出の絡む曲です・・・

もしかしたら・・・と思うと、切なくなります…

雨の夜更け・・・

2013年10月20日 (日)

靖国神社不参拝の意味するところ

(mixi日記より転載)

安倍首相が秋の例大祭でも、またも靖国参拝をしないと決心したことについて、最近、日記を書いたが、そこで、あるマイミクAさんと、こんなコメントのやりとりがあった。

Aさん

ここで参拝しておけば、支持率は確固たるものとなり党内基盤の弱い安倍さんでも政権運営に大きな支えになるというのに、それができないんだから米国の言いなりなんでしょう。高支持率、総選挙大勝でも行かないとしたら、これはもう2度と行く機会はないでしょう。「痛恨の極み」発言は何だったのやら・・・・。」

風太

>Aさん 
私も全くそのとおりと思います。やはり在任中には行かないでしょうね。保守層はおとなしいから、何をしてもしなくても大丈夫だろうと踏んでいるフシもあります。特亜や創価に遠慮して、米国に追随して、やがて日本は亡国になるでしょう。戦前であれば、右翼に刺されていたかもしれません。

Aさん

在任中に行く可能性があるとすれば、退陣間際の思い出参拝ではないでしょうか?。経済政策、米国追従も結構ですが、それ以前の問題である「人心の荒廃」に思慮が及ばないのであれば、やはり保守と呼ぶのは不適切かと思います。

昨年12月の衆院選後の所信表明演説や、その後の世界各国への歴訪、批判もあるなかでの主権回復の日の式典挙行、参院選での勝利、…これら一連の流れは、保守愛国というハイトーンが保たれていた。
主権回復の日の式典には、両陛下もお出ましになり、首相の万歳三唱の姿もあった。

腰が砕けたのは、参院選後しばらくしてからで、正確には、2020年オリンピック開催が東京に決定したあたりからである。

これらはすべて、政治日程として、それぞれ相当前から決められているなかで行なわれてきたに過ぎないが、これらの行事を重ねていくうちに、政治信条が揺らいできてしまったのではないだろうか。

まさに、プア(poor)な総理になってしまった。

安倍あるいは麻生両氏のいずれかを総裁に選出しようとしたこと、自民党政権が民主党政権から政権を奪取したこと、そして、自民党の参院選勝利により衆参のねじれが解消されたこと、…これらのどれも、保守層の有権者からすれば、誤った選択ではなかった。

選挙以前から、消費税増税やTPP問題のように、参院選勝利になっても、批判のつづく課題もあった。
それゆえ、消費税増税決定により、あるいは、もうほとんど全面的なTPP参加決定が予想されることにより、安倍政権から離れ始めている保守層もいるようだ。

前に話したとおり、私は消費税増税は、安倍政権の課題というより、誰の政権であっても避けられないと思っていた。野田政権を受けたというより、他の政策と抱き合わせと言われれば、日本国民としてはやむを得ないと思っていたからだ。

TPP問題は、最終的な結論は出ていないので、一縷の望みに賭けるしかないのだが、どうも米国に押し切られそうな気配だ。

ニューヨーク証券取引所での安倍首相のスピーチに、その結末が透けて見えるような気がする。国籍・国境を考慮する時代ではない、というところだけを取り上げて、あたかも鳩山のようだと揶揄する向きもあったが、全体の文脈からすれば、鳩山とは言っているニュアンスは違う。

しかし、そうであっても、この演説の内容は、場所柄や文脈を考慮したとしても、まるで、財務大臣か経団連会長のスピーチのようであった。
日本を代表する一国の総理の発言とは思えず、まして、保守の最後の砦などと言われた安倍晋三その人は、どこにもいなかった。

TPP問題が、我が国の農業はじめさまざまな生産物にとって不利になるように決定されれば、当然、安倍離れは加速するだろう。
それでも、日本の遠い将来を見据えて、ここは我慢していただきたい、というような国民向けの理路整然たるメッセージがあれば、消費税増税のように、大方の保守層も、我慢するかもしれない。
ただし、TPPは、途中でやめたということができない、課税というのは、少ない確率ではあっても、減税ということがありうる。あるいは、他の税金の税率を下げたり廃止したりするということで国民を納得させることもできよう。
ところが、TPPは他国との一種の貿易協定であり、しくみの上からも、そうはいかない案件なのだ。

さて、靖国不参拝については、少々品のないつぶやきもしてきた。雌鶏勧めて雄鶏時を作る、などはまさにそれなのだが、当たらずと言えども遠からずとは思っている。創価学会とのずぶずぶの関係も、これに拍車をかけているだろう。

硫黄島で、地面や滑走路に手をつき額づいて遺骨収集を決断した人間を、簡単に似非保守などとは言いたくない。
安倍首相個人にあえて味方して想像するなら、ここにも米国の陰がちらつき、どうしても米国に配慮してしまわざるをえない歴代首相の悲劇、あるいは情けなさ、あるいは当然の帰結、があるような気がしてならない。

三島由紀夫の言葉を引用して書いたように、米国は、どんな形であれ、日本人が日本を取り戻すことには反対なのである。
もし、この善意の想像が当たっていたとしても、これもそのとき書いたが、アメリカにも国連にも、充分に恩返しはしており、むしろお釣りがくるくらいだ。
そして米国は、常に、表だって、参拝に反対などしていない。

世論の後押しがあるにもかかわらず、痛恨の極みと自ら言いながらも、参拝しないことを選択するというからには、既にこの期に及んでは、彼はすでに愛国政治家ではなく、一介の愛国公務員になってしまったと言わざるをえない。

大仰に言えば、靖国不参拝とは、英霊、そこに常におわせられる天皇、そして神代というものを、敬遠するものととられてもしかたない。

私個人は、上のマイミクさんの考えに賛同する。
単純な切り口だが、ここで参拝していれば、仮にTPPで反発が出ても、多少ともそれを抑えられるかもしれなかった。
しかし、今次の秋の例大祭にも参拝しなかったことで、今後、保守層に反発を食らうような出来事が起きる時、これを抑制するようにはたらく世論の力は半減してしまったような気がする。

