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2013年8月

2013年8月31日 (土)

揺るぎなき保守愛国の道

(mixi日記より転載)

先月7月31日に、同じような日記を書いていますが、ひと月前とツイートの数を比較しながら、手を加えました。

なお、ツイッターのフォロワーは、数人を除けばほとんどが保守系愛国者で4400人を超え、たいへんうれしく思っています。

*****************************

ココログのアクセス解析を見てみた。(平成25年8月31日(土)午後10時45分現在)

「日教組への道順」<2012年12月22日 (土)>
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-137c.html
4396→5230ツイート

「社民の議席増とひめゆりの塔事件」<2012年12月31日 (月)>
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-fd1f.html
4162→4277ツイート

「活動家養成段階に入った過激派」<2013年1月6日 (日)>
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-cdf9.html
5512→6459ツイート

「国旗国歌法改正案としての提案」<2013年2月16日 (土)>
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-b3c3.html
3786→4567ツイート

「迷える子羊を、保守愛国に振り向かそう」<2013年5月 1日 (水)>
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-b3e6.html
2304→2707ツイート

これらは、昨年12月の衆院選自民圧勝を受けて、参院選もこの調子でいってほしいと、mixi日記からココログに書き起こしたものである。

ツイートのうちいくつかはリツイートされると思うと、素直にありがたいと思う。

これがどの程度役に立ったかはわからないが、愛国者や保守層の人々が、みな、同じようなことをしていたはずだ。
それが、ひいては、参院選の勝利に結びついたのだろう。
ネットの時代は、危険もあるが、やはりありがたい。

たった一人でも、こうしたブログで、目を覚ましてくれる人物や賛同者が出てくれれば、と思うからだ。
特に、若い人、学校で偏向教育を受けた人、などに読んでもらいたいと思う。

ツイッターなどを見ると、愛国中学生や高校生の嘆きを知る。
地方の中学や高校では、相変わらず反日的な授業が存在し、まだまだ日教組なども健在のようだ。

そういう教育を受けた方々や、政治に無関心であった人たちのなかには、あるきっかけで政治に関心をもち、あるいは、保守愛国の道の意義に気付いた人もいる。

多くの保守系ブログと同様、私のブログも、そうしたきっかけになっているとしたら、とてもうれしい。

他にも、ツイートの伸びたものもあるのだが、上の5つはダントツだ。
特に、過激派や日教組に関するブログのツイートが伸びたのは、参院選の結果や、終戦の日をはさみ、そうしたことへの関心が高いということなのだろう。

ブログの言論は、筆者から独立して宙を舞い、見知らぬ人を結ぶ糸となる。
偏向教育を受けた人々の嘆きに、ひとつでも答えられ、遅ればせながらでも政治に目覚めた人々の判断の手助けに、ひとつでも役に立つことがあれば、幸いと思う。

愛国の精神に、一点の曇りもない、迷いもない。
今後も、断固として、肯定的に、この道を進む。

2013年8月24日 (土)

NAZENと前進社を形骸化に追い込め! (2013年8月24日)

夏場には、反原発はいつも、静かになる。
冷蔵庫やPCと違い、ヤツらもエアコンや扇風機を使う電力大量消費時期は、良心の呵責もあり、多少おとなしくしているのだろうか。

いや、そうではない。

ヤツらは、そんな矛盾はものともしない。
この厚顔無恥な連中は、今や、次の準備に、余念がないのだ。

「全ての原発いますぐなくそう!全国会議」の「な」と「全」をつなげて出来上がったのが、NAZENという珍妙な名称の反原発団体である。

その呼びかけ人のページを見ると、以下のような人物が並んでいる。(http://nazen.info/index.php?d=yobikake
愛国者のみなさんには、よく知られている名前も多いはずだ。

赤羽進彦(精研労組青年部書記長)  
秋田明大(元日大全共闘議長)  
阿部宗悦(女川原発反対同盟)  
石井真一(動労水戸委員長)  
石田真弓(東北大学学生自治会書記長)  
市川潤子 (ふくしま合同労働組合委員長)  
壹貫田康博(被爆者青年同盟・広大生協労働組合委員長)  
井野博満(東京大学名誉教授)  
岩田雅一(牧師・写真家)  
入江史郎(スタンダード・ヴァキューム石油自主労働組合委員長)  
大石又七(元第五福竜丸乗組員)  
大江厚子(セイブ・ザ・イラクチルドレン広島代表)  
長田敏之(動労千葉書記長)  
小関恭弘(置賜百姓交流会)  
織田陽介(前全学連委員長・東北大学)  
鎌仲ひとみ (映画監督)  
北島邦彦(前杉並区議会議員)  
北西充 (広島大学名誉教授) 
小出五郎(元NHKプロデューサー)  
国賀祥司(泉佐野市議会議員)  
小林久志(日逓中野被解雇者、東京西部ユニオン青年部長)  
斉藤郁真(全学連委員長・法政大学文化連盟委員長)  
齋藤裕介(郵政非正規ユニオン委員長)  
坂井留吉(六カ所村・「核燃から漁場を守る会」)  
佐久川政一(沖縄大学元教授)  
佐藤幸子  
三里塚芝山連合空港反対同盟  
椎名千恵子   
下田禮子(反戦被爆者の会、8・6ヒロシマ大行動呼びかけ人)  
シンディ・シーハン(アメリカ反戦の母)  
神保美彦(仙台市職員組合副委員長)  
末光道正(八尾市議会議員・八尾北医療センター院長・医師)  
須賀華呼(NONAME)  
杉井吉彦(国分寺市・本町クリニック院長・医師)  
鈴木光一郎(酪農家)  
鈴木達夫(弁護士・元日放労長崎分会委員長)  
清野和彦(元福島県教職員組合委員長)  
高山俊吉(弁護士)  
武内更一(弁護士)  
土井淑平(人形峠ウラン鉱害裁判・フリーライター)  
富田翔子(アーティスト)  
中島健(被爆2世、8・6ヒロシマ大行動呼びかけ人)  
中道雅史(青森県反戦反核学習会実行委員会)  
中村圭司(愛媛県職員労働組合副委員長)  
永野佳世子(東京北部ユニオン書記長)  
西川重則(とめよう戦争への道!百万人署名運動事務局長)  
西村綾子(前相模原市議会議員・湘北合同労組副委員長)  
二本柳実(三浦半島地区教職員組合)  
橋本光一(国労郡山工場支部書記長)  
花澤俊之(弁護士)  
葉山岳夫(弁護士)  
福地曠昭(元沖縄県教組委員長)  
藤田城治(弁護士)  
松井英介 (岐阜環境医学研究所長・医師)  
松江寛人(がん総合相談センター所長・医師)  
松浦武生(島根人類愛善会会長、さよなら島根原発ネットワーク)  
松元ヒロ(コメディアン)  
間山正茂(青森県八戸・南部バス労組執行委員長)  
三角忠(8・6広島―8・9長崎反戦反核闘争全国統一実行委員会)  
皆川学(元NHKプロデューサー)  
宮村みつお(美ら島沖縄大使・琉球アーティスト)  
森川文人(弁護士)  
矢ヶ崎克馬 (琉球大学名誉教授)  
柳沢裕子(船橋二和病院医師・千葉勤医労)  
山田真(子どもたちを放射能から守る全国小児科医ネットワーク代表)  
山本太郎(俳優)  
吉田義久(核問題研究情報センター代表、元相模女子大教授)  
吉田良順(高陽病院医師、8・6ヒロシマ大行動呼びかけ人)  

コイツらに指示され利用されている末端の若者もそうだが、コイツら自身が問題の多い人物群なのだ。これらがすべて、これからの敵になる。

一人ひとりではたいしたことはできない。しかし、ワケのわからぬ御託を並べる連中も、雁首をそろえると勢力となる。

山本太郎を支援した中核派も、至って元気である。

革命的共産主義者同盟全国委員会、つまり中核派は、デモの予定にしてもサイトの見栄えにしても、以前より充実してきている。
⇒http://www.zenshin.org/zh/

本拠は前進社という出版社の蓑を着ている。週刊や季刊でさまざまな冊子を出している。

共産党の躍進が一因だろう。ヤツらも調子に乗ってきたようだ。
英語版HPに加え、少し前には、ハングル版HPもつくった。

在日を仲間に取り入れようとすることで裏が丸見えだが、いわば手当たり次第に、国際的にも、仲間を増やそうと躍起になっている。実際、アメリカ人の動画などもアップされている。

日本国の国情、歴史、文化などを、全く無視しなければ、こんな破廉恥なまねはできない。
ところが、ヤツらは恥も外聞も気にしない破廉恥連中なのだから、好き放題である。
中核派以外のサヨクの動きにも注意していきたい。

社民や民主に、若干の残党はいるが、ほとんど勢いは萎えたと言っていいだろう。
政治家を頼みの綱とできなくなった連中は、音楽・絵画・文学など文化の面で、さらに横につながりを広げ、付和雷同を呼ぼうとする。
後ろに「過去」の左翼がいて糸を引いているのは火を見るより明らかだ。

今後、愛国者の向かう相手は、経済分野を脇に置けば、政治的にはコイツらとの戦いであろう。

この連中が騒ぐことで、これをけしかけているマスコミが、自作自演の芝居を打ち、これを取り上げる。
そこから外国の勢力と結んで、国防や防衛に口をはさんでくることだろう。

敵に不足はない。コイツらの一部が、自暴自棄になって破壊活動をおっぱじめる前に、われわれがそれぞれの持ち分に応じて、その根元を断ってしまおう。
街宣やデモによって、こうした連中に対抗することも必要だ。

為政者頼みになる部分も多いが、一般国民としては、例えば、上に挙げたような連中を、そのつど捻じ伏せていくしかない。

すでにサヨクとも言えないこういうアホは、豆腐の角に頭をぶつけて死ぬしかないだろう

由比 周也 ‏@syuya_yui   
【拡散】『シェアしてください!マンガ「はだしのゲン」の本当の姿。底にあるのは左翼的反天皇制と自虐史観』 http://ameblo.jp/fuuko-protector/entry-11596576726.html … …

ムーン ‏@moonthis1   
@syuya_yui じゃ、右翼や天皇制は正しいのか?天皇などいない方が、みんな自由に発言できるよ!

