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2013年2月

2013年2月26日 (火)

大学の社会科学系学部は、本来が左傾である

日本の大学でも、反日教育がおこなわれているか、という質問をいただきました。うまく答えになるかどうかわかりませんが、書いてみます。

自分の知る限りではあるが、もし反日の教員が大学にいても、その教員が自分の講義やゼミナールで、ストレートにそうした内容を流布するということは聞いたことがない。

ただいろいろ仄聞するところでは、特にここ10年位の間に、そうした左翼教員がかつてよりは増え、何でも言える環境の中にいるという有利さと安全さを利用して、卑怯にもそうした考え方を講義し、時としてそれを学生に信じ込ませるということもあるようだ。

こういうヤカラは今だけではなく、少数ではあるが、大学紛争が収まってからも、細々と存在はしていた。昭和40年代は保革伯仲の時代であり、共産党・社会党がそれなりに力をもっていたこともあり、学府においてもそういう影響は大きかったに違いない。東京都に社会党の知事、美濃部亮吉がう案れ、それが3期12年も知事であったのは、今から思うと都政の歴史の七不思議でもある。

昭和8年、滝川事件での滝川幸辰(ゆきとき)の免職と著書の発禁、同10年、美濃部亮吉の父、美濃部達吉の天皇機関説問題による免職、などは有名であるが、めぐり合わせとして、ある時代に、その時代を批判する者がいれば、それが法律違反として逮捕・拘留されたり、職を解かれたりするのは、世界にはざらにある。

そうしたことを、大学側から見るなら、どうなるか。
大学自体は学問の塔であって、それはチャラチャラした学生が街に目立つ一方で、基本的にも実質的にも現在まで変わってはいない。

大学の自治という考え方に基づき、学問の自由が保障されている。無論、国公立は、国や自治体から人件費や研究費をもらうし、私立も規模や実績に応じて、一定の補助金をもらえる。
キャンパス内での発言は、大学の構内という安全地帯において極めて自由であり、その自由な考えや生き方が尊重されなければ、大学というトポス(場)ではありえない。

大学の自治は、学生によっても維持される。その大学のありかたや運営・企画などについて、自分たちの在籍する大学だからということで、大学当局ともかかわりあうようになる。大学の学長は、企業の社長と違い、自身も研究者であり、同時に運営の責任者でもある。学生とともに、その大学のよりよいありかたや未来を志向するというわけだ。

これらは大きな前提であって、同じ国立大学でも、東大と京大は雰囲気その他がまるで違うし、私学はそれぞれのカラーが個性的なのは、むしろ当然だ。

かつて、昭和49年に大学に入学したときは、まだ学内に立て看板があった。大学紛争の名残りでありその系譜として連なる左翼は、すでに青息吐息ではあったが、まだそこここに生き残っていた。慶應とて同じであり、「慶應義塾新聞」は標準的な新聞であるが「慶應キャンパス」は左傾だと言われていた。

大学は必ず、そのときの国家体制を批判する。自由が保障された場から、自由な考え方をもった学生とともに、そうした批判を発信することができる。教授と学生とは、立場の違いはあっても、考え方を互いに聞きあうという風潮こそ、自由の意味である。相手が博士号をもつ教授であっても、論争をいどむこともできるし、眼前で批判することもできる。それはゼミナールのような席でもいいし、構内の食堂でやってもおかしくはない。企業に入ったら、全くありえない話だ。

未熟でも円熟していても、常に対等の立場で対話ができる。理工系や医学部ではありえないと思うが、私学文科系ではそれがふつうだ。未来ある学生の柔軟な思考力は、時として教員にとって新鮮である。そして、それがなければ、学問に進歩というものがないとも言える。青は藍より出でて藍より青しとはこういうことだ。

しかし、文系学部にもいろいろな学部があって、どこでもそうだとは限らない。思想的状況についての論争は、当然ながら、社会科学の分野で、いちばんありうるだろう。それは、勉強していることじたいが思想や政治にかかわることだからだ。
ただ、いわゆる学生運動に精出すことになるのは、学部や専攻とは関係がない。
社会科学の分野には、経済学、法律学、政治学、社会学などが中心にあり、今では、そこから枝分かれした専攻が百花繚乱のごとくである。

大学で講じられる歴史といっても、日本であれどこかの国であれ、高校でやるような通史は、教養課程ではたまにあるところもあるようだが、専門課程ではほとんどない。特定の時代や地域にかかわることような講義や研究が多い。

自分の見てきた限りでは以上のようなことしかわからないが、問題は、左翼運動に精出すことになる学生は、ではどこの学部や研究者の影響から、そうなるのだろうか。

上で少し触れたように、それは勉強している事柄とは、直接関係がない。むしろ、友人関係や、入っているサークルや他大学との何がしかの交流から、その道に入っていくのだろう。それが、生来、自分の精神や心にはぐくまれてきたものと化学反応を起こす。若く血気盛んな時期でもあり、思想の虜になる。

正確に言えば、そうした選択をするということじたいに、すでに自分の立つ瀬というものが決定されている。
いろいろな思想や主義というものがあって、自分はどれをとるかを考えられるのであれば、一方向だけには進まない。だがどうしても、思想の魔力というものは麻薬に近いものがあり、一度染まると、自らを客観的に見ることができない。

かつて同級生に、共産党シンパがいたが、いろいろ幅広く勉強していて、マニアックな共産党かぶれではなかった。冷静に、それぞれの主義主張の長短をとらえ、結果的に自分は共産党を信ずる、というものであった。こういう学生は多くない。

慶應の三田や日吉キャンパスも、創立150周年事業のすべてが完了し、三田などは本当に狭くなってしまった。その出入り自由なキャンパスに入り、新築なった南校舎のあるへやで、サヨクが小さな集会を催していたことを後で知り、大学に抗議したのが、去年の秋であった。
慶應の学生が主催しているのではない。メンバーのひとりが慶應の学生だったというだけだ。

左翼に走るかどうかは、もちろん保守に進むかどうかも、最後は、個人の思想であると思う。キャンパスで出会ったさまざまな書物なり教員なり仲間なりに、多少とも影響は受けつつも、最後に自らの思想を固めていくのは、自分自身に帰する。

そうやって自らの思想が、自己のなかにはぐくまれ、やがて、就職や公務員試験を受けて、就職することになる。そのなかに、その大学または他の大学の教員になる者もいる。左にしろ右にしろ、そうした思想を固めつつ、仕事に就く。

授業の過程で、その教員が、自虐史観に染まっているかそうでないのか判断できるかどうかは、その人間の話し方や分別・性格にもよるだろう。講義の内容と自らの考えを区別して表に出さない人もいるだろうし、徹底的に表に出す人もいるに違いない。表に出すのは、その培ってきた思想に、自信を置いているからだろう。そして、いいほうにとらえるなら、自らの信ずるところを啓蒙したいと願ってのことだろう。でなければ、元来が破廉恥な正確の教員であろうと思う。

かくして、何でも表に出す教員の講義を受けたなら、左翼であれ保守であれ、その教員の思想的立場を知れたわけだから、学生のほうも、それに対する態度を得やすい。
ただ、本来は、大学の教員たる者は扇動者ではないのだから、双方の立場や考え方を披露して教えるべきである。仲間や同士を募るために講義しているわけではない。あくまで学問領域の一環として、思想や政治に触れるという一線を越えてはならないと思う。

いろいろな考えや知識を授け、書物や論文を紹介してあげるのが、大学教員の役割であり、それが大学教育の基本である。自分の考えの押し付けはやるべきでない。

恐縮なのだが、せっかくだから自分のまわりでのことを話しておきます。

私の場合は教員免許をとるために、再度入りなおしたのだが、その学部が文学部だったので、親には女がいく学部だと反対されたが、あとから思うと、すばらしい出会いがたくさんあった。仲間におもしろい連中が多かったが、そこからいろいろな本や人物を知ったということだ。これはかけがえがない財産となっている。
そうしたなかで、思想的なものにも、随分もまれたと思う。そのときは結果を出さなかった。というより、出せなかった。ただ、最終的に国家の体制を転覆させるのが目標というような考え方には、直観として邪道だと思っていたくらいだ。

慶應は、日吉での150周年式典に、天皇皇后両陛下もご臨席されるくらいで、皇室とはゆかりが深い。だから、知る限りほとんど左系の教員を見たことがない。テレビなどに出ていた教員たちにも、アホンダラはいても左翼はいなかったと思う。

当時、社会学を専攻していた。大学院修士のときに、単位交換制度というのがようやくできた。東大・早稲田・慶應で、特定の履修科目は自分の在籍以外の大学で受けても、在籍大学の単位に認定されるというものだ。

東大生には頭のおかしいのが多いので行くのをやめたが、東大の教授が早稲田に来るというので週一回早稲田に通った。その青井和夫先生の著書や学問への態度、人間性から、大きな薫陶を受けた。そのとき、私は教授にはなれないと思った。最近目に付くサラリーマン教授にはなりたくなかったし、奇を衒う言説を発して注目を浴びるのを待つような芸人まがいの教授にもなりたくなかった。

慶應に単位交換で来ていたのは、東大・早稲田両方であった。私の指導教授のゼミに来ていたのだが、このうちの半分は、あとから思えば左翼であった。それも、学問的識見もあるから、左翼の本道といってもいい。

社会学には、差別問題を扱う分野がある。そこに来ていた東大生のYは、噂では四国のどこのか部落出身だと言われていた。やがて、中国地方のとある大学の非常勤講師になったが、大学がなかなか常勤にしないということで、裁判沙汰まで起こしている。いろいろと動きながら、最後は筑波大学に落ち着いたようだ。それはそれで立派なことだが、彼の話を聞いていると、常に思考が部落民の側からの立場なのである。蛇足だが、いやな雰囲気をもっていた。20代であったのに、既に老けていた。