シナ・韓国・日共などは、真榊を奉納することで参拝はしなかった、といっても、報道のとおり、やはりイチャモンをつけてくるのだ。そんなことが予想できない総理ではないだろう。

今次の靖国不参拝は、春のときと異なり、大きな意味をもってしまったと思う。
この不参拝の意味は、もはや取り消すことができない。

私は、安倍首相を、もはや愛国の政治家とは見做せない。愛国サラリーマンであるかぎり、同じ保守愛国者としては認めたいが、それはあたかも、mixiやTwitterに多くいる愛国者と同じであって、保守愛国を標榜する一国の首相とは見做せなくなった、ということだ。

政治の世界は、力学の世界だ。ダイナミズムが列車の競合脱線のように、各要素がある一点に集中して作用するとき、安倍政権は一挙に崩壊しないとも限らない。

もしそのようなことが起きるとしたら、その原因はほかでもない、保守層の国民に配慮しなかった安倍氏自身の自己責任に起因する。

<参考>

靖国参拝を躊躇しないでほしい(7月26日)

http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-53ec.html

安倍総理の靖国不参拝という「配慮」は結実するか(8月14日)

http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-97bb.html

首相は政治信条を貫くべし(10月11日)

http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/post-fe69.html

2013年10月16日 (水)

映画 『道』

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監督:フェデリコ・フェリーニ、脚本:フェデリコ・フェリーニ、エンニオ・フライアーノ、トゥリオ・ピネッリ、音楽:ニーノ・ロータ、主演: アンソニー・クイン、ジュリエッタ・マシーナ、1954年、115分、イタリア映画、モノクロ、原題:LA STRADA

兄弟の多い貧しい母子家庭の娘、ジェルソミーナ(ジュリエッタ・マシーナ)は、大道芸人ザンパノ(アンソニー・クイン)に一万リラで買われる。
ザンパノは大きな三輪の車に大きな荷台を乗せ、あちこちで大道芸を披露し、ジェルソミーナは寝起きを共にしながら、ザンパノに付き従うだけであった。

ジェルソミーナは少々オツムが足りないが、善悪の区別はつく。
ザンパノが、酒場の女と去ったとき、自分勝手な振る舞いをしたときなど、そこから去ってしまいたい気持ちに駆られもするが、ザンパノに殴られたりもするので、やはり付いていく。……

古典的名作で、つとに有名な映画だ。
今回でいったい、何回観たことだろう。でも、前回観たのは、もう3年くらい前なので、久しぶりではある。やはり、細かな描写は忘れているところも多い。

ザンパノは、自分をからかうサーカス仲間を見つけ、それを誤って殺してしまうのだが、それをジェルソミーナにいつまでも言われ続ける。
ジェルソミーナはザンパノに、自首してほしいとか説教を垂れるとかいうことをするわけではない。野獣のようなザンパノに、自分の気持ちをわかってほしいのである。

今回観て初めてわかったのだが、この映画には、恋愛やら人生やらについて、二人の人間に語らせるシーンが二つある。
サーカス仲間の男が、ザンパノに邪険にされたジェルソミーナに同情し、いろいろ話すシーン、ここでは、ザンパノを愛しているか、ザンパノはああいう男だから正直に自分の気持ちを表現できない、というセリフがみられる。

もう一つは、修道院の納屋にひと晩泊めてもらったとき、ジェルソミーナがザンパノに話しかけるシーン、ここでは、ジェルソミーナはザンパノに、私のことを好きか、と尋ねるが、ザンパノはジェルソミーナをうるさく感じ、早く眠ろうとする。

数年後、白髪も交じり始めたザンパノは、ひとり、海岸近くのサーカスに参加していたが、その近くで、かつてよく耳にしたメロディーを聴く。
それはジェルソミーナ自身の歌であり、この映画の主題歌にもなっている。
洗濯物を干しながら、その曲を口笛で吹いていた婦人の話から、ジェルソミーナが死んだことを知る。

酒場で酔い痴れたザンパノは、荒れて他の客を殴ったりもするが、海岸に来て砂を掴みながら慟哭する。
ジェルソミーナに粗野な態度をとり乱暴狼藉をはたらいてきた荒くれ男は、返らぬ過去を悔いるのである。

この映画も、フェリーニの他作品同様、さまざまな要素を秘めている。話はまさに、粗野な大道芸人の大男と、純真無垢で少し頭の弱い小柄な女の道中そのものが「舞台」であるが、そのなかにいろいろと考えさせられるテーマが多い。

また、直接、相手に向かって、好きだの愛してるだのという言葉は出てこないが、相手を思いやる気持ちというのは、終始そこに流れている。

理屈だけではどうにもならないのが人の世だ。しかし、映画製作となると、特に昨今の映画では、洋の東西を問わず、ストーリーの中身がきれいに理屈で割り切れてしまうつくりになっている。

無から有を作り出すのが映画だから、しかたないことではあるのだが、フェリーニの場合、特に、この、理屈で割り切れない人間模様を描き出すのが、得意なような気がしてならない。

それだけに、若いときに観ても、話としてはわかるがそれ以上には入り込めない、または、途中で退屈になってしまう、おもしろくない、といったことになるのだと思う。

それにしても、フェリーニがこの作品を世に放ったのは、34歳のときである。34歳にしてこれだけの骨の太い映画を作るからには、それ以降の映画は、それ以上の豊饒ななにかを孕んで生まれてきたことに頷けるのだ。

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映画 『サテリコン』

監督:フェデリコ・フェリーニ、原作:ペトロニオ・アルピトロ、脚本:フェデリコ・フェリーニ、ベルナルディーノ・ザッポーニ、美術:ルイジ・スカッチアノス、撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ、音楽:ニーノ・ロータ、主演:マーティン・ポッター、イタリア・フランス合作、カラー、1969年、128分、原題: FELLINI-SATYRICON