ムーン@moonthis1 

人類未発見の元素ミステリウムMiや、フリーエネルギー、暗黒物質と超常現象の関係など研究している、大阪の絵ジソンです(アート大好き)。不思議な経験でなくても何でもいいので教えて下さい。よろしくお願いします。

大阪都 つぶや区   ·  ameblo.jp/moonthis1/

(コイツのamebloより)

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プロフィール

ニックネーム:ムーン性別:男性出没地:関西出身校:大阪府立大学. 

自己紹介

皆さん、こんにちは!

大阪の、芸術家、発明家、別名“絵ジソン”です

アートは何でも大好きです
音楽は、クラシック、JAZZ、J-POP
絵画は、モネ、ルノアール、シャガール
でも、芸術なら何でもジャンルを選びません!

理科系なので技術職
世界初の発明も3つあります
研究開発者なら、発明も一つくらいはして欲しいですよね
発明もしていないのに、出世するシステムはおかしいですね

普通の物質は宇宙の4%にすぎません
暗黒物質が20%、他は暗黒エネルギーです
人類がわかっていることは本当にわずかです
これからもどんどん新しい発見、発明が進むことでしょう!

過去は、いくさや戦争の時代が続いてきました
現在でも、利権屋や、経営一族による会社支配など
一人ひとりの人権が充分に守られていない面もあるかと思います

でもきっと将来は、一人ひとりが平和に、楽しく
自由に自己実現をできる社会がやってくると信じています
その日まで、皆さんと一緒に頑張りますので
どうか、よろしくお願い致します!

▲▲▲

Fuck You !

2013年8月22日 (木)

親米保守とは、一線を画す (2013/08/22)

(mixi日記より転載)

以前からのマイミクさんには、日記でチラリと書いたときもあるので、ご存じかもしれませんが、私は、さまざまな政策に関し、根底では、アメリカという国を信用していません。
というより、まず、感覚的に嫌いなのです。

これは、戦争の現場だからお互いさまですが、歴史の因果に一切触れずに言えば、事実として、若く優秀な親類が米軍の攻撃を受けて殺された、ということが原点にあります。
古い価値観を背負ったままでいると非難されそうですが、この事実を消すことはできません。簡単にいえば、ヤンキーゴーホームという心理が、いまだに心のどこかにあるのです。
ロシアを露助、中国をチャンコロと呼ぶように、私にとってアメリカは毛唐なのです。

数年前の終戦の日に、アメリカ人が靖国神社の神門手前で、小泉総理賛成と書いた札と、アメリカ国旗を持って、参拝者の注目を浴びようと立っていました。そのこと自体が、場所柄や日柄をわきまえない、大変低能なことと思います。動画にもアップされていました。

一部の日本人の年寄りがこの男と握手などしていましたが、私にはとても不快な光景です。
ところがその直後、右翼らしき青年たちなどが来て、そのアメリカ人に文句を言い始めました。そこに「毛唐!」という言葉も聞かれ、すっきりした覚えがあります。
騒ぎを聞いて駆けつけた警察官により、この男は靖国通りの反対側に連れていかれました。

その混乱のなか、靖国神社の神官も寄ってきて、いいことを言いました。
「あなたは、もうお参りしたのですか?」
もみくちゃにされていたので、音声は聞き取れませんでしたが、おそらく参拝などしていなかったでしょう。
こういうお祭りバカには、靖国の参道にさえ、入ってきてほしくないものです。

日常的にアメリカの映画や製品を享受しているとはいえ、まず、感覚的に、国家としてこの国を「好き」にはなれません。

歴史的にも、結論は同じです。

勉強してくるうちに、アメリカが実に、利己的な政策だけをとってきたこともよくわかりました。
多かれ少なかれ、どの国も自国の利益を優先させるのは当然ではあっても、その勢力の拡大のためには、正義も法もなかった、というのが、アメリカの歴史であったと思います。

戦前戦後から、資源や物量と広い国土ゆえの大国だっただけです。しかしまた、自由を尊重する大国としてさまざまな発明・発見があり、能力的にも秀でた人材をもつ国家であるというのは認めます。
一方で、イギリスからの逃避と独立、その後のフロンティア精神という美名のもとでのインディアンなど先住民族の駆逐、フィリピン争奪のためのスペインとの戦争やハワイの占領などは、まさに現在、中国がチベットやモンゴルでおこなっていることと軌を一にすると思うのです。真珠湾攻撃のとき、ハワイはまだアメリカの州ではありませんでした。

帝国主義の時代のイギリスやオランダの動きを見て、遅れをとるなと思ったのは理解できます。人道主義の一面もあり、相手を尊重して議論することもできます。民主主義の成熟した国家をめざしてきたことも事実として認めましょう。

しかし、そのアメリカ自体にも問題は山積しており、国内の問題は、そう簡単に解決はしていません。

国際機関といわれる国際連合についても同様です。

第一次世界大戦後、世界の平和と進歩のために、まずは、日本も常任理事国として加盟した国際連盟ができましたが、議会の承認を得られず、アメリカは不参加でした。
第二次大戦後、国際連合なるものができ、日本も参加しましたが、国際連合とは名訳で、United Nations ですから、米英側連合国の結束を、そのまま世界平和を希求する国家間の結びつきに衣替えしただけです。

柔軟な思考をもつアメリカが、国連に関することにだけは、何の変革も求めず、アメリカに次いで拠出金の多い日本については、いまだに非常任理事国のままにして、中国に大きな顔をさせたまま、拱手傍観の体を崩していません。
ましてや、核を持ちながら、核縮小に向けての発言を繰り返すなど、矛盾しており、時代に逆行しています。

プロフィール欄にこう書きました。
国家間の協力と、国家間の独立とは、別である、と。
独立した国家が、相互に協力し合うなら、それは初めて国家間の協力となるでしょう。

ちょうど、保守回帰の機運が高まってきました。
憲法改正を初めとして、アメリカが講じた占領政策の「恩恵」からは、いい加減に足を洗わなければなりません。仮にアメリカが、恩を返せというなら、もう遠の昔に返し終わっていると思います。

憲法改正やアメリカからの乳離れと、日米安保や在日米軍基地とは矛盾しません。
独立国家が、防衛面で協力するのは、今後アジアにおいてもよく見られることになるでしょう。

しかし、ずっと遠い将来、アメリカの世話にならずとも、国防や防衛面で、日本がひとり充実した国家となる方向を目指すべきです。
そこから、インド、ベトナム、フィリピンなどアジアの国々や、洋上の島国などとの、新たな協力関係や行き来が生まれてくるものと考えます。

TPP問題では、極秘事項をいいことに、自民党のほうに情報が上がってこないようです。交渉官を任命し、相当多数の政府の人間が、それぞれの分野で、各国と討議を続けていくことになるのでしょう。各国といっても、その最も重要な相手国はアメリカです。

TPPについては、慎重な姿勢で臨んでほしい、とプロフ欄に書きました。慎重に、という日本語表現は、婉曲な否定を意味します。
もし、いずれかの分野で、条件付きで加盟したことになるとしても、そもそも、日本はそんな交渉ごとに入る必要があるのかどうか、いまだに不勉強で、よくわかりません。
経済力の弱い国が、国家総体として大国の助けを借りる、というならわかります。
放置が無理なら、もっと他に手段がないのでしょうか。

部分的分野的なものを含め、加盟することによって、それが日本国の将来の国益にかなうと予想されるのでればけっこうな話です。
保守派にさえ、多くの反対がある状態で、今後どういう展開になるのか、見守っていきたいと思いますが、反対すべきものには反対していくつもりです。