Yもかかわった東京大学社会科学研究所というのが、先日、フリーターでもニートでもないとして、「SNEP」とかいう言葉を作り出したところだ。おまえら自体がSNEPなんだろうと言ってやりたい。

いわゆる左翼は、それなりの必死であり理論武装をしていた。現実的な行動も、最後はセオリーに行き着く。そこがぐらちていると、相手につけ込まれる。今、左翼と呼ばれているような連中は、左翼でも何でもない。それまでの流れを継ぐような左翼とは思えない。せいぜい。カナカナで書くカタカナサヨクでありブサヨであり烏合の衆である。
だからまともに理論武装した愛国保守の人間には、かなわないのだ。

よく、こういう喩えをする。保守伝統派は、時計の文字盤でいうなら、例えば12字のところにどんと構えていて動かない。ところが今のサヨクと自称するヤカラは、特定の場所にどんと構えていられない。時に6時のところで吠えたり、時に8時のところからわめいたりするだけだ。

あのころ、上野千鶴子は京都にあって、フェミニズム問題より、まだ共産主義の再生を図っていた。大変シャープな頭脳の持ち主で、理論の弱い所を見つけ出して、そこを突くのがうまかった。やがて東大からお呼びがかかるち、週刊誌の話題にもなった。見田宗介が呼んだとされている。見田は西部邁と、教授推薦問題で対立した人物だ。

上野千鶴子の『家父長制と資本制 ― マルクス主義フェミニズムの地平』は、彼女が初めてまともに書いた本格的な著書で、本人もこれを完成させるのに十年費やしたと前書きに書いている。著書として一躍脚光を浴びた。いわゆるバリバリの左翼女であるが、根っからの左翼として、敵に不足ないとする存在だった。

東大の社会科学系統の分野は、運命やありかたとして、常に左傾である。そこから育った人間が、東大植民地として東京近郊の国公立・私立大学に連綿と人脈をもって赴任するのだから、そこも赤くなるのは自然だ。

今のサヨクは、果たして、こうした理論をもっているのか。こんな著書さえ、知らないだろう。私は左翼とは、イコール共産主義だと思っている。古い考えかもしれないが、共産主義以外に左翼はありえない。全く相容れない彼岸にあってこそ、左翼のアイデンティティは確保されると思う。

純粋に主義主張で対立する思想闘争は、もうありえないだろう。フランスでは、サルトルに代表されるように、進歩的主張は常に、政治に反映されんとして、それは社会運動と連動していた。日本でもそれをまねていた。いまそれがってもおかしくはない。大学の机上の学問だけで終わるのなら、真に右派左派を説く教授など存在価値はない。

保守愛国の教員たちも、もっと表に出て、大学生でない若者や一般の人々に声をかけ、自らの考えを学外で発表していっていいと思う。
日本の学者は、得てして、学内やマスコミという囲いのなかでは高らかに話すのに、一歩外に出ると、何もしない連中が多い。いろいろな理由は想像されるが、学外でのそうした活躍が期待される。

最後に、三回目になりますが、かつての日記を再掲しておきます。

JR市ヶ谷駅周辺が熱い?http://mixi.jp/edit_diary.pl?id=1836637574(以下に全文転載▼~▲)

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都内JR総武線市ヶ谷(いちがや)駅は、地下鉄東西線九段下駅、JR飯田橋駅と並び、靖国神社に行くのに鉄道を使う場合、よく利用される駅である。

市ヶ谷駅を最寄駅とする学校には、大妻(おおつま)女子大学、三輪田(みわだ)学園中高などがあり、周辺には日本大学の本部や私学会館もあり、旧陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地、現在の防衛省にも最寄駅となる。

その三輪田学園の隣には法政大学がある。多摩キャンパス(東京都町田市)や小金井キャンパス(東京都小金井市)もあるが、この市ヶ谷キャンパス(東京都千代田区富士見2-17-1)が本拠である。ちなみに、朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会)本部は富士見2-14-15で、靖国神社と白百合学園中高の裏手にある。
靖国神社の社頭に立つと、右のほうに背の高いビルが見える。法政大学のボアソナードタワーと呼ばれる建物で、27階建てである。

私が学生だったころ、大学構内にはどこの大学にもまだ、立て看板が残っていたが、看板が多いほど荒れていて、看板のみならず構内の汚さといえば、当時すべての大学に入ったわけではないが、この法政大学と和光大学はひときわひどかったのを覚えている。

汚さと左翼の温床であることとは比例しないかもしれないが、少なくとも、教える側にそれら学生運動をリードしたりシンパとして資金を提供している者がいたのは、当時公然の秘密であった。
法政や和光だけではない。京都、東北、広島などの国立大学をはじめ、全学連の根付いている大学は全国的にいくつかある。全学連の組織の一つである革労協がサークルと称して活躍している大学には、本日入学式が中止となった宇都宮大学や、福井大学などもある。

それらの‘伝統’は、今日まで引き継がれ、民主党政権になってからは、一層その動きはかまびすしくなってきている。大学当局も苦労しているようだが、もちろん公安当局も動きはフォローしている。

全学連(全日本学生自治会総連合)の委員長は元法政大学の学生である齋藤郁真という24歳の男で、その指導のもと、今月19日に大学近くでデモを行うと予告している。齋藤は学生運動により無期停学処分を受け、その後退学処分となっている。法政大学内では、文化連盟(法政大学文化連盟、文連)の委員長でもあり、学生運動の新左翼旗手と言われる。

日教組や朝鮮総連と同じく、これら学生団体は権利能力なき社団である。民法上、権利が制限されている。

こういう流れからして、彼らの運動は、大学横断の形をとっていても、騒ぎを起こしたり、当局の取り締まりに対し激しく抵抗したりして、何となく派手ではあるが、昭和30年代後半から40年代にかけての頃のそれとは違い、それ自体は大きなうねりとはならないと思われる。

ただこれが、大学当局側のシンパ教授や、そこから派生して日教組や朝鮮総連、社民党・民主党と結びつきを強めると厄介になる。(共産党ははなっから彼らの支援母体であり論理基盤である。)
これはまるで、かつて満洲で、紅槍匪が共産匪に吸収され変わっていき、関東軍が手を焼いたのに似ている。

内申書裁判で少年のころから有名であった保坂展人(ほさか・のぶと)も、千代田区立麹町(こうじまち)中学校在学中(麹町駅は地下鉄有楽町線で市ヶ谷駅の隣)、校内に全共闘をつくり左翼運動を指揮し、そのため高校受験時の面接試験で思想的質問が集中して、その希望の全日制高校に入れなかったことから、いわゆる内申書裁判を起こし、最高裁までいって敗訴になったものの、時流に乗り、社民党の衆議院議員にまでなってしまった。時流に乗っただけという証拠に、その後落選を繰り返し今は世田谷区長をしている。
保坂は鳩山内閣のとき、原口総務大臣に請われて総務省顧問を務めている。鳩山は保坂を認めていたわけである。

一旦時流に乗ると、こんな赤少年が、有権者の一票を集め、国会議員になってしまうという一例である。菅直人とて同じである。

民主党政権のだらしない大臣どもや三代の総理のヤル気のなさも非難されるべきであるが、同時に、教育関係のこうした動きにはさらに注意していきたいものだ。

国会でも追及されていたが、日教組の入るビル、日本教育会館(東京都千代田区一ツ橋2-6-2)には、組織内候補として日本民主教育政治連盟(日政連)所属の複数の国会議員の事務所が入居している。
野田以下、質問に呼ばれた当人たちも、それとこれとは関係ない、と言っていたが、李下に冠を正さずということがわかっていない。
こんなのは常識なんだけどね!

わかっていてやっているんだよ。
やはり日教組は叩きつぶすべきであり、その萌芽となりうる学生運動も、遠慮なく取り締まってほしい。
そのためにはやはり、まともな人間による世論が、声を発し続けなくてはならない。
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2013年2月24日 (日)

がんばれ!関関同立

関西私大はブランド力不足? 入学割合2~4割 
                 (2013.2.23 20:53)
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/130223/wlf13022321030022-n1.htm(以下全文転載▼~▲)

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関関同立など関西の有名私立大学は、入試合格者がそのまま入学する割合(入学歩留まり率)が2~4割と低く、7割の慶応大、5割の早稲田大など関東の有名私大に水をあけられていることが、民間の研究機関「NPC大学問題研究所」(大阪市)の分析でわかった。国立大学志向が強く特定の私大にこだわらない関西の受験生の志望傾向が浮き彫りになった。

 私立大学の教育力や財務力、国際力などを分析して課題提起を行っている同研究所が、全国の28大学が公表しているデータに基づいて調査。関西大、関西学院大、同志社大、立命館大、京都産業大、近畿大、甲南大、龍谷大の関西8大学に、関東の慶応大、早稲田大を加えた計10大学の結果を公開した。

東西の差で特徴的だったのが入学歩留まり率。平成24年を見ると慶応大がもっとも高く、合格者の71%が同大学に入学。早稲田大も47%が入学した。これに対して関西の8大学は26~40%で、全国28大学平均の42%をいずれも下回った。合格しても併願した他の大学に入学したり、浪人したりする受験生が多いためだ。

 研究所では「慶応や早稲田はどうしても入りたい受験生が多いのに比べ、しのぎを削っている関西の有名私大は知名度も横並びで、全国的なブランド力に欠けるのではないか。国立大学志向が強いのも一因だろう」と分析している。
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こういうデータは、職場でもあまり手に入らないので興味深い。こういうシンクタンクでしか得られないデータだろう。
公表されていないだけで、もっと広範で詳しいデータももっていると思う。
例えば、東京の私立大学間の比較や、学部ごとの比較データもあるはずだ。

