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2013年4月

2013年4月29日 (月)

たまに銭湯^^

きのう、久しぶりに、銭湯に行ってきた。

近所にはけっこう銭湯があったけど、この5年くらいの間に、近いほうの2軒が、店をたたんでしまった。それぞれによさがあったのに、残念だった。

行ったのは、3番目に近いところだ。そこは、椎名町の駅に近い。だからといって、つぶれないとは限らない。たまに行くところで、サウナも別料金ではない。

いつもの爺様ではなく、どうも、息子、といっても40代くらいの男が受付にいたから、息子が跡を継いだのか、日曜だから、たまたま手伝っていたのか。

4番目に近いところは、もう自転車で行くところだ。きのうのところも距離はあるので、自転車で行った。

8時半くらいだから混んでいるかなと思ったら、がら空きだった。年寄りが一人と、年寄りと孫だけだった。

平日は逆に、この時間が混んでいるのかもしれない。

そんなに広くもなく狭くもない。手頃な広さだろう。
日曜はラベンダーの香りということで、浴槽に、香り袋がつないであった。

浴槽は、座風呂とジャグジーに水風呂だけだが、これで充分だろう。
ときどき行く庭の湯は、西武が経営しているから規模は大きいが、この銭湯のほうが、湯の温度が高く、熱かった。

よく温まって、外に出て、思わず、自販機でコーラを買ってしまった。
コーラなんて、夏でももうめったに飲まないのだけど、うまかったなあ。

そこは、昔ながらに壁に富士山の絵という銭湯ではないが、孫が爺さんの背中を流している光景など見ると、ほほえましくなってしまう。

帰るときには爺様がいた。お世話さまでした、と言って出た。

銭湯の経営も大変なようだが、利用者がいるかぎり、続けてほしいなあ。
そのためには、もっと行けばいいのかな。

今は450円で入浴できる。
これで、あれだけいい気分になるのなら、安いものだと思う。

今度、回数券を買ってみようかな…。

2013年4月27日 (土)

96条改正は、国民の支持なしに実現できない

首相・憲法インタビュー 「憲法改正で、初めて憲法を国民の手に取り戻せる」(産経新聞) - Y!ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130427-00000501-san-pol 4月27日(土)8時50分配信

首相発言のポイント:

いまだかつて国民は自分たちの手で憲法をつくる経験をしていない。
改正することで、初めて憲法を自分自身のものとして国民の手に取り戻せる。

現行憲法については、自分たちでつくったというのは幻想だ。

与野党に反対・慎重論が根強いのは、事実上、国民投票をさせないために言っているに等しい。国民はそうした国会議員に対して、もっと怒らなければいけない。

産経新聞とFNNの世論調査で、「反対」(44.7%)が「賛成」(42.1%)をわずかに上回っていることについては、注意深く考えていく。議論を深め、国民に正しく意図が伝わることが大切だ。

96条改正後にどの条項改正に取り組むかは、前文、9条を変えることが優先だが、柔軟にも対応していく考えていく。国民の関心の高さと支持による。

**************************************************************

現行憲法については、自分たちでつくったというのは幻想だ。
事実であっても、公の立場で、ここまで踏み込んだ発言をした総理大臣は、おそらくいなかったろう。

安倍氏にしても自民党にしても、やはり最後は、国民の後押しを必要としている。
一度も憲法改正をしたことがない日本国民にとっては、重大な経験となるだけに、穏やかで変化を好まない保守伝統派の人のなかにも、その意味で多少躊躇する人がいてもおかしくはない。

今後参院選までに、内閣や自民党が、どれほど国民の理解を得られるかにかかっている。そのために、さまざまな手段を通じて、理解を求め、賛成に回るように努力するのだろう。
ここにいう国民は、ほとんどいわゆる無党派層と思われる。これの賛同を得られれば、96条改正だけでなく、その後の改正にも弾みがつく。
勝負どころだ。

昨日の毎日新聞のように、いまだ時代錯誤の論調で、首相や政府を批判しているメディアは多い。視聴者や購読者が、これを鵜呑みにするおそれは充分ある。あいかわらず有権者の半分近くは、支持政党なしだ。
支持政党がないのに、政治的関心は高い。

ここはやはり、保守愛国の立場の人間が、改正の必要性と理由を、繰り返し隣人に説いていくという、粘り強い態度が功を奏することになるだろう。

変化を求めない善良な民を、どう説得していくか。保守の国民や無党派層にとって、心理的にはいわば、逆の行動と決意を迫るわけだ。
96条改正は、憲法改正の突破口であり、ここで多くの賛同を得られなければ、その先の改正はありえない。

さらに、改正できなった場合、これを参院選のポイントにする政党にとっては、メンツがつぶれ、その後の政局運営にも支障をきたすことになるだろう。

これを成功させるために、場合によっては、他党と協力することもありえるだろう。それにより、若干もしくは重大な政界再編が起きるかもしれない。

維新の会やみんなの党は、これだけを参院選の焦点にはしないが、共通の公約としているからには、賛成する側につくだろう。自民党も、国政選挙にあたり、これだけが焦点になるなどと言っていない。

正体が反日・売国の民主と小沢党が反対するのはもっともだ。今後も何かにつけ重箱の隅をつつくようなマネをして、反論してくるに違いない。

社民・共産は、それぞれ党の地盤の強いところで改正反対をうったえて、最低限の議席を確保しようとするだろう。そうなっても、大勢に影響はない。
いずれにしても、両党とも、国政という場では、もう勝負はできない。国政の場で「ない」ところで、生き残りをかけるだろう。

問題はまたしても公明党である。存在も大きく、資金の潤沢なこの政党は、
こうした大きな問題にぶつかると必ず、政界の鵺(ぬえ)となる。

96条改正は参院選のテーマに挙げるが、先行してここを変えるのには賛成できないと言い、山口代表も、この改正問題を争点にしようとは思わない、としている。

靖国参拝に対するメッセージなど思想的な話題になると、公明からは必ず売国発言が生まれる。今の野党の一員かと思われる反応が多い。

再三私も日記にしてきたのだが、少なくとも今の安倍政権がつづく間は、残念ながら公明との連立は解消されないと思う。自民側からは解消できないだろう。公明を自民側につけておくという利点もあるだろう。

唯一解消がありうるとしたら、公明側から連立を解消するという意志を示した場合しかない。
安倍政権発足時から、今後公明は自民とどう歩み寄るかということが囁かれてきた。最近では、高市さんの発言もあった。

公明は集団的自衛権にはもともと反対しているのだから、憲法改正が可能になっても、またそこですったもんだすることはありうる。
公明は自民の足手まといである、との石原氏の先を見越した指摘は的を射ている。

公明党にとっては、二者択一しかない。公明が二つに割れる可能性はない。とすれば、長いものに巻かれていくか、連立離脱しかないのだ。

ただ、一旦長いものに巻かれたら、それを既成事実として、今後も同じ轍(わだち)を踏まされることになる、と公明幹部は考えるだろう。賛成に回るということは、それを承知の上でおこなうわけだ。

公明との連立は、そろそろ解消の時期に来ているだろう。
国の思想にかかわる部分で、こうも大きな反対がある政党とは、手を切るべきだ。自民側からうまくもちかけて、公明自らが手を切るようにもっていければいいのだは…。

民主は、もう「過去」の政党になりつつある。民主の誰が何を言っても、もう無党派層でさえ、ここには一票を入れないだろう。国民の頭脳の平均値より低い頭しかない議員ばかりが雁首を揃えても、とても国民からの信頼は得られない。

96条改正に向けての政府からの発信は、公明党という存在を横に見ながら、進めていかなければならない。幼稚な野党が、与党内不一致などと言って絡んでくるのは明らかだ。
世論の多くが賛同の方向にいけば、いっそうのこと、小政党と組んで、中央突破といきたいところだ。

その際、元民主の人間にだけは、借りをつくらないように願いたい。
まあ、そんなことをする安倍内閣ではないと思うが。

2013年4月26日 (金)

安倍首相、徳永エリの発言に憤る (2013年4月26日)

(Facebookより転載▼~▲)

安倍 晋三
……こんばんは。…秘書です。

本日行われた参議院予算委員会で、民主党の徳永エリ議員より「閣僚の靖国参拝について、日中、日韓関係が悪化した事に拉致被害者家族が落胆している」との発言がありました。
(その後の古屋大臣、安倍総理からの「一体誰が落胆しているのですか?」との質問には一切お答えいただけませんでした)

こういう議員の発言が日本の外交力を弱める一因になっているのではないでしょうか。
非常に残念です。

※放送が無かったため、YouTubeにアップされている動画を紹介させていただきます。

《秘書アップ》
http://youtu.be/0c_8D8ih5F4

いいね! · · シェア · 3時間前 (携帯より)
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安倍 晋三

はっきり言います。徳永議員は嘘をついている。拉致被害者をこんな形で利用するのは許せません。誰が言ったのかと聞いた時の彼女の狼狽が何よりその嘘を証明しています。やはり民主党は息を吐くように嘘を言うのか?

いいね! · 返信 · 583 · 約1時間前
返信31件.

安倍 晋三

国民の皆様に民主党の実態を見て頂きたいと思います。シェア宜しくお願いします。

いいね! · 返信 · 741 · 約1時間前
安倍 晋三さんが返信しました · 返信39件

安倍 晋三

もう民主党は社民党化してます。とゆうか北朝鮮労働党の友党だった社会党でしょうか。恐らく、テレビニュースでは報道しないであろう民主党の醜態をYOUTUBEでご覧ください。

いいね! · 返信 · 960 · 2時間前
返信45件

いいね!などのデータは、一昨日24日23:44のものだから、現在はもっと増えているだろう。

その後、徳永は、22日以降のツイッターやフェイスブックの書き込みを削除して、とんずらを決め込んでいる。削除しても、愛国者たちは、きちんとコピーを取っており、それが出回っている。ツイッターでも保守速報などでも取り上げられ、反論することもできないのだろう。

第一、反論することもできないのだ。おそらく有田芳生あたりにそそのかされて、よく下調べもせずに質問に立ったのだろう。

内容も歴史音痴そのものの売国であるが、質疑そのものも幼稚であり、とても参議院議員とは思えない。近所のおばさんが、国会見学のついでに質問したといった感じである。

3年前に初当選した1年生議員であるにもかかわらず、全く不勉強である。歳費をもらい、時間もあるのに、この3年をどう過ごしてきたのか、と言いたくなる。おそらく何もせず、民主政権に寄りかかってきたのだろう。それだけである。

よって、今年7月の参院選では非改選議員だが、自ら辞職することを望む。しないなら、議員辞職勧告をしてもいい。

こんなトーシロー議員に、われわれの税金から、歳費などが支払われているかと思うと、売国以前に腹立たしい。

民主党を代表して、国会の場で、虚偽の内容による質問をしたのであるから、場合によっては証人喚問でもすればいいのだ。

偽メール事件以来、民主党というのは、情報把握という点で、全く杜撰であり進歩がない。一方で、公安や警備のありかたを崩壊させてしまったと、警察庁の幹部は嘆いている。

民主はすみやかに解党し、衆参の全議員が辞職することを望む。

この一連の愚劣きわまりない質問に、安倍総理は、歴代自民党総裁総理でさえ、なかなか言えなかったことを、公の場で明言することになった。

安倍氏以下、保守愛国政権の論理一貫性には、こんな一介の北海道の赤オバサンなど、相手にもならない。民主など、今後も、けんもほろろにあしらって、じわじわと潰していけばよいのだ。

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2013年4月23日 (火)

三菱重工爆破事件を起こした過激派

1974年(昭和49年)から翌年にかけて、大手企業のビルなどが爆破される事件が相次いだ。後に、それらを総称して、連続企業爆破事件という。

(詳細はウイキペディアはなどにあるので割愛します。)

三菱重工爆破事件
https://www.youtube.com/watch?v=QuC1qe1nPZw

犯行グループは、東アジア反日武装戦線という極左である。
これは、元を辿ると、中核派の構成員でもあり、法政大学に在籍していた大道寺将司という男が開いていたサークルに行きつく。

理論は単純だ。
日本は戦時中、アジアを「侵略」した。それらの「悪行」を反省させ、「今も続く」侵略行為を、止めなければならない。その手先となって実際に日帝(日本帝国主義)のために武器をつくり経済的な侵略を繰り返しているのは、ある特定の大資本である。よって、これら企業を亡きものにするのが使命である。

こんなところだろう。

彼らがやったことは、要するに過激派テロであり、大量殺傷事件である。
法治国家として、手続きを踏んで、自らの主張を世間にうったえる、ということはなかった。
映像にあるように、わざと一階のへやを借りて、床を掘り返し、爆弾を製造し保管していたのである。

三菱重工爆破事件は、昭和49年8月30日の金曜白昼に起きた。本当は9月1日を目標にしていたらしいが、その年、1日は日曜であり、31日は土曜で、社員もあまり出勤していないだろうということで、30日に繰り上げたのだった。