ペトロニウスの著した紀元1世紀ころの文学『サテュリコン』を、映画化した作品。
タイトルの意味は、サテュロスの如く好色で無頼な者たち、の意。
サテュロスとは、ギリシア神話に登場する半人半獣の自然の精霊で、自然の豊穣の化身であり、欲情の塊でもある。この名称は、ギリシア語で男性器を意味する言葉に由来しているとされる。

簡単にいえば、サテリコンとは、自らの欲望の赴くままに生きる人々、ということになる。性別として男であるが、美しいものを追うという点で対象が女とは限らず、男である場合もあり、子供であることもある。

実際、この映画では、男色のエンコルピオ(マーティン・ポッター)が、美少年を追うところから始まり、男同士の結婚のシーンも出てくる。男色家が主役なのだから、そういうアクセントがあらゆるところに出てくる。
しかしまたエンコルピオは、さまざまな身分や階級の女とも交合する。

ついつい、三島由紀夫の『仮面の告白』や『禁色(きんじき)』を思い出すが、この映画では、男色家であることを材料として、何をかうったえるというものではない。
この映画発表の翌年1970年(昭和45年)11月25日に自決した三島は、はたしてこれを観ていただろうか。日本での封切は1970年9月19日であるが、一節によると、観ていたようである。

学生であるエンコルピオは、美少年ジトーネを追うが、結局ジトーネは、同じ学生仲間のアシルトのものとなる。
そのジトーネを追うと、ある劇団の主がさらったことを知り、そこからジトーネを奪い返すのだが、それをきっかけに、エンコルピオは、さまざまな出来事に巻き込まれていく。

エンコルピオの行くところ、紀元前ローマの退廃ぶりが描かれる。法律も秩序もなく、詩人は芸術を追究するが、社会は力のある者により支配されており、また部族同士の争いごとも起きている。

奇妙奇天烈な芝居、酒池肉林の宴、奴隷船、神の子の拉致、悪党との対決、女神との交合など、エンコルピオはその意志に反し、数奇な運命を辿って行く。

フェリーニ映画の特徴であるが、象徴的なシーンで屋外の広範囲な風景が映される以外は、シーンのほとんどが、スタジオでの巨大なセットに依っている。『そして船は行く』(1983年)では、故意にセットを使い、自らの意志を実現している。

冒頭から続く浴場は、銭湯や温泉といったたぐいのものではない。浴場そのものが宮殿のようで、上層階へと広がり、巨大な吹き抜けをもつ。
古代ローマの大浴場とは、本当にこんなものだったのだろうか。

格闘シーンは屋外であるが、そこに巨大なコンクリートの建物を作っている。もちろん当時コンクリートなどはないから、土を固めたように見せている。

工作物の圧巻は、奴隷船である。その外観、奴隷のたむろする内側など個性的で、こんな船を作り出したフェリーニや美術担当の想像力は並大抵ではない。

登場人物老若男女のそれぞれ、実にひとり一人が着る衣装、化粧、装飾品なども個性的であり、各シーンでの背景のセット、書き割り、壁絵もユニークそのものだ。

ラスト近くでは、人肉食いまで出てくるほどに(食べるシーンは口を動かすことで暗示される)、全体的に、今から見れば、不道徳であり退廃的な物語である。その物語も、次から次へと飛躍し、ストーリーだけ追うと、必ず飽きがくるだろう。
ライバルであったアシルトが、あるエピソードで唐突に登場することからもわかる。

ラストは、船旅に出たエンコルピオの姿が静止画になったと思うと、そのまま、石に描いた絵になる。そこには、エンコルピオ以外に、各エピソードでの主役の姿も描かれている。それらの石は、広い海を背景に、佇んでいる。

この時空を駆け巡ったいくつもの巨大な逸話が遠い過去のものであることを示しながら、古代ローマに、こんな人間たちが蠢いていたこと、今からすればこんなとんでもない出来事があったのだということを語り継ぎたいかのようだ。

神の子が出てくる挿話では、その色白の子はどう見ても男子であるが、やや発達した乳房をもっている。両性具有の象徴であろう。
フェリーニの映画には、巨大な乳房をもった女性が出てくることが多い。生命力、性欲、存在の証明と言われる。

また、他作品にもちらちら出てくるが、小人も登場する。フェリーニ映画に限らず、イタリア映画には、ふつうに小人が登場する。
そして登場人物はいつでもほとんどが半裸であり、汗を表わすオイルが塗られており、多人数のシーンでは、常に猥雑な雰囲気を保っている。
白人、黒人、デブの男女、醜い男女など、各エピソードでの主役級以外には、醜悪な男女が用意されている。誰でもいいわけではない。ブスやデブが必要なのである。これはフェリーニのバランス感覚である。

そういうわけで、各挿話の主役級の男女はみな美しいが、そうでない者はみな不細工である。ちなみに、ジトーネは個人的に美少年とは思えないが、映画全体の主役であるエンコルピオ役のマーティン・ポッターは、化粧のせいもあるが、美しい男であると思う。

以前のレビューでは、こんなふうに書いたことがある。
この作品の言わんとするところがわからない、『道』のように、大人になり経験を積んでくれば、わかる映画ではなかった。大人になってもわからなかったのである。
若いときに『道』を観て、少なくともストーリーはわかるように、初めて観たときから、話はわかっている。ただ、映画全体で言わんとするところがわからなかった。

時に退屈を感じながらも、映像から伝わってくるパワーは否定できない。単につまらぬ映画なら、それでおしまいである。だがこの映画については、そのパワーの源泉をたぐりたくなるのだ。

これだけのセットや衣装、装身具をつくり、絵を描き、土を盛り、船までつくって海に浮かべている・・・これだけの巨費を投じて、フェリーニはいったい、何を言いたかったのか。