関関同立は、関西(かんさい)大学、関西(かんせい)学院大学、同志社大学、立命館大学のことで、主な学部が大阪・京都にある著名な私立大学だ。

立命館や同志社の数字は、さすがに驚きだ。

背景に、記事にあるように、長引く不景気が親や受験生本人の心理に影響して、国公立志向が浸透しているのは、私立中学受験と同じことだろう。

さらに、おそらく、この4大学相互で併願が多いのではないか。これは東京でも同じなのだが、併願しやすい個性が並んでしまったのかなと思う。ブランドなどという言い方は本来おかしい。大学のカラーと入試問題の個性を強めることで、それぞれが差別化を図るしかない。

また、私立なら、或いは、大学なら、入ってしまえば似たようなもので、入ったあとの学生生活を有意義にしたい、という志向も、受験生に強いのだと思う。これはここ数年、大学受験全体の傾向だ。

関東の人間として興味深いのは、早稲田の数字である。自分の知る限りであるが、国公立と併願するのには、早稲田がよく選ばれる。医学部などは、東大に入ったが慶應に落ちるケースも多い。慶應の問題は、つぶしがききにくくなっている。東大・早慶を同時に受ける傾向は、少なくなってきている。

この原因は、特に文系学部で、慶應が小論文を出題するようになったからだ。
もともとその昔、経済学部では、社会科では論文の出題があった。

早慶合格者合わせて20人から100人以上出すような進学校でも、小論文導入の年から、合格割合が、比率の激しい高校では、早稲田:慶應が2:1となっている。今のご時世では、小論を苦手とする受験生が多く、小論を課す慶應の学部は敬遠されたということだ。
予備校には、それまで以上に、小論文対策の講座が多くなったのも、こうした背景がある。

こうした傾向から、慶應と国立を併願する受験生も若干増えたとはいえ、慶應の場合は、慶應自体が第一志望になる場合が多いので、辞退者が少ないということだろう。

また、直接入試に関係ないのだが、ここ10年近く、早稲田の企むことは、何かと裏目に出ているということも、親や受験生が知り、イメージダウンにつながっているのかもしれない。これについては書かない。

慶應の世界史・日本史などには論文形式の回答はないが、選択肢も多く、時間も短い。基本知識からかなり詳細な事実まで知っていないと、正解に至らない。これは早稲田とて同じである。私はいまだに、慶應の社会科は9割正解でないと受からないと思っている。

慶應は2月中旬、早稲田は下旬に入試がある。きのうの22日、社会科学部の入試を最後に、早稲田の入試も終わった。

しかし、難関でも中堅でも、私立文系の合否を左右するのは、国語である。この考えは、ある時点から我が信念となっている。受験生がいちばん力を注がない科目である。

大学自体が過当競争の時代に突入した昨今、業績であれ芸術であれスポーツであれ思想であれ、個性の見えない大学は淘汰されていくことだろう。淘汰されるということは、受かっても辞退者が多く出る、ということから始まる。

貴重なデータであった。

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2013年2月23日 (土)

おにぎりは日本人の生活文化の原点

と、まあ、大仰なタイトルをつけました。おにぎり=お結び、です。
エッセイにしてみようと思い、この写真を撮ったご本人から、これを使う了承を得ました。

これを作った主婦の方は、Facebookでは古いほうの友達で、小学校六年の息子さんが、学校行事である卒業記念ウォーキングに行くので、早起きして弁当を作ったそうです。
そのときこしらえたおにぎりがこのフォトです。学校から、昼はにぎりめしでという指示があったそうです。型に入れて作るのではなく、ご自身の手のひらで握ったものです。

息子さんたちは、30kmの山道を歩いて、ある山の頂をめざしたそうです。落伍者はひとりもなく、夕方、くたびれて腹をすかして、無事帰ってきたそうです。このお母さまも、かつて同じ道を歩いたそうです。

ときどき、日常の出来事や手作りのお菓子、それに風景などをアップされている方ですが、この何気ないおにぎりのフォトを最初に見たとき、ふとイマジネーションが掻き立てられました。

子供のころ、遠足や運動会というと、やはり母の手作りのおにぎりでした。そんな日は友達もみな、おにぎりとおかずでした。フォトのお母さまのものは、中身があるのですが、私のうちでは、中身があったりなかったりで、どっちの場合でも、卵焼きやウィンナーのような、何か少しおかずが付いていたような覚えがあります。

コンビニでもおにぎりは売れっ子で、以前よく買っていたときも、ちょっと時間がずれると、もう棚はカラっぽだったし、デパ地下でも、新たにおにぎり屋がオープンすれば、客が並んでいます。

一時期、自分でにぎりめしを作って、弁当に持って行ったこともあります。母が他界していたので、弟に持たせたこともあり、その名残りですね。
朝、炊き上がるようにタイマーをセットして、ふっくらごはんが出来ているのはいいのですが、何しろ、握ると熱いし、フォトのように、みごとな形に仕上がりません。
どうせ胃袋に入るのだから、いいだろう、と自分で口実を作っていました。

ある知り合いの方によると、そのお婆さんが生前言うには、にぎりめしを上手に握れる人は、器用で心がきれいなのだそうです。そう言われてみたら、たしかに一理あるでしょう。
フォトのようなにぎりめしを、早起きして朝の雑事のなかでテキパキ作れるというのは、そうした心の持ち主であろうと、私もそう思います。がんばって歩くんだよ、と願いをこめて握ったとのことです。

ハイキングや小旅行でも、主役はおにぎりでした。包み紙は捨てられるし、おかずを包んでいた銀紙も捨てられます。帰りに荷物が減るという意味でも、重宝でした。

かつて浅間山荘事件のときも、各県から来た機動隊員らのために、近隣の村々の主婦や年寄りが、毎日二千個のにぎりめしを作ったそうです。警察官二人が死亡しましたが、犯人を殺さずに逮捕できた陰には、当時出回り始めたカップヌードルと、陰ながら機動隊員らの忍耐強い警備を支えた、手作りのにぎりめしがあってのことだったのでしょう。

映画では、すぐに、内田吐夢(うちだ とむ)監督の『飢餓海峡』を思い出します。三国連太郎扮する殺人犯の男が、下北半島から青森県を南に下るとき、山奥で、通りかかったトロッコに飛び乗ります。そこには、町に出る人も何人かいて、左幸子扮する若い娘も乗り合わせていました。彼女は実は、温泉宿で働く商売女で、これからそこに向かう途中でした。

娘がにぎりめしを出して、ほおばり始めますが、そのおにぎりが随分とでかいのが印象的です。ほおばりながら、何気なく男と目が合います。男は逃走してきたので腹ペコで、そのようすを見た女は、おにぎりを男にくれてやります。この出会いが、実質上、物語の始まりとなります。二人の運命は、その後大きく変わっていきます。

この最初の二人の出会うシーンに、窓もないトロッコ列車が選ばれ、しかも、にぎりめしを互いにほおばっている二人の姿は、腹を空かした戦後の貧しい日本人を象徴するようでもあります。

うら若き女性のmixi仲間は、好きなものとして、ごはんと味噌汁、とプロフ欄に書いています。日本人の多くが、畳や温泉と並び、食べるものとしては、ご飯と味噌汁を挙げることでしょう。

そのごはんを手のひらに広げて、つくだ煮や焼きたらこを入れて丸や三角に握ったのが、おにぎりなのですから、茶碗と箸の役割が、それぞれ手と指に替わったわけです。手で作られたものを、手で食べる、…なかなか粋ではありませんか。

お母さんからこどもへ、妻から夫へと、心のぬくもりまで、おにぎりが運んでくれるはずです。

機械で上から型押ししてできたおにぎりは、どこか即物的です。商品とは常に、即物的です。これはしかたない。でも、手作りおにぎりには、味や暖かさ以上の「味わい」とか「ぬくもり」などがこもっているように思います。

おにぎりは、明らかに、日本の伝統または生活文化のひとつでしょう。

そういえば、昔付き合っていた人は、どこかに行くとき、必ず小さなおにぎりとおかずを作って、持ってきてくれましたね。
コンビニなど、ようやく小さな構えのセブンイレブンができたころです。まだ、朝7時に開いて、夜11時に閉める、そのとおりのセブンイレブンのころでした。みんなが、コンビニとは、漫画や雑誌を売っているところという認識のころです。

あの日々は、とっくに記憶の彼方に消え去ってしまいました・・・

そのころになら、もう一度、戻りたいな・・・

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2013年2月22日 (金)

マックは食べないよ^^

マックは食べないことにして3年、コンビニおにぎりは食べないことにして一週間。

以下はわりと有名になった、ワシントンに拠点を置く医療関係の反ファーストフード団体のCMとのことで、2010年9月16­日からアメリカ各地で放送開始されたらしい。

おととし見つけてたけど、その後もう一度見ようと思ったら、どう検索しても出てこなかった。マックが抗議したのだろう。
しかしまた最近見ることができる。

反○○団体のものというのは、とかく過激でおおげさだが、一理はあると思う。

http://www.youtube.com/watch?v=nIlI6KVmzDM
<externalvideo src="YT:nIlI6KVmzDM:D">

昭和46年(1971年)7月20日、銀座三越角に1号店ができて以来、米国文化の象徴とでも言えるような巨大企業になった。
たまに食べるとうまいとは思った。
でも、最後に食べてから、もう3年半になった。

職場近くには、まともに昼食をとれるところがない。下町の名残りとでもいうのか、午後2時から5時までは店を閉めてしまう。

自分らのように、ふつうのサラリーマンと3~4時間ずれた生活をしている人種にとっては、休憩が4時ころになるので、まともに食べるところがない。

となると、コンビニは便利であるが、最近のいろいろな情報によれば、おにぎりなど生食品はどうかとも思うので、おにぎりや弁当やサラダも買わず、コンビニでお世話になるのは、飴とかパンくらいにしている。