こういうことからして、初めから、自分らの存在をアピールする目的も含まれていたことがわかる。

使われた爆弾は、実はその直前に、天皇陛下殺害を目的とし、某鉄橋ごと破壊させるために用意されていたという。それに失敗したので、その爆弾をそのまま、オフィス街に利用したのである。爆弾は、約40kg分のダイナマイト300本であった。
それだけに、ふつうのビル街では大きすぎる破壊力となった。その上、碁盤の目になっているビル街では、爆風の逃げ場がなく、惨憺たる結果をもたらした。

当時、学生であったが、土曜は何も用事がなかったので、丸の内まで行ってみた。
31日も快晴で、本当に暑い日だった。だいぶ遠くのほうから、立入禁止の黄色いテープがあり、捜査のため間近には行けなかったが、離れたところからも、どの程度のことが起きたのか、想像に難くなかった。

先のほうに爆発地点である三菱重工のある通りでは、その道路に面したビルの窓ガラスが、ほとんどないのだ。手前のほうはそうでもなかったが、先に行くほど、街路樹の葉もないのである。
たしか、真夏でもあり、ポプラの大きな葉が日差しをよけてくれていたが、それが丸坊主になるほどの威力であったわけだ。爆発の威力で、停車中の車の向きが変わっているのだから、すさまじい威力だったわけだ。

時代が変わり、危険物などの管理や、各企業の警備なども、厳しくなってきた。しばらくして犯行声明が出され、兵器産業をターゲットにしていたという点では、ばかばかしいほどにわかりやすい。

いま、もし、類似のことが起きるとしたら、犯行声明を出すだろうか。その行為に、単純なほどわかりやすい目的を読めるだろうか。

それはあまり期待できない。しかし、目的のためには手段を選ばぬという点で、また、他を顧みる視野を欠いた自己中心的な行動をするという点で、昨今の一部サヨクの動きに、似てはしないか。

むろん、連中が利口であるなら、そんなことをすれば社会全体を敵に回すことになり、その後の活動はできなくなることはわかるはずだ。だから、ふつうに考えれば、そうしたテロ行為は行わないはずだ。

問題は、その常識的な思考が、どこまで彼らに通用するか、通用しつづけうるか、ということである。
自分勝手な思い込みに自己陶酔し、逮捕も死刑も怖くない、というキ印になると、何をするかわかったものではない。

いま、サヨクなどとレッテルを貼られたのをいいことにいきがっている連中には、幸か不幸か、そんな覚悟はないと見る。
そのなかにあって、仲間割れしたり分裂騒ぎを繰り返すうち、少数の異端児が現われる。ソイツらが実行に及ぶ可能性がある。

三菱重工のときと同じで、捕まえてみたら、ヤクザ風な顔のヤツなどいない。みな、蒼白の、何かに憑りつかれたような、しかし普通の顔をした若者たちであったという。実際、怪しまれないように、昼間はふつうに仕事をしていたのである。

昔に比べ、爆発物の原料は、そう簡単に手に入らなくはなっているだろう。が、蛇の道は蛇というだけあって、そのつもりになれば用意できてしまうのではないか。

こうした爆発事件は、一般市民からして防ぎようがない。オウム事件以来、鉄道の駅構内では、不審物・不審者を発見したら、すぐ最寄りの警備員などに通報するように、というアナウンスが、現実的になることもあるかもしれない。

愉快犯でないかぎり、爆弾犯というのは、いきなり、本命の目的を狙わないという。似た趣旨で、小規模の他の場所を爆破して、その前後のようすをうかがい、やがて本命爆破を実行するという。

大道寺らも、未遂に終わったが、本命である天皇殺害の前に、興亜観音、殉国七士之碑、総持寺などで爆破事件を起こしている。

起きるとしたら、東京か大阪だろう。
当分の間、雑踏には警戒したいものだ。

2013年4月22日 (月)

2011年12月8日朝、金沢市石川護国神社で切腹自決した、22歳の金沢大生のこと (2013年4月22日)

この記事は今でも消されないまま、昨日段階で、10200ツイートを超えている。

切腹した大学生 - MSN産経ニュース (既に削除されています)http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/121229/crm12122907340000-n1.htm

「22歳金沢大生、護国神社にて自決」(自身のブログより転載▽▽~△△)
http://futa-forever.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/22-140a.html

   ▽▽
【from Editor】切腹した大学生 - MSN産経ニュース(既に削除されています) http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/121229/crm12122907340000-n1.htm
(以下に全文転載▼~▲)

   ▼
【from Editor】
切腹した大学生
2012.12.29 07:33 (1/2ページ)[from Editor]
 昨年12月8日朝、石川県金沢市の石川護国神社で、22歳の金沢大生が切腹自決した。彼は北海道出身で金沢市に住む大学4年生、Sさんであった。警察が調べたところ、腹部と首に深い刺し傷があり、近くにはナイフと透明のビニールシートにくるまれた日章旗があった。

 Sさんはナイフで腹を十字に切った後、自ら頸(けい)動脈を切って自決したものと判明した。この日は小雨が降っており、国旗を濡らさないようにビニールに包んだものと思われた。彼は黒のスーツにワイシャツ姿で、靴は脱いでそろえておいてあり、同日未明に人知れず自決したものとみられた。

 彼が切腹した場所は、護国神社の境内でも奥まったところにある清水澄博士顕彰之碑の前であった。清水博士は慶応4年、金沢市の出身、東京帝大出身の憲法学者で、大正天皇、昭和天皇に憲法を講義したこともあった。その後、枢密顧問官などをへて、昭和21年から最後の枢密院議長を務めた。戦後の新憲法施行に反対し、施行の年の昭和22年9月25日、「幽界より国体護持と皇室安泰、今上陛下の御在位を祈願す」との自決の辞を残し、静岡県の熱海の海岸で投身自殺をした。その後、出身地の石川護国神社境内に顕彰之碑が建てられた。

昨年の12月8日は、昭和16年12月8日の大東亜戦争(太平洋戦争)開戦から70年。Sさんは大学で安全保障問題ゼミに属し、日頃、ゼミ仲間らに、日本の安全保障の在り方について、熱っぽく語っており、自決のかなり前から、政府がきちんとした安全保障政策をとらないことに絶望する発言をしていたという。

 彼が自決した前年には、中国の漁船が尖閣諸島の領海で海保の巡視船に衝突、民主党政権が船長を釈放してしまうという失態を演じており、領土問題があらためてクローズアップされていた。

 この事件は大学生の単なる自殺事件として処理され、地元メディア以外はほとんど報道されなかった。だが、平成生まれの青年が、日本の安全保障政策に絶望して、切腹という手段で死を選んだ意味は決して小さくない。

 小雨降る中、暗い神社の境内で、靴を脱いで正座し、人知れず十字に切腹して頸動脈を切るというのは、なまなかな覚悟ではできない。これは国家、政府、国民に対する諫死(かんし)であり、憤死でもあろう。一周忌に当たり、あえて記した。(編集委員 大野敏明)
   ▲

さすがの産経新聞も、当時は取り上げなかったわけだが、どこも取り上げなかったのは残念だ。いずれにしてもさまざまな影響に配慮したのだろう。

大学生が一人自殺したくらいなら全国ニュースにもなるまいが、これは明らかに自決であり、それは時と所が選ばれていることからもわかる。

こういう青年の行為が、世間や政治家を、どれほど諌めることに効果があるのかわからないが、そういうことを予断せず、まっすぐに自決した行為には注目しておきたい。

生きて一票を投ずることはできなかったのか…、少し早すぎたのではないか…、いろいろ批判はできよう。
この記事からだけでは、檄文や遺書があったのかどうかわからない。

しかし、彼は、この日この場所で、完成したのである。
その覚悟に、素直にこうべを垂れるしかない。

ツイッターでは2500件近くツイートされている。多くの人が、驚いたと同時に、君の志を無にしないと謳っている。

(※この記事は、平成25年4月21日現在、10200ツイートされています。)

   △△

読んだだけの人を加えれば、もっと数は膨らむだろう。
たしか昨年末には数千ツイートであったから、政権交代とは無関係に閲覧者が増えたものと言える。
あるいは、政権交代したことで、かえって、この事実を、痛恨の極みとして、あらためて受け止めた読者が多かったということかもしれない。

いずれにしても、この現象は何を意味するのか。

読者が、これを真似て自決したとは考えにくい。自決など、そんな簡単にできるものではない。

これを読んで、おそらく、自決したこの若者のために、同世代からすれば、自決した同世代の仲間のために、多くの人が、彼の死に、何をか誓ったのに違いない。

愛する日本を、決して二度と間違った方向に進ませてはならないと。

2013年4月21日 (日)

「認識の変化に期待する」では、もう遅い(mixi日記:4月21日分より全文転載)

ある痴れ者が、私のツイッターアカウントを凍結するようツイッターにたれ込んでから、そろそろ24時間経ちます。

いまのところ、凍結されていないので、よかったです。
凍結への脅しは、これで二回めです。

一回目は、しばき隊一覧というフォトを、いっとき消されました。
ツイッター側がその脅しに応えたのかわかりません。しばき隊一覧という、例の赤い枠の写真一覧を、一日二回くらいアップしていたのですが、その画像を消されました。
もともといただきものでしたが、それはまたフォルダーから持ち出して貼っていました。その後、ツイッターはじめ、いろいろなところでいろいろな人がアップするようになり、向こうもチクるのをあきらめたのでしょう。

リストに入れている人のなかにも、しばき隊のしわざにより凍結された人がいましたが、それは、特定の人物に対し、いくつかの問いかけをし、答えないので繰り返しツイートしたもののようです。これは、たしかに規約に違反しているのでしょう。

それでも、凍結までいくというのは、相手の仲間が、一斉に蜂起したのではないかと考えます。
凍結されても、二日ほどで、解除されたようです。

私も、そのつど、あのへんの連中のアカウントを載せてツイートしていたので、今度のようなことになったのでしょう。
アイツも、それをいちいちチェックして回数まで調べていたとは、小賢しいことです。いわば、防御の構えであったということは、そういうツイートがアイツのところに多く来ているのでしょう。アイツの私への脅しのツイートをRTしたものは、アイツの仲間一件でした。

今後は一応用心のため、アカウント名は載せず、ツイートしましょう。

というより、もうしばき隊など相手にする段階でもなくなったので、あとは、大きな流れにまかせて、ようすを見ることにします。

以前おこなっていたAmebaにしても、このmixiにしても、身贔屓かもしれませんが、どうも保守愛国のほうが、優勢のような感じがしています。
mixiでは再開した直後にそう感じました。
例えば、コミュニティやミクシページにしても、それぞれ加入人数の多寡はあるにせよ、右派のもののほうが、更新の頻度が高いなあ、と思ったのです。

日記なども、首尾一貫した内容のものが多く、ブサヨの日記などは、せいぜい、批判のための批判でしかありません。
ただ、ツイッターについては、コミュなど判断材料がないので、何とも言えません。使いやすいツールであるので、いろいろな利用があり、そのへんは拮抗しているのかなと思います。

ところで、ツイッターをやってると、保守愛国のほうにも、緊張感に欠ける者がいるのがわかって嘆かわしいときもあります。

mixiにしてもツイッターにしても、基本はその人の仕事ではないのだから、マイペースでやってればいいのですが、それでもなお、保守愛国を自認していながら、少し暢気だなあと思うときがあります。

例えば、日教組の加盟率の問題で、今後その勢いを削ぐためにどうしたらよいかということになると、新米教師にはしっかりと自覚しておらうとか、中堅の教師の再認識に期待するとか、で終わってしまう。

それが何の功も奏さないから、制度の改変やその他のアイデアを出していかなくてはならないのだろうと思うのですが、随分と薄味な発想です。

また、最近、全体に希薄になってきた愛国心の養成についても同じことになります。
愛国心の養成は、まず家庭で行なわなければならないから、親たちの自覚を促し自覚をもたせるのが大事だ、と言います。そのとおりです。
ではどうやって、という段になると、特にアイデアはないのです。各家庭のありかたや学校での指導に期待する、となります。

注意深く使わねばならない言葉ではありますが、よい意味の「強制」は、教育の基本に置かれねばならないと考えます。

よく、小学校時代の音楽のおばあさん先生の話を引き合いに出しますが、「さざれ石の」だから「さざれ」と「石の」は、一息で歌うのですよ、切ってはいけませんよ、という教えを、今でも大変ありがたいことと思っているのです。

20代で自分なりに学問や遊びに好き放題をし、30代では仕事のおもしろさにかまけ、仕事として生徒に教えたことはあっても、自ら深く思想的なことに考え及ばなかった自分が、自然と肯定的に愛国の精神に生きるようになったとき、小学校時代のあのおばあさん先生の授業を思い出したのです。

在籍した中学高校とも、朝晩の国旗掲揚降納を行なっていたし、勤務した学校でも同様でした。それは半ば習慣として職務として行なっていたのですが、それらの行為を意味あるものとして明確に自覚したのは、そのあとであり、そのとき思い出したのが、おばあさん先生の授業だったわけです。

あの黒木先生の授業がなければ、思い出そうにも思い出せないわけで、その意味でも、全く何気ない音楽の授業は、とても大事なひとこまであったのです。
これを今、「強制」と呼んでいるので、こうした強制は、教育に付き物であると思います。そして、時と場合により、「強制」はあってしかるべきです。