ちなみに、野党の反対も、真に日本の将来を考えての反対なのか、安倍政権打倒のための反対なのかを、よく見極めなければなりません。

これが、もしや、アメリカ一国の国益のための奸計であるなら、深い交渉などしないほうがいいのでは、と考えます。

積極的に国を売る売国もあれば、利他的・消極的に国を売る売国もあります。
ツイッターでは、サヨクはむろん、保守系の人々のなかにも、一様にこの点だけは、現政権を支持しないと表明している者が多く見受けられます。

真に日本の国益にかなうものであれば、それは断固推進すればよいでしょう。国益にかなっているものを、むやみに批判するのは、TPPに絡めた安倍批判・政府批判に過ぎません。

いずれにしても、アメリカの国益を優先させるために、日本が犠牲になるという図式だけは、何としても避けねばなりません。

2013年8月20日 (火)

「ツィゴイネルワイゼン」

有名な『ツィゴイネルワイゼン』です。
ヴァイオリンはイツァーク・パールマンの演奏です。

学生時代に、この人の演奏を何度か聴いたことがあります。
当時すでに著名な人だったので高かったですが、こういうチャンスは当分ないと思い、バイト代をはたいてチケットを買いました。

NHKホールでは、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲をやりました。
レコードばかりの自分は、わくわくしながら席に着きました。

…生の音のすばらしさに感動しました。ヴァイオリンのテクニックもすばらしかったです。ほとんど圧倒されてホールを後にしたのを覚えています。

パールマンが登場するまで全く知らなかったのですが、この人は小さいころの病気で、両脚の膝から先が義足なのです。
そういったハンディにとらわれず、猛練習を重ね、一流のヴァイオリニストになったのでした。

もうひとつ驚いたのは、演奏が終わるや、猛烈な拍手が起こったのです。
よく、割れんばかりの拍手喝采といいますが、まさにホールの壁が割れるような、万雷の拍手でした。コールされても、その拍手はやみませんでした。

この経験は何事にも変えられない、料金以上の大きな財産となりました。
こんな経験は、もうないことでしょう。
若いうちだからこそ、感激も一入だったのかもしれません。

メンデルスゾーンはよいのがなかったので、こちらをアップしました。
しかし、やはり音楽は、本来ナマを聴くのがよいのであり、便宜上CDになると考えたほうがいいのでしょうね。
映画でいう、スクリーンとDVDの関係に似ています。

これほど感動するとは思っていなかったのですが、無理してでも出かけたから出会えた感激だったと思います。

若い時分の音楽や映画での感動、驚き、発見・・・これらがなければ、自分の心や精神はどんなものになっていたかと思うとぞっとします。

こうした演奏や映画があるということ、それの存在を知るということ、まずそこから始まったと思います。

http://www.youtube.com/watch?v=wEmbFSiJzEQ&list=RD02dPgqfHYeI0Q
<externalvideo src="YT:wEmbFSiJzEQ:D">

2013年8月19日 (月)

揺るぎなき愛国への道

ココログのアクセス解析を見てみた。(平成25年8月19日(月)午後11時50分現在)

「日教組への道順」<2012年12月22日 (土)>
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-137c.html
4889ツイート

「社民の議席増とひめゆりの塔事件」<2012年12月31日 (月)>
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-fd1f.html
4261ツイート

「活動家養成段階に入った過激派」<2013年1月6日 (日)>
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-cdf9.html
6052ツイート

「国旗国歌法改正案としての提案」<2013年2月16日 (土)>
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-b3c3.html
4263ツイート

「迷える子羊を、保守愛国に振り向かそう」<2013年5月 1日 (水)>
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-b3e6.html
2692ツイート

これらは、昨年12月の衆院選自民圧勝を受けて、参院選もこの調子でいってほしいと、mixi日記からココログに書き起こしたものである。

参院選が終わってひと月になる。すでに、懐かしくもある。

ツイートのうちいくつかはリツイートされると思うと、素直にうれしく思う。
これがどの程度役に立ったかはわからないが、愛国者や保守層の人々が、みな、同じようなことをしていたはずだ。
それが、ひいては、参院選の勝利に結びついたのだろう。
ネットの時代は、危険もあるが、やはりありがたい。

たった一人でも、こうしたブログで、目を覚ましてくれる人物が出てくれば、と思うからだ。
特に、若い人、学校で偏向教育を受けた人、などに読んでもらいたいと思う。

ツイッターなどを見ると、愛国中学生や高校生の嘆きを知る。
地方の中学や高校では、相変わらず反日的な授業が存在し、まだまだ日教組なども健在のようだ。

ブログの言論は、筆者から独立して宙を舞い、見知らぬ人を結ぶ糸となる。
彼らの嘆きに、励ましで答えたい。

愛国の精神に、一点の曇りもない、迷いもない。
今後も、断固として、肯定的に、この道を進む。

2013年8月14日 (水)

安倍総理の靖国不参拝という「配慮」は結実するか

(平成25年8月14日 mixi日記より転載)

首相、靖国に玉串料奉納へ 参拝は見送り  終戦記念日に私費で(2013/8/14 11:16)  http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS14009_U3A810C1EB1000/?dg=1

安倍総理が、15日の靖国参拝の代わりに、私費で玉串料を奉納することにしたが、これについても、中韓は言いがかりをつけてきた。
あくまでメディア報道なので、両国政府の正式見解とは言えないが、予想通りであった。

中韓メディアが反発 首相、靖国に玉串料奉納へ(2013/8/14 12:48)
http://s.nikkei.com/13iV2Da

別に、終戦の日とは言わないが、どちらにしても屁理屈を言ってくるのであるから、近いうちに参拝されてはいかがだろうか。
総理自身も、内心、そう思っているはずである。

中韓への配慮というが、同時に、両国と取引の多い日本企業への配慮もあるだろう。仮にギクシャクした結果、自民党へ献金している日本企業、特に大企業が、何がしかの不利益を被るのは、行政の長としては避けたいところだろう。

それ以上に、連立を組む公明党を刺激しないようにという配慮も垣間見られる。今後、政局運営で、協力を仰がねばならないからだ。

また、自民党の長老議員には、安倍総裁よりさらに両国と関係の深い議員もいるはずで、そうした長老議員への配慮もはたらき、日本武道館での政府主催による全国戦没者追悼式典には赴いても、そこから目と鼻の先にある靖国神社には参拝しないという結論に落ち着いたのだろう。

考えようによっては、玉串料を納めるということは、参拝に等しい意味をもつとも言える。

特攻隊戦没者慰霊顕彰会に属している私のところに、年4回、会報が送られてくる。そして、8月号にはいつも、9月23日に執り行われる特攻平和観音年次法要のお知らせが同封されている。これは例年、世田谷区下馬にある世田谷山観音寺で営まれる。

たまたま休みの日に当たったときに一回出席しただけで、あとは都合が合わず、今回もまた、同封されてきた振込用紙で、お布施を振り込むことしかできなかった。

神社参拝と仏事法要と多少意味の違いはあるだろうが、お布施を振り込んで亡き者に思いを馳せるというのと、そこに臨席して法要の渦中に身を置くのとでは、戦没者への誠は決して同じとは思えない。

それで、仕事があっても時間的に間に合う、春の特攻隊合同慰霊祭には、できるだけ参加するようにしている。(「特攻隊合同慰霊祭」http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1897474616&owner_id=48430274

安倍総理自身が、自ら参拝しない、或いは、「参拝できない」ことに、心中満足なのだろうか。そんなことはないはずだ。

安倍総理自身が、前回の在任中に、靖国神社を参拝しなかったことについては、痛恨の極みだと公言した。
在任中に参拝しなかったのは、今回と同じく、中韓やその他に対する「配慮」からであった。
一年ほどの在任だったから、総理を辞任しなければ参拝していたかもしれない。

あのときの配慮は、時を下ってそれなりの意味や効果をもたらしただろうか。
民主政権が挟まったとはいえ、あのときの配慮は、水泡に帰したのではなかったか。

参拝しない、或いは、できない、ということは、中韓その他への「配慮」ではなく事実上の「遠慮」ではないのか、と言ったら言い過ぎだろうか。

一方で、7月26日の日記「靖国参拝を躊躇しないでほしい」(http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1908067944&owner_id=48430274)には、こう書いた。

「私が思うに、残念ながら、安倍首相は、当分の間か、または首相在任中は、結果的に、参拝しないだろう。」

「参拝という行為」それ自体が、、日本国全体の国益を損なうのであれば、それは行政の長として、してはならないことである。

一介の国民にはわかりづらい判断や苦労もあるのだろう。

昨年末に総理就任早々から、日本を取り戻すために、いろいろな施策を実行してきていることは、みんな承知である。休日返上で東奔西走されていたことも承知である。その結果として、特ア以外の国々や、遠くヨーロッパの国々とも、新たな信頼関係を築き上げつつあるのも承知である。

大人としての国家が、屁理屈づくめの子供のような国家とどう向き合うか、政権担当者である為政者たちは、日本にとって善なる方向へ舵取りをしなければならないのは当たり前だが、物事には限度というものもあるのだ。