唯一あるのがマックなのだ。セットで頼むチキンフィレオというのは、特に夏、コーラやポテトと食べるとうまかった。
毎日食べていたわけではないが、そればかりもやがて飽きてきたころ、マックのいろいろなニュースを知った。

おまけに、マックのイス席あたりでは、特定の曜日のその時間帯には、近所のおばさん同士がデカい声で話しているし、下校時に寄る男女の高校生らのマナーも悪い。オッサンが携帯で、デカい声で話している。マナー違反のほとんどの例を、ここで目撃している。二回ほど大声で注意したこともある。

店員はお客さまと思っているのか、そういうマニュアルでもあるのか、何も言わないし、言えないのだろう。店長に言っても同じであったので、一度注意するハメになった。
もう一度は、若い母親に連れられてきた小さい子同士が、絶叫大会をしているのだ。このバカ親は満席であっても静かにさせない。まわりもひとこと言いたい雰囲気の人はいたが、言えないのだ。そこでまたもバチンとしてやった。

かように、マックというのは、店内マナーなどには無頓着である。時折、店先を掃いているアルバイトもいるが、あくまでそれはPRだろう。

コーヒー一杯が100円などと言っているが、マイミク・R2@和尚さんのフォト資料によれば、上記表のごとくである。実際、色をつけたお湯でしかない。コーラにしても、気が抜けている。

ポテトも、あの揚げているのを見ると、どこかいい加減だし、油まみれで、こればからだにいいわけはないだろう。

トータルで考えて、もうこんな店に用はない、と思った。
行かなくなったら、そのままで、再度行こうとは思わずに、今日まで来た。

ちょっと離れたところにオリジン弁当とほか弁屋があるので、いまではそのへんに落ち着いている。でもオリジンでは、弁当は頼まない。自分でパックに詰めるようにしている。でなければ、時折フォトをアップする神戸屋のパンだ。

少々高くつくが、マックのセットと同じくらいの値段であれば、健康志向という点からも、まだオリジンのほうがいいと思っている。

本来なら、自炊した手弁当がいいに決まっている。都会ではそれも少数派になってきたようだ。

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2013年2月21日 (木)

空間除菌消臭エコムエアマスク?

■首から下げるインフル予防除菌剤、やけど続発
(読売新聞 - 02月18日 22:45)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=20&from=diary&id=2328595

うちの会社でも、別のメーカーのものが配られている(フォト)。女子は使っている者もいるが、ほとんど使ってない。
これはインフル予防効果があると言ってた。

これつけてて、インフルエンザになった人もいる。効果あっても、四六時中してなくちゃ効果ないんだろうな。

やけどとかでなく、効果ないだろうな、と思ってるので、つけてません。

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それより、手洗い・うがいを励行するほうが大事だな。

やるなら普通のマスクのほうがいいと思う。
単純思考のほうが、だいたい正解の場合が多いのだ。

そもそも、首からこういうもの下げるというのは嫌いだ。これは単にわがままですが^^

2013年2月20日 (水)

生活保護を支給されながら一般労働者を侮辱するヤカラを許さない

昨日の開き直ったアホンダラについて、みなさんが本人の日記の欄にコメントを付けていただいたことを、ありがたく思います。
不愉快な思いをされた方もいましたね。

その後、今日の午後から、それらコメントに対するコメ返しがなされているようですが、本人は全くもって聴く耳を持たぬ不逞のヤカラだと判断しました。

こういうヤカラを発見したからには、私としても放っておくことはできないので、mixiの規約違反に当たらないかといろいろ調べましたが、ストレートに該当する項目が見つかりませんでした。

そういうわけで、マイミクさんも書かれていましたが、私もそれしかないと思い、ダメでもともとという気持ちで、以下のような要望(▼~▲)を、厚生労働省の「国民の皆様の声」に送りました。厚労省が国民から意見・要望を聞くコーナーです。

いずれは、あんな人間の生活は崩壊するでしょうが、アイツ自身はそれでよいとして、あたかも不正受給を助長してしまうかのような扇情的発言や、まじめに働く人々をバカにするような発言は、決して許すことができません。

もし再審査となっても、有効な医師の診断書などがあり、誠実な態度で受給するつもりであるなど、本当に支給が必要だとケースワーカーが判断するのであれば、それはそれで制度としてしかたのないところです。

しかし、もし、審査しなおされて、支給が終わりになっても、全く同情するつもりはありません。
   

   ▼
お忙しいところ失礼いたします。

mixi内で、生活保護を受けているにもかかわらず、以下のように開き直っている22歳の人間がいるのをたまたま発見しました。
どこまでが事実かは明確でありませんが、もしこれが事実だとすれば、生活保護の趣旨を、著しく捻じ曲げて利用していると判断せざるを得ません。
これを知る周囲の人間は、この寄生的な発言や、まじめに働く人たちを侮った傲慢な態度に憤っていますし、またこれを見る若者が、そんなに安直な生活があるのだと誤解し、労働意欲を削がれる場合も出てきますでしょう。

mixi内のことであり、どこの福祉事務所かわかりませんので、最終的な監督官庁である厚生労働省にお伝えしました。
また、ご意見・ご要望募集のこの欄でお送りしてよいのか迷いました、他に手立てが見つかりませんでしたので、こちらのフォームを使わせていただきました。

私たちの納めた税金が、本当にご苦労されている方々にのみ支給されるよう、今後もご尽力されるよう期待しております。
正確な調査が必要とされると推察いたしますが、必要であれば、警察庁など他官庁とも連絡を取り合い、各自治体福祉事務所の上級監督官庁として、ぜひきちんと処理されるよう祈ってやみません。

返信は無用でございます。
よろしくお願いいたします。

http://mixi.jp/show_friend.pl?id=52058350&from=navi

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1889952109&owner_id=52058350&org_id=1882018752

以上は、平成25年2月20日(水)午後8時20分現在のデータです。
   ▲

(※)上のmixiの筆者は、なりすましであり、釣りをするヒマ人と判明しました。(平成25年5月10日現在)

教師の部活顧問は、本当に大変か

河北新報 東北のニュース/部活顧問77%「大変」 宮教組、中学教師に調査 http://www.kahoku.co.jp/news/2013/02/20130219t15023.htm … @kahoku_shimpoさんから
以下に全文転載▼~▲

   ▼
部活顧問77%「大変」 宮教組、中学教師に調査

 宮城県内の中学校教師の8割近くが部活動の顧問を負担に感じたことがあることが18日、県教職員組合(宮教組)の部活動に関するアンケートで分かった。「教材研究の時間がない」など業務への支障を訴える声も寄せられた。宮教組は「熱心な教師に遠慮し、現場で問題提起できない雰囲気がある」と現状改善の難しさも指摘している。
 アンケートは昨年10~12月、県内の中学校209校の教員4991人を対象に実施し、108校の865人(17.3%)が答えた。このうち666人(77.0%)が部活動への負担感を訴えた。
 負担を感じる理由(複数回答)は「休日に拘束される」(73.2%)「専門でない」(53.0%)「勤務時間内に仕事ができない」(50.5%)「私的な生活が保障されない」(42.3%)などが目立った。
 改善策(複数回答)としては「顧問の複数配置」が69.1%で最多だった。「土日のどちらかを休養日に」(49.7%)「県教委や中体連による部活動時間のルールづくり」(31.9%)「祝日を休養日に」(23.7%)などが続いた。
 自由記述欄には「土日も部活があり、全く休めない」(古川地区の40代男性)「教員本来の仕事である教材研究の時間がない」(栗原地区の40代男性)などの不満が相次いだ。
 県庁で記者会見した宮教組は「土日に部活指導をしてもわずかな手当しか出ないが、やらなければ親からクレームを受けることもある」と窮状を訴えた。
 アンケートを踏まえ宮教組は、県教委に改善を求める請願を提出した。
   ▲

あなたがたは本当に役人教師ですね。好きな仕事しているんでしょう?

と言いたいところだけど、とりあえず、自分がいた私立などとは、わけが違うんだろうな、と同情してみようか。

そういうふうに見てあげるなら、本当に大変ですよね、と相槌のひとつも打ちたくなる。

かつて自分のいた私立では、当時すでに、二人顧問にしていたし、そうでなくても、それぞれが妥当な役割分担をして、しかも、基本的にはその先生に向いた部活や同好会の顧問なので、いわば好きでやっていることでもあり、上の記事のように、大変だ~などという声は上がらなかった。

教師という種族は、世間で見られているより、実際は怠け者も多い。また怠ける時間はある。コレがあるからアレができない、という発想は、部活があるから勉強をする時間がない、という生徒の言い訳に似ている。

対象が公立中学ということを考えると、受験のための教材づくりやその他もろもろの業務は想像できる。

しかし、私の目から見ると、やはり、わがままにしか見えないなあ。

顧問二人制を実施していないと知って驚いた。これは、硬直した発想ではでてこない代物だろう。またそうなれば、公立のことだから、そのための人件費を計上しなければならなくなるのだろう。

片方の顧問は専門でなくてもよいのだ。文化部の先生は運動部の顧問を補う。運動部の顧問は文化部の顧問を補う。自分の場合も、映画研究部と陸上部の顧問であった。陸上には素人であったが、専門の顧問の教師から、最低限のことを学んで、いっしょに走ったものだ。

夏休みなど、陸上部の正規の顧問の先生が自身の休暇をとるような場合、自分が託されたメニューなどをもとに、部活をしていた。けがや病気にならないよう注意していれば、部長の生徒がきちんとまとめていた。

私学は授業数も多く、入試のために放課後の授業つまり講習もある。夏や冬も授業以外に必ず講習がある。ふだんの授業のための教材準備などは、日常の業務のうちだ。
おまけに、持ち回りで、自分の学校の入試も準備しなければならない。公立と違って、定期テスト以外に実力テストも年3回あり、さらに私学は何かと学校行事も多い。