今回久しぶりに観て、セットがメインでありながら、実に壮大なスケールの映画だということを改めて実感した。こんな酒池肉林の世界、こんな理不尽な世界が、かつて自分の生まれた国にあったかもしれず、なかったかもしれず、しかしある原作を元に、壮大な叙事詩を映像で謳い上げようとしたのだけは間違いないようである。
フェリーニ49歳のときの作品である。

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2013年10月14日 (月)

♪星の流れに♪別れのブルース♪里の秋♪

ふと聴いてみたくなる歌があります。

流行歌は時代を映す鏡ですね。

悲しい歌は、やはり心に残ります。

「里の秋」は、解説を含め、既出です。

「星の流れに」

作詞:清水みのる、作曲:利根一郎、歌:菊池章子、1947年(昭和22年)10月

初めは、『こんな女に誰がした』というタイトルであったが、GHQから「日本人の反米感情を煽るおそれがあると横槍が入り、冒頭の歌詞である一節をタイトルにした。
2年後の映画化では、そのまま『こんな女に誰がした』というタイトルとなった。

http://www.youtube.com/watch?v=Xa0Jl71N7ag
<externalvideo src="YT:Xa0Jl71N7ag">

星の流れに 身を占って
どこを塒(ねぐら)の 今日の宿
荒(すさ)む心で 居るのじゃないが
泣けて涙も 枯れ果てた
こんな女に 誰がした

煙草ふかして 口笛吹いて
あてもない夜の さすらいに
人は見返る わが身は細る
街の灯影の 侘(わび)しさよ
こんな女に 誰がした

飢えて今頃 妹は何処(どこ)に
一目逢いたい お母さん
唇紅(ルージュ)哀(かな)しや 唇噛(か)めば
闇の夜風も 泣いて吹く
こんな女に 誰がした

「別れのブルース」

作詞:藤浦洸、作曲:服部良一、歌:淡谷のり子、1937年(昭和12年)

ただただみごとですね。

http://www.youtube.com/watch?v=qgrntlzoUXY
<externalvideo src="YT:qgrntlzoUXY">

窓を開ければ  港が見える
メリケン波止場の 灯が見える
夜風 潮風 恋風のせて
今日の出船は どこへ行く
むせぶ心よ はかない恋よ
踊るブルースの 切なさよ

腕に錨の入れ墨彫って
ヤクザに強いマドロスの
お国言葉は違っていても
恋には弱いすすり泣き
二度と会えない心と心
踊るブルースの 切なさよ

「里の秋」

作詞:斎藤信夫、作曲:海沼 実、歌:川田正子 1945年(昭和20年12月)

http://www.youtube.com/watch?v=e2vkuDPLqYo
<externalvideo src="YT:e2vkuDPLqYo">

1 静かな静かな里の秋
  お背戸(せど)に木の実の落ちる夜は
  ああ母さんとただ二人
  栗の実煮てます いろりばた

2 明るい明るい星の空
  鳴き鳴き夜鴨(よがも)の渡る夜は
  ああ父さんのあの笑顔
  栗の実食べては思い出す

3 さよならさよなら椰子(やし)の島
  お舟にゆられて帰られる
  ああ父さんよ 御無事でと
  今夜も母さんと祈ります

※作詞者が初めに作ったのは昭和16年12月開戦直後のころで、戦後になるとふさわしくなくなり、特に復員を手助けする番組に使うには似つかわしくないということで、急遽、以下のような3番を上のように書き換え、4番をなくした。

本来は、下の3番4番のように、出征した父さんを思う母と子の歌であったが、敗戦による引揚者を探し出す歌として、父さんが無事に日本に戻ってくるよう祈る歌詞に変更された。

童謡としてよく歌われるが、元々の1番から4番まで通して、初めて意味が通じるのである。最近ではこの3番さえ歌われず、多くの人が『里の秋』は2番までの歌と思っている。2番までだと、単身赴任の父親か、相当以前に亡くなった父親を、母子が偲ぶような歌に聞こえる。

元々の詞

1・2は同じ

3 きれいなきれいな椰子の島
  しっかり護って下さいと
  ああ父さんのご武運を
  今夜も一人で祈ります

4 大きく大きくなったなら
  兵隊さんだようれしいな
  ねえ母さんよ僕だって
  必ずお国を護ります

メロディに合わせてこの3・4を歌うと、じーんとくるものがありますね。

2013年10月11日 (金)

首相は政治信条を貫くべし

(mixi日記より転載)

政治信条だけでは、政治というのは回せない。
いくらすっきりとした愛国精神を標榜しても、有権者全体の支持を得られないのは、そこに理由がある。

思想家・学者なら、それでもいい。政治家は、その時どきの政治的流れによって、いろいろな懸案を、期限を区切って決着させねばならない。

そこがまた、一介の国民があれこれ言いたい放題に言えるのとは違うところで、連立与党なり、野党なり、それぞれが特殊な歴史をもつ外国なりというものと、向き合いつづける為政者の苦労であろう。

一方、100%信用できる政治家も政党もありえない。政治とは相対的なできごとだ。

安倍政権は、景気回復を優先国是とし、憲法改正など政治的信条に関することについては、案を提示したり、あるいは、考えの異なるものに対し、これを批判する程度のレベルに抑えて、この9か月を経過してきた。

すでに、政権担当後、半年で、日銀総裁の異動をはじめ、完全とはいえないまでも、景気回復の道筋が、心ある国民には信頼に足ると映り、それを契機に、参院選で勝利を得た。

それだけの仕事を半年で成し遂げたのは、安倍首相の勇断であり、国民のため日本のためを思う、強い信念があるからだろう。
休日返上で、世界を駆け巡り、日本という国を理解してもらい、日本の産物をセールスすることにも懸命であった。
太平洋の島々に、いまだ眠る遺骨を、必ずやすべて収集するとした決心にも、人間として政治家として、潔ささえ感じた。