韓国前大統領の竹島侵入やあすの韓国議員団の来日、繰り返される中国の尖閣沖領海侵犯など、靖国参拝への「配慮」が通じる相手とは思えない。
領海侵犯については、パラオやベトナムのような対処あってこその国家存立である。

いろいろな政策を実施し、決定事項を法律にして施行するのが政治家の責任のとりかたである。
もし仮に、私が上に書いたように、在任中、真榊や玉串の奉納だけで、一度も参拝しないということになれば、今回応援した保守層の一部は、そのころ離れていってしまいかねない。それを懸念する。

どんな政党も、どんな政治家も、完璧ということはありえない。逆にいえば、自民党の獲得した票は、完璧を求めて自民党を応援した有権者ばかりのものではない、ということだ。それを安倍さん自身が、いちばんよくわかっているはずだ。

ただでさえ、保守層には、全面的に今の政府を応援しているとは限らない人々が、選挙前からたくさんいるのは周知のとおりだ。

7月29日の官報(内閣人事異動)によると、7月16日付で、TPP推進派で知られる経済産業省の宗像直子が、内閣官房TPP政府対策本部交渉官に任命されている。宗像の夫は財務省国際局にいた土井俊範で、今は外務省に出向し、駐米公使を務めている。夫婦二人三脚でTPPを積極的に推進するのではないかと懸念されている。

むろん交渉官は分野ごとに多数いるのだが、その秘密めいた行動は、一部の人々がブログで明らかにしているし、それをマイミクさんが紹介してもいた。

TPP問題は一例である。
安倍さんは、同じ自民党の総理であっても、小泉さんのように、むやみにパーフォーマンスを披露する人柄ではない。
それだけに、正直なところ、尊崇の念をもって、在任中の靖国参拝を、実行していただきたいのである。

2013年8月11日 (日)

映画 『ミスト』

監督・脚本・製作:フランク・ダラボン、原作:スティーヴン・キング、音楽 マーク・アイシャム、主演:トーマス・ジェーン、マーシャ・ゲイ・ハーデン、2007年、125分、原題:The MIST

大変評価している映画。
ホラーよりパニックにも近いジャンルだろう。

霧という一見ロマンチックな気象現象を逆手にとって、何も見えずすべてを隠す現象として使ったのがまず正解。しかも、スクリーンのほうがわかりやすいけど、上から覆いかふざるイメージになって、人々を圧迫しはじめる。

ボケっと観てるとわかりにくいのだが、この作品、最高にバカっ丁寧に仕上げられている。
ストーリーの本道は変えずに、ひとつひとつの出来事や状況をしつこいくらい練りに練って仕上げている。そのしつこいくらいの丁寧さが、パニック映画でありながら、力強い完成をみた。そこを見抜けるかで映画を見る目も試されようというものだ。
CGを多用する映画は現実離れしていやだが、この程度に抑えられ、且つ効果的に使われるのであれば、そこだけ浮くということもない。それにしてもCGの技術というのはここまでやれるのかという感じだ。

スーパーの通路でのやりとりが多いため、カメラは常に近くから撮らざるえをえない。必ずひと言ある短めのカットをつなぎ、緊張感がダレないようにしている。特にパニック映画は、編集が命だ。

スーパーという閉鎖的ワンステージでありながら、外敵との戦いという構図にわかりやすい揺らぎがあり、一方スーパー内でも、カーモディ夫人の存在に端を発して、それぞれの場面でいさかいが生じ、人々がどちらに落ち着くのだろうとハラハラさせられる。

きちんと片付かない出来事、つまり結論が知らされず野放しにされたままの出来事もあちこちにある。黒人の弁護士らの行方は触れられていない。アローヘッド計画なるものも、二等兵の噂ということでしか語られない。
また、遊び心は、それこそふんだんにあるわけで、グロテスクな昆虫や始祖鳥のような怪鳥(けちょう)、内蔵から飛び出す蜘蛛?の子など、ホラーといわれる所以になってる。

観客を参加させた上、観客の心理を掴むのも巧みで、デヴィッド(トーマス・ジェーン)が怒りたいときには観客も怒りを覚え、副店長のオリーがカーモディ夫人を一発で仕留めるとスッキリするといった具合だ。

密室劇はストーリーが滞りがちで、そのぶんカメラが活躍しないと退屈になるわけだが、この映画の秀でた点は、親子がスーパーに入ってから、霧が単なる霧でなく不気味な世界の到来であることを、そこにいる買い物客すべてが認識するくだりだろう。
鼻血を出した老人が喚きながら飛び込んできたりサイレンの音や地震の揺れも効果的だが、さらに、ほとんどを手持ちで撮るのは、不安や恐怖のシーンの常套だ。編集もよく、このシークエンスですでに、われわれ観客も、完全にスーパーにいる一人にさせられてしまう。

こうして、この映画は、スクリーンに対する観客の位置を決めてくれるので、惑わされずにデヴィッドを応援したくなってしまうのだ。

時間の配分も功を奏している。シャッターから侵入した怪物の脚のようなものから、恐怖が現実としてスーパーにいる人々の意識に共有されるまでが始まりから3分の1、デヴィッドらが隣の薬局に行き、戻ってくるあたりで3分の2、それからの3分の1は、カーモディ夫人が射殺されるところで前半と後半に分かれる。
このラストの後半部分が、この映画のシメに当たる。

これだけよくできたストーリーで進むと、よほどラストをうまくもっていかないと台無しになる。初めて観たときは、ハッピーエンドでない終わり方に驚いたが、全体にはまあよかったくらいのラストでも、デヴィッドにとっては狂おしい悲劇に終わっている。ハッピーエンドにしたり、異世界を妙に究明したりするような方向にもっていかなかったのは正解だった。 

我が子を殺すとは何事かとトンチンカンなレビューアーもいたが、あの結論にしたからラストが締まった。四人を殺した直後のトーマス・ジェーンの演技が特筆ものだ。

軍用トラックに、最初に逃げた婦人の顔がある。早い時期に霧の中を逃げたので助かったのか、偶然クリーチャーに狙われなかったのか、ということだろう。
分けられた運命を恨み、焼き払われる木々を見、行き交うヘリコプターを見上げて、生きているデヴィッドは愕然と絶望のなかに座り込む。

ホラー的シーンで好きなのは、女性教師アマンダが昆虫と格闘して最後に踏んづけると、ブチャっとつぶれて血がはみ出るシーン、一瞬のシーンだけど、武器で離れたところから殺すより、足で直接踏んでとどめをさす殺しかたはまさに映像ならではだ。
われわれは拳銃やナイフは持たないが、ゴキブリをスリッパで踏んづけて殺したら黄色い液がはみ出したというような経験は日常ありえることであり、こういう点でも観客は映像のなかに同調させられてしまう。
蛇足だが、直接身体をもって何かをつぶす・踏むというのは効果的演出のひとつだ。

冒頭、へやの壁に『遊星からの物体X』のポスターがあるのはうれしい。またジムの役の俳優は、『ショーシャンクの空に』に出ていた。いい味出している。

パニックに陥った人々や、そのつどのデヴィッドやカーモディ夫人の表情を適確にとらえ、そういう表情を撮るところではフィルムを惜しまない姿勢がよい。映画の好きな人間が映画を撮っていることがわかる。
むろん、この主演二人の演技はすばらしいが、子役の男の子も表情が豊かであった。

血書と辞世の句

『陸軍最後の特攻基地 万世特攻隊員の遺書・遺影』より

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2013年8月10日 (土)

揺るぎなき愛国への道

ココログのアクセス解析を見てみた。(平成25年8月31日(土)午後10時45分現在)

「日教組への道順」<2012年12月22日 (土)>
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-137c.html
5230ツイート

「社民の議席増とひめゆりの塔事件」<2012年12月31日 (月)>
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-fd1f.html
4277ツイート

「活動家養成段階に入った過激派」<2013年1月6日 (日)>
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-cdf9.html
6459ツイート

「国旗国歌法改正案としての提案」<2013年2月16日 (土)>
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-b3c3.html
4567ツイート

「迷える子羊を、保守愛国に振り向かそう」<2013年5月 1日 (水)>
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-b3e6.html
2707ツイート

これらは、昨年12月の衆院選自民圧勝を受けて、参院選もこの調子でいってほしいと、mixi日記からココログに書き起こしたものである。

参院選が終わってひと月になる。すでに、懐かしくもある。

ツイートのうちいくつかはリツイートされると思うと、素直にうれしく思う。
これがどの程度役に立ったかはわからないが、愛国者や保守層の人々が、みな、同じようなことをしていたはずだ。
それが、ひいては、参院選の勝利に結びついたのだろう。
ネットの時代は、危険もあるが、やはりありがたい。