上のような調査と結果だけでは、すべてがわからないが、好きな仕事をしているわりには、少し教師たちが甘ったれてるんじゃないのかな、と想像した。

穿った見方をするならば、県教組が、ある意図をもって調査しているようにも見受けられる。休日に出ても、わずかな手当しかもらえない、などと言っているところに、何かいやなものを感じざるを得ない。

こんなことをこぼず教員たちの顔が目に浮かぶが、教師自体が「やらされている」という意識なんだろう。親のクレームもあるだろうが、人事考課のために我慢しているようにも思える。

こういう調査結果を見た当該の中学校の生徒は、どう思うのだろうか。

2013年2月19日 (火)

中学入試関係は一件落着

うちは家庭教師センターだから、学年に関係なく、何でも来い、だ。
小学校受験、いわゆるお受験から、社会人になったものの大学に入って勉強しなおしたいというOLまで、お客さまはさまざまだ。

そのお客一人ひとりに、ふさわしい教師をつけて、その後をフォローしていくのが仕事の中心だ。教師のほうは採用試験と面接で入ってくる。特に今の時代、登録を希望する教師は多い。

採用試験は、主に希望する学年の本物の過去の入試に似た問題、つまり、中学受験の小6算数を担当したければ、難関中学の入試にそっくりの問題、大学入試の英語を担当したければ、難関大学の入試にそっくりの問題、を説いて、ある程度できた上に、面接で、過去のキャリアや人柄を見なければならない。
それでもダメな教師も入ってくるものだ。

大学受験はまだ続いているが、中学受験は広告掲載分も含め、全部終わった。小学生なので、広告といっても似顔絵だ。

毎年、うちの教室では、皆どこかに収まるのであるが、今年は中学受験で二人、どこにも受からないのが出た。五つもも六つも受けたり、同じ中学を二次三次と受けながら、どれにも合格しなかった生徒だ。

こんなにやったのに、と親も思うだろうし、こちらもそう思う。一方で、本当に力のつくように前進していたか、というと、授業の回数とは必ずしも比例しない、という感想を今年ももった。
11~12月の模試結果は、ほとんどそのまま入試時の力を反映している。それ以上はほとんど伸びない。最後の1~2か月は、維持することができればよいくらいだ。

全滅という結果になっても、最後は本人のことだから仕方ないし、苦情に対してはいろいろな答えが用意してあるが、その苦情も今年はなかった。

中学受験は、ほとんど親のリードの力が大きい。こちらはそれをお手伝いするだけである。今までの経験からして、全滅するタイプに、入試に関して、共通の家庭のパターンがある。全滅する生徒の性格のパターンではなく、家庭のパターンなのだ。

1.何かにつけ、父親が前面に出てくる家庭
2.こちらのアドバイスを、結果的にはほとんど聞き入れない家庭

どちらもカネを払ってこちらに通わせながら、根本的に、こちらを信用していない事例である。

この二者に共通するのは、カネを払ってるのだから、私たちの言う通りにやってくれ、という頭があることだ。カネを払うのだから、よろしく頼みますよ、ではないのだ。そこに大きな誤りがある。この一見小さな違いは、あとで大きくなる。

父親というものは、得てして、自分のできなかったことや自分の願望を、子供にそのまま託してしまう。仕事ではそれなりの冷静さもあるのだろうが、自分の子供のことになると、なかなか客観的に子供の能力を把握できない。
特に、娘より息子のほうに、それが強い。娘は6年ともなると、言い返す場合もある。そうすると父親は引っ込むこともある。だが、男児は言い返すことはまずない。
また、受験情報について、自分のころのものだけを頼りにしているので、現在には当てはまらない。その上、頑固である。
社会人とか男として、ではなく、父親というものが、たぶんそういう人種になってしまうのだろう、と解するしかない。

これに対し、母親も似たり寄ったりのケースもあるが、それでもまだ父親の頑なさに比べればそれは薄いほうだ。しかしいたって心配性である。これはしかたない。心配でありながら、どちらの学校が子供に向いているか、子供の能力は今どのへんにあるのか、…そういったことをきちんと聞いて、今後の伸び代(のびしろ)を正確に掴もうとするのは、意外にも母親のほうだ。

子供はいたって他人事である。それを、自分のことだと気持ちの上でわからせていくのは、母親のほうの役割のようだ。入口を間違えると、いつまで経っても、やらされている勉強のままとなり、伸びるものも伸びない。

某準大手の保険会社の社長の娘がいた。その子はK女子中学に入った。至極妥当な結果であった。決して高望みではなく、授業のない日も、毎日のように自習しに来ていた。礼儀も言葉遣いも正しかった。決して怖い両親ではない。受験に際し、母と喧嘩したこともあったが、この子は過保護の子ではなかった。第二志望ではあったが、思った通りのところに落ち着いた。第一志望はダメもとで受けていただけだった。

高校入試では、ある有名モデルの娘も来ていたが、途中から来なくなり、秋に退会してしまった。服装や髪形からして、こういうところに来るのが場違いのような存在であった。学校を転校したのをきっかけに、夏からうちに来たのであるが、新しい学校にも、ほとんど通わなくなってしまった。そのうちスキャンダルが起きるだろう。起きれば母親の仕事はパーである。母子家庭でもきちんとした子はたくさんいる。母親は家庭を顧みない人である。

慶應幼稚舎(ふつうで言う小学校)へ入れようと、入会してきた幼稚園児もいた。秋に入試があるのだが、予想どおり落ちた。親子と最初に会った瞬間で、入るかどうかわかる。一言するなら、幼稚舎に入れたいと思うなら、きちんとしつけをしておくことだ。挨拶する、片付ける、順番に並べる、よく見て比較する、…といった日常能力が重要になってくる。だから、入るかどうか、最初に見ればわかるのだ。

いろいろあった一年であったが、来年度はもうすぐスタートだ。塾、予備校の一年は、3月から翌年2月であり、中学受験は2月から翌年1月までが一年度なのだ。すでに5年生が少し入ってきている。

受験というのは、その家庭にとっては一大事だろう。種や畑に左右されると言ったらおしまいだが、日教組が多くて、生活指導もろくにやらない地元の中学には行かせたくない、という(特に)母親の気持ちもわからないではない。

単に、将来いいところへ就職するためにいい中学に進学させたい、というパターンが、崩れ始めているのは親たちもよく知っている。もはやそういう時代でも社会構造でもなくなってきた。
最近の親たちのニーズは、きちんと面倒をみてくれ、しつけの行き届いた中学だ。そしてできれば、そのなかで、少しでも頭のよい子が集まるところへやって、その仲間にさせたいという親心がはたらく。

志願者の数字を発表している中学を見ると、軒並み昨年より、志願者が減っている。私立大学の付属より、せめて中高一貫校にして、大学は国公立を狙わせたいということだろう。私学受験にも、不景気が作用している。10年カネをかける余裕はない、中高6年までで、あとは現役で国公立の大学に入れたい、そんな親の思いが伝わってくる。

中高で入試をおこなう私学では、一般的に高校入試は中学入試より難しい。それもあって、親たちは中学入試を考える。
それに応えなければいけないのだが、できれば、お任せ願いたい、というのが、引き受ける側のホンネである。若いお父さんお母さんは、恐縮だが、何もわかっていないのだから。

2013年2月16日 (土)

国旗国歌法改正案としての提案 (2013年2月16日)

自民党による日本国憲法改正案では、第一章は次のとおりである(▼~▲)。
このとおりに改正されたとして、これに基づいて、国旗国歌法の改正案を作ってみた。

   ▼ 

第一章 天皇

(天皇)
第一条 天皇は、日本国の元首であり、日本国及び日本国民統合の象徴であって、その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。

(皇位の継承)
第二条 皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。

(国旗及び国歌)
第三条 国旗は日章旗とし、国歌は君が代とする。
2 日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない。

   ▲

 改正日本国憲法第三条に基づき、国旗及び国歌に関する法律(国旗国歌法)を、以下のように改正する。

第一章 総則

第一条 日本国憲法にもとづき、国旗と国歌を、次のように規定する。

 第一項 国旗は、日章旗とする。
 第二項 国歌は、君が代とする。

第二条 日本国民は、日本国及び日本国民の表徴として、国旗及び国歌を尊重しなければならない。

附則 施行期日の指定、商船規則(明治3年太政官布告第57号)の廃止、商船規則による旧形式の日章旗の経過措置。

別記 日章旗の具体的な形状、君が代の歌詞・楽曲。

第二章 国旗

第三条 国旗は、中央官庁、地方公共団体をはじめ、この監督する関連機関、関連団体においては、業務のある日には、原則として、掲揚・降納をしなければならない。
 
 2 国民の祝日において、国旗は、中央官庁、地方公共団体をはじめ、この監督する関連機関、関連団体においては、業務の有無にかかわらず、原則として、掲揚・降納をしなければならない。

第四条 国旗は、常に、完全な形状で使用し、著しく汚損したものを使用してはならない。 

 2 国旗は、使用していないときは、国旗保管庫に、整然と保存するものとする。  
  
 3 国旗は、必ず予備を一旒以上用意しておくこととする。 

第五条 国旗を故意に破損または汚損し、除去し、あるいは焼毀(しょうき)した者は、その手段にかかわらず、5年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。

第六条 職務として、国旗を掲揚し、または降納する任にある者が前条の行為をしたときは、7年以下の懲役又は200万円以下の罰金に処する。

第三章 国歌

第七条 国歌は、中央官庁、地方公共団体をはじめ、この監督する関連機関、関連団体において、職務の一環として公の儀式またはこれに準ずる式典を挙行する際には、原則として、そこに会する一同で、起立して斉唱しなければならない。
 