来年4月からの増税については、喧々諤々の議論があり、結果として増税することに決定した。私は、さまざまな情報や、将来にわたる国家的戦略からして、増税に踏み切ると読んでいた。だから、増税反対と、ひと言もつぶやかなかったしツイートもしなかった。

誰も、余計な税金をとられるのは、まっぴらごめんである。しかも、税率は、一度上がったら、その税そのものが廃止でもされなければ、下がることはほとんどない。感情的には、いたしかたないのかな、と思ったのが正直なところだ。

TPPについても、国益にかなうものなら進めてもよいが、そうでないかぎり日本の産業分野は守ってほしい、という考えだ。全体的には、米国が糸を引いている交渉ごとに違いない。そのためなのか、それとも日本の立場をきちんと説明するためなのか、各中央官庁からえりすぐりの高級官僚が、交渉役に任命された。

これは、官報でみることができ、つぶやきでも紹介したのだが、その官僚たちの多くは、TPP推進派と呼ばれる人たちであった。党より、官邸と官庁主導でTPP交渉が進められるのだ、と思ったときから、すでに、ある方向での政治的決着についてシナリオが書かれていたようなものである。

靖国神社参拝については、読売が、この秋の例大祭にも、首相は参拝しない公算が強い、と配信した。もし本当にそうであれば、大変残念である。

以前、日記に、安倍首相は、首相在任中には、靖国神社参拝をしないだろう、と書いた。本来はもちろん、そうであってほしくないが、いろいろと総合して予想するとき、景気の回復とは無関係に、そうならざるをえないと思ったからである。むろん、これは公約違反にもなる。

それでも、淡い期待はあるのだ。真榊や玉串料の奉納でなく、身柄をもって英霊の御前に赴き、手を合わせる、…終戦の日などにおこなう必要はない。ごく日常のなかで、参拝すればよいのだ。

首相の私邸は渋谷区富ヶ谷である。靖国神社まで車なら20分もかからない。朝、開門と同時に参拝し、それから公務に就いてもよいのだ。

いかなる事情が考慮されるとはいえ、参拝しないことが、国益につながる、とでも言うのだろうか。日曜や、あるいは平日でも、バスで上京したりして、参拝に訪れる人は多い。8月の遊就館入館者数も、昨年より圧倒的に増えた。若者にも参拝者が増えている。

景気回復の見通しを立て、それに多くの有権者が信頼を託し、いわば、半年にわたる政権に対し、良き審判を下しているのである。

もしも、新聞の書くように、中国・韓国への配慮だけが原因なら、安倍首相は腰が引けていると判断せざるをえない。今後、法案を通すときに公明党の協力が必要であるから参拝しない、あるいは、できないのだろう、という向きもある。

公明党はそもそも、自民党の信条に端を発する立法・改正には、ほとんど反対しているのではなかったか。靖国神社不参拝と法案通過協力を、同一線上に並べるほうがおかしいと思うが、それ以上に、売国与党に配慮しているとしたら、それこそ信念倒れというものではないだろうか。

中国・韓国に対しては、内閣官房をはじめ、言うべきことは言い、首相も、皮肉まじりの批判をしている。しかし、具体的に、これらの国々の不当な言動に対し、何がしかの立法や政令を発表したかというと、何もない。

岸信介は、満洲から朝鮮半島にいたるまで、人類みな国家、のような人物であったから、その血を引く安倍首相も、韓国・中国には、何もできない環境にあるのだろう・・・などとは思いたくない。

「保守政権が誕生した。その後も支持率が高い。反日メディアや売国奴が喚いても、そう簡単に崩れはしない体制が整った。第一線では、粛々と、保守愛国の政策が打ち出されつつあることも事実だ。

だから、首相という人間ひとりが靖国神社に参拝するかしないかなど、大きな問題ではない、それはいつでもできることで、今は保守派の人々も我慢し自重しなければならない。」

…この考えは、間違っている。本当にそう思っているのだろうか。

政治信条に限って言えば、政治信条のない政治家は政治屋に過ぎず、政治信条を貫けない政治家は、右顧左眄の単なるサラリーマンであって政治家とは言えない。

<参考>

靖国参拝を躊躇しないでほしい

http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-53ec.html

安倍総理の靖国不参拝という「配慮」は結実するか

http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-97bb.html

2013年10月 7日 (月)

揺るぎなき保守愛国への道

今年7月31日、8月31日と、同じような日記を書いていますが、ふた月前とツイートの数を比較しながら、手を加えました。

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ココログのアクセス解析を見てみました。
平成25年10月7日(月)午後10時05分現在、数字は前々回、前回との比較です。

『日教組への道順』<2012年12月22日 (土)>
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-137c.html
4396→5230→6228ツイート

『社民の議席増とひめゆりの塔事件』<2012年12月31日 (月)>
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-fd1f.html
4162→4277→4294ツイート

『活動家養成段階に入った過激派』<2013年1月6日 (日)>
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-cdf9.html
5512→6459→7524ツイート

『国旗国歌法改正案としての提案』<2013年2月16日 (土)>
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-b3c3.html
3786→4567→5454ツイート

『迷える子羊を、保守愛国に振り向かそう』<2013年5月1日 (水)>
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-b3e6.html
2304→2707→2717ツイート

これらは、昨年12月の衆院選自民圧勝を受けて、参院選もこの調子でいってほしいと、mixi日記からココログに書き起こしたものです。これらを含めて、ココログからさらに、フェイスブックにも転載しています。

これらがどの程度役に立ったかはわかりませんが、あのころ愛国者や保守層の人々が、みな、同じようなことをして、保守政権再生への努力を惜しまなかったはずです。

たった一人でも、こうしたブログで、目を覚ましてくれる人物や賛同者が出てくれれば、ありがたいことです。
特に、若い人、学校で偏向教育を受けた人、などに読んでもらいたいと思っています。