たった一人でも、こうしたブログで、目を覚ましてくれる人物が出てくれば、と思うからだ。
特に、若い人、学校で偏向教育を受けた人、などに読んでもらいたいと思う。

ツイッターなどを見ると、愛国中学生や高校生の嘆きを知る。
地方の中学や高校では、相変わらず反日的な授業が存在し、まだまだ日教組なども健在のようだ。

ブログの言論は、筆者から独立して宙を舞い、見知らぬ人を結ぶ糸となる。
彼らの嘆きに、励ましで答えたい。

愛国の精神に、一点の曇りもない、迷いもない。
今後も、断固として、肯定的に、この道を進む。

2013年8月 9日 (金)

盛夏に迎える終戦の日

昨年のmixi日記「盛夏に迎える終戦の日」(2012年08月10日)を、そのまま再掲します(▽▽▽~△△△)。

   ▽▽▽

敵を糾弾するには、敵を知らなければならない。
時間のゆるすかぎり、サヨクのブログなど見ているが、やはりいつも同じことを思う。自分勝手なこじつけが多く、一貫性に欠ける。

きのう(※)の反天連のブログと頻度に見られるように、彼らには中心となるセオリーがない。ないからすべて我田引水と牽強付会で論旨をつなげていくことしかできない。
全体的・表面的には似たようなことをしているように見えても、サヨクの中でもまだまともな連中は昨今勢力で劣るため、あぶくのようなそうした連中と手を組んでいるだけだ。

セオリーがないので、仮にデモをやったとしても、中身もなければ熱意もない。あるのは声と工作物だけだ。彼らが声に出すことは確かにけしからんことばかりなので、右翼も黙っていられないのはよくわかる。彼らが出て来なければ右翼も静かにしているだろう。

昨日のブログにしても、右翼が妨害したなどと書いているが、右翼が来て騒々しくなり、国民注視となることを望んでいるのも事実だろう。蒋介石が騒ぎの中心に上海を舞台に選んだのと似ている。国際的な注目を集められるからだ。日程にしても、終戦の日や皇室行事の日を選ぶことからも、その魂胆はたかが知れている。
サヨクとして主義主張がしたければ、右翼同様、いま以上に、せめてふだんの日祭日に街宣してもよいのではないか。皇室は平日でも祭日でも存続している。

天皇制反対、原発反対、慰安婦問題、安保反対、国旗反対、護憲、親韓親中など、本来全く次元の異なる主義主張をする連中が、ひとつになりひとっ所に集まってデモをおこなうのは、それぞれに勢力が弱いことを認識しているからである。つまり、ひとつになっているように見えるだけである。中身は空疎そのものだ。

右翼もいっしょにやっていると反論されるだろうが、右翼は礼法と信義則やその重きを置くところに多少の違いがあるくらいで、主義主張はほとんど共通しており、セオリーにおいても首尾一貫していて、いわば徒党を組んだとしても違和感がない。

終戦の日に、右翼や愛国派がひとつも街宣せず、一般参拝者同様、ただひたすら静かに参拝していたら、サヨクのデモ隊はどう思うだろう。翌日のブログには、我らは右翼に勝利したとでも書くだろう。しかし肩すかしを食ったショックは大きいはずだ。もしマスコミも、反天連デモ、誰も見向きもせず、などと書いたら、おもしろいだろう。まあそういうわけにもいかないだろうが。

終戦の日は、靖国神社では、せいぜいセミの鳴く声が耳に入るくらいの音声がふさわしい。たまたまこの日は盛夏のさなかである。寒さのなかの静かさとまた違って、真夏の静かさは一種独特の雰囲気がある。

遠隔地に住む方々は、特にこの日を選んで、相当前から宿を予約し、乗り慣れない列車や飛行機に乗り、あるいは車やバスで長距離を移動し、ただひとつ英霊(注)に感謝のまことを捧げ哀悼の意を表するために上京する。近年、高齢者や車いすの方々の参拝も多くなってきた。英霊に手を合わせ頭(こうべ)を垂れると同様に、そのご遺族らの心の平安にも配慮した一日となるようにしたいものだ。

声を張り上げ工作物を掲げても、まともな日本国民は相手にしないだろう。
ましてや、高貴な精神力をもって逝かれた英霊たちは、それぞれが崇高な任務を全うし、そんなくだらない拡声機の声や工作物とは、全く無縁の世界に生きつづけているのである。

   △△△

注:「英霊」とは coutable(数えられる) な概念ではありません。
祀られた霊は、一体化したものとみなされます。便宜上・慣習上、「英霊たち」といった言い方がされますが、本来、「英霊」とは、個別に数えられない概念です。

(※参考)
箸にも棒にも掛からない反天連の自己主張(2012年08月09日)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1863936234&owner_id=48430274&org_id=1864056752

悠久ノ大義ニ生クルヲ悦ビトス

『陸軍少年飛行兵史』より、一部抜粋。

少年飛行兵15歳の授業中の作文より。

死生観

死生ヲ超越シ一意任務ノ完遂ニ邁進スベシ身心一切ノ力ヲ尽シ艱難辛苦ニ打耐ヘテ従容トシテ悠久ノ大義ニ生クルヲ悦ビトス。

座右銘

忠孝一本ハ我ガ国道義ノ精粋ニシテ忠誠ノ士ハ又必ズ純情ノ孝子ナリ。戦陣深ク父母ノ志ヲ体シテ克ク尽忠ノ大義ニ徹シ以テ祖先ノ遺風ヲ顕彰センコトヲ期スベシ。
至誠  純真  周到  廉恥

死生観

我等少年飛行兵ハ決死ヲ自覚シ大東亜戦争完遂ノ為学術科ニ精励シ飽ク迄忠勇ナル先輩ニ続カン

座右銘

極寒酷暑ト雖モ之ヲ克服シ自分ノ本分ニ邁進ス
至誠以テ悠久ノ大義ニ生ク

死生観

我等少年飛行兵ハ死生一貫無窮ニ皇運ヲ扶翼セナケレバイケナイ。又我等ハ一日中如何ナル場ニ於テモ忠誠心ヲ欠イテハイケナイ。コレヲ持ツモノハ真ニ日本人ヲ造リ八紘一宇世界ヲ皇国タラシムルヲ得ルノデアル。コノ忠誠心ニハ死生ハナイ、又死生アルモノハ忠誠心ノアルモノデハナイ。死生観ハドウダコウダト言ッテイル間ハマダ純粋ノ忠誠心ニアラズ。我等ハ心身放擲ニ非ズ。忠誠心ニハ死生ナシ。唯忠誠ニ生キルガ我等少年飛行兵ノ立場ナリ。

座右銘

我平素修養中、未ダ修身足ラザル故教訓トナスベキ所アラズ。上官ノ教ヲヨク守リ教訓ウケル所ナリ。

死生観

生死一如区別ナシ。
百年ノ酔生夢死ハ一瞬ノ体当リニ若カズ。自己ヲ滅却シ、責務ヲ完遂セン。

座右銘

至誠・純真・努力

死生観

少年飛行兵トシテ入校シ軍人トナッタ我々ハ献身奉公ノ精神ニテ生死ヲ超越シ一意任務ノ完遂ニ邁進シ身心一切ノ力ヲ尽クシ従容トシテ悠久ノ大義ニ生キルヲ悦トシマス

座右銘  心頭ヲ滅却スレバ火モマタ涼シ

2013年8月 8日 (木)

「チ」という音

「チンコロ」は、スパイや嘘つきの蔑称。

犬の狆に由来するらしく、狆→子犬→犬=スパイとなったらしい。

「チャンコロ」は、シナ人の蔑称。

台湾統治下で、漢民族を清国奴と呼んでいたことからと言われる。チャンは清=シナを縮めた音。

「チョンコ」は、朝鮮人の蔑称。

本来は、取るに足らない者という意味。いまではいっしょくたに使われているが、朝鮮人への蔑称とは由来が別。
「バカチョン」の「チョン」も、元々、朝鮮人をさしているわけではない。

以上はだいたい知られているところだが、なぜかみな「チ」で始まる。

以下は推察で根拠はない^^

共通しているのは、「チ」という音だ。

この「チ」のニュアンスに近いものには、「チェッ!」の「チ」で、「チェッ!」の意味で「チッ!」という場合もある。

「チクショウ!」の「チ」も似ている。
男のアレも「チ」で始まるが、蔑称ではない。

これらの言葉の頭にある「チ」という発音には、それじたいに、何か「穏やかでない」響きがある気がする。

同じイ行でも、「シ」は摩擦音で、息が漏れるが、同じことを、舌を上顎の裏につけてすると「チ」になる。

「シ」より「チ」のほうが発音しやすいのではないか。赤ちゃんが最初に発音するとしたら、「チ」のほうではないか。発音しやすいと思うからだ。

同じことを「シ」と「チ」で言って、あまり変わらないものがある。
けいこチャン・けいこシャン、など。

どちらかというと、「チ」のほうが強く聞こえ、音が前に出る。
「シ」では、空気の出るところを狭くして息を出すが、「チ」は舌が上顎について離れる瞬間の音で、舌は発音と同時にすぐ引っ込んでいる。ボクサーのパンチのように、引くほどに前に出る力は強いのではないか。
演歌の歌詞でも、「チ」で始まる言葉は、そこが強く聞こえる。

