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2013年6月 1日 (土)

ヨナ抜き・全音階、それぞれのよさ~「栄冠は君に輝く」と「恍惚のブルース」の比較

交響曲や協奏曲、室内楽も聴くのだが、短い時間ですばらしい曲を聴きたいとなると、限られてくる。
「G線上のアリア」や「パッヘルベルのカノン」など定番曲や、ヘンリー・マンシーニなどのムードミュージックもいいが、やはり日本の歌に戻ってくる。

軍歌も行進曲も好きだが、文部省唱歌や童謡もいい。小さいころから折にふれ耳にしてきた曲は、いつでも思い出せるものだ。

そうした曲のなかに、「栄冠は君に輝く」と「恍惚のブルース」もある。
どちらも大好きな歌であるが、つくりはだいぶ違う。ジャンルが異なることを言うだけではない。旋律(メロディー)に大きな違いがあるのだ。
しかしそれでも、それぞれに感動を呼ぶ。

ヨナ抜きとは、西洋音楽の音階のうち、ファとシを除いてできる楽曲のことである。
長音階でハ長調だと、全音階はドレミファソラシドだから、ドから数えて4番目のファと7番目のシを抜いて作られた旋律は、四七(ヨナ)抜き、となる。
音楽用語でいえば、主音(ド)・属音(ソ)があるのに、下属音(ファ)がないということだ。

七つのうち二つを除くと、残るのはドレミソラだけである。それでも、オクターヴや音程、リズム、強弱などを付けることにより、バラエティに富んだ曲が生まれる。
驚くことに、スコットランド民謡を元にした「蛍の光」もヨナ抜きである。

日本では、演歌はそのほとんどがヨナ抜きでできている。短調のものはヨナ抜き短音階になっている。
楽譜をイメージできる人は、演歌の音を追ってみるといい。

このヨナ抜き音階、特にヨナ抜き長音階は、安定して落ち着いた情緒を表しやすいといわれる。ゆったりとして、聴いていて聴きやすく、これは覚えやすいことにもつながる。
音は五つであるのに、星の数ほどの曲が出来ているのだ。

ファとシは、ピアノの鍵盤からわかるように、ファはミの半音上がりであり、シはドの半音下がりである。どちらも半音であり、半音というのは不安を誘う。
その音を使わないのだから、常に安定感があり陽の気分に浸っていられる。
長音階はもともと安定感があるわけだから、ヨナ抜きになれば一層それが強調され、幸福感をあらわす歌詞などにはぴったりだ。

実際に歌われる場合でも、音が二つ少ない分、声域はだいたい決まっているから、同じ音が何度も出てこざるを得ず、そうなると、一音一音に対する感情表現が豊かになる。
逆に必然的にそうならざるを得ないので、それだけに演歌歌手はその表現力がなければ、歌手とは言えず、こき下ろされてしまう。

演歌のうち、メロディーもわかりやすい例として、青江三奈のデビュー曲にして大ヒット曲「恍惚のブルース」を挙げておこう。浜口庫之助(はまぐち・くらのすけ)の作曲で、大好きな歌だ。

この曲は、ヨナ抜きの上、さらに付点八分音符や三連符を用いて、聴き手の気持ちをいざなうことに成功している。

さて、時代は遡るのだが、このヨナ抜きを考慮していないのが古関裕而(こせき・ゆうじ)の曲である。戦後の「栄冠は君に輝く」を挙げておこう。

ヨナ抜きでない、ということは、全音階である。ドレミファソラシドを全部使う。西欧音楽の音階でふつうにつくるのだから、ヨリ簡単ではないか、というのは、専門家からはおそらく、素人談義として切って捨てられるだろう。

交響曲の作曲とは違い、歌詞があり、それをヒットさせなければならない使命を帯びた作曲者は、それなりにメロディーをくふうしなければならない。

その上、注意深く聴いてみればわかるのだが、ファとシがむしろ、曲想の転換点で、重要な役割を担わされているのだ。ファとシは不安定な音であり、その前後を行き来されると、あたかも心がたゆたうようである。
そこだけ抜き出したら短音階である部分に、すぐ長音階をつなぐことで、迷いや不安から、安心感や決心へと導くのである。

浜口庫之助は、わかりやすいメロディーを、しかも繰り返し登場させることで、その曲を覚えやすくし、数々のヒット曲を生んだ。島倉千代子の「人生いろいろ」などは、その最たるものだ。

古関裕而の曲には、多くの場合、短音階と長音階のせめぎ合いが見られる。ヨナ抜きでは出てこないファとシが、むしろポイントになっている。
彼の心の葛藤が、戦前戦中戦後を通じ、その旋律に現れたとみるのは、深読みであろうか。そうした傾向は、「長崎の鐘」などにも顕著である。

それにしても、古関のメロディーには気品がある。
曲想における気品とは、短音階やファやシをくぐり抜けたところにこそ、ようやく表れるのかもしれない。
日本人は、この気品ある旋律に魅了された。

それぞれの曲の下に、その主な特徴を書き出してみた。

演歌の三連符は、上がったり下がったりのときを含め、ゆっくりしたメロディーで流麗なイメージが起こり、二つの音でミ→レ→ミのように隣の音との三連符や、4音以内の三音の組み合わせであれば、音の飛びが少なく、歌いやすくなる。
また、ミ→レ→ミやソ→ミ→ソのように、最初と最後が同じ音である三連符であれば、そこに「揺れ」が生まれ、音程が開かず、転がすように歌うことができる。歌いやすさの秘訣である。

「栄冠は君に輝く」

作曲:古関裕而
1948年(昭和24年)発表、レコードは翌年7月発売。

https://www.youtube.com/watch?v=A3pd2U_6Fxk

ファとシを多用する。つまりヨナ抜きでない。
4音飛びが多い。例:レ→ラ、ソ→ド、シ→ミ
安定音ミへの多用。例:ソ→ミ、ド→ミ
短音階でゆすぶり、すぐ長音階につなげて安心させる。
歌詞該当部分:全20小節。8・2・6・4で、2の部分は独立し、その後2+4を一挙に結合している。
付点8分音符と・16分音符の組み合わせと、アクセントを置いた四分音符を、使い分けながら多用。
三連符は伴奏部分に多用。

「恍惚のブルース」 

作曲:浜口庫之助
1966年(昭和41年)6月、レコード発売。

https://www.youtube.com/watch?v=yDc4rQ9EMQM

演歌に多いヨナ抜き。ファ・シを使わない。
短音階でゆすぶり、すぐ長音階につなげて安心させる点は共通。
歌詞該当部分:全14小節。8・2・4で、2の部分は独立している。
付点8分音符・16分音符の組み合わせと、三連符を、使い分けながら多用。三連符は伴奏部分にも多用。

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