このときの黒木先生は右翼でもなく、熱烈な愛国者でもなく、全くふつうのおばあさんの先生に過ぎません。あのころは、祭日には、近所でもみな、国旗を掲げていました。それが日常であったのです。

思想的な意味では、「そこへ」日本を取り戻すというのが、今の政権であるので、この点には大いに賛同するわけです。

教師や家庭での自覚に待つ、というのは一理ありますが、今の時代には、どうしてもそれだけでは足りないと思うのです。

残念ながら、制度の改変、法律の改変、という「外形力」から入っていかないと、この乱れた日本は蘇らないところに来てしまっているような気がします。

本来なら、教育基本法の改正などしなくても、おのずから、各家庭で、おじいさん・おばあさんが、その息子や娘を教育し、さらに、その子(孫)にも、よき薫陶を伝授するのが理想でしょうが、それを待つだけでは、どうしようもないことを、保守愛国の為政者も充分わかっているから、ああした改正が必要となり、それを成立させるところまでやったのでしょう。
それだけでも。大変な労力です。

国旗国歌法にしても、あえてそんなことを法律で規定しなくても、みんなが同じ認識なら、不必要だったでしょう。しかし、そう言っていられない世間の情勢というものがあったからこそ、立法せざるを得なくなったのです。
そして、立法化されてよかったと思います。

私の主張する、その国旗国歌法の改正にしても同じことです。
単なる規定法から、罰則までつける運用法にするというアイデアは、確かに、まことに、情けない話ではあります。

しかし、日教組はじめ、訳のわからない連中がめったなことをしないためにも、仮に一時的な立法であっても、今の日本には必要であると思うのです。

しかも、国家の象徴にかかわることは、やはり国法として定めなければなりません。各自治体で条例可決を待つというのも、自治体にはもどかしいことでしょう。国が責任をもって、国旗国歌法を運用法として、きちんと生まれ変わらせるべきです。

日本人は穏やかな感性をもっている民族と言われます。
ただ、ここぞというときに、穏やかさにだけ依存するのでは、敵や反対勢力に、ナメられてしまいます。
自覚に待つ…この文句を聞くたびに、尖閣や竹島で何かあると、そのたびに、毅然とした態度を示す、とだけ言ってほとんど何もしなかった野田前首相を思い出します。

何かアイデアを出しても、それは強制だ、それはよくない、という保守の人間も多いです。では、どうしたらいいと思いますか、と聞くと、ほとんどの場合何も返ってこないです。
ならば、せめて、ここはいいが、ここはこうしたらどうか、という部分的な提案だけでも、ほしいところですね。

安倍政権となり、予算委員会ひとつとっても、だいぶ踏み込んだ質疑がなされるようになりました。
その変化に感動し、ありがたく思い、政権におまかせするのはいいのです。

ところが、民主政権のとき、保守愛国の人間がみな、ものすごい勢いで、ネットを駆使し、口コミを使って、保守政権回帰を願い、さまざまな活動をしたように、いい悪いを別にしても、今は、追い落とされた連中やその支持者、そのまた似非支持者どもが、躍起になって、あちこちで風聞を撒き散らし、政権の足を引っ張ろうと蠢いているのです。

ツイッターの保守愛国の人々に、年がら年中、そうした動きをせよとは言えませんが、何か発信するときは、それこそそうした自覚のもと、自らの考えを提起し、敵を倒すような心積もりをもってほしいと思うのです。

ただ理想を思案するだけなら、サヨクと同じであり、そのまま自己陶酔に終わるでしょう。

2013年4月19日 (金)

過激派のテロを警戒せよ! (2013年4月19日)

あるブログ(2012/05/28)からの一部引用です。

過激な瓦礫焼却反対運動を繰り広げている組織の正体NAZEN
http://nandato.tumblr.com/post/23923298270/nazen(転載▼~▲)
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全国で過激な瓦礫焼却反対運動を繰り広げている組織の正体が分かりました。
NAZENという組織です。
正式名称は、「すべての原発いますぐなくそう!全国会議」(Nonukes Zenkoku Network)。
で、この組織、間違いなく革共同全国委員会(中核派)の関連団体です。
その証拠に、中核派の機関紙【前進】第2537号に「北九州で放射能汚染がれき試験焼却に大反撃、搬入実力阻止したぞ!」という記事がNAZEN福岡・Aの名前で投稿されています(5月22日)。

また、NAZENの呼びかけ人を見ても、そのことは一目瞭然です。
以下は、その名簿。

*赤羽進彦 (精研労組青年部書記長)
秋田明大 (元日大全共闘議長)
阿部宗悦 (女川原発反対同盟)
*石井真一 (動労水戸委員長)
*石田真弓 (東北大学学生自治会書記長)
*市川潤子 (ふくしま合同労働組合委員長)
*壹貫田康博 (被爆者青年同盟・広大生協労働組合委員長)
井野博満 (東京大学名誉教授)
*入江史郎 (スタンダード・ヴァキューム石油自主労働組合委員長)
大石又七 (元第五福竜丸乗組員)
大江厚子 (セイブ・ザ・イラクチルドレン広島代表)
*長田敏之 (動労千葉書記長)
小関恭弘 (置賜百姓交流会)
*織田陽介 (前全学連委員長・東北大学)
鎌仲ひとみ (映画監督)
*北島邦彦 (前杉並区議会議員)
小出五郎 (元NHKプロデューサー)
*国賀祥司 (泉佐野市議会議員)
小林久志 (日逓中野被解雇者、東京西部ユニオン青年部長)
*斉藤郁真 (全学連委員長・法政大学文化連盟委員長)
齋藤裕介 (郵政非正規ユニオン委員長)
坂井留吉 (六カ所村・「核燃から漁場を守る会」)
佐久川政一 (沖縄大学元教授)
佐藤幸子 (子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク世話人)
*三里塚芝山連合空港反対同盟
椎名千恵子(子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク)
下田禮子(反戦被爆者の会、8・6ヒロシマ大行動呼びかけ人)
シンディ・シーハン (アメリカ反戦の母)
*神保美彦 (仙台市職員組合副委員長)
*末光道正 (八尾市議会議員・八尾北医療センター院長・医師)
須賀華呼 (NONAME)
杉井吉彦 (国分寺市・本町クリニック院長・医師)
鈴木光一郎 (酪農家)
*鈴木達夫 (弁護士・元日放労長崎分会委員長)
清野和彦 (元福島県教職員組合委員長)  
高山俊吉 (弁護士)
武内更一 (弁護士)
土井淑平 (人形峠ウラン鉱害裁判・フリーライター)
富田翔子 (アーティスト)
中島健 (被爆2世、8・6ヒロシマ大行動呼びかけ人)
中手聖一 (子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク)
中道雅史 (青森県反戦反核学習会実行委員会)
*中村圭司 (愛媛県職員労働組合副委員長)
*永野佳世子 (東京北部ユニオン書記長)
*西川重則 (とめよう戦争への道!百万人署名運動事務局長)
西村綾子 (前相模原市議会議員・湘北合同労組副委員長)
二本柳実 (三浦半島地区教職員組合)
*橋本光一 (国労郡山工場支部書記長)
花澤俊之 (弁護士)  
葉山岳夫 (弁護士)
福地曠昭 (元沖縄県教組委員長)
藤田城治 (弁護士)
松井英介 (岐阜環境医学研究所長・医師)
松江寛人 (がん総合相談センター所長・医師)
松浦武生 (島根人類愛善会会長、さよなら島根原発ネットワーク)
松元ヒロ (コメディアン)
間山正茂 (青森県八戸・南部バス労組執行委員長)
三角忠 (8・6広島―8・9長崎反戦反核闘争全国統一実行委員会)
皆川学 (元NHKプロデューサー)
宮村みつお (美ら島沖縄大使・琉球アーティスト)
森川文人 (弁護士)
矢ヶ崎克馬 (琉球大学名誉教授)
柳沢裕子 (船橋二和病院医師・千葉勤医労)
山田真 (子どもたちを放射能から守る全国小児科医ネットワーク代表)
山本太郎 (俳優)
吉田義久 (核問題研究情報センター代表、元相模女子大教授)
吉田良順 (高陽病院医師、8・6ヒロシマ大行動呼びかけ人)

*が、中核派の同盟員、もしくはそのシンパと思われる人たち。
動労、広大生協、全学連(法政大学)、前杉並区議、空港反対同盟、東京北部ユニオン、とめよう戦争への道!、国労 etc.
もう中核派関連が目白押しです。
「とめよう戦争への道!百万人署名運動」の時は、辻元清美(衆議院議員)や福島瑞穂(社民党党首)、佐高信(評論家)、左幸子(女優)などを表に出して正体をカモフラージュしていましたが、今回は中核派色まる出しです。
それだけ自信を深めているということでしょう。

それにしても、中核派とそのお友達が中枢を占める組織を「市民団体」と呼ぶメディアはいったい何なのでしょうか?
ほんの少し取材すれば、その正体はすぐに判明するはずです。
おそらく知っていて隠している、そうとしか思えません。
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同じ筆者が、次のタイトルでブログを書いている。

「反原発=左翼総動員」という理解
http://h09.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-7b37.html

(そこより引用)「反原発」デモの主な参加団体 ●社民党 ●9条改憲阻止の会 ●反原発自治体議員・市民連盟 ●緑の党 ●全労連 全労連女性部 ●日本共産党 ●日本ジャーナリスト会議 ●日本マスコミ文化情報労組会議 ●マスコミ関連九条の会連絡会 ●教職員組合 ●全学労連 ●法政大学文化連盟 ●素人の乱 ●東京公務公共一般 ●原水爆禁止日本国民会議 ●福島県教職員組合 ●里塚芝山連合空港反対同盟 ●東京西部ユニオン ●革マル派 ●中核派 ●動労千葉 ●日大全共闘 ●三里塚現地闘争本部 ●アジア共同行動日本連絡会議 ●戦争を許さない市民の会 ●労組交流センター ●JR貨物労組 ●女性会議ヒロシマ ●広島県教職員組合 ●JR貨物労組 ●全学連 ●関西合同労組 ●部落解放同盟全国連合会 ●★北海道高教組 ●関西合同労組 ●JR東労組大宮地本 ●東京東部労組
が主な関係者と言われている。

筆者は、「反原発=左翼総動員」という理解は誤りであって、「反原発にかかわる団体は例外なく裏社会左翼であり、しかも総動員」だという。

ここにいう「左翼」とは、戦前戦後一貫した主張をなす日本共産党とほぼ同義で、「裏社会左翼」というのは、いわゆるカタカナ左翼つまりサヨクであり、何でも反対・無方針の烏合の衆のことである。

ここに昨今では、しばき隊などというのも出てきているわけだが、その名称はともかく、前進社の関係の中枢に組み込まれれば、斥候としての利用価値はあり、テロ実行者としても最前線で働かされるにうってつけであろう。

上の筆者も書いているが、これらは、表向き、反日売国政党やそういう人物とかかわりをもちながら、実はそれらを利用せんとしている。
政治屋は政治屋で、自らの売名のため、国政での実力のなさを補おうとばかりに、「お近づき」になるのである。国会議員が近づいてきて、ありがたいと思うのは、コイツらがもともと卑しい根性をもっているからである。

こういう動き自体が政治的だから、互いに相手を利用しようとするわけだが、仮眠状態にあった中核派は、民主政権になったころから、それまでよりは、逮捕覚悟でいろいろなことをし始めてた。

全くあってはならないことだが、彼らの主張の中心に、反日売国であるという中心的な方針はない。あるのは、もっと別のことである。
表向き似た者同士が手を組めば強いだろうというだけのことである。

民主・社民は、彼らが「勢い」を増してくれるような「演出」をしてくれるのであれば、その限りにおいて、あえて黙認し、反日マスコミとの連絡をスムースにさせることくらいは、お安いご用だったろう。

共産党とは、同じ反保守であっても、路線が全く異なるので、犬猿の仲であった。そこに、中核派の「アイドル」富田翔子などに歌を歌わせて、ここはぜひ自分らを応援してくれと言わんばかりである。

日本共産党は、それはそれなりに、そんなに甘い政党ではない。大真面目にして、おもしろくもおかしくもない政党である。だから人気がないとも言える。いずれにせよ、日共が中核と、簡単に手を結ぶことはありえない。
社民とだって簡単に手を結ばないものが、中核と「仲良く」することはない。

共産党もかつては「殺した」が、今はそれはしない。中核は「殺す」。初めから殺人集団とわかっているものとは、親しくしないに決まっている。
右翼は、敵対者を「殺す」のに、左翼は、仲間割れから、同士を「殺す」。
右翼は「天誅」を下すのに、左翼は、「私刑」なのである。

中核と社民は、同じ穴の貉に違いないが、社民は、自らほとんど死に体となった現在、自暴自棄に陥って、中核を利用することはありうる。
中央では再起は難しいものの、沖縄や一部の県や市では、まだ生き延びる可能性がある。

私もたびたび社民のことを書いてきたのは、この点についてだ。
社民はほとんど、それ自体では再起不能であろう。主義主張もおかしいし、第一、大方の世論が賛同していない。
当分続くであろう保守政権では、野党協力という道しかありえず、それもあまり期待できない。