「機会」は英語だと「チャンスchance」だが、フランス後では「シャーンスchance」となる。人名のチャールズ(Charles)も、フランス語になればシャルル(Charles)で、英語よりフランス語のほうが、響きがやわらかく聞こえるのは、「シ」と「チ」の違いだろう。

また、「チ」に比べると、「チャ」「チョ」のほうが、べたついたイメージで、実際、「ベトベト」を「ベチョベチョ」とすると、べたつき感が半端でない感じだ。「ベチャベチャ」しゃべる、というのも似ている。

「ちょっと考える」を、昔の小説では「ちと考える」とも書いていたが、「ちょっと」のほうがべたつき感があって、身近に感じる。

こういうわけで、軽蔑を表すような語の頭には、「チ」が並んでしまい、そのうえ、日常的なべたつき感からして「チョ」「チャ」となり、発音の勢いと言いやすさからして、こちらが定着したのではないかと思う。

以下、蛇足。
「チ」は接頭語ではないが、「ブチ」は接頭語として、もろに勢いを強める役をもつ。
「殺す・飛ばす・切れる」に語調を強める「ブチ」をつけると、「ブチ殺す・ブチ飛ばす・ブチ切れる」になり、音便で「ブッ殺す・ブッ飛ばす・ブッ切れる」となる。

少年飛行兵の死生観 (2013年8月8日)

今日8月7日(水)、休日が快晴となったので、所沢航空発祥記念館まで行ってきた。
西武新宿線航空公園前駅から所沢市役所方面へ歩いたが、まさに盛夏というにふさわしい暑さで、昼過ぎなどほとんど人影も見えなかった。

公園じたいは広いのだが、また気候のいいときに散策することにして、さっそく記念館の中に入った。
ちょうど零戦の特別展示がありラッキーだった。

所沢で遅い昼をとったとき、久しぶりで少年飛行兵のことを思い出した。

もともと、戦史検定を受けるきっかけになった、というより、大東亜戦争のことを自分なりに調べてみようと思ったきっかけは、遠い昔、父から聞いていた予科練と、少年飛行兵のことが記憶にあったからである。

ちょうど海軍と陸軍の話であり、この膨大な過去の事実を、すべて調べるわけにもいかない。

人の書いた本に引用されている文献なら、手に入るかぎり、その元の資料に直接当たる、というのが自分の主義だ。

いろいろ検索していくうちに、少年飛行兵については、『陸軍少年飛行兵史』という分厚い本があることがわかった。
昭和58年3月30日に発行されており、追加版として、これよりは薄いが『陸軍少年飛行兵史 補遺』が昭和60年10月10日に出されている。

資料部分を含め900ページ近くあるものを、最初から読むことはできず、今日のような日に、時折開いて、あちこちに飛びながら読んでいる。

このなかには「各期の概史」と「特別攻撃隊 戦没者名」があり、それ以上に中心は「体験記」である。

少年飛行兵に関するあらゆることを後世に残そうと、元少年飛行兵らが少飛会をつくり、縦横無尽に連絡を取り合い、記憶をたどりながら、集められた資料や写真とともに、ようやく完成したのが『陸軍少年飛行兵史』である。
まさしく、高齢の元兵士らによる血のにじむような努力の成果である。
こういったところにも、彼らの精神を感じる。

横浜の古本屋にあることがわかり、わざわざ買ってきたのは、記録によれば、2009年8月9日(日)となっているから、今からちょうど4年前だ。

後からわかったのだが、非売品であり、資料として残すのが目的であるため、少飛会発行ではあっても、定価がない。限定版として、わずかに3500部つくられただけである。ちなみに、少飛会も、2004年10月に解散しているようだ。

どこかの遺族が手離したのだろうから、古本屋に出回ったのだろう。複雑な思いではある。元少年飛行兵だった老人が死去してしまったのだろうか。
古本としては保存状態がよく、その遺族はほとんど開いていなかったのかもしれない。それがかえって幸いした。

それだけに、高い買い物であったが、当時の制度の変遷や学校のようすを知るには、またとない資料であり、何より、そこに合格し厳しい訓練を積んでいた彼らが、当時をどのように思い出しているかを知るには、これ以上の資料はないはずである。

しかし、その「体験記」には、人づてに収集されたメモ類や紙片もあった。それは生の資料として一級であり、むしろ、そこから、当時の彼らの心情を想像することもできる。

資料の解読は向学のためと同時に、ひそかにこうした楽しさも伴うのでやめられない。

ただ、苦労話や失敗談、教官に叱られた話などは、青春の思い出ともいえようが、戦局好転しないまま終戦に向かうころの体験談には、彼らもいつかは特攻に出るという予感があり、その死生観などに触れると、緊迫した気分になる。

生き残った飛行兵がいるから、この本も出来上がったわけだが、このなかに、当時、その飛行兵たちの教官が集めた生徒の原稿があった。真っ黄色に変色した紙が綴じられ、5冊にも及んでいた。
この期は十七期であり、昭和18年9月に採用されている。この作文を書いたのは、ご本人たちが15歳のときであった。

そのまま引用してみよう。

死生観

死生ヲ超越シ一意任務ノ完遂ニ邁進スベシ身心一切ノ力ヲ尽シ艱難辛苦ニ打耐ヘテ従容トシテ悠久ノ大義ニ生クルヲ悦ビトス。

※この本を買ったとき、補遺のほうに、二枚の写真が挟まっていました。
体操のひとコマでしょう。黄ばんだ写真ですが、三枚にしていっしょに載せておきます。

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2013年8月 6日 (火)

投票しない若い世代は、何も考えていないのか

以下二つは、参院選の直前と直後の、投票率に関するニュースだ。

★参議院選 過去の投票率はどうだった?(THE PAGE 7月21日(日)5時25分配信)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130721-00010001-wordleaf-pol(▼~▲)
   ▼
選挙のたびに話題になる投票率。参議院選の投票率はどのように推移してきたのでしょうか?

前回2010年の投票率は57.92%でした。毎回、過去最低を更新しているような印象もあるかもしれませんが、2010年までの直近5回の参議院選は50%台後半で推移しています。決して高くはありませんが、下落傾向というわけでもありません。ちなみに衆議院選として戦後最低を記録した昨年末の衆院選の59.32%よりは若干低い数字です。

参議院選で史上最低の投票率を記録したのは1995年で44.52%。1993年に、高い期待の中で非自民の細川連立政権が誕生したものの短命に終わり、続く羽田内閣も2カ月で退陣。翌年に自民、社会、さきがけによる連立政権が誕生して迎えた選挙でした。参議院選の投票率が40%台まで落ち込んだのは後にも先にも1995年だけです。

1947年の第1回参議院選は61.12%で、そこから1992年の第16回参議院選までは70%台から50%台で推移していました。史上最高を記録したのは、初の衆参同日選挙となった1980年で74.54%。その選挙では自民が圧勝し、鈴木内閣が誕生しました。

投票率をめぐっては、若者世代で特に低いことが課題になっています。前回2010年の選挙を例にみると、最も投票率が高かったのは65~69歳で78.45%。60歳から79歳までの世代では軒並み70%を超えています。逆に50%を割り込むのは34歳以下です。20~24歳は最も低く33.68%でした。
   ▲

参院選投票率52.61% 戦後3番目の低さ(朝日新聞デジタル 2013年7月22日1時23分)
http://www.asahi.com/senkyo/senkyo2013/news/TKY201307210015.html(▼▼~▲▲)
   ▼▼
今回の参院選選挙区の投票率は、各都道府県が発表した結果などを朝日新聞社が集計したところ、52・61%だった。前回の2010年参院選の57・92%を5・31ポイント下回り、戦後3番目の低さだった。

高かったのは島根の60・89%、山形の60・76%、鳥取の58・88%だった。低かったのは青森の46・25%、岡山の48・88%、千葉の49・22%だった。沖縄以外の46選挙区すべてで前回より投票率が低下した。

参院選の投票率は1980年に74・54%を記録して以降、低下傾向が続き、95年に最低の44・52%となった。98年に投票時間を2時間延長してからは56~58%台で推移していた。

政治とカネをめぐる問題や「消えた年金」問題が争点となった前々回の07年は58・64%(04年比2・07ポイント増)と近年では比較的高い投票率を記録。前回10年は消費税引き上げなどが争点だったが、投票率は07年比で0・72ポイントの微減だった。

今回はインターネットを使った選挙運動が国政選挙で初めて解禁されたことから、若年層を中心に選挙への関心が高まるかどうかに注目が集まっていた。

公示翌日の5日から20日までの16日間に期日前投票をした人は、総務省の速報値で47都道府県で1294万9982人となり、前回10年参院選の1208万5636人に比べ7・15%増えた。全体の有権者に占める割合は12・36%だった。参院選で期日前投票が始まった04年以降、増加が続いている。
   ▲▲