ツイッターなどを見ると、愛国中学生や高校生の嘆きを知る。
地方の中学や高校では、相変わらず反日的な授業が存在し、まだまだ日教組なども健在の県が多いようです。

そういう教育を受けた方々や、政治に無関心であった人たちのなかには、あるきっかけで政治に関心をもち、あるいは、保守愛国の道の意義に気付いた人もいます。

多くの保守系ブログと同様、私のブログも、そうしたきっかけになっているとしたら、とてもうれしく思います。

他にも、ツイートの伸びたものもあります。
例えば、『死刑制度は存続させるべし』<2013年3月1日 (金)>
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-33fa.html
は、1634ツイートとなっています。

上の五つのうち、特に、過激派や日教組、国旗国歌法に関するブログのツイートが伸びたのは、参院選の結果や、終戦の日をはさみ、そうしたことへの関心が高いという証拠なのでしょうが、その後もツイートが伸びつづけているのは、保守政権が誕生したからといって、やはり、これら大きな未解決の課題に、多くの人が関心を寄せているからと思われます。

社民関連のブログは複数あるのですが、どれももうお役目終了といったところでしょうか。他のものも伸びていません。ただ、ひめゆりの塔事件などは知っているに越したことないので、ツイートは続けていきます。

迷える子羊のブログも、ほぼ役目が終わったということなのでしょうが、今後、新たな世代も現れるし、政治の動きいかんでは迷える子羊はいつでも現れるはずなので、たまにツイートしていきます。

ブログの言論は、筆者から独立して宙を舞い、見知らぬ人を結ぶ糸となります。
偏向教育を受けた人々の嘆きに、ひとつでも答えられ、遅ればせながらでも政治に目覚めた人々の判断の手助けに、ひとつでも役に立つことがあれば、そして、これらの思考が将来を担う愛国高校生・中学生の道しるべとなれば、素直にうれしく思うし、書いた甲斐もあったというものです。

2013年10月 6日 (日)

ありがとう、ベートーベン

小学生のころ、自分から言い出してピアノを習っていたので、今はいろいろ聴くのですが、やはりピアノ曲というのは、いろいろな思い出を甦らせてくれるものです。

今は本当に便利な時代で、CDを持っていない曲でも、YouTubeで簡単に見つけることもできます。

アップしてくれた人には悪いのですが、音質の悪いものも確かにあります。
今日、見つけたのは、ベートーベンのピアノ協奏曲です。
指揮はバーンスタイン、ピアノはツィメルマンで申し分なく、音質もよいです。

自分の小遣いで、楽器屋に行き、LPレコードを大事に買ってきて、よく聴いていました。レコード針は、おなじみのナガオカです。懐かしいですね。

あのころ、中学から高校のころは、歌謡曲ではフォークソングがはやりだし、私は今でこそ聞きますが、当時はどこか違和感があり、不潔っぽく感じてなじめなかった記憶があります。

ピアノなど話の通じる友人以外では、音楽の話はしなかったようです。
今からすると信じられないくらいに、内向的な性格だった思います。

ピアノはバイエル、ツェルニー、ソナチネ、ソナタ…とおなじみのコースを進んだので、そのころからずっとなじみの深いのは、やはりモーツァルトとベートーベンです。
その後、おとなになって、ショパンに没頭したのも、世間ではよくあるコースのようです。

古典派の音楽は、その後の楽曲を知ると、少々物足りなく案じますが、技術の面など、後の世からすればいろいろな限界があったわけで、いたしかたありません。

ベートーベンのピアノは、清潔感があるので好きです。ショパンやリストのように華やかなものではないけれど、彼より前の世代からすれば、相当いろいろな試行錯誤をおこなっています。

ショパンやリストとは違い、やはり、シンフォニーをしっかり書くというスケールでピアノ曲も書いていると思われるのです。

三つまで楽章があれば、アレグロ~アンダンテ~プレスト、といった順に、曲の早さが並び、ひとつの曲のなかは、いわゆるソナタ形式が確立され、たいへん几帳面な展開をみせてくれます。

ベート-ベンのピアノソナタは、やはり、終盤にいくほど、死の幻影を想起させます。ショパンも同じで、幻想ポロネーズになると、ほとんど死を予感していたのではないかと思えるような曲想になります。

20代のころ、親の死もありましたが、いろいろ迷うことも多く、勉強は嫌いではないので、アルバイトもしながら、表向きは楽しく生活しているようでも、心の奥には、いつも何か「釈然としないもの」をかかえていました。

自分が生きていることに意味があるのだろうか・・・これが、その最大の「釈然としないもの」でした。

当時、若者向けの本をよく書き人気のあった加藤諦三の本も読みましたが、それほど力にはなりませんでした。

人生の指針を示すような他人の本は、あまり意味をもたない、それより、ホンモノの音楽や小説、学問などに入り込んでいって、じかにそれに触りたい、と思ったのです。
読書感想文ではなく、積極的に三島由紀夫や川端康成を読み始めたのも、そのころからでした。法学部にいながら、心理学や哲学の本を読み漁りました。

そんなとき、音楽やピアノがすでに自分の一部であったのは、幸いなことでした。

自分が弱く、しっかりと大地に立ってないことを情けなく思いながら、何者かにすがりたいような気分が、常に作用していたようです。

どんなときでも、ベートーベンやモーツァルトは、すぐ身近にありました。
夜中にヘッドフォンで聴いていると、わけもなく涙がでてくることもしばしばでした。

もし誰かが、五体満足でない人もがんばっているのだから、健康な人間は落ち込んでばかりいてはいけない、と言ってきても、それは何の慰めにも支えにもならなかったでしょう。
それに、落ち込んでいたというのとは、わけが違うのです。

哲学の導入はショーペンハウエルからでした。世にいろいろな幸福論があるなかで、彼の幸福の定義は、こういうものです。
「幸福とは、死んでいないことである。」

笑っちゃいましたね。彼はまた、皮肉屋でもありました。しかし、きっちりと自分の論は展開しています。でなければ、ニーチェなどの後進が生まれるはずもなく、実存哲学というものが生まれなかったと思います。