問題は福島瑞穂個人ではない。あの東大出で弁護士資格をもつ小柄な女性を看板にして目立たせておき、批判も非難もそこに集めさせておきながら、実はおそらく、見えないところで、それ以外の連中がこそこそ画策しているように思われる。瑞穂はもちろんそれらを知ってはいても黙認する。しかしコントロールは及ばないだろう。彼女は実は、頭の悪い女だからだ。

そういうヤツらが利用しようと手をこまねいているのが、極左暴力集団である。自分らの知らしめたいことを知らしめるがために、火炎瓶でも角材でも使ってもらうのだ。菅にしても枝野にしても、そうやって初めは利用されていたのが、うまくのし上がった不良人格である。

保守愛国政権となり今後もそれが続く限り、サヨクどもの一挙手一投足など、たいした問題ではない。
徐々に、さまざまな立法と政策で、追い込んでいけばいいのだ。

ただ、暴力テロは防ぎようがない。公安はまだ、いまひとつ、及び腰の気配がある。ヤクザ集団や新興宗教、大型の詐欺案件などには戦力を割くが、それ以外の思想的案件には、情報はつかんでいるにしても、機動性に欠けている。
公安や警察が現実的にすみやかに行動するのは、具体的に事件が起きてからなのである。
事件が起きたら動きやすい、その事件が起きるのを「待っている」ような気もする。

かつて三菱重工ビルが爆破されたころ、池袋の芳林堂という本屋に言ったら、思想コーナーに「腹腹時計」なんていう本(といっても薄っぺらい冊子)が平積みされていて、びっくりしたことがある。

もちろん、そうした事件が起きれば、彼らは、世間から白い目で見られることはわかっている。しあも監獄行きである。
それでもなお、我慢の限界を超えたら、何かしでかすに違いない。予言者ではないから、はずれればそれまでのことだ。

デモでも力及ばず、ネットでもやり込められ、味方をしてくれたマスコミまでもが自社の利益のためにそっぽを向き始めたとしたら、やることは決まってくる。
刹那主義の連中が、その刹那を引き延ばしたいとしたら、それはヤツら一流の「似非天誅」に頼るしかなくなるだろう。

保守・愛国・右翼の真の敵は、共産主義であり、これがいわゆる左翼として敵に不足ない存在である。日本では、日本共産党である。

「今の日本にサヨクなどいない。在日朝鮮人ヤクザ、住所不定定職ナシの前科者、力を持て余す日雇い人夫、放校学生などの寄せ集めである。これをシンパとして支援し、ギブ&テイクで応援を請う政治屋売国奴がいる。売国奴はヤツらを本当に応援するつもりなどない。バカと鋏は使いようってわけだ。」(自身のツイートより)

右翼は、敵を「殺す」が、左翼は、同士を「殺す」。
右翼は「天誅」を下すのだが、左翼は、「私刑」で同士を殺す。これはサヨクも同じであろうと思う。

2013年4月17日 (水)

慶應義塾・日吉キャンパスの秘密

旧日本海軍の地下壕、宅地造成工事で破壊されていた 横浜(産経新聞) - Y!ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130417-00000557-san-soci
産経新聞 4月17日(水)16時47分配信
(以下、全文転載▼~▲)

  
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横浜市港北区の慶応義塾日吉キャンパス付近に残り、著名な戦跡として知られる旧日本海軍の地下壕の一部が、宅地造成工事で破壊されていたことが16日、分かった。市教育委員会は17日に立ち入りして調べるが、工事自体は止められないという。地下壕の保存に関わる研究者は「貴重な戦跡が壊されて残念。市は保存について真剣に対応してほしかった」と話す。

 研究者らでつくる「日吉台地下壕保存の会」などによると、工事が始まったのは3月下旬。施主は東京都世田谷区の企業で、周辺住民に説明会で示した資料によると8月末頃の完成を目指している。工事は平成16年に市が許可し、周辺住民の反対などで中断していたが、突然再開されたという。市宅地審査課は「文化財としての法的な指定はなく、工事の許可に問題はなかった」と話す。

 破壊されたのは、日吉キャンパスの地下に張り巡らされた地下壕に複数ある入り口の1つ。坑内は高さ約2・4メートルでかつては他の場所とつながっていたが、東海道新幹線の建設時に一部が埋められたため、現在の奥行きは約24メートルとなっている。

 工事関係者によると、重機を用いた入り口付近の工事は今月13日ごろに実施。入り口から約2メートルまでを破壊し、現在はコンクリートの断面がさらけ出された状態で、周辺には破片が散乱している。市教委生涯学習文化財課の石田英昭課長は「戦争史跡として高く評価しており、できれば残したい。しかし、この場所は民有地で工事も合法的なのでやむを得ない」と話す。

 慶応高校教諭で保存の会の大西章会長(61)は「地下壕は戦争の実相を伝える重要な場所。横浜市は工事を許可したことも含め、もう少し文化財の保護について考えてほしい」と話す。また、慶応大の安藤広道教授(考古学)は「戦跡の保存と開発をめぐり、全国で同様の問題が起きつつある」と指摘する。

 同地下壕は、第2次世界大戦末期に建設。連合艦隊司令部など旧日本海軍の中枢が入り、昭和20年には戦艦大和による沖縄特攻の命令が出された。
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大変驚きました。
私の場合は、多少海軍に親近感があるとはいえ、横浜市には、もう少し、史跡・旧跡に対する配慮があるべきものと思います。

今となってはいたしかたないことのようですが、いちばん大事な入口あたりから破壊され始めたようです。

行ってみればわかることですが、東横線日吉駅あたりが、伏せたお椀の底にあたるように、そのへんを中心の台地として、その東西の地下に地下壕が掘られています。
海に近く電波も入り、司令場所として便利で、急斜面だからこそ長大な地下壕ができたようですが、このあたりの中のようすは、一般にはあまり知られていません。
保存の会という有志だけでなく、もっとしっかり市が、いや、国が管理しておくべきだったと思います。

木の生い茂る斜面まで、宅地として開発しなければならなかったのでしょうか。いろいろ事情はあるにしても、戦争の記憶、そして戦争中の事実というものを、極力後世に残すという努力は、怠ってはならないのです。

以下、昨年9月12日のmixi日記を、そのまま転載します。

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暑い中でしたが、日吉と横浜・山下公園などに行ってきました。

連合艦隊司令長官が豊田副武(とよだ・そえむ)になってから、旗艦である軽巡・大淀を下り、陸から指令を出すようになった。選ばれたのが日吉台であった。慶應義塾大学の日吉キャンパスと大学付属の慶應義塾高校があるところだ。
ここからマリアナ沖海戦、レイテ沖海戦、大和特攻を指令した。

このあたりは、東横線日吉駅あたりが周りより高くなっていて、その両側は急激に低い土地になっている、その台地の下に地下壕を張りめぐらし、司令部を丸ごと移したわけだ。

その地下壕のありかは、いろいろなサイトで明らかになっているが、ふだんは立入禁止になっている。その保存の会があって、そこに参加すると、一年に一回ほど解放するので、説明を聞きながら地下を歩くことができるようだ。

今日はその入口の一部の前まで行ってみた。地下壕だから入口は複数あるようで、中に入ると、相当広いらしい。日吉駅反対側の商店街側にもある。扇状に広がる道のうち、いちばん左の大学付属普通部(中学校)への道を行き、普通部の横を歩くと、急に下り坂になる。細い道で車は通れない。そこを下り切ると住宅街になるが、後ろを振り返ると、やはりそこは台地に見える。こちらも藪の中のどこかに、地下壕への入口があるはずだ。今日は発見できなかった。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~a-uchi/haibutu/hai6/hiyosi01.jpg

日吉キャンパスには、銀杏並木のわきに大きなグラウンドがある。このクラウンドからかつて、慶應の学生の学徒出陣も行なわれたそうだ。

ここは大学の運動部が使う。高校生の部活用には、体育館以外では、校舎横にあるコートを使うが、その部室や大学運動部の部室は、高校校舎の後ろに降りていく長い階段のわきや、下りきったところに点在している。そのあたりを通称、蝮谷(まむしだに)という。かつてマムシでも出たんだろうが、今でも階段わきは木や草が生い茂っている。

2008年11月8日(土)に、このグラウンドで、慶應150周年記念式典が執り行われた。出席の申し込みをして、時間前に着席していた。グラウンドいっぱいに折りたたみ椅子が用意されていた。慶應出身の石坂浩二とどこかの局の女性アナウンサーが司会役だった。

開会の儀式の直後、天皇皇后両陛下がお出ましになると聞いて、一同驚いた。案内状にもサイトにも、両陛下御臨席については、何も触れられていなかったからだ。
全員が出席し、静かに両陛の御入場を待った。あちらこちらに手を振られながら、おごそかに両陛下が入場され、着席され、式が続行された。
自分のところから、直線距離で100mもなかったと思う。
出席してよかった。ただし当時はこの白い建物・協生館は途中までしか出来ていなかった。

屋根の上で旗を揚げる役目の学生がいたが、両陛下はそんなところにいる学生にも手を振られていた。この学生が、司会を除く一般のなかでは、最も至近距離で、両陛下のご尊顔にまみえたはずで、一生の思い出になっただろう。

一私立大学には違いないのだが、皇室と慶應は多少のかかわりがある。慶應の大きな節目に当たる儀式には、昭和天皇の時代から、御臨席を賜っているようだ。

白亜の高校校舎のわきにも、建立当時の皇紀の数字が刻まれている。
昭和9年に完成したようで、西暦1934年・皇紀2594年なので、レリーフの両側に、1934・2594の数字が見える。

この慶應の台地の地下壕には、今でも連合艦隊司令部の通路が残ったままである。このグランウドからも、慶應の学生が学徒出陣した。特攻に出た学生もいた。

戦争の記憶を風化させてはいけないというが、こうした土地に立ってみると、若い学生がきらきらとした笑顔で行き交い、グラウンドでは陸上部が練習していても、風化どころではなく、ごく自然に、あたかもきのうのことのように、いろいろなことが想起される。戦争に行っていなくとも、いろいろなことが想像される。

自分でさえ、地下壕の話を知ったのは、だいぶ後になってからだ。
せめて慶應で学ぶ学生は、こんなことがあったくらいは知っていてほしいと思う。

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※その他のフォトはアルバムに入れました。
慶應・日吉~横浜・山手
http://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000071983538&owner_id=48430274

日吉台地下壕保存の会
http://hiyoshidai-chikagou.net/

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2013年4月16日 (火)

恩師の妻による宗教勧誘 (2013年4月16日)

高校時代の恩師は非常勤講師で、古文の先生であった。
勉強以外にも、ものの考え方や見知らぬ世界があることを知らされた。

非常によい先生で、ご自身の父君も国文学者であり、ご自宅に何度も遊びにうかがったこともあった。

大学生になっても、付き合いは続いていた。
たくさんの古い蔵書があり、古い紙の匂いのなかで、勉強以外のことまで、いろいろと話をするのが好きであった。よき薫陶も受けた。

先生は独身であったが、親に進められる形で、39歳のときに成婚された。
この先生にふさわしく、地味な方で、理系の人で、とある都内の大学で、害虫の駆除などを研究する防疫学の先生もしていた。
結婚する前に、外で食事をしたときに、先生が言うには、今度嫁さんになる人は、病気をしたことがあって子宮がないのだ、と。

いくら親しい先生でも、そんなことまで知らせてくれるとは、思いのほかだった。すなわち、子供は望めないということかと、それくらいまでしか想像できなかった。

ご夫婦になっても、わりと図々しくご自宅にお邪魔していたが、あるとき、奥さんが、今度いらしたら、神様の話をしなくちゃね、と言われた。

その次にうかがったとき、横浜の蒔田(まいた)に、ある宗教施設があり、そこに行くと神様に直接会える、と言った。
日を決めて、当日誘われるままに、お二人に付いて行った。

当時、神がどうのということに、ほとんど関心もなく、いろいろと頭に知識が積み込まれていることでもあり、今から思えば、よくも悪くも、現実的な場としての宗教というものに、頓着がなかった。

その宗教法人とは、大山ねずの命神示教会(おおやまねずのみことしんじきょうかい、「ねず」は「祇」に似た文字で「氏」の横棒がない字)というもので、いま調べても、まだ本部は蒔田にあるようだ。
奥さんが、神示と書いてシンジと読むのよ、と言ったことまで覚えている。

いまHPで見ると、この教会の使命は、「ひと言で言えば、幸福を手にするための生き方を学ぶ幸福学校です。この教会は、人間に命を授けてくださったという神が、一人ひとりの幸福を願ってつくられました。毎日の心の在り方から人生の仕組みに至るまで学ぶことができる生涯教育の場です。」とある。

建物に入ると、奥さんの知り合いのような婦人が出てきて案内され、三人は大広間のようなところに通された。

そこで見た光景には驚いた。
ほとんどが女性であったが、日曜日ということもあってか、爺さんから子供まで、多種多様な人々がいて、みんな床に正座し、お祈りしているのだ。
建物に入るころから気付いていたのだが、みなさん胸には、教会のバッジをつけている。