今回の参院選での異常なまでに低い投票率については、どこかで専門家が分析していることだろう。世代別、性別、地域別、職種別、それに、支持政党との相関などもわかればおもしろいし、もっと正確な情報になろう。

だが、専門家でなくても、ある程度の想像はできる。

たしかに、衆参ダブル選挙にすれば、投票率はもう少しは上がったことだろう。自民党もさらに圧勝したはずだ。
しかし、その方針は自民党には最初からなかったことであり、それを言ってもしかたがない。

若い世代の有権者になればなるほど、投票しない。これはしかし、昔からそうなのだ。
投票時間を長くし、期日前投票の期間も長く、その制度も充実されてきており、これ以上の制度上の改良は不可能に近い。ボタンを押せば選挙ができる、というのは便利だろうが、安直な動作による投票は危険であり、実際に、全有権者に平等にそうした機会を与えるよう、器具を配布・設置するのは不可能だ。

なぜ投票率が低いのかは措くとして、その結果として、共産党が躍進したのは事実である。選挙前から、投票率が低ければ、共産党に有利になると予想されていた。共産党支持者には、棄権する人間が少ないのだ。

保守層も熱心であったが、そのうちの一部は、今度は自分たちが投票しなくても自民党が勝つだろうから、自分たちは行かなくてもいいだろう、という有権者であろう。
行かなかった人間が、行ったとしても、たしかに結果は同じだったかもしれない。争点が見えにくいというが、もっとも肝心な争点は、歴然とあったはずである。

どの候補者を応援するか、どの政党を支持するかは別としても、選挙に行かなかった有権者は、自ら参政権を放棄したのであり、彼ら彼女らに政権与党に対し、また野党に対し、熱意をもってものを言う資格はないだろう。

ところで、上の数値を見ても、例えば山本太郎に入った66万票が、必ずしも20代30代だけから成っているのでないことは確かだ。

他方で、比較するつもりもないのだが、靖国神社を参拝する若い世代は多くなっているように思う。時折参拝しても、たしかにお年寄りは多いが、小さい子供連れや、学生や、ようやくネクタイを締めたような若いサラリーマンの参拝者も多い。

みたままつりは今年も盛況であったが、まつりだけ楽しんでもらっては困るのだ。投票に行き、英霊に感謝することを忘れてはならない。

今月号の会報「靖國」では、外苑での若者のマナーの悪さを嘆いている。

「次代を担う若者達には、慰霊と鎮魂の祭典の意義を弁(わきま)え、御神霊(おみたま)達が真に喜んで御照覧される夏祭りを堪能して戴きたいものである。」

としている。

短絡するのは危険だが、万一にも、

「政治には関心ないが、バカ騒ぎはお得意である」

というのが、昨今の若者全体の風潮であるとすれば、日本の未来を悲観せざるを得ない。そうした付和雷同は、サヨクの思うツボだからである。

伝統的・愛国的な学校や教育機関、指導者、後輩からみて先輩、生徒からみた教師、・・・こうした人的なつながりにはぐくまれながら、愛国保守の風潮を強めて行かねばならないと思う。

身近なところや地域・家庭でそうであっても、学校や教育機関が左翼であってはまずい。

「投票に行かない保守層」

というのは、まさに形容矛盾である。いや、そう思いたい。

そうした若者を産まないためにも、まずは学校教育の見直しを図るべきだ。
そして、それに連動して、

「信ずる者が、躊躇する者を率いる」

という人的交流の図式も、不可欠な要素であると思う。

2013年8月 5日 (月)

映画 『日本のいちばん長い日』

紀伊国屋のDVDコーナーに立ち寄ったところ、東宝がかつての人気映画を、期間限定プライス版として売り出していた。

その第1弾は8月2日からであり、何ともラッキーだった。今日は靖国神社に参拝したので、僭越ながら、英霊が案内してくれたような気がした。
第2弾は今年11月8日、第3弾は2014年2月7日から発売で、いずれも金曜日だ。

第1弾には、黒澤明監督作品21本、『太平洋奇跡の作戦 キスカ』『加藤隼戦闘隊』など戦争映画10本、『悪魔の手毬唄』金田一耕助シリーズ5本、若大将シリーズ5本のほか、特撮ものも『日本沈没』など二作品ある。

他の作品はともかく、去年日記に書いたように、この映画はなかなか店頭で出会わなかった。
今日は、見つけて、すぐ買ってしまった。
ロケ地や主な出演者と役柄などを書いた解説書も入っている。

レビュー日記はすでに書いているので、あとにそのまま再掲します。

紆余曲折を経て、ようやく終戦の詔書ができるまでが前半で、後半では、それに平行して動いていた、政情からすれば反乱分子の決起と、玉音盤の放送までが、時間を追って描かれる。

冒頭から、開戦からの概略が解説され、当時のフィルムを使われる。タイトルが出るまでに21分ある。

全編、天皇も登場するが、故意にほとんど顔を映していない。詔書の出来上がりまでや、天皇の御名、大臣の署名なども、ありのままリアルに描かれている。

オールスターによる作品で、当時の俳優たちの演技がすばらしい。ひと言だけの出演者やエキストラも、真剣みがあって、作品の重みを感じる。

たまたま、もうすぐまた、終戦の日がやってくる。
映画ファンであるかないかを問わず、日本人ならこの映画は観てほしいものだ。

以下に、2012年04月9日のレビュー日記(http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1836495583&owner_id=48430274)を再掲します。

監督:岡本喜八、脚本:橋本忍、音楽:佐藤勝、主演:三船敏郎、黒沢年男、笠智衆、山村聡、1967年、157分、白黒。

今でもよく観る作品。よく観るからDVD買おうと思うけど、いつも店頭にない。

テーマは終戦前日から当日に起きたいわゆる宮城事件の顛末を中心に描かれる。

映画そのものは、1945年7月26日に、連合国によりポツダム宣言が発せられたときから始まる。天皇の御聖断を仰ぎ、鈴木貫太郎内閣がポツダム宣言を受諾し、天皇の終戦の詔書を放送するためその玉音を録音・保管し、8月15日正午にラジオ放送されるところで終わりとなる。

この推移を背景として、承詔必謹の習わしのもと、陸軍大臣阿南惟幾(あなみ・これちか、三船敏郎)の苦悩の姿と、畑中少佐(黒沢年男)ら戦争続行を望む決起将校らの動きを中心にストーリーが展開していく。
往年の俳優がオールスター出演ともいうほどの陣容で、女優では新珠三千代だけがちょっと出るくらいだ。

脚本が秀逸で、映像のメリハリとともに、クロスカッティングの効いた緊迫感も功を奏し、映画として底知れぬ力強さをもっており、ベテラン俳優陣が軍人その他を真剣みをもって演じ切っており、観ていて快い。終戦の詔書ができるまでや、御名御璽を押印されたあとの各大臣の筆記まで忠実に再現され、わずかに実写フィルムも挿入される。全般的に、この二日間の史実を習得するにも格好の材料となる。

後に数々の大作を成功させる橋本忍の脚本がすばらしいし、これも後々邦画の大作では必ず登場する佐藤勝が音楽を担当していることにも注目したい。

後に反乱軍と名指しされる畑中らの気持ちは、映像や演出から痛いほどよく伝わり、終戦前夜のそれぞれの立場での必死さ加減が間断なく描かれ、緊迫感が維持され、2時間半余りという長さを全く感じさせない。

テーマ自体が緊迫感を孕んでいるので映画として得をしているが、それだけに作りを誤れば一挙に駄作になりやすい危険もある。内容にふさわしいこうした大作が邦画にあることを誇りに思える作品であり、忘れてはならない作品であると思う。

橋本忍作品のなかでは、山田洋次との共同脚本による『砂の器』に優るとも劣らぬ、邦画を代表する作品だ。

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2013年8月 4日 (日)

憲法の三大原則の是非 (2013年8月4日)

現憲法を破棄して、新憲法を制定できれば、こんな簡単なことはないが、しかし、現憲法制定後、この最高法規をもとに、多くの法律が制定され、裁判での判例も積み重ねられてきたからには、今すぐ、これを破棄することは難しいだろう。

それができるのは、国民全体から支持されたクーデタが成功した暁という、夢のような出来事が、日本で起きた場合に限る。

となると、やはり、機の熟したところで、これを改正するしかない。

自民党の憲法改正草案には、追認的改正の部分と、創造的改正の部分とがある、と書いたことがあった(※以下参考参照)。

いまの事態に合わせるように改正するのを追認的改正と呼んだ。これは大きな問題にならないだろう。
問題になるとしたら、創造的改正のほうで、これには、保守政党らしい思想が盛り込まれて来るので、野党やサヨクから反対が起きるのはしかたない。公明党さえ反対している部分もある。

しかし、二度の国政選挙をくぐり抜け、大勝したからには、その実現に向けて一歩を踏み出してほしいものだ。昭和40年代くらいまでの左翼には、革新的な使命感があり、それなりに国家の利益をいうものを真剣に考えていたときもあった。