 2 中央官庁、地方公共団体をはじめ、この監督する関連機関、関連団体、関連部局の長たるものは、前項の起立斉唱が整然とおこなわれるよう、指揮監督しなければならない。

第八条 職務に関して国歌を斉唱するに際し、起立することを拒否し、斉唱を拒否し、斉唱を妨害し、また、これらの行為を唆(そそのか)した者は、国歌に対する不敬とみなし、第五条を準用する。
 
 2 唆されて前項の行為をした者は、1年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。

 3 職務として国歌の演奏や伴奏、指揮の任に当たる者が、その任務を放棄した場合は、前項を準用する。

第四章 罰条の運用

第九条 第五条、第六条及び前条の刑罰は、執行を猶予しない。
 
 2 前条の罪が刑法第234条(威力業務妨害罪)あるいは日本国旗損壊罪(現在は未制定)と競合する場合は、本法の適用を優先する。

附則 この法律は、公布の日から起算して20日を経過した日から施行する。

                                以上

(※威力業務妨害罪:3年以下の懲役または50万円以下の罰金。)

自民党の刑法改正草案では、以下のようになっています。

日本国旗損壊の罪を新設し、日本国に対して侮辱を加える目的で、国旗を損壊し、除去し、又は汚損した者は、2年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。 
構成要件及び刑罰については、ほぼ現行刑法第93条に規定されている外国国章損壊罪に準拠している。
この法律は、公布の日から起算して20日を経過した日から施行することとなっている。

国旗の損壊などを刑法に盛り込むのも一案だが、この際、国旗と国歌の意義を考え、刑法改正より、別途、国旗国歌法を運用法として改正し格上げするのがよいと思う。

2013年2月13日 (水)

日本独自の核武装へ歩を踏み出せ (2013年2月13日)

北朝鮮が核実験を実施しました。対外的には、成功だと発表しているようです。
何もこれを後追いすることはありませんが、この事実がまくても、日本もそろそろ核武装について考察を進めるべき時期に来ていると考えます。

単純に言って、北朝鮮くらいができることを、日本ができないわけはありません。問題は、国民のコンセンサスと為政者の決断次第にかかっています。

昨年4月のあまり報道されなかったニュースです。ほとんどのマスコミは取り上げていません。

インドが長距離ミサイル「アグニ5」の発射実験に成功
http://www.afpbb.com/article/politics/2872575/8812649
(以下、全文転載▼~▲)


【4月19日 AFP】インドは19日、東部オディシャ(オリッサ、Orissa)州沖のウィーラー島(Wheeler Island)で長距離弾道ミサイルの発射実験に成功したと発表した。発射されたミサイルは核弾頭1トンの搭載が可能な「アグニ5(Agni V)」で、軍事上のライバルである隣国の中国やアジア外の国々も射程圏内に入る。

アグニ5は、核弾頭1トンの搭載が可能で、中国全土が射程に入ります。

以下は、昨年11月6日につぶやいたことです。

日本の核廃絶決議を採択=英も共同提案国に-国連総会委
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201211/2012110600103&g=pol&__from=mixi
(以下、全文転載▼~▲)


 【ニューヨーク時事】国連総会第1委員会(軍縮)は5日、核兵器廃絶へ向けた共同行動を国連加盟国に呼び掛ける日本提出の決議案を賛成159、反対1、棄権12で採択した。核保有5カ国のうち米英仏ロが賛成し、中国は棄権した。反対は北朝鮮。12月初旬に改めて総会本会議で採決される見通し。

 核廃絶決議の採択は19年連続。決議は包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効、兵器用核分裂物質生産禁止(カットオフ)条約の交渉開始などを訴えるとともに、北朝鮮のウラン濃縮計画や今年4月に衛星打ち上げと称して実施したミサイル発射に懸念を示した。

 共同提案国は最終的に、米国を含む97カ国に上り、今回初めて英国が加わった。これについて天野万利軍縮大使は「わが国の主張する段階的、現実的な核廃絶アプローチへの理解が広がってきた」と述べた。インド、パキスタン、イスラエルは棄権に回った。 (2012/11/06-07:23)

コメント⇒持てる国はニンマリですね。19年連続決議というが、どこの持てる国が廃棄しましたか?廃絶したいのなら、まず持てる国から廃棄を始めたら?隗より始めよと言いますから。そりゃインドは棄権ですよ。

ついでに、中国も棄権ですよね。それはそれで筋が通っているとみていいでしょう。いまさら廃絶に向けて動けるか、ということです。

インドと中国、事情が違っても、棄権というのは、反対も同じです。

イギリスは初めて共同提案国になっただけで、米仏ロともども、廃棄の動きは緩慢としています。そもそも19年も前から各廃絶の決議がなされながら、5大国に廃絶しようという積極的な動きは見られません。決議はするが、それは道徳的・感情的に歓迎されるからであって、政治的に廃絶するなどということは、とてもとても難しいという表われでしょう。

1990年代初頭、退任した元英首相マーガレット・サッチャーはワシントンを訪れ、なぜ、ソ連崩壊後も核保有なのか、という記者の質問に答えています。
サッチャーは、以下三つの理由を挙げています。

(1)1947~1991年の冷戦期に、米ソが直接、軍事衝突しなかったのは、核兵器のおかげてある。
核兵器の破壊力があまりにも強いため、米ソ両国は、彼らが支配する第三世界の衛星国に代理戦争させることはあったが、核武装した米ソ同士の直接の軍事衝突は注意深く避けた。
この事実を見ても、核兵器に非常に強い戦争抑止効果があることは明らかだ。
もし核兵器が存在しなかったら、米ソ両国は冷戦期に正面衝突して、数千万人の戦死者を出すような大戦争が起きていたのではないだろうか。

(2)イギリスは中型国家であり、その軍事予算は限られている。
この限られた予算を使って最大限の戦争抑止効果を得るためには、通常兵器に投資するよりも核兵器に投資したほうが、高い抑止効果を得られる。
核兵器への投資は、限られた英国軍事予算の生産的・効率的な使い方である。

(3)現在の国際社会は、核兵器を持つ国が支配している。
そのことが良いことか悪いことかは別として、それが国際政治の現実である。
もしイギリスが常に最新型の核抑止力を整備しておかなかったら、イギリス政府は国際社会で独立した発言力を失ってしまう。

核兵器を所有することが、いかにイギリスの国益に貢献してきたか。そして、イギリス政府の核兵器保有政策を批判する者が、いかに間違った感情的な議論をしてきたか、を熱心に解説しています。

この考え方が活きているかぎり、イギリスが率先して廃絶に向けてリーダーとなるということは、まずありえないでしょう。
これは米仏ロにおいても同じことで、結局、いくら国際機関で上のような決議をしても、核保有という事実は、このまま存続していくのです。

要するに、抑止力としての核保有は、外交政策・経済政策に不可欠であるということです。小国には政治的なツールとして大きすぎ不必要であっても、大国には必要なのです。

具体的な方途や予算の問題はあるにしても、日本には核を保有するだけの技術はあると言われています。
よく議論したうえで、核問題についても、国会の場で審議される日が来たらいいと思うのです。対中・対北朝鮮という点からも、緊急のテーマだと思います。

原発反対派は、なぜ東日本大震災で事故が起きるまで騒がなかったのでしょうか。原子力を使うといったときから、一貫して反対しているのは共産党だけです。さすがに、論理一貫性という点では、仮に現実を無視していても、一応、面目躍如といったところです。その共産党でさえ、このことについて最近は声を大にしなくなっています。

原発を廃棄するのはいいとして、日々の膨大な電力需要に対する代替案、推進派をも説得するだけの筋の通った現実的な代案はあるのでしょうか。

核についても、同じレベルでの論争は必要だと思います。核戦争の映画を見て、これは反対というなら、それは映画鑑賞者の一感想にしか過ぎません。

次なる課題は、日本が、いかにして核武装に向けて動いていくか、ということです。
原子力発電の維持推進路線は、ほぼ固まり、このまま踏襲されていくでしょう。原発反対派などは、その実、泡のようなヒマ人が集まっているだけの烏合の衆で、メディアも好んで取り上げるだけに、各々いっとき耳目を集めるものの、国是たる一貫した潮流にはなっていかないでしょう。

むろん多少の時間もかかるでしょうし、成田闘争レベルの騒動は起きうるでしょう。しかしこれは、避けては通れない道なのです。

サッチャーの言うことはもっともです。これは核武装派の人は、その後ほぼ容認している考え方です。
国会質疑でも、石原慎太郎は故中川昭一の言葉を引用しながら、核武装のシュミレーションくらいはやれと言いました。これももっともな話です。

世界で唯一の被爆国でありながら、原爆を落とされた広島・長崎の人々だけが核廃絶を叫ぶのは滑稽です。両市の市民が瞬間に殺戮され、後遺症に悩まされていることは、戦後世代のすべての人にさえ承知されているが、その現状は到底他人の他者経験とはほど遠い経緯をたどっていることでしょう。

しかし、核武装は、ほぼサッチャーに代表される考え方にしたがい、実行に移すべきと思います。広島・長崎のいまを生きる人々が、戦争の惨禍を繰り返してくれるな、というなら、少なくても筋は通りますが、反対派の多くは、地元民ではありません。また、終戦直後からしばらくの間であれば、そのことの意味が、まだ明瞭であったとも思います。

その後、世界情勢は変わりました。さらに変わっていくでしょう。そうした変化に応ずるためには、戦後まもなく意味をもった言質は、もはや意味をなさず、効果的でありません。どうしてもというなら、より包括的に議論してその最後に、ゆえに核反対だと述べるべきでしょう。

核をもつは悪、もたざるは善、こうした区分けは偏見です。日本国内の一部では通じるかもしれないですが、国際舞台に立つときに通用する尺度ではありません。

イランを例にとるならば、イランという国の国家体制を、好きでも嫌いでもなく、また詳しくもありません。ニュースなどで仄聞するだけですが、ウラン濃縮について国連安全保障理事会は、いままでに何度もそれをやめるよう勧告してきています。が、イランは聞く耳をもちません。いつでも駐日イラン大使は、これは平和利用するためだと理解してほしい、と弁明しています。