彼は、ドイツ人にしては背が低く、顔もブサイクだったので、そのせいか恋人もできず、生涯独身であり、それどころか、女をこきおろすことも書いています。女性に人気がないのは、これも一因です。

ショーペンハウエルは、若いときおんぼろのアパートに下宿をしており、本ばかり買ってしまうので、家賃が何か月も滞納してしまったことがありました。
大家のばあさんが、ときどき催促にきていましたが、何か月も滞納したままなので、彼のへやの扉を叩き、ついに大声で催促してきました。

そのとき彼は扉を開けて、こう応じたそうです。
「俺を追い出そうというのか? 俺はそのうち有名な学者になるのだ。いま俺を追い出したら、若いころ、この俺がここに住んでいたんだと自慢できなくなるぞ。さっさと帰れ、このババア!」
笑っちゃいますね。

笑いつつ、ほっとして、また、次の日を迎えていきました。・・・

…いろいろな味方を得て、ようやく自分も人並みになっていきました。
性格の本質は変わらないとしても、おとなしくばかりしていては、まわりにナメられてしまうことも知りました。

知識と音楽、それを得るための労力、これらが、自分を強くしてくれたと思っています。

http://www.youtube.com/watch?v=zYl6iI4l9gA
<externalvideo src="YT:zYl6iI4l9gA:D">

(2014年7月6日現在、再生不可となっています。)

2013年10月 4日 (金)

猥褻(わいせつ)と淫(みだ)ら

鳥取県米子市で、あるイベントに使ったポスターの一部が、県警からみだらである、と判断され、そのイベントのHPから、削除するよう要請してきたので、主催者側はそのポスターの絵を削除した。

下のフォトがそれである。
今回の県警の判断は、適切であったと思う。

淫らであるということの核心は、猥褻であるということになる。

猥褻は、法律上は刑法に規定されており、判例でもきちんとした条件づけがなされてきたが、現実的に、それが猥褻であるかどうかということになると、その条件のなかにある「社会通念に照らして」判断するということになる。

ちょっと難しい話になるが、猥褻を定義したサルトルと、それを評価した三島由紀夫の考えをみてみたい。

哲学者サルトルは、『存在と無』のなかで、身体と肉体とを区別し、サディズムを語る中で、猥褻とはどういうものか、を定義している。

サルトルによれば、猥褻とは、

「身体が、行動や状況から切り離され、不適合なものとしてぶざまにさらけ出されたような状態で生じてくるもの」

である。

「もし身体が全体として行為の一部であるならば、身体は肉体となっていない。身体から完全にその行為という衣服を脱がせ、その肉体の惰性を顕示するようなもろもろの姿勢を、身体が採りいれるときに、猥褻があらわれる。」

「私が状況をとらえるまさにその瞬間に、この状況を破壊するところの或る特殊な適合喪失。肉体をおおっているいろいろな「しぐさ」という衣服の下にあらわれる突然の出現としての肉体の無気力な開花を、私にひきわたすところの或る特殊な適合喪失。しかも、私の方では、この肉体に対して性的欲望をおこしていないのに、そのような肉体の無気力な開花を、私にひきわたすところの或る特殊な適合喪失。それこそ、私が猥褻と名づけるであろうところのものである。」

これを受けて、三島由紀夫は、猥褻について、こう述べている。

「たとえば女子運動選手の足や腕のあらわな姿、バレリーナの裸の背、そういうものはワイセツではありません。そこでは身体が自由をあらわしており、男はそれに犯しがたいものを感じます。

ワイセツと自由との反対の関係は、サルトルが力説している点であって、サルトルは、もっともワイセツな肉体の代表を、サディストが縄で縛って眺めている相手の肉体、つまり自由を奪われた肉体に見ています。

「品のないもの」は、品のよさの要素の一つがその実現をさまたげられるときに、あらわれる。

たとえば運動が機械的になったり、ヘマをやったりする。バレリーナが振付を忘れて、同じところで何度も体を左右に動かしてごまかしたり、あるいはつまずいて、舞台に転倒したりする。するとそのバレリーナの身体は、もはや自由ではなく、「われわれの目の前に自己の事実性をさらけ出す」つまり行為を捨て去った一つの事実としての肉体が突然露呈されるのである。
そこに「ワイセツ」があらわれる。舞台に転倒したバレリーナのむきだしになったお尻に、突然ワイセツがあらわれるのです。

・・・ワイセツとは、たとえばこのようにして、一コのお尻が性的欲望をおこしていない何びとかに対して、その人の欲望をそそることなしに、あらわになるとき、それが特にワイセツであると言っていることです。

この点が世間の道徳家のワイセツの考えとちがうところであって、サルトルは、ワイセツなものを、一つの本当の熱烈な性的感動を起こさせない、或る衰弱したもの、無気力なもの、と見ているのです。

と同時に、ワイセツの本当の意味は、目の前で人がころんでお尻が丸出しになったのを見るときのような、意外な、瞬間的な、ありうべからざるものをありうべからざるところに見たような場合にひそんでいるのであって、そういう意外な効果をねらって作られたものを、ワイセツ物とかワイセツ文書とかいうのである。

ワイ本が、多くは、その性行為の描写を、しんとした林の中とか、人目につきやすい昼間の二階とか、そういう意外な場所に置いていることに注意してください。

この意味からすると、チャタレイ夫人のように、何の意外さもなく、あるべき箇所にあるべき描写を堂々と開陳する小説は、どう考えてもワイセツではありません。それはバレリーナのお尻ではなくて、正に踊っているバレリーナの描写なのでありますから。」