今の日本には、そうした左翼は姿を消し、どこにもかしこにも、青息吐息の刹那主義しかない。これは思想的潮流ではなく、もはや烏合の衆にしか過ぎない。

ところが、その烏合の衆はアメーバのように、横へ横へと隣の林檎を腐らせる動き方をする。その動きをけしかける元凶もいる。その動きに乗る愚か者もごまんといる。

やはり、保守政権、正確には、今なら自民党が一枚岩になって、憲法改正を推し進めるべきだ。特に、安倍自民党には、この点は期待できる。
教育基本法改正ができたのだから、憲法改正も実現させてほしい。最後はやはり世論頼みになると思われる。

われわれより上の世代から今日の高校生・中学生・小学生まで、政治経済・公民・社会科の授業では、日本国憲法の三大原則として、国民主権・基本的人権の尊重・平和主義をいうものを教え込まれてきた。

それだけに、これに手をつけようとすると、右傾化・軍国化などと短絡し反対する者が出てくる。それを反日マスメディアが煽る。
この算数のような愚かな図式の繰り返しには、まともな日本人は飽き飽きしているし、そうしたからくりを見破っているからこそ、有権者は衆院選・都議選・参院選で自民党を大勝させたのだろう。

自民党の憲法草案を読んでも、この三大原則を排除しようとするところは見られない。削除しているわけでもない。これをもとに、バランスのとれた内容に改変しようとしているだけだ。産経新聞や読売新聞などの草案でも、国民のあるべき姿・国家のあるべき姿のとらえ方では、現憲法の考え方を否定しようとしているところは見られない。

米国に与えられてそのままになっているところを、今から、国家の意志として、主体的に自分たちの手で、作り直そうというだけのことだ。

人権が尊重されるためには、それ相応の義務を伴う。国民の三大義務の書き方は、たしかに曖昧で片手落ちである。
平和主義を標榜するからには、それを具現化するためにふさわしい防衛体制が必要である。
国民主権は国家としての当然のありかたであり、天皇主権でないならば国民主権となろうが、その国民という概念も曖昧だから、正確に定義しようとするだけである。

国民主権主義や平和主義というときの、主義という言葉もおかしい。そのように習い、また教えてきたのでもあるが、第一、言葉としておかしい。
資本主義・共産主義というなら主義でもいいが、国民主権主義だの平和主義だのというと、独身主義・菜食主義というときの主義のようで、最高法規の内容を掴みだすときの言葉としておかしい。

国民主権も平和尊重も、そういう考え方というべきであり、ほとんど当然のことなのだから、わざわざ主義というまでもない。主義とう言葉をよく使うのも、左翼であった。

憲法の三大原則が、それぞれバランスのとれたものとして生まれ変わるよう、改正を急ぐべきと思う。
現実問題として、現憲法を改正して新たな内容を盛り込むには、いくつかの手続きを踏み、さらにそれを投票で決めなければならない。
まともに改正手続きを進めると、数年がかりの大仕事になるような気がする。仮にそうなっても、最高法規の改正なのだから、やむを得ないかもしれない。

あまりもたもたしていると、そうした間に蛆が湧いたり、また、与党や自民党の中でさえ、反対や躊躇が出たりする可能性がある。
さらに、国民の多くが憲法改正などどうでもよい、などと思い始めてしまう。そうなる前に、早めに着手してほしいと願う。

憲法改正で、給料が変わるわけではない。一般大衆にとっては、思想はカネより優先順位も低くなりがちである。

改正の動きが出てきたら、選挙のときと同様、愛国者側は、再びネットで、いろいろ動かねばならないだろう。

≪※参考≫
自民党憲法改正草案に対する感想 http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-050b.html

2013年8月 2日 (金)

私が世田谷区を嫌いなわけ

世田谷区は、東京23区のなかでは最も広い。東京では南西に位置している。
そのなかでも、さらに南西で、ほとんど多摩川に近いところ、東急大井町線の通る、上野毛(かみのげ)、等々力(とどろき)、尾山台(おやまだい)あたりは、特に閑静な住宅街として知られている。

その先は、目黒区の自由が丘があり、さらに品川区旗の台へと続く。自由が丘の隣は田園調布である。

東京では、昔から、地名に「台」のつくところは周囲より土地が小高く、山の手に当たるとされる。一方、「谷」のつくところは周囲より低く、下町とされている。
田中角栄の住居があったことで知られる「目白台」は、両側より一見して高台にあり、その前には日本女子大もある。

住宅造成地では、「台」をつけると、高級なイメージがあるので、その後全国に「○○台」が広まった。

「谷」も都内にたくさんある、代表は渋谷だ。地下鉄銀座線が、渋谷に来ると、地上2階の高さに着く。
渋谷は、青山側と目黒側に挟まれた谷あいである。
世田谷という名も、もともと、田んぼと谷が混じっていたからだ。

世田谷区上野毛には、戦前より、日中戦争で活躍し、その後軍神と崇められたパイロット・南郷茂章(なんごう・もちふみ)少佐の住居もあった。

1960年(昭和35年)、結婚し、皇籍を離脱した島津貴子が世田谷区上野毛に住んだ。
島津貴子は、昭和天皇と香淳皇后の第五皇女で、旧名、清宮貴子(すがのみや・たかこ)内親王である。

1962年に美空ひばりが小林旭と結婚し(2年後に離婚)、居を構えたのも、世田谷区上野毛であった。
山口組田岡組長とも懇意の美空ひばりが越してくることに、近隣の住民は好ましくは思っていなかったようだ。その新居の隣に、以前から住む家に、ある稽古ごとで通っていたことがあった。そういうときに小耳にはさんだのである。

これらを契機に、芸能人、政治家、著名な学者が住むようになった。石原慎太郎も大江健三郎も住人である。等々力には児玉誉士夫の邸宅もある。
小田急線成城学園前は、世田谷でも中央西寄りを代表する人口密集地であり、東側のそれは、下北沢界隈である。

面積が広く、住宅街をもつため、住宅侵入窃盗など犯罪発生率も高い。

田山花袋の『東京の三十年』によると、世田谷は、つい100年前まで、兎が跳ね、キジが歩いていたそうだ。

世田谷区では、隣接する杉並区長の応援も受け、2011年4月には、保坂展人(ほさか・のぶと)が区長になり、現在にいたっている。保坂は、中学時代からサヨク運動をし内申書裁判で有名になり、時代の波に乗って、社民党の副幹事長までやった男だ。今は社民党から離れたが、やってることは社民党そのものである。

かつて、幼少期から長く、都下町田市に住んでいた。町田市は、文字どおり、境川を境に、神奈川県相模原市と接している。
小田急線で町田から新宿に向かうと、隣駅・玉川学園前の間には、眼下に畑が広がり、その畑のなかに、町田で都心のお買いもの、という広告板があったことを覚えている。それは、さいか屋のもので、川崎を本店とするさいか屋デパートが、近くの町田に支店を出したのであった。

あたかも、町田は田舎であるといった看板であるが、事実そのとおりであった。

中学・高校には、小田急線の柿生(かきお)という駅からバスで通っていた。場所からして、横浜、川崎方面からの生徒より、小田急線に出られる生徒が多かった。
そのなかで特に多かったのは、世田谷区からの生徒であった。

父母会などに出ていた母親がよく言っていた。
世田谷のお母さんたちは、みんな気取った人が多くて鼻に付くわ、と。
町田と違い、世田谷区は都心ですのよ、という雰囲気が丸出しだというのだ。
そう言われればそうで、それが息子たちにも影響している。

世田谷区は都心とは言えない。都心は、皇居周辺の千代田区と、中央区の銀座周辺だけである。

叔父が目黒に住んでいたせいもあり、比較してしまうのだが、どうも世田谷のご婦人がたは、自己顕示欲が強い。人をけなしたりはしないが、見せびらかしたり、自慢したりするのは、好きなようである。

母親同士のなかで感じた、おばさんである母の思いは、その後、自分の見聞によっても、確信に至る。

こうした傾向は特に、やはり、中年以上の人々、特に婦人に顕著である。若い人々には、あまり感じたことがない。

世田谷のご婦人がたを、仲間うちで、世田谷おばさん、と呼んでいた。
東横線で渋谷に出て、東急本店などで買い物する婦人がたを、東横おばさん、三越の包装紙を持っていそいそと歩くおばさんを、三越おばさんと呼んでいたのにならった呼び名だ。

目尻のカラスの足跡(笑いジワ)あたりもカエルの足跡のようになり、そこにドモホルンリンクルをたっぷり染み込ませたあと、資生堂のおしろいを塗りたくり、背を高く見せるため、無理してハイヒールを履き、頭にはアデランスイブファーレをつけてボリュームを出し、名の通った香水をファブリーズのごとく自らに振り撒ける。
これで、世田谷ざーますおばさんの一丁上がりである。

こういうおばさんと、胸にマークの入るブランドもののスポーツウェアを着込んだそのご主人に象徴される世田谷区は、いまだに好きになれないのである。

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