IAEA(国際原子力機関)が核開発につながるイランの諸活動を報告書にまとめて公表したり、今年1月に、その調査団がイランの関連施設を立ち入り調査もしましたが、イランの態度は一向に変わりません。そのたびに、原子力の平和利用を目的としているだけとする声明を発表するのみです。

イランはイランなりに調査した結果、同じ中近東に位置するイスラエルは、核を保有しているということを把握しました。戦後アメリカの尽力でようやく独立したこのユダヤ人国家は、中近東のなかでは、先進国の部類に入る国家です。イスラエルがもっているなら、イランがもってもいいではないか、アメリカは保有しているのに核不拡散とはおこがましい、これが単純明快なイランの思考でしょう。

イランは、さらにアメリカが圧力をかけ、内政干渉するのであれば、ホルムズ海峡を封鎖するとまで言い出しました。ホルムズ海峡はペルシア湾の出口であり、イランをはじめ、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタールなどからのタンカーが往来するところで、ここが封鎖されれば、日本への原油輸入の8割が滞ると言われています。日米安保を念頭に置いた発言です。

核不拡散条約(NPT、Nuclear Non-Proliferation Treaty、Proliferation=増殖)は、米国・ロシア・中国・イギリス・フランスは核を保有していてよいが軍縮に向けた努力義務を負う、これ以外の世界の国々は、核兵器をもってはならないが、原子力の平和利用なら認める、というものです。この基本的理念に基づいて、世界の190カ国が加盟しています。インド・パキスタン・イスラエルは未加盟のままであり、北朝鮮は2003年に脱退しました。脱退するということは、核保有に進むということであり、事実そのようにしてきています。

2010年、IAEAは、査察を受けるようイスラエルにも求めましたが、イスラエルはこの要請を拒否しています。これらの点からもイスラエルが核兵器を保有しているのはまず間違いありません。

このイランに見習って、核兵器を保有すればよい、とは言いません。国柄も歴史も異なる国家の施策をマネするわけにはいきません。といって、全く参考にならないというわけでもありません。
いくらアメリカやIAEAが勧告し圧力をかけても、イランの姿勢は一向に変わらないのですが、一度決めたらその後変わらないという一貫性なら、マネしてよいと思います。

つまり、中国は核兵器保有国である、という一点においても、日本は核保有の方向へ動き出すべきです。
核の保有非保有は、尖閣諸島の領有権争いなどとは次元が違います。核保有非保有については、資源を狙ってくることにより生ずる国家間の緊張関係ではなく、国家の存立基盤そのものの対峙というスケールの問題だからです。

そのときアメリカがどう出るか、いろいろ議論されているとおりです。独立孤高を貫き通せる資源大国イランとは、ここが違います。日本には資源が(いまのところ)少ないのであり、独自に資源外交を進めれば、ロッキード事件にはめられた田中角栄の二の舞になるでしょう。

アメリカは民主主義の世界代表という顔の裏で、自国の国益でしか動かない国家です。インディアンを追いやりフロンティア精神という美名に変えて、北米大陸を支配しました。ハワイも同じで、大東亜戦争が始まったころは、ハワイはまだアメリカの州ではありませんでした。スペインを追っ払ってフィリピンを占領したのも、フロンティア精神の賜物でした。

いざというときに、アメリカだけを頼みにするというのは、独立国家として危険だし情けないことです。民主党政権時には、尖閣問題にしても突っ込んだ見解は聞かれませんでした。安倍政権になって、尖閣諸島は日本の領土だと再確認されました。以前日記にしたように、米国の識者のなかには、何かあればアメリカは日本を救う、とはっきり言わなければいけない、という意見もありましたが、去年の段階で、オバマもクリントンも、そうした意味での突っ込んだ見解を発表していません。かろうじてその周辺の人物や学者が、そういうコメントを出しているくらいです。

私の想像ですが、これはアメリカが中国には一目置いているからであろうと思います。それはかつては大日本帝国の敵同士として大東亜戦争で援助した国であったからでもありますが、今では核兵器をもつ仲間としてです。同じもてる国として、礼儀を心得なければなりません。互いに安全保障理事会の常任理事国であり拒否権をもっている国同士です。また、アメリカの国益にとっても、中国はとても大事な国なのです。

インドもパキスタンも、核保有についてはそれぞれに理由があります。イランとイスラエルにおいても同様です。

2013年の今日、日本が核をもたなくていい理由はどこにもありません。核をもつ理由はあります。

さらに、中国相手・北朝鮮相手だけでなく、一国家として国際的発言力と国際的信用を得るためにも、現実的な運びには多少の困難は予想されますが、これは円熟した国家をめざし世界をリードしていく国家になるために、通過しなければならない関門であると思います。

道を極めると書いて、極道となります。信念をもってやるべきことをやっていけば、必ず極道をくぐるのです。日本の将来を憂えるなら、清濁合わせ飲んででも、貫くべきを貫くべきです。

日本国がいったい、どこの国に・どの民族に、気兼ねし遠慮する必要があるでしょうか。
核保有は悪である、とは、詭弁にしか過ぎません。

2013年2月10日 (日)

マイミクくんと靖国神社参拝

今日は、急遽、マイミクTくんと、靖国神社に参拝することになりました。

午後1時半に、九段下側歩道橋の脇で待ち合わせ、おごそかに参拝してきました。

Tくんは、はたち前ですが、実に健全な保守思想をもつ若者で、将来は自衛官を志しているとのことです。渋谷あたりに闊歩するチャラ男ではなく、外見も飾らずきちんとした身なりで、誠実にして、落ち着いて自分の考えを語られる青年です。といって、決して堅物ではなく、ユーモラスな一面もあります。人並みに悩みもかかえています。

自ら手に入れた軍服の上着を着ていましたが、その上にジャンパーを羽織っているので、襟元しか見えません。

日曜でもあり、あすは建国記念の日で連休ということもあってか、靖国神社はかなり混雑していました。多数のバスやマイカーなど以外に、すでに白の街宣車も来ていました。

比較的暖かかったので、神池公園のベンチでゆっくり話すことができました。彼は何回か遊就館に入場しているということなので、場所を移しました。

サバゲーが趣味ということもあり、彼の案内で、軍服などを販売しているアメヤ横丁の中田商店という店に行き、一号館と二号館、両方を見て歩きました。アメ横も相当な人出でした。

中田商店二号館には、本物のヘルメットや憲兵の腕章、満洲国帝政時代に日本軍が着用していたと思われる制帽などもあり、とても楽しかったです。

日曜ということもあり、どちらもかなり混んでいました。三件目は、ガス銃などを展示販売している店を冷かしてきました。

モデルガンには興味があるので、次回は、そんな店を案内してもらうつもりです。

その後、通りがかった喫茶店で、コーヒーを飲みながらいろいろ話し、流れで秋葉原の歩行者天国を突っ切って、とある古びた店に入り、展示されている銃砲刀剣類はじめ実際に使われていた軍用品を見てから、地下鉄神保町で別れました。

なかなか有意義な一日でした。

こうしたしっかりした保守愛国の青年が現実にいるということを知ると、安心できます。ここにいる多くの若いマイミクくんらも同様な志をもっていることでしょう。
彼ら彼女らのような青年が、社会に多く輩出されるよう、期待して已みません。

沖縄戦・十代の遺詠と遺文の潔さ

特攻隊戦没者慰霊顕彰会発行の『特攻』(平成24年8月号)より。

靖國神社内靖國会館にて行なわれた殉國沖繩學徒顕彰六拾七年祭で詠まれた遺文と遺詠を紹介します。

☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆

小渡壮一命

    沖縄県立第一中学校
    鉄血勤皇隊
    球(たま)九七〇〇部隊野戦重砲隊
    真壁にて戦死
    当時十七歳

御両親様

 どうか健在であって下さい。私も今度鉄血勤皇隊に入り、郷土沖縄に上陸した敵と戦ひます。しっかりやります。御安心下さい。萬一私が戦死した時は、よくやって呉れたと思はれて、決して嘆く様なことはしないで下さい。
 最後に御両親様の御健康と御發展をお祈り致します。さやうなら。

身はたとひこの沖縄に果つるとも
   七度生まれて敵亡ぼさん

☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆

大嶺美枝命

    沖縄県立第二高等女学校
    白梅学徒隊
    高嶺村国吉で戦死

お母様

 いよいよ私達女性も、學徒看護隊として出動できます事を、心から喜んで居ります。お母様も喜んで下さい。
 私は「皇國は不滅である」との信念に燃え、生き伸びて来ました。軍と協力して働けるのは、いつの日かと待って居りました。いよいよそれが私達に報ひられたのです。何と私達は幸福でせう。大君に歸一し奉るに當って、私達はもっともいい機會を与へられました。しっかりやる心算で居ります。
 お母様は女の子を手離して、御心配なさる事でせうが、けっして御心配はなさいますな。私は優しいお母様の暖かいふところの中で、いつも可愛がられてすくすくと伸びて参りました。私は、その暖かいお母様のお教へを、今こそ生かして、立派な日本女性としてお國に御奉公する覺悟で居ります。
 軍醫のお教へ、先生のお教へを學び、友と固く手を取り合って、懸命にやってゆく心算で居ります。いよいよ御奉公の時がやって来ました。しっかりやります。
 お母様。私の身體はすべてお國に捧げたのです。その身體を私は大事に磨き上げ、國のためにつくします。男でも女でも、詩にあります様に「國を思ふ道に二つはなかりけり」で、忠孝の信念に變りはありません。私の身體は國が保証して下さるのです。ですからどうぞ、何の心配もなさらないで下さい。
 散るべき時には、立派な櫻花となって散る積りです。その時は、家の子は「偉かった」と賞めて下さいね。
(中略)
 これから私は立派な従軍看護婦として、お國のために参ります。
 お母様、くれぐれもお身體を大事にされて、善ちゃん、弘ちゃんと明るく朗らかにお暮し下さるやうお祈りします。                                      かしこ

