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2013年9月 2日 (月)

映画 『華麗なる一族』 (2013年9月2日)

監督:山本薩夫、原作:山崎豊子、脚本:山田信夫、撮影:岡崎宏三、音楽:佐藤勝、主演:佐分利信、仲代達矢、京マチ子、1974年、211分。

原作と監督は『白い巨塔』のコンビであり、そのときの主演、田宮二郎や小沢栄太郎も出演している。他に、多くの豪華なメンバーが出ており、社会派映画といっても、万俵家の家庭内の出来事もテーマのひとつになっているので、華やかな女優陣を随所に見ることができる。

二度にわたりテレビの連続ドラマになっているので、話のあらすじは知っている人も多いだろう。

阪神間に勢力をもつ万俵財閥の核である阪神銀行の頭取・万俵大介(佐分利信)は、金融再編成の到来と見るや、都市銀行第10位の自行より上位にある銀行を呑み込んで合併し、財閥系上位4行に迫る銀行の経営者に収まろうと画策する。

長男・鉄平(仲代達矢)は、やはり万俵財閥の有力企業・阪神特殊鋼の専務であり実質的な経営者であったが、大介とは出生をめぐり血の疑惑があり、大介は鉄平に対する憎悪もエネルギーとして阪神特殊鋼を倒産に追い込み、痛手を負ったサブバンクである都市銀行第8位の大同銀行を合併するに至る。

大同銀行の頭取は、日銀から天下った三雲(二谷英明)であり、鉄平のよき理解者であったが、現場の仕事に慣れておらず、綿貫専務(西村晃)以下生え抜きの役員からは嫌われていた。そこに大介がつけ込む余地があったのだ。

一方、万俵家には大介の妻・寧子(月丘夢路)以外に、大介の愛人・高須相子(京マチ子)が同居しており、公家の出で何もできない寧子のかわりに、万俵家の内部を取り仕切り、大介の野望を実らせるために、閨閥づくりにも熱心であった。

昭和49年の映画で、当時、受験生活から解放されて、有楽町まで出かけ、映画館で観た作品である。
単行本で三冊になる原作を読んでいたので、たしかに長い映画であったが、それでもよくここまで整理し、バランスよい脚本に作られたと思ったのを覚えている。

監督は『戦争と人間』三部作を撮った山本薩夫であるが、観てしまえば、その他脚本から音楽まで、一流どころの職人が並んでいるのも頷ける。
ラストの横に流れるエンディングで、原作者と脚本の名前のあとに、監督名が出てくる。大変異例だが、監督が、原作と脚本に敬意を表している証拠であろう。

それまでの出演作から、月丘夢路は洋装、京マチ子は和装のイメージがあるが、ここでは逆転した配役となっている。ヴィクター・フレミング監督『ジキル博士とハイド氏』(1941年)には、上流階級の淑女と、飲み屋の育ちの悪いウエイトレスが出てくるが、妖艶な悪女顔でゴシップの多いラナ・ターナーを淑女役に、美貌で清楚な役柄の多いイングリッド・バーグマンを女給役に使っている。
さまざまな女優のシーンを見られるというのは、映画を見る上での醍醐味のひとつだ。

前にも書いたのだが、松本清張と山崎豊子の原作は、大筋がすっきり描かれており、映像化に向いている。そのためか、いずれも大ヒットする。
むろん、巨額の予算が必要であり、スタッフや俳優にはプロが集結する必要がある。

両者の共通点は、いずれもバッドエンディングであり、そこまでいかないまでも、正義のほうがくじける、という結末になっている。
しかしもっと人気を呼ぶのは、そこに介在する人間像が、みな正直に赤裸々に描かれていることに、観客が共感するからであろう。

『白い巨塔』にしても、財前五郎は悪い奴とだけ言えない。冒頭に、苦労している孤独な母親に、現金書留を送るシーンがある。ふつうの人間としてスタートするのである。
しかし、あまりのバッドエンドに、読者から批判が寄せられ、続編を書かざるをえなくなったというおまけもついた。

万俵大介も同様である。台詞にもあるが、9000人の生活を預かる統率者として、座して死を待つとわかっているなら、隙あらば相手を取って食おうとするのは当然である。

「向こうが権力でくるのなら、こっちはあくまでもカネと押しや!」という財前又一の台詞がある。これは娘婿・財前五郎を助けんとする欲望の一端を表わしている。
これに比べれば、この『華麗なる一族』では、人間の欲望は、合理性のあるものに変化していると言える。

山崎豊子は、この銀行合併劇を書くにあたり、当時の三菱銀行の頭取に取材している。三菱はその数年前、第一銀行と合併する予定であったが、三菱の役員のひと言から合併話が洩れ、その話は潰えてしまった。後に第一銀行は日本勧業銀行と合併し、第一勧業銀行となる。一方、三菱は東京銀行と合併し、東京三菱銀行となる。

阪神銀行の重みを描くには、銀行の内部を撮るしかないが、さすがに銀行はどこもその申し出を断ってきた。唯一、撮影の許可が下りたのが、第一勧業銀行である。ただし、絶対に当行とわからないように、という条件付きだった。あたりまえだろう。

冒頭に、大介の乗る車が交差点を横切ると、カメラが上にパンして、ギリシア建築風の重厚な建物が映り、阪神銀行本店と字幕が出る。その宮殿風の外観に、一瞬、第一勧業銀行の文字が映る。それもおそらく、老舗であった旧日本勧業銀行の建物だろうと思われる。

この映画の前半の終わりに、新年を迎え、大介、鉄平、銀平(目黒祐樹)、美馬中(みま・あたる、田宮二郎)が、初日の出を拝んだあと、キジを撃つシーンがある。鉄平の誤射で、大介のこめかみをケガさせるシーンだ。
この真冬のシーンは、実は真夏に撮っている。これを言わなければ、みな何とも思わないシーンだろう。
映画というのは、こんな大作にあっても、やはり映像マジックなのだ。

ちなみに、黒澤明の『天国と地獄』の後半、真夏に権藤(三船敏郎)が、自宅で芝刈り機を動かすシーンがある。これは逆に、真冬に撮られている。

映画はやはり、興味が尽きない。

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