正面には、淡い色のカーテンがあり、その向こうに何かが透けて見える。等身大の物体であったが、記憶にない。おそらく、仏教でいうならご本尊だろう。
みんなは、正座したままそれを見つめると、前にそろえた両手に頭をぬかずき、それを繰り返している。無言で行なわれているため、一種異様な雰囲気だ。
見よう見真似でやっていたが、この行いに何の意味があるのかわからず、心のなかでは、半ばバカにしていた。

やがて、そこに、先ほどの案内役の婦人が現れ、ある部屋に通された。せっかくの○○さん(恩師の奥さん)の紹介だから、今日は特別に、すぐ姫様に会ってもらいましょう、と言って、自分だけ、さらに奥の部屋に通された。

ウイキペディアを見てようやくわかったのだが、その人が奥さんの言う「神様」(女性)であったわけで、いかにもといった感じのいでたちの人であった。あまりよく覚えてないが、そのままステージに立つ民族衣装をまとったダンサーみたいであった。

今、お幸せですか?…などと言った問答を繰り返していくうち、こちらが乗り気でないのがわかったと見え、外に出て行って、しばらくして戻ってきた。

挨拶して部屋を出ると、恩師夫婦の脇に、きれいにしているがこれもキンキラキンの格好の年配の婦人が立っていた。しかし、ひと目で見抜いたのだが、こちらはさきほどの「神様」より品がない。

恩師の奥さんが言うには、こちらは、「神様」の母上であり、この教会をはじめた方だと言う。その「先生」が、直接お相手してくれるなんて、めったにないことなのよ、ということだ。

その老婦人はだみ声で、向こうにいきましょう、と言って、また別の部屋に案内された。

もはや、その段階までに、すっかり愛想を尽かしていたので、その「先生」との問答は、故意にふまじめにおこなってしまった。

出てきてその「先生」は、恩師の奥さんに、この人はうちには向いてないわ、と言っていたのが聞こえた。
それでけっこう、と思った。

数日後、恩師に電話し、あの教会には籍を置く気はないこと、いまのところああした信仰には関心がないこと、先生に託した2万円を返していただきたいこと、を伝えた。

再度、ご自宅にお邪魔することにした。これが最後かも知れないと思いながら。
金を受け取り、いつものように、恩師と食事した。奥さんは先だってのことがあるせいか、食事を提供したら、奥へ引っ込んでしまった。

先生との会話は楽しかった。どうしても聞きたいことがあり、聞いてしまった。
先生は、どうしてあんな信仰に入ったのですか、キリスト教なり大きな神社なりがあるではないですか、本屋で立ち読みしたら、新興宗教をいくつか解説してある本があって、不動産売買で不明朗な一件があったそうですよ、など。

その本に、オウム真理教が、まだ新興宗教として紹介されていたころである。
先生からは、はっきりとした答えはなかった。妻が前から入っているから、自分も入っただけだ、と言われていた。

あの尊敬する先生が、結婚したとたん、あのようなワケのわからない信仰に染まっていってしまったのか、と思うと、残念で悔しかった。

いつものように、今日もごちそうさまでした、またおうかがいします、と言って、ご夫婦に見送られて恩師宅を後にした。

これがまだキリスト教への帰依なり、他の神社への祈祷なら、許せたのかもしれない。本当に残念に思った。
その後、何度か賀状を交換したくらいで、次第に交流もなくなってしまった。

あの床にひざまずき、ぬかずいてお祈りをしていた人々は、先生の奥様や先生と「同類」であり「仲間」なのである。
教会のパンフレットなど熟読したものの、どう見ても、あの女性や、先生と呼ばれていたその母親も、神様などには見えない。
衣装を剥いだら、そのへんのおばさんといっしょである。

新興宗教については、その後オウムが代名詞のようになり、注目を浴びていくのだが、まことに摩訶不思議な世界があったものだ。
少なくとも、あの会場に来て祈祷を捧げていた人たちは、初めは当然勧誘から入ったのだろうし、親族に信者がいれば恩師のようになし崩し的に入会していったのだろう。

神にすがるという気持ちは否定しない。
例えば、先生に祈ってもらい、ご本尊に祈りを捧げたら、ひざの痛みがとれた、と信じるなら、それを根拠に、その神様を崇拝し、金員を納めたところで、不思議はないのだ。

しかし、当時、健康であり、アルバイトや研究で忙しかった身としては、新たに信仰の場にすがる気持ちも関心もなかった。

若いころは、曲がりなりにも、何か信奉する主義主張にあこがれる。そういうものがないというのは、自ら異邦人のようできまりが悪いという心理がある。
それにしても、この宗教には、初めからからだに拒否反応があった。自分の感覚は正しかったと思う。

★もうひとつの勧誘

学生時代、信越本線で、親類のいる新潟県高田(いまの上越市)に向かっていた。二人用の席で、進行方向に向かって左側のシートで、窓際に座っていた。
上野を出るときから隣には、婆さんが一人、乗っていた。
どこらへんか忘れたが、お兄さん、コレ(飴玉)どうぞ、と言うので、初めは断ったのだが、しつこいので、礼を言って、ひとつだけもらった。

何分か経って、コレ読んでみない?と手渡されたのは聖教新聞であった。宗教はなぜか関心もなく、自分は読み終わったからあげるという感じでもあり、丁重に断った。
それでも、新聞をこちらに押し付けて、もし関心があれば、そこに電話して取ったら(購読したら)いいですよ、と言って途中で降りて行った。

宗教勧誘とは、実に「日常的」にして「熱心」なものだと学んだ。
だから今でも、若者が、ワケのわからぬものに、不用意に参加することを戒めたいのである。
意図的にそうしたものを知ろうと、「敵情視察」ということならいいだろう。それはどこにでもある。
しかし、無知蒙昧につけ込んで、何も知らない「素人」を引きずり込むというのは、いかがなのものかと思うのだ。

2013年4月12日 (金)

「自衛隊をウォッチする市民の会」の実態 (平成25年4月12日)

※平成26年7月21日現在の住所 ⇒ 〒170-0005 東京都豊島区南大塚3-48-5

自衛隊をウォッチする市民の会
略称「ウォッチの会」。自衛隊との明日を考える。
http://competo.vis.ne.jp/rsj/index.html

連絡先〒170-0005
豊島区南大塚1-60-20-903
※電話もFAXもないようです。しかし、

自衛隊をウォッチする市民の会
〒170-0005
豊島区南大塚1-60-20
天翔大塚駅前ビル903
東京平和委員会気付
TEL:03-5940-6088
FAX:03-5940-6087

となっており、この東京平和委員会というものの下にあるということでしょう。実際は、このへやに有象無象が同居していて、こういう名称を乱発しているだけです。弁護士がからんでいるから、とにかくカネがかからないよう、税金がつかないよう、合法的なぎりぎりの範囲でやっているのでしょう。
それにしても、いずれも安っぽい名称です。

東京平和委員会
http://competo.vis.ne.jp/tohei/
〒170-0005
豊島区南大塚1-60-20
天翔大塚駅前ビル903
TEL:03-5940-6088
FAX:03-5940-6087

※全く同じ住所ですね。

大家:天翔OFFICE 大塚(S-903)
http://www.offit.jp/room_details_142.html?PHPSESSID=e71c34dedd978b7a35aadac0bf3622ef
オフィス名 天翔OFFICE 大塚(S-903)
管理会社名 創進ビルディング株式会社
住所 東京都豊島区南大塚1-60-20
利用可能人数 1人
賃料 26,000円
管理費・共益費 7,000円
礼金(入館料) 50,000円
敷金(保証金) 0円
電話番号 03-5319-4211 FAX番号 --
路線・最寄駅・アクセス 山手線 / 大塚駅 / 徒歩2分

資料では、S-903は、広さ:1.95m2、人数の目安:1人、賃料26,000円、共益費7,000円、月額33,000円、現在の利用状況:利用中、で合致します。

定員一人のところに、あるいは大家もグルになって、複数人いるオフィスとして貸しているのでしょう。大家も借りてくれるなら目をつぶるといったところでしょう。

※同じ住所に、
安保破棄東京実行委員会
東京都豊島区南大塚1丁目60-20
03-5940-2703

同じビルの他の階には、こんなものまで入っていますが、部屋番号はわかりません。1階には料理屋と、パチンコ景品交換所があります。

※最近の動き

第3回例会について
●テーマ
『そうだったのか!自衛隊とテレビ』
●内 容
① ドキュメンタリー『練馬駐屯地へ行ってみた~自衛隊はフレンドリー?~』の視聴(約20分)
(制作)武蔵大学社会実践プロジェクト(同大社会学部メディア社会学科),練馬・文化の会
(受賞)“「地方の時代」映像祭2012”の市民・学生・自治体部門 入選
② 加藤久晴さんの講演(約1時間)
(講師略歴)
 早稲田大学文学部卒業後,日本テレビディレクター,東海大学教授を経て,メディア総合研究所研究員。『原発テレビの荒野』(大月書店)ほか著書多数。
●日 時
2013年4月10日(水)午後7時~9時
※大月書店は共産系出版社

※「ウォッチの会」規約より抜粋
第4条 (所在地)当会の事務所は、東京平和委員会内に置く。
(東京都豊島区南大塚1丁目60-20天翔大塚駅前ビル903東京平和委員会)
第5条 (当会の会員、入会)1 当会の会員は、その政治信条,居住地,国籍を問わず,前文及び第2条の目的を承認する個人又は団体により構成される。
2 当会に入会しようとする者は、当会に入会を申し込むことによって会員となる。

※平和委員会の目的と活動より抜粋
<3人集まれば平和委員会がつくれます>
 平和委員会は個人会員で構成する組織です。3名の会員が集まれば、平和委員会をつくれます。職場や地域、学校またはサークル、友達どうしで平和を願う仲間を3人集めて、平和委員会をつくりましょう!
 そして、みんなの要求やアイデアをだしあって楽しく活動しましょう!

JR山手線・大塚駅からすぐ。こんなところに、またサヨクビルができるんでしょうかね。共産党が手引きしていますね。

情報がわかり次第、追加していきます。

※グーグルマップによると、1Fセブンイレブンの向かって左側に出入り口があります。
この住所の主なお店やサービス:
shisuideux‎
(株)スカラベスタジオ‎
セブンイレブン・豊島南大塚1丁目店‎
あらまさ‎
株式会社ピーツーティー‎
日中言語文化学院‎
全日本年金者組合中央本部‎ ★
東京平和委員会‎
国際クリスチャンセンター‎ ★
(株)帝国コンサルタント‎
(株)雙設備研究所‎
ヒューマンリレーションネットワーク株式会社‎ ★
安保破棄東京実行委員会‎
(有)シンプルタスク‎
(株)経営コンサルタント協会‎
(株)リック‎
総合探偵社ファーストリサーチ‎
(株)エクシブソリューション‎
(株)サキンド‎

何だか胡散臭いのもありますね。特に★をつけたようなもの。
ほとんど、この事務所自体に、実態はないのでしょう。

居所がないと、何かと困りますから。会社でいうペーパーカンパニーですね。          

サヨクのしそうなことです。

デモ宣伝用のビラには、主催:日本平和大会実行委員会、問い合わせ先:日本平和大会東京実行委員会、とあるが、住所・へや番号。電話・FAX番号は、上記と同じです。

2013年4月11日 (木)

殺しのイメージ

《殺人は、してはいけないことであるし、人としてありえないことだから、殺人罪を設けるのはやめよう。殺人罪なるものは、人間不信から生じたもので、そういう罪名はあってはならない。互いに人間を信じていれば、人殺しなどありえないはずだ。》

これはいわゆるブサヨの発想だ。

かつて南米のある国の田舎の刑務所で、所長の指示で、囚人らにも民主的生活を教え込み、スムーズな社会復帰へとつなげるために、看守から鉄塔の監視役まで、すべての役割を囚人の自主性にまかせたことがあるという。
そして、所長ら職員は、ひとり残らず、みな帰宅した。
囚人の社会復帰に期待して、一日だけその「枠」を取り払ったわけだ。

その翌日、職員らが刑務所に行ってみると、中は全くのがらんどうになっていた。囚人たちは実に民主的にそれぞれの役割を全うしたかと思いきや、刑務所のなかはからっぽで、みんな逃走してしまったのだった。

法律をなくせば、かえってそんな犯罪は起こらないだろう、というのは、単なる寝言なのだ。
相手を信じていれば、今のままでも何も起きない、という発想も同じである。

この世に、殺人罪がなければ、そこらじゅう死体が転がっているだろう。
9条改正にしても死刑制度についての議論も同じだ。

人間は、人を愛せもするが、殺せもする。愛のなかには、行為に出ない、だけで、愛を秘めていることがある。そういう愛は世間にざらにある。
殺しも、行為に出ない、だけで、想像するのは自由だ。でないと、そもそも小説も脚本も書けない。愛とて、抑制がはたらいていながらにしての愛ということがあるように、殺しとなれば、さらに抑制が効いているのが、常人の生活である。

それでも、もし百人に聞いて、殺しを思ったことは一度もない、という人はほとんどいないだろう。それほどに殺し自体は、日常的にわれわれの生活とともにある。治安の行き届いているほうの日本でも、毎日どこかで人が殺されている。

