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2013年7月 5日 (金)

花を失った最近の映画(ラスト)

主に、1.と2.の理由で、映画がつまらなくなっている。

そして、その根本は、彼ら彼女らが、寝る間を惜しんででも、勉強をさぼってでも、映画を観ることをしていない、というところに原因がある。

毎日、寝る前に一本、休みの日に二本観ればいい。これを一年貫いたら、400本は観られるだろう。
20代の1~2年は、そういう年があってもいいのだ。

それをやるだけでも、相当な財産になるし、腹にエネルギーが蓄積される。それが製作意欲に変わっていく。義務や仕事や売名ではなく、熱意をもって作ることができるはずだ。
数多く観たことを自慢して言いふらすのはアホだ。秘かに自分のエネルギーにしていけばよい。

仲間と酒を飲んで、ああだこうだと議論をたたかわすヒマがあったら、その時間に映画を観るほうがよい。
映画制作にかかわろうとする人間が映画を観ないのは、小説家やエッセイイストをめざす人間が、先達の小説やエッセイを読まないで書くのと同じである。

いずれにしても、わざわざ、カネをかけ、時間を費やして、フィクションの世界を構築しようとする試みなのだ。思いっきりやればいいのだ。

せっかくなら、エンタメ性のある作品を作ってほしい。
ジャンルを問わず、エンターテインメント性がなければ、観客にアピールしないし、もう一度観てみたいという気にもならない。
もう一度観てみたい、というのは、おかしなたとえだが、もう一度会ってみたい女と似ている。何か惹かれるものがあるのだ。

脚本にメリハリがなく、カメラが横着にしていたのでは、とてもじゃないが、エンタメ性の創造は難しい。
しかし、そこをクリアしてこそ、プロの映画人というものだろう。そうやって、何人もの人が、すばらしい作品を、世に送り出してくれてきた。

蛇足だが、いい映画かどうかの判断の基準を書いておきたい。むろん個人の考えである。(いい映画が、必ずしも好きな映画ではない。)

始まって、10分から20分前後で、あるシーンに区切りがつく。それでつまらなければ、その映画はつまらないだろう。

こういう映画は多い。今まで、だいぶレンタル料をムダにしてきた。これからもムダにすることだろう。再生停止という勇気も必要だ。
ただ、人に話したりレビューを書いてこき下ろしたりしたいのなら、そんな映画でも最後まで観るべきと思う。

映画は、最初の10~20分で決まる。
特に、ファーストシーンは、命である。

マイミクのなかにも、旅する映画館プロジェクトという企画を立ち上げて、よき映画の普及に努めているメンバーもいる。
大資本に依拠できないだけ、費用その他で苦労も多いと思うのだが、うまくアピールしながら、よい作品を作っていってほしいものだ。

何も、120分使えばいいってものでもない。古い映画には、90分や85分程度のものもざらにある。60分の短編でもいいと思う。

観てよかった~という作品が生まれるよう、私たちも応援したい。
しかし、批評は批評で、きっちりやっていいと思う。

(おわり)

(以上、mixiより転載)

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