簡単に言えば、例えば、バレリーナが、舞台上で踊っているとき、いくら背中や大腿部の線が丸見えになっていても、猥褻ではないが、何かの瞬間に転んで、その流麗な動きから、そのからだだけ離れてしまったとき、そこに、観る人の欲望をそそることなしに突然現れた大腿部は、猥褻だ、ということである。

以上は、猥褻についてであるが、淫ら(みだら)というのとは、少し違う。

淫らというのは、猥褻というより猥雑に近い感覚だ。
女性の乳房や陰部が丸写しになっていても、それは猥褻図画(とが)かもしれないが、猥雑ではないかもしれない。

乳房や陰部を写していなくても、かえって性的な意味合いをもって猥雑であるということはありうる。

鳥取県米子市のイベント用ポスターは、刑法の猥褻物には当たらないとされた。

刑法にいう猥褻文書とは、その内容がいたずらに性欲を興奮又は刺戟せしめ、且つ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する文書、である。

18才未満は入場できない、鳥取県の補助金が出ている、など、いろいろな要素がからまって、主催者が県警から注意をされ、HPなどからこの絵を削除した。

しかし、いかにも、淫らな絵には違いない。だから、どうのこうのというのは、行政と主催者との関係で動いていくことだ。

人目を引くには、多少、大胆なメッセージ性は必要である。他の種類のイベント、例えば、大人向けの映画祭のようなもので、民間企業がおこなうようなものであれば、これほどの問題にはならなかっただろう。
鳥取県警も、市民からの通報が多かったとしている。

一見すると、女性は、真っ黒なシルエットに見えるが、これはPCの画面の関係でそう見えるのであって、実際は、透けた黒い布を覆ったようになっている。

女性はこちらを向いており、両腕が頭の上で拘束されている。その姿勢は、ファック寸前の体位ともとれる。その周囲に、悪魔などが散りばめられているが、これらの顔はみな、女性の陰部のほうを向いており、眼球もそこを見ている。昆布のような模様が股間から上に昇るように描かれており、陰毛を想像させうる。

全体的には、あきらかに猥雑である。

さらに、薄汚さまで感じるが、そうなると主観だと言われかねない。

乳房が丸見えだからといって、猥褻になりえても、猥雑とはいえない場合もある。このポスターも、猥褻とは言えないにしても、猥雑さはある、むしろ、それが狙いであったのだろう。

補助金を出す県が注文をつけてきたのなら、それに従うしかないが、これが違ったケースであれば、他の方向に発展することもあったろう。

猥褻と同様、淫らは淫らとして、しっかり取り締まり、ケジメをつけることがされなければ、歯止めがなくなる。

これは、子供の教育という意味、ひいては日本文化という国益の観点からも、必要なことであると思う。

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2013年10月 3日 (木)

映画 『沈まぬ太陽』

監督:若松節朗、製作総指揮:角川歴彦、原作:山崎豊子、脚本:西岡琢也、音楽:住友紀人、主演:渡辺謙、三浦友和、2009年、202分。

山崎豊子さん逝去とのことで、久しぶりに観た。間に10分の休憩が入る長編である。

国民航空ジャンボ機墜落事故とその後の展開を、恩地元(渡辺謙)の人生の歩みや、国航(国民航空)の社内人事、国航再建に向けての政治などをも織り交ぜて描く。

むろん、昭和60年8月の日航ジャンボ機墜落事故に材を取っている。
恩地を中心に、現在と過去が、交互に描かれていく。

恩地は、今や、遺族の担当となり東奔西走する立場であるが、昭和40年代はじめころは、組合の委員長であり、それが原因で、海外僻地の支店に飛ばされる。飛行の安全を願う恩地とは異なり、副委員長だった行天四郎(三浦友和)は、幹部にそそのかされ、汚れた仕事までして出世街道をひた走ることになる。

恩地の海外赴任に伴い振り回される家族や、恩地、行天双方に愛着を示すスチュワーデスの存在をも描く。

山崎豊子の社会派小説は、善なる正義を貫く信念の男が副主人公として登場し、主役はいわゆる偽善者であり、長いものにまかれるタイプだ。この両者が対峙する。

この作品における恩地は、『白い巨塔』の里見助教授であり、『華麗なる一族』の万俵鉄平である。片や、行天は、財前五郎であり、万俵大介であろう。

いろいろと細部にまで書き及んだ原作を、たとえ長編とはいえ、これだけの話にまとめた脚本には頭が下がる。
しかし他作品同様、恩地の行き方という、一本筋が通っていることで、最後までじっくり観ることができる。

いかにも角川映画らしい、カネに糸目をつけない贅沢な仕上がりは歓迎だが、映画であるからには、もう少し映像の楽しみがほしかった。

飛行機の機内、コックピットが出てくるが、もちろん日航は撮影を拒否したので、セットを作らざるを得ず、飛行機の離発着のシーンもすべてCGに依っている。
国民航空の文字を機体に入れねばならないから、おのずからCGに頼らざるを得ないが、そのへんの処理がワンパターンで惜しい。

内容柄、登場人物の多いのも気になる。観ていて混乱はしないが、後半での政治家と官僚、国民航空の絡まるあたりは、描き切るか、思い切ってカットしてもよかった。

原作がそうなら仕方ないが、そのあたりは、ややもすると、恩地の生き様や信念から離れて、国民航空の再建とそのさなかに起きるダーティな部分であり、話が空中分解しているとみられてもしかたない。

それでも、最後は、恩地の話に戻し、アフリカの雄大な太陽を映して終わっている。

いずれにしても、最後に注意書きが出るように、事故で亡くなった方々に冥福を捧げんとする内容であり、それに伴い、国民航空の旧態依然とした実態が暴き出された点は、山崎豊子の手腕にに負うところが大きい。

恩地のような使命感のある社員がもっといたなら、と思ってしまうストーリーだ。

行天は、いわば悪の象徴であるが、三浦本人が、初めて俳優らしい役を演じた作品だと思う。

ちなみに、靖国神社が映るシーンがある。

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