人でなければ、よく殺している。ゴキブリは、発見し次第、即殺す人は多いだろう。ヤブっ蚊が飛んでくれば、パチンと両手で打つ。
どの辺まで自分だけの意志で殺すか、その程度は、人間の発達状況に平行して学習してきたものだ。世には、家畜の屠殺を業としている人もいるわけで、人間以外の殺しといえども、すべて同じに見ることはできない。

人間は、武器を手にすると、それを使いたくなる。
刀を持てば、何かを切ってみたくなる。拳銃を手にすれば、何かを撃ってみたくなる。
手や腕が本能で動きやすいように、その延長にある武器も同じことだ。

われわれの生活は、ほとんど道具との共存だ。
ペンから電話、机、椅子、傘や自動車にいたるまで、すべて、道具である。それらは、人間の生活に役立つものとして発明され、普及してきた。道具にかかわらない生活は考えられない。

殺しの道具とされるものは、実は、ここに列挙した道具、つまり、日常生活に馴染んでいるものばかりである。包丁や鈍器ばかりではない。今書いたような、ペン、電話、椅子、傘、自動車といった、その辺にあるもので、用は足りる。氷塊を砕いた破片でも可能だ。

しかし、道具のなかでも、武器ということになれば、日常の品物ではない。
特別な仕事の人が、持つことを許される。殺傷能力があるからには、使用について厳しい条件がつけられている。

武器は殺しのために作られたものだ。防御手段というのは、その使い方のことであって、武器そのものは、殺しを目的にしているといっていい。
ライフルも火砲も戦車も、基本的には人を殺すための道具であるが、特殊な任務の人間以外には馴染みが少ない。
唯一、日本刀なら、映画や展示会を通じ、まだ親しみをもてる。

戦前、米国政府が、敵国を知れ、ということで、日本についてのさまざまな情報を集めた。そのなかには、社会学者ルース・ベネディクトの資料もあった。彼女の日本研究書『菊と刀』は、今でも文庫本で読める。

日本に一度も来たことがないベネディクトが、よく調べたものだと思う。ベネディクトには叱られそうだが、ジェリー・ゴールドスミスが『トラ・トラ・トラ!』のあの和風交響曲とでもいえるメインテーマを、日本の雅楽の研究から作曲したのにも似ている。

武士に象徴されるように、日本人は、腰に刀をつけたまま、菊を愛でるといいのが、タイトルの意味だ。菊はまた、皇室の象徴でもある。
草花を愛でる慈しみの心をもちながら、敵あらば、常に刀を抜けるように用意しておく。ここに日本人の気質がみられる。

現在では、日本刀は許可なく所持できない。所持するとしても、かなり高価な代物となってしまった。
しかし、日本刀は日本古来の武器である。常日頃、あたかも帯刀しているがごとくの心構えを失ってはいけないのだろう。いざここぞと思うときには、思い切って抜くという精神が、日本人精神なのだろう。

抜刀は、人を斬るために刀を抜くことだ。手入れを除けば、遊び半分で抜いてはならないという。
この刀で斬ることこそ、日本人の殺しのイメージに合致していると思う。つまり、日本精神で斬ることを意味しているからにほかならない。
ここへきて、殺す、というより、斬る、という言葉のほうがふさわしくなる。

こういう刀で斬られるなら、斬られるほうも本望なのではないか。

2013年4月 8日 (月)

物騒な話~人はどれくらいで死に至るか

物理学では、物が壊れるときには、外側からの作用か内側からの作用かの二つしかないと言われる。
人間のカラダも同じだ。

だいぶ以前、『自殺マニュアル』という本がベストセラーになった。自殺の統計などは他でもあるが、自殺のしかたを解説してある本で、当時ベストセラーになるとともに物議を醸した。しかし続編まで出た。

それによると、日本で最も多い自殺方法は、首つりである。次いで飛び降りだ。首の断面図まで入れて詳細に書いてあった。こんな本を読まずとも、死を思いつめた人間は、おのずから確実にこの方法にたどりつく。

死体の状況が、他の方法よりきれいで、何より確実に、短時間で死ねる。それでも最低10~20分はその状態が保たれないと、致死とならない。

法学部時代に、選択講義で、医学部の法医学の授業をとることができた。仲間と選択し、その日は四谷の慶応病院の奥の教室まで通っていた。
法医学の先生といっても医師に変わりない。昨今は死因不明の死体も多く、法医学の先生が足りないそうである。同じ医師の資格をもちながら、毎日死体を解剖する仕事には、さすがに志願する数が少ないらしい。

授業のほとんどは、死体のスライド写真を見ながら、先生が解説をする。
古くからの資料もあり、白黒写真とカラーのものとがあった。プライバシーに配慮して、顔の写るものは、目の部分に黒い枠がほどこしてあった。

たしかに、縊死(いし)、つまり首つり死体は、他の死体よりはきれいだ。紫がかった色に変色はしているが、こすった跡はあるが外傷がないだけマシである。刑事もので、首つり死体の首の部分がアップにされるが、ほとんどあのとおりだ。ただ、そうは言っても死体には違いなく、薄汚い印象はぬぐえない。

交通事故で全身打撲した死体もきれいであった。そのかわり、頭の中がミキサーでできたジュースのようになっているらしい。一瞬にして、ものすごい衝撃に見舞われるのだ。

そこへいくと、轢死(れきし)体、焼身による死体は無残だし、長年経過して発見された遺体は、蛆がうじゃうじゃ湧いている。

映画などで自殺のシーンは多い。外国映画だと拳銃自殺は定番だ。
よくこめかみに銃口をあてがって引きがねを引くが、必ずしも即死にはならない。頭蓋骨の上から撃つからだ。もちろん助かっても植物人間だろうが、100%致死になるとは限らない。

頭部を打ち抜くのであれば、口にくわえ、やや上向きにして、延髄と小脳を破壊すると、ほとんど即死する。銃弾の入るところには頭蓋骨がなく、血管も集中しているからだ。

失血死は時間がかかる。手首の動脈を切っても、相当程度そのままでないと死に至らない。逆に、カラダの中心部分なら話は別で、血管も太くなり、血液が大量かつ迅速に循環している。

脳の毛細血管が閉塞して脳溢血になった場合、その血管部分を拡張させるために、微小なコイル状のバネのようなものを入れて、血管を広げる。その手術も、かつては頭蓋骨を開けてやっていたらしいが、最近は、全身麻酔して、鼠蹊(そけい)部、つまり太ももの付け根の血管から装置を入れ、脳のその部分までコイルを運ぶという。胴体を通過するわけだ。
医学の進歩に驚くと同時に、人間のカラダは、中心にいくほど血管は太いという実例だろう。昔、生物室にあった人体模型のマネキンを思い出す。赤が動脈で青は静脈だった。

ところで、他人を殺そうとするとき、日本では、拳銃は容易に手に入らないから、刺して殺すことになり、刺すとすれば刃物となる。
山口二矢が浅沼稲次郎を刺したときの刃物は、実は家にあった銃剣で、刃渡り50cm弱であった。二矢の供述調書によれば、最初に刺して抜いたとき、刃の先10cmほどに血がついていたが、これではとても殺せなかったと思ったらしい。しかし浅沼は、ほとんど30分以内には絶命していた。(http://www.youtube.com/watch?v=b7X6MsqzcVU&feature=related

浅沼の左の胸ポケットにはメモなどが入っていたというが、そこではなく横から、しかも、ちょうど肋骨を裂けるように、内臓を直撃できたからだ。二矢はそこまで考えていなかっただろうが、相手は体格も大きく自分は小柄だったので、全身でぶつかっていったという。
豚肉だって、そう簡単に突き通せない。刃物は対象に垂直にして、勢いをつければ、確実に奥深くに貫通する。

映像でみるかぎり、二矢は刃物を回転させていない。そんなヒマはなく無我夢中たったのだろう。より出血を多くするには、刃を回転させる。回転といってもグルリと回転はできない。肉のなかだから横に回すくらいだ。
ヤクザが狙いを定めて相手をヤルときは、刃物を回転させる。それだけ刃が内臓、ということは血管を切断する面を多くできるからだ。垂直には刺すが、そのまま刺すのでなく、回しながらねじ込むようにして、力任せに刺す。あるいは、刺したあと回転させる。

人間のカラダの血液量は、体重の13分の1~12分の1とされ、そのうち2割が流出すると失血の症状がみられ、4~5割の出血で死ぬという。血液は液体だから、2割が4割になるのはあっという間だ。動脈ならなおさらだ。

体重65kgの人なら血液量はおよそ5kgだから、そのうちの1kgの出血で瀕死の状態になり、2kgの出血で死ぬ。すぐさま血液が補充されれば話は別だが、自殺や自害はそういう手段がないときとところが選ばれるから、時間によるがだいたい絶命する。
一般に止血といっても、腕や脚なら、その根元を強く抑えて引力に逆らえば少しはもつだろうが、体幹では無理な話だ。

失血によらないのであれば、人間のカラダは、よほどの衝撃に合わなければ死なないし、失血で死ぬというなら、よほどの覚悟が必要ということになる。失血死は多少とも時間がかかる。腹を5cm垂直に刺しただけでは、痛みを伴うと同時に、致死にいたるまで時間がかかる。おそらくそこで、介錯という手段も出てきたのだろう。

割腹自決は、へそのやや下を、刃を横にかまえ、左から右へと一直線に裂き、また中央に戻して、刃を上向きにし、上に少し切り裂くのが模範らしいが、横へ裂くだけでも大変なことだ。

やはり飛び降りが手っ取り早いということになるのだろう。それも確実とは言えない。脚から落ちたり、全身打撲で済んでしまうこともある。頭は重いが引力もあるので、立ったまま落下した場合、落ちる最中に頭が下になるには、40~50mくらいの距離が必要だ。
頭から落ちればいいというが、ほとんど真下に落ちなくてはならず、そういったところには、ひさしや樹木があるから、どうしても身を踊らせるということになる。

日本の高層ビルの場合、階同士の床の間隔はほぼ3mちょっとだから、少なくとも14~15階以上のところから飛び降りなければ致死とならない。下に何もなければ、頭蓋骨、つまり脳全体の破壊で即死するだろう。この死体はとても見られたものではない。

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2013年4月 6日 (土)

『靖国』より今月の社頭掲示

  

       遺   言

                                         陸軍中尉  長崎 太郎 命

                                                         昭和二十年四月十六日
                                                         ニューギニア、パンガンにて戦死
                                                         福岡県宗像郡福間町出身
                                                         二十五歳

御両親様。太郎ハ、オ先ニ逝キマス。
二十三才ノ今日マデノ御恩情ニ、ムクユルコトナク不孝之罪、御赦シ下サイ。

御両親様ニハ、入営ヨリ御覚悟ノコトト思ヒマス。

太郎ハ、父上ノ子デモナケレバ、母上ノ子デモアリマセン。
御天子様ノ赤子デス。太郎ハ、二十一才ニテ長崎家ト別離シマシタ。

家ニハ正ガ居マス。弟達ガヰマス。長崎家ノ将来ハ万々歳デス。
ミツエモ、母上ヲオ助ケ申シテクレ。

妹弟ノ者ニモ兄トシテ、何ニ一ツシテヤルコトモナク、済マナカッタ。
之カラ兄ノ分マデ、皆デ仲良ク御両親様ニ孝行タノムヨ。
病気スルンヂャナイゾ。仲良クナ。

申シ上ゲルコトモアリマセン。
長崎家之万福ヲ祈リマス。

             昭和拾八年一月五日

                                               

                                                                                           長崎 太郎

長崎家御先祖様
長崎 武雄 様
長崎 タツノ様
長崎 ミツエ殿
長崎  正 殿
長崎 哲也 殿
長崎 俊之 殿
長崎 正幸 殿

2013年4月 5日 (金)

二元論で捉えられがちな「公-私」の関係

以下は、今年3月25日付『神社新報』(新聞)「杜に想ふ」からの転載である(▼▼~▲▲)。

▼▼
     「滅私奉公」            坂上也寸志

「教育再生実行会議」の会合で、いじめ問題の根本的解決策として道徳を正規の教科とすることで意見が一致し、首相への提言に盛り込まれる見通しになったという。
 道徳を教科化したところで、どうせ現場のトンデモ教師に骨抜きにされてしまうのだから期待はできないといった声も聞かれるが、ただ手を拱(こまね)いて見ているだけでは何らの進展も望めない。となれば、教科にすることでしっかりと授業時数を確保して、組織的かつ体系的に徳育の実効性を高めていくよりほかにない。
 原則週一時間の必修とされている「道徳の時間」は昭和三十三年に復活したが、当時は日教組などが「軍国主義を助長した修身を復活させてはならない」といった理由で反対して、正式な教科にならなかったらしい。そんな経緯を考えると、道徳の教科化が現実味を帯びるや、またぞろ「侵略戦争を支えた戦前型の教育にもどることは許されない」とか、「滅私奉公の装置として存在してきた教育勅語を復活させて愛国心や復古的価値観を国民に植え付けようとする政治的な企みだ」などといった反対論が噴き出してくるに違いない。戦後六十八年が経過して日本社会も世界情勢も激変しているのに、今なお、こうした批判を繰り返す集団は妄信的で、国民の目には狂信的にさえ映るだろう。
 ところで、「滅私奉公」という言葉にいささか懐疑的である私は、この言葉をあえて使おうとする人間に出くわすと、何か特定の意図があるのか、それとも何も考えずにただ観念的に使っているのか、つい疑ってしまうのである。というのも、教育勅語に示されているのは「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ」る精神であり、戦陣訓でさえ「死生を貫くものは崇高なる献身奉公の精神なり」と述べているに過ぎないからである。
 おそらく戦前の一時期、「義勇公ニ奉ジ」や「崇高なる献身奉公」が使われたであろうことは容易に想像されるのだが、だからと言って教育勅語や戦陣訓が「滅私奉公」の装置として作られたというのは飛躍した論理である。ましてそこに示された精神は、「私欲・私情を捨てなければ国家社会のために力を尽くせない」といった粗雑な「公-私」の二元論に立つものでもないはずだ。
 終戦六十年にあたって小泉首相が表明した内閣総理大臣談話の中に「心ならずも命を落とされた方々」という表現があった。それに違和感を抱いた人がいたのは、「そうする気はないのだが仕方なく」戦争に行ったのではない、愛する家族を守るために自ら進んで戦争に行ったのだという揺るぎない自負心があってのことだろう。「公-私」を対立的な二元論で捉えることがなくなれば、私情から発せられる奉公も見えてくるのだと思う。
  ▲▲

