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2013年7月 5日 (金)

花を失った最近の映画(1)

その昔、『ヒッチコック劇場』という番組があって、それをかつて日本でもテレビで放映していた。
最近、そのDVDが出ている。

そのころはまだ小さかったので知らないが、その後、再放送するころに見たのだろう、断片的に記憶に残っている。

番組の初めと終わりに、ヒッチコック自身が登場し、ひと言話す。
一話あたり25分のサスペンス風な物語が並ぶ。『世にも奇妙な物語』といった番組構成の原点だ。
ひとつだけ、よく覚えているエピソードがある。

ジッポのライターが連続して点くことを自慢する男が、ある紳士と賭けをすることになる。紳士が言うには、そのライターが連続して10回点けば、自分の高級車を与える、一回でも点かなければ、男の左小指を切断する、という奇想天外な賭けであった。

この話とシーンを覚えていたので、紀伊国屋に行ったところ、その第四集に入っていたので、それを買った。なんと50%割引であった。

帰ってから、すぐ、そこだけ観た。原題は、Man from the South で、邦題は「指」となっていた。結果として、指は切り落とされずに済んでいる。

ヒッチコックの作品を、いまだに、イギリス時代のものから全部観ているわけではない。観たもののなかでも甲乙はある。ただ、以前書いたように、彼の映画から、映画のつくりかたやおもしろさを知ったせいか、ここから映画の世界に入り、また批評することもできるようになったようなものだ。
教科書はつまらないものであるが、例外的に、教科書を好きになった一例だ。その教科書に、今では感謝している。

以前mixiでは、ほぼ毎日、映画の日記を書いていた。
今回も、数えたら、『青の炎』まで、182本の映画日記を書いている。つまらない作品のものは書いてないから、実際はそれ以上観ていることになる。

プロフィール欄に挙げた映画も、たまに追加しているものの、現在127作品となっている。自分が本当にいいと思ったものだけ挙げているのだが、それでもこれだけになる。
いずれにしても、最低一度は、過去に観たものが多い。最近のものも少しはあるが、ここに分け入って加えたい作品は多くない。

これらの作品は、多くが古いものであり、白黒も多いが、だからと言って、自分の生きてきた時間とリアルタイムではない。自分の子供のころや、生まれる前の作品もある。
古い作品だからと見向きしないというのは、映画ファンを自称するなら、邪道な考えであり、逆に、今日まで生き残ってきただけの何かがあるのだろうと、前向きにとらえる必要がある。

前にも書いたとおり、学生時代に、映画好きの後輩がいた。その所属する部活で、『殺しのドレス』を上映しており、それを観に行ったのがきっかけで知り合った。
悔しいかな、彼は後輩のクセに、すでに映画魂をもっていると認めざるをえなかった。コイツに負けるわけにはいかなかった。

映画評論家で食って行こうか、などと夢のようなことを考えたのもこのころであった。
こちらはたまにロードショーを観ることができたが、貧乏学生であった彼は、名画座をハシゴしていた。逆に、人をライバル視して、なかなか私の行けないヤクザ映画からポルノまで、幅広く観ていた。

ヤクザ映画やポルノを軽視していた自分が、そのつくりに一理あると思うようになったのは、彼のおかげである。

映画を観ることについてはライバルであり、いくつかの作品については、解釈が違って掴み合いまでしたことがある。互いに若かったし、酒も入っていたからしかたない。
ただ、映画に対しての根本的な考えは、不思議と一致することが多かった。

彼はその後、松竹に入社した。今は映像商品部というところにいるようだ。
できるものなら、映画を撮ってみたかったのではなかろうか…。

さて、ここからが本題だ。

最近の映画は、つまらないという人が多い。一応、日本に限って見ていきたい。

日本人であるからには、今となっては、やはり、邦画を応援したいことに変わりはない。
ところが、いつしか私も、あまり観なくなった。
それでも、始終、映画館の前は通るし、レンタルショップには行くので、ちょっとカンのはたらいたときは、そういうものを観るようにはしているつもりだ。

映画は本来、映画館で上映されることを前提に作られているのだが、半年もすればDVDとなって観られるので、そちらで観た限りの話ということになる。本当のファンが、自分の学生時代のように、パンを片手に映画館に行くべきではあろうと思う。

著名な監督の作品と、若い人の作品を比べて、後者が劣っているとはいえない。外国の例ではあるが、シドニー・ルメットが『十二人の怒れる男』を撮ったのは33歳のときである。ルイ・マルが『死刑台のエレベーター』を撮ったのは25歳のときである。(ルイ・マルをヌーヴェルヴァーグの一角ととらえるのは誤りである。)

なぜ、つまらなくなったのか。

映画製作に当たる若者たちが、映画を観ていないからである。結論はそこに行き着く。

映画を作るのに、映画を観ていないフシがある。
むろん、全部とは言わない。が、上に挙げたような作品、私が日記でレビューしているようなもの、プロフ欄に載せているもの、…これらのほとんどを、彼ら彼女らは知らないのではないか。
仮に、知っていても、観ていないのではないか。
みんな、DVDで買えるし、レンタルできるものばかりだ。

同じことが、監督や脚本、撮影、照明、衣装、メイク、そして俳優にいたるまで、全員に言えたとしたら、そうした連中によって作られた映画は、いったいどんな作品になっているのだろう。

世阿弥のいう「花」なるものは、微塵も見られないだろうということは、簡単に想像がつく。

(つづく)

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