趣旨はこのとおり。

滅私奉公とは、私(ワタクシ)を滅して、公に奉仕することである。教育勅語や戦陣訓では、奉公や献身を説くのに、いかにも滅私奉公という考えが利用されたが、そのままずばり、滅私奉公という言葉に置き換えるのは行き過ぎである。
それらに書かれた奉公や献身は、私欲私情を捨てなければ国家のために尽くせないとする二元論から生まれたものではなく、むしろ、「私」から発露して「公」に至る精神であるはずだ。

有賀喜左衛門(あるが きざえもん)という農村社会学の先生のレクチャーを聞いたことがった。その直後、有賀氏は逝去したのだが、日本の社会の階梯は、基本的に皇室にその起源を見出すことができ、その一例が「公私」の別だという。
皇室は、折り重なる「公私」の「公」のうち、最たるものであり絶対的なものだ。

例えば、喫茶店でコーヒーを頼んだ人は、店という場(公)からすれば客であるが、客にとっては自分の席は私的な空間である。
ところが、そこに、取引先の人間が現れて商談が始まれば、その場は「公」の空間に様変わりする。
コーヒーを運んだ店員は、厨房に戻れば、仲間と雑談をしている。

そういう相対的で膨大な公私の束の最高位に位置するものが、皇室だというわけだ。

上の筆者は、滅私して奉公するのではなく、私的なところから、おのずと奉公に進むのがよい、とする。
つまり、サヨクどもが、道徳の授業と聞いたとたん、滅私奉公の世界を押し付ける教育が始まる、公教育を使って子供の自由を束縛し私を滅せさせようとしている、私的自由や私的権利を放棄せよと言うのか、…などと短絡して騒ぎ出すことに、注意を喚起しているのだ。

二元論というのは、ものごとの説明にはわかりやすいのだが、それが長所でもあり短所にもなる。定規には真ん中や値の大小があっても、精神にはそれらはない。
内なるものから湧き出る私的感情が、エネルギーとして、公に奉られる方向に向かうというのが、奉公ということの理想的なありかたなのだろう。

これはまさしく、唯心論に近くなる。

朝鮮学校への防犯ブザー配布とりやめ、町田市

朝鮮学校への配布とりやめ 防犯ブザー、町田市
http://www.47news.jp/CN/201304/CN2013040401002358.html(▼~▲)

  ▼
東京都町田市の教育委員会が、市内の学校に通う小学生に配布してきた防犯ブザーを、北朝鮮情勢などを理由に2013年度は朝鮮学校の児童への配布をやめる決定をしていたことが4日、市教委などへの取材で分かった。

 町田市内の朝鮮学校は西東京朝鮮第二幼初級学校だけで、同校には韓国籍の児童も通っているという。李政愛校長は「全く理不尽で、行政挙げてのいじめだ」と話している。

 市教委によると、防犯ブザー配布は04年度から始めた。市立小に通う1年生には無条件で、一部の私立小と朝鮮学校には希望があった場合に配布してきた
  ▲

いつまでも、あなたがたの言うなりにはなりませんよ、という意思表示の一環であると思う。自治体からもこういう姿勢を打ち出すことは適切であろう。

町田市といえば、小学校以来、いままでの生涯の大部分を過ごしてきた街だ。
私のいたところは、高ヶ坂(こうがさか)といって、版画美術館から坂を上っていったところだ。

国鉄横浜線の原町田駅は地名からとっていて、歴史的に後からできた小田急線の駅は、新原町田駅と呼んできた。その後、両駅を接近させる大工事が行なわれ、両駅とも町田駅となった。

その駅から、相模大野よりに歩いていくとすぐ、境川という細い川があり、それを渡ると、神奈川県相模原市上鶴間になる。県境の川だから境川だ。

JR横浜線と小田急線はほぼ十文字に交わっているが、その南東あたりは、原町田一丁目である。
この、横浜線と境川の間にある原町田一丁目は、それ以外の地域の人たちから、あるニュアンスをもって、当時「一丁目」「川向こう」と呼ばれていた。

小学生のころは、母親から、一丁目のほうには行くな、と言われていた。理由はよくわからなかった。小学校は家に近いほうで、一丁目に行く機会もなかったが、中学に入ったころ、「初めて」そちら側に行ってみた。
いわゆる連れ込み宿、今でいうラブホテルが多い。当時は、やや不気味な印象であった。そういう意味で、親が行くなと言っていたんだろうと思った。

高校生くらいになると、ラブホテル以外にも気がついたことがある。
そこにある家々の表札は、ほとんどが日本人名でないのだ。朴という表札が多かったのを覚えている。

干してあるものの色合いや、そのへんを歩く中年女性の顔つきや化粧が、明らかに今まで見慣れてきた日本人のそれと違うのである。
また戸建ての家でも、ブロック塀の上に、ビール瓶を割った破片を乗せて固めているのである。
防犯にしても、随分とストレートでヒステリックな印象をもった。
チョゴリを着た女子生徒などをよく見かけたのもこのへんと、駅周辺である。

昭和40年代、町田市は革新市長・大下勝正が連戦戦勝し全国市長会会長などもしていた。都知事は美濃部亮吉であった。どちらも社会党である。このころの社会党は、自民に対する革新勢力として、保革伯仲時代を作り上げていた。
東京都下では珍しく、革新系の強い街であった。東京のベッドタウンとして、新しい世代が移り住んできたせいだろう、と当時、分析されていた。

その社会党はその後、地に落ち、社会民主連合となり、そこに若かりしころの菅直人もいて、やがて民主党政権を生むまでになったが、その悪夢も去った。

このニュースを見たとき、そういうイメージが、さーっと走馬灯のように頭をよぎった。
あの町田市が、今はこうなのか、と。

ツイッターでは、GJとする人もいるが、かなりは批判的なツイートが多い。例によって、子供に八つ当たりするのは筋違いだろう、というわけである。

この言い分は、朝鮮学校が無償化されなくなったときの、朝鮮学校側の言い分と同じだ。子供を犠牲にするな、それが日本人の大人のすることか、などなど。

それならば、拉致被害者を帰すべく、自分の国に働きかけたらどうだ? で、おしまいである。

敵であるならば、仮に子供であろうと幼女であろうと、葬り去るのがまつりごとの基本だ。血を絶やさねば、またいつの日か、意趣返しを被るに違いないからだ。

今回は別に、殺そうというのではない。任意の配布をしませんよ、というだけのことだ。心配なら、自分で買えばいいだけのことだ。

この考え方は、大久保通りのデモへの批判にも言える。
売上げが減るからデモを規制してほしい、というのは本末転倒でおかしいのだ。
それを言うなら在日商店主らは、まずは、在日特権にどっぷりとつかりながら、なおわがままを通そうとし犯罪を重ねる自分達の同胞に、噛みつくべきだ。

本質に目をむけず、歴史から目を背け、ただ、目の前の「出来事」にのみ注目し、あるいは周囲を注目させ、アジってばかりである。

こうした騒動で、仮に商店の売上げが減ったとしても、デモ隊側の責任ではない。それがなくとも、次第に売上げは下がっていく気もするが、そうなったとしても、同情するゆえんはわれわれにはない。商売一般の原則だろう。

デモ隊は届け出を出して車道を歩いていたが、それを迎える側が歩道を大勢で占拠して動かず、大声を張り上げ、人通りが滞って客が来なくなった、という日本人店主のコメントもあった。

韓国や北朝鮮は、民族運動をして、犠牲者を出して、ようやく独立にこぎつけた他のアジア地域の国々とは、独立のしかたが異なる。労せずして独立した。彼らからすると、犠牲者が通常の立場になったとでも言うのだろう。

そこへつけ込んでいろいろわがままを仕出かしてきたが、犠牲者づらして甘え放題が通る時代は、終わりにしなければならない。
現在でも、何かと日本人のほうにハンディがあり、多くをわれわれの税金でおこなっていることじたいが、おかしいのだ。

毅然とした態度というものを、口だけでなく、決定や行動として具体的に表明するのは、大いなる前進だろうと思う。今まで日本人はおとなしすぎたのだ。

行政の決定も、教科書の選定も、在日特権享受者に対する批判も、具体的に示してこその、毅然たる態度といえるだろう。
言ってわからなければ、多少は痛い目に合わすというのも道理だ。

そして他方で、たまに、「完全無視」つまり、オマエらなんぞ相手にしてないよ、という姿勢も見せていくことも大事だろう。これも、毅然たる態度の表明のしかたになる。先日のデモには、そうした雰囲気もあったと思う。

今できることは何か

(mixiより転載)

mixiにログインしていても、ずっとやっているわけではないのですが、今日は、もう少しで、24時間ぶりのログインになるところでした。

3日以上、となったら、くたばったか、逮捕されたか、PCもスマホも携帯も全部同時にイカれたか、のどれかです。

それは冗談として、前回の日記のとおり、どんな思想も、理論と実践の両輪がうまく回らないと、その思想に意味はないと思っています。

いままでの日記で、かなり本質的なところは整理できてきたので、あとは実践のほうにシフトしていこうかと考えています。

今後ももちろん、mixi日記は続けていきますが、あまり加筆訂正の再掲ばかりだと、以前読んだ方々からすればまたか、になります。そのつど加わったマイミクさんにというおせっかいもあって、時折再掲してきました。

今後も、気分次第と、ココログやFB掲載の都合で、そういうこともあるでしょうが、あまり頻繁に繰り返すのはやめにしておきましょう。

ただ僭越ながら言えることは、繰り返しほとんど同じことを言うというのは、それだけその内容に固執できているということと思ってください。

むしろこれからは、それに加え、映画のレビュー以外にも、思想的な事柄ではないような、ちょっと気付いたことや架空のことなど、エッセイ風なものを、mixiでは書いてみたい気がします。

mixiのほうは、愛国者しかマイミクにしていませんので、情報交換以外のところでは、そういうのもいいかなと勝手に思っています。

なお、大東亜戦争にかかわるエピソードについては、これは大事なことと思うので、これはと思う題材があれば、たまに挙げていきたいと思います。

情報はあればあるほどいい。
同じ情報が違うマイミクさんによって挙げられていても、ムダには見えません。それだけその情報が、複数の人に注目され、共有され、あるいは憤りの対象となっていることがわかるからです。

それは、ツイッターや多数のブログでも同じことですね。

自分にできる実践とは何か。

一度、スピーカーをもって演説もしてみたいのですが、土祭日、日曜月二回が仕事なので、そういう機会もなかなかありません。

当面、ツイッターは大きな武器になると認識したので、あちらのほうでなるべく建設的な囀りを発信していきたいと思います。

本腰を入れ始めたのは、むしろ安倍政権が誕生してからでした。その前は、やってみるかくらいでしたが、政権交代を機会に、意識的にツイートするようになりました。

それでも、反応がなければ、のんびりと続けていっただろうと思いますが、RTや引用されることも多くなってくると、うれしくもなり、コメントが入ると、さらにやっている意味があるとわかり、半ば楽しくやっています。

つまり、かっこよく言えば、ツイッターを、遊び道具ではなく、思想実現の武器として、駆使していきたいと思っています。

もともと140字では思ったことが書けないということもあり、mixiを再開したのですが、時と場合により、短い字数でも、拡散が容易な手段として、便利だし必要不可欠なことに気付きました。

それにしても、いつかは示威行動にも参加してみたいと思っています。そのことに意味があるのかないのかと言われれば、理論の実現の一方策として有意味であり、自らの生身をその場に提示するということで、それを行なうことによってしか見えてこないものもあるはずです。

日時がうまく折りあえば、次はデモに参加したいと考えています。

三つめとしてありうるのは、所属団体を増やして、その会合に参加することですが、これはあまり考えていません。今のところはプロフ欄に示した二団体で充分で、どうしても関心があれば、それら団体の主催する講演会に、聴講しに行くことはあるかもしれません。

靖国神社崇敬奉賛会と特攻隊戦没者慰霊顕彰会は、どちらも直接的に政治団体でも思想団体でもないのですが、私自身の思想とエネルギーをはぐくむには、この二団体で、今のところ充分なのです。

当面の課題は、新入生が、不用意に、わけのわからない団体に入らないよう注意を喚起することでしたが、その時期ももう終わり、次はやはり、7月の参議院議員選挙で自民党が大勝するようにすることです。

よい結果が出れば、それはこの半年の安倍政権を、有権者が認めた証しにもなります。この三か月間、まだ、どことなくぎこちないような部分が見られますが、政権奪取後、日が浅いから当然でもあり、それだけに、慎重に、ことを運んでいる証左ではないかと考えます。

ツイッターでは、家庭にある主婦らも選挙権のない愛国高校生らも、それなりにがんばっています。

各人がそれぞれの仕方で、理論と実践を体現していくのが大事だと思います。

みんなの作り出す大きな潮流が、政治を変えていくだろうと信じています。

2013年4月 2日 (火)

理論と実践は愛国思想においても車の両輪

いわゆる右翼であれ、在特会であれ、思想活動は、長めのタイムスパンで見ていく必要があります。

右翼・市民団体・保守系政治団体・保守系政党…と、成り立ち、歴史、思想に、いろいろ差異はあります。
厳密にいえば、だいぶ差異のある部分もあります。

しかし、一定の方向を向いて、反日・売国勢力と対峙し、それらを撃滅させようとしている点では同じです。
何を守り抜くかといったところを比べれば、多少の違いがあるにしても、何に向かい合うかという点では、ほぼ軌を一にしていると言っていいでしょう。

いま私は、この日本国がさまざまな危機に直面している状況に鑑みれば、右派と呼ばれる立場に連なるものは、すべて一様に、応援したい気持ちをもっています。

よく、理論と実践といいます。これは学問の方法論の基礎ですが、社会活動も同じです。実践ばかりあっても、基礎がなければ方向性を見失い、やがて頓挫します。逆に、セオリーばかりあっても、実践の伴わない思想は、無力です。

サヨクなるものには、知る限り、屁理屈はあっても、セオリーはほとんどありません。刹那的な詭弁と我田引水による自己解放ばかりです。

保守愛国は、多少の違いはあっても、全体としては一貫したセオリーがあり、それに基づいて、それぞれの持ち分分野で活躍しています。

例えば、右翼の街宣演説であっても、たまたま通りかかり、しばし足を止めて聞いていて、真剣み(←ここ大事)が伝わってくれば、わずかながら、車の前の箱に献金しています。日の丸を頭に巻き後ろ手で立っている若者が、はにかんだように頭を下げてお礼を言います。
彼らの過去がどうあれ、日本のために身を挺している姿は、親や制度に寄生して能書きを垂れまくるブサヨより、ずっと心根において清らかであろうと信じています。

保守愛国思想を先鋭化させるために

山本薩夫監督の『戦争と人間』という映画がある。3部作となっており、全編で9時間に及ぶ大作だ。

共産党の原作者が書き、共産党の出版社から出た本をもとにして、共産党の監督が、共産党の劇団民芸所属の俳優らも使い、共産党弾圧の話も盛り込んで、満州事変からノモンハン事件までを描いた大作をつくった。
それゆえ、赤色の強い内容になるのは当然であった。しかし、この映画は、その存在そのものが、邦画を代表している。

映画も原作も創作に違いないことを考慮するにしても、この時代は、軍国対赤の対立は、理論だけでなく、現実的に鮮明であった。どちらも必死だった。双方とも、思想とその現実化の維持に必死であり、人々は生きるのに必死であった。

戦後、軍=右傾国家日本は、アメリカによって単純に悪いものとされ、教育勅語までが取り払われ、押しつけられた憲法のもとで再起し、自虐史観的教育を植え付けられ、その教育がその世代の孫やそのまた子にまで受け継がれてきている。
そうしたなかでも、いわゆる国家主義・愛国主義はナリをひそめることもなく存在し、一方では、山口二矢や三島由紀夫に代表されるような「激しい現象」を垣間見せながら、今日の「穏やかな」保守愛国の流れに連なっている。

だいたい1970年代くらいまで、保守と革新、愛国と赤の対比がわかりやすかった。共産党も社会党も、それなりの存在感と存在意義をもっていたと思う。それでも、万年与党と言われた自民党支配のつづくなか、社会党と共産党が対立した時期はいくらでもある。同じ革新といっても、狙う方向と役割が随分と違っていたのだ。

その後、このころの革新の意図は、経済の繁栄と国力の増強、文化の多様化によって、保守の一部に組み込まれ始め、多少のでこぼこはあっても、自民党を代表とする保守系が、国を支配してきた。

ものごとに絶対というものはないとしても、自民党が真剣に保守愛国をめざす軸であるなら、それに対する軸は真剣な共産主義しかない。『戦争と人間』の時代から、敗戦をはさんで昭和60年くらいまでには、双方にこの「真剣さ」があったと思う。

資本主義対共産主義が政治・経済体制の上での対立軸なら、たしかに、民主主義と社会主義は政治的文化的な成り立ちの上での対立軸になるだろう。民主主義はその名の通り、国民主権の国家体制であり、帝政に対するアンチテーゼとして出現した。社会主義は主に、労働者の人権尊重・待遇是正を旗印として生まれてきた。
このことは今後も続く作業ではあるにしても、日本では社会主義というものは、すでに死語になったといっても過言でない。当初の思想的目的は達成されるに至ったからだ。これは、あれだけ支持を集めた社会党がなくなったことで証明済みだ。
同時に、民主主義を標榜しなければならない「理由」も、当に消え失せていると思う。どんな主義にも長短はあり、それが永久にすぐれているというわけではない。
思想的目的が達成されたあとの主義というのは、遊びかひまつぶしでしかない。思想なるものが死んだといわれる所以でもある。

天皇の存在は、日本においては否定できない。それと同じように、人間において思想は否定できない。最後はそこに行き着くと思う。

真剣みを失い、目的が達成されたあとの思想は、戦っているときの思想より、思想自体が手持ち無沙汰である。愛国でも赤でも、再度思想の原点に戻って、自らの思想を個人がいつくしみ始めたとき、対立の構図のなかで、また思想なるものが、互いに爪を研ぎ始める。

保守愛国からすれば、共産主義が最も敵としてふさわしい。その共産主義は、マルクス・レーニンの語った先見の明を裏切るかのように、世界的規模で、徐々にではあるが絶滅してきた。蒋介石・国民党の敵は、そもそも国内の共産党であった。日本の敵も、満洲より北方にあった。石原莞爾が満州事変を世界最終戦争などと呼んだのもそのせいだ。英米に対し宣戦布告したが、思想的には日本の真の敵は、ソ連であった。そのソ連邦も、本質はさほど変わっていないにしても、ロシアやその他の国に替わってだいぶ経つ。

愛国と軍国は、根元は別ものだ。それを混同するから、妙な偏見が生まれる。その混同こそ、アメリカの意図ではあった。日本はアメリカから、名実ともに独立するようにしなければならない。日米安全保障条約を延長するのもいいだろうが、その意味合いを時代と日本の成熟度に合わせて、変えていかなければならない。

そして、敵をどこにとるかも重要だ。思想的な対立軸は、中国であろうと思う。共産主義にして人権を尊重せず、労働者の待遇を改善せず、言論の自由を奪っているなら、それはすでに共産主義ではないだろう。主義に名を借りた専制である。しかし同時に、共産主義は、10代の山口二矢が研鑽の末にいみじくも見抜いたように、専制統治の一形態なのだ。だから中国がいまのようにあっても、何ら不思議ではない。やがてその形態が衰退していくのも時間の問題とも言える。

共産主義を敵として不足なしとする思想は、世界に多い。日本の保守思想を鮮明にするにも、中国との対決は避けて通れない。心ある中国人民は、これに気が付いているはずだ。この構図こそ、日本において、保守愛国思想を先鋭化させるチャンスだと思う。

2013年4月 1日 (月)

麻生・安倍両氏の器量を信頼する

最近、テレビ朝日のタケシの番組に、元総理である麻生太郎氏と安倍晋三氏が出ている動画を見た。

当時は、尖閣で、海上保安庁の船にシナの漁船がぶつかった事件があった後で、菅政権に対し批判が強くなっていたころである。他に、レギュラーの大竹と生前の三宅久之氏が出ていた。タケシと阿川を入れて、6人だけの番組である。

5回に分けられたこの動画を通して見て、これら二人が総理であったこと、そしていま、その一方である安倍氏が再び総理になっていることに、日本民族の究極の選択があったことを、改めて知る思いだ。

タケシの言うとおり、いくら元総理といっても、そういう人物がしかも二人並んで出演するというのは珍しいことだろう。

二人とも同じ系列の朝日新聞の記者について、堂々と批判していた。総理であった人間が記者どもを批判するのに、躊躇はいらない。

ぶら下がりで、各社の記者がひととおり質問したあと、5人もいる朝日記者が、次々に安倍さんに質問する、即答できないようすをカメラに撮る。
そうかと思えば、インタビューを切り上げて立ち去ろうとする安倍氏に、記者の一人が「総理!」と背後から呼びかける、そのまま去っていく安倍氏を映像にし、質問に答えられず去っていく総理、などとするテロップを入れる。安倍氏がただでさえいらいらした顔つきを、放映しようという姑息な手段だ。

安倍氏は一度、「総理!」と呼びかけられて、わざと戻ったそうだが、そこで何か質問があるかといえば、何もなかったという。
自らの演出に安倍氏を踊らせて、その困った顔つきを撮りたい、去っていく姿を撮り、逃げていく総理という映像を、視聴者に流したい、ただ印象操作をするためだけの次元の低い話である。
こうした傾向は、朝日の昔からの姿勢であるが、他の新聞も同じことだ。

お二人とも経済・財政には長けている。麻生氏は、リーマンショックのあと、日本国総理として、厳しい判断を迫られた話などされていた。

要請があれば、再度、総理になるか、との質問も出された。三宅氏がうまく補っていた、政治家というものはこういうとき、私が率先して打って出ようとは言わないが、国民や周囲の希望があれば、出ることにやぶさかではない、と言うものだ、と。

麻生氏がうまいことを言った。もし我々二人のような者が総理に選ばれる、というのは、日本が危機状態にあるということの裏返しである、と。

現に安倍氏が総裁になり、政権の責任者になった。たしかに、日本国の危機にあって、国民が彼または彼を頂く政党を選んだのである。
ある意味、この乱世を、秩序をもって治めるために、当然のように表舞台に登場したのである。

この番組を見て思ったのは、世襲制のよいところが、お二人にはきちんと反映されているということだ。これが芋掘り代議士ふぜいでは、こういう卓見は聞けないだろう。

常日頃、勉強してきたせいもあるだろうが、生まれながらに、政治経済の基礎的知識や舵取りのしかたを、身につけていると思う。そういう環境に育っているのだから、これは、学校で学ぶことより強い信念となる。
世襲が必ずしも悪いことばかりとは言えない。
生まれた星のもとで、それなりの実力を発揮してもらえればいいのだ。

大竹が、領土問題は、いままで放置してきた歴代自民政権にも責任があるのではないか?北方領土にはロシア大統領まで足を踏み入れているが、と聞いた。
両総理はこう答えた。私たちの政権までは、ロシア大統領が北方領土に入り込んだことはなかった。
尖閣での漁船衝突事件も、すべて国民の前に公開すべきである。
北方領土や竹島は、現実的にそれぞれの国民が居座っている。尖閣はそうではない。そうではないからには、北方領土や竹島と同じことにならないように、きちんとした対策をとらねばならない。

麻生氏は、200海里を守り、広げるために、小さな島には予算を割いて、そこに護岸工事をした。

ご本人たちも言っていたが、いいことはマスコミは書かないという。
そのとおりだ。
これはニ年前の番組の録画であった。たった二年で、ネットの意味は、大きく変わり、またユーザーはそれをツールとして、熱心に使うようになった。

麻生氏はこんなことも言っていた。阿川が、中国が日本の土地を買い占めようと躍起になっていますよね?と質問した。
そんなことはないほうがいいだろうが、どうせ手に入れたところで、土地というのは持って帰れないし、二束三文になればどうせ手放すでしょう。

この太っ腹な発言は、一期二期の議員ではムリである。

この二人がいま内閣中枢にいて、日夜実力を発揮している。
ブサヨなどが実は、内心、恐れおののくのも道理である。

権力は、発動するまでは静かに見守っているものだ。ブサヨは、本当の国家権力の怖さを、まだ知らない。

安倍政権には、ぜひ二期8年は続いてもらいたい。その後も、自民の政権になるだろう。
政治に無関心な人が50歳を過ぎてから愛国に目覚めた、というようなことはツイッターのプロフィール欄にも、男女問わず、よく見る。愛国に目覚めるのに遅いということはない。無関心のままが最も罪深い。
高校生の愛国者も、かなり多い。

心ある日本国民が次から次へと覚醒し、政権を応援することこそ、今の政権にとって追い風になるし、ブサヨどもには脅威に映るのである。

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