 最後に、一家の御健康をお祈り致します。             美枝

☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆

安谷屋盛治(あだにや・もりはる)命

    沖縄県立第一中学校
    鉄血勤皇隊
    球(たま)九七〇〇部隊野戦重砲隊
    真壁にて戦死
    当時十六歳

大君の御旗の下に死してこそ
   人と生まれしかひはありけり

君のため何かをしまむ若櫻
   散って甲斐ある命なりせば

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運命のめぐり合わせとしか言えない境遇で、一般の住民が戦わざるをえなくなった沖縄戦。
沖縄は銃後の守りから戦争の渦中に巻き込まれた。そのなかに、必死に戦った少年少女たちがいた。
武器もなく訓練も積まず、つい数か月前までは、普通に学校に通っている生徒たちであった。
こうした状況にあって、どうしたら勝てるか、などと考えている余裕などない。
米軍の戦車や米兵の姿を見て、取るに足りない武器をもって、突撃していったのである。……

それにしても、驚くのは、彼らの書いた文章だ。
死の直前にして、16、17歳でこんな決死の文章を、落ち着いた筆で書けるというのは、肝っ玉が座っていたからだろう。その根本はやはり、教育勅語や修身など戦前の教育が浸透していたからだと思う。

時代や背景が違いこそすれ、これくらいの文章や短歌を書ける才能なり教養なりを、日本の若い世代に学んでほしい。そのためにも、日本人としての大和魂と、日本人としての気概を、まず心に、宿らせねばならない。

そのためには、話を一挙に現実に戻せば、日教組を潰し、自虐史観一色の教科書を焚書とし、日本的な道徳を説くような教育を、児童のころより始めなければならない。

少なくとも、すべての小学校と中学校では、音楽かまたは独立した時間に、「君が代」の意味と歌い方を解説し、歌わせ、斉唱させ、同時に童謡などを聴かせる。
年間、一定の時間を割いて、「教育勅語」を解説し、読ませ、できれば暗唱させる。某小学校でもやっているのだから、全国の小学校・中学校でも、条件さえ整えばできるはずだ。
それに、これは、実は国家の施策として実行していく類いのものなのだ。

何でもかんでも、人のせいにする議論は嫌いだ。
今は携帯がパソコンが普及したから、字が書けない子が多い、など。

別に、入試のための国語力をアップさせよ、と言っているのではない。
いざというとき、親や友人に、上記のような文が書けうるか、ということだ。別に携帯を使おうがPCを使おうが関係ない。

いざというとき、力ある文をしたためるには、肝が座っていなければ言葉に表せない、ということだ。
その気概を育てるのに、多少の強制力は認めなければならないだろう。

2013年2月 2日 (土)

自民党憲法改正草案に対する感想 (2013年2月2日)

そもそも私は、憲法の改正については、平成18年12月に成立した教育基本法のように、名目上はやむなく改正という文言を使っても、実質的に全文廃止・新規制定が望ましく、むしろ、そうあるべきだと考えるので、自民党案のように、現憲法の条文を活かしながら、文字通り国語的な意味での改正という手続きには、あまり賛同していません。

それは、時系列からして、サンフランシスコ講和条約が結ばれ発効し、日本が名実ともに主権を回復した日(1952年(昭和27年)4月28日)より以前に制定された現憲法(1947年(昭和22年)5月3日施行)は、論理的に、主権者である日本国民の総意に基づいていると言えないからであり、またその内容についても、よく知られているように、当時のGHQが、戦後の日本占領政策を念頭に置いて、米国の信ずる自由主義思想を中心に盛り込まれたものだからです。
そして、現憲法があるかぎり、どんな優れた改正案でも、成立までの手続きに相当の時間がかかるか、廃案になってしまうことも予想されます。

サ講和条約は、連合国側が日本の主権を認めたのであって、それは日本の主体的意志ではなく、日本は一貫して主権を失ったことはない、とする考えもあるようです。そうなると、現憲法を、いつ廃止しようが勝手だということになります。ただこれは、終戦後のいろいろな手続きや経緯からして、だいぶ無謀なようです。

そういうわけで、現憲法の改正だけは、全文廃止・新規制定が理想的で、その次からの改正では、部分の改正にすればよいと思います。

ただ、そうは言っても、米国のみならず、先進国でならどこの国でも信奉する内容については、それでも最高法規として尊重するべき部分も多く、過去に一度も改正されずに今日に至ったというのも事実として、今更認めないわけにはいきません。

さらに、現憲法のもとで、さまざまな法律や規則が成立し、裁判の判例も、現憲法に照らしたかたちで積み上げられてきているので、今から現憲法を破棄するのは困難なのではないかと思うのです。
そういうわけで、現実的に、改正という手続きで進めていくしかなく、現憲法制定以降の法律的文化的遺産を、否定しなくて済むということにもなります。

今回の改正案で、表現上いちばんよくなったのは、前文と地方自治についてです。いずれも極めて平易な言葉遣いにして、且つ要点を押さえた表現で、最高法規にふさわしいと思います。

全く新たな創造的改正点では、日本国民の総意を盛り込むことになる、以下の点は評価できます。

公務員の選定に日本国籍をもつことを条件にしたこと、地方自治においても同様な条件をつけたことで、外国人参政権を排除しようとする意志が明確です。
国民の責務として自由と権利には責任と義務が伴うことを明記したことで、自由と権利だけが尊重されるような憾(うら)みのあった現憲法を軌道修正しています。
平等に関する規定で、障害の有無という文言を入れ、より徹底的に平等ということを謳っています。

それ以外の部分については、今までに行われてきたことを、よしとして認めていく内容であり、創造的改正というよりは、いままでの流れや現状に合わせるという意味での追認的改正です。
ただ、これも改正として、文言として定着させておく必要があるという点では重要です。

国旗国歌法がすでに制定されているので、順序が逆になりましたが、憲法で特に国旗及び国歌を規定したことは、個人的にはいちばんうれしいことです。天皇と皇位継承に次ぐ第三条にこれを置いたということ自体も優れていると思います。
やがて国旗国歌法が改正される場合にも、威厳を伴う改正になるわけです。

天皇を元首と呼ぶには、保守のなかでも賛否両論があるようですが、諸外国からはすでにそう認識され、そのように扱われてきているので、対外的な意味合いとして元首が落ち着くとは思います。象徴という言葉も残され、日本国最高法規の第一条として充分にふさわしいと思います。

これら追認的改正と創造的改正が混じって、大幅に改正されたのが第二章の安全保障と第九章の緊急事態のところです。

戦争の放棄から安全保障と章名を変えたのはポイントです。
第九条一項で、従来通り平和主義を謳い、そのあとすぐ二項では、自衛権の発動を妨げるものではないとして、平和を維持するためなら自衛権を発動できるという、積極的な意思表示が見てとれます。この創造的改正により、専守防衛の枠ははずれました。
これが成立したあと、自衛隊法など国防関連の法律を改正し、より現実に沿うものにすることで、次の国防軍の存在が有意義なものとなります。

第九条の二として国防軍の規定が五項までありますが、従来の自衛隊のありかたなどを追認規定したもので、任務遂行の際の国会承認やその役割を総括しています。これはほとんど追認的改正です。
そこで、ここにはもう少し、愛国の要素を盛り込んでほしいと思います。さらに、有事の際の指揮命令系統の迅速な確保について、憲法そのものに明記されるべきです。

領土等の保全等として第九条の三が独立して明記されました。この創造的改正は、草案としてはかなり画期的で、いかにも追認的改正に見えながら、領土、領海、領空という言葉を並べ、主権と独立を守るためにそれらを保全し、資源を確保していかなければならないと定めており、ある意味では最も今日的な話題を包含するものでもあり、この改正草案の最も注目されてよいところと思います。

この国防軍という呼称は、最後にきて谷垣総裁が決定したとのことで、ひと月ほど前(昨年3月)に出されていた自衛軍という言葉よりは踏み込んだ語句になっています。
実力や装備の点では自衛隊はもはやとっくに軍隊なわけですから、どれを選んでも大同小異です。であるならば、ごく単純にわかりやすくもあるので、日本軍という語が、憲法にはふさわしいのではないかと思います。
日本軍は、旧陸軍・旧海軍を後世から指すとき、しばしば使われる慣用的表現です。そこで、憲法表記上は日本軍とし、慣用的表現として国防軍を定着させていくのがいいと思います。しかし、すべて国防軍で落ち着いたら、別にそれはそれでかまいません。

現場社会で実際に例えば、陸上自衛隊は陸上国防軍と呼ばれることになるのでしょうか。略したら陸国軍ではおかしいから、やはり陸軍になるのでしょうか。それはさすがに避けたいところでしょう。
国防軍まできたなら、通称はもう、国軍でいいと思うのですが、憲法上は、日本軍と表記するのがいいと思います。

第九章の緊急事態については、たしかにそのとおりではありますが、憲法なので、これは逆に、緊急事態の宣言と効果のみ簡潔に記載し、その余は別に定めるものとする、ということでいいのではないかと思います。

環境保全の責務や個人情報の不当な取得の禁止など、最高法規にして現代的な課題を取り入れると同時に、日本伝来の優れた文化や思想的傾向、すなわち、家族や自治体の相互協力を盛り込んでいる点で、全体的には、日本の現状に即した改正内容となっており、作成者たちの気概にあふれた改正案と思います。

大義に生きんと覚悟致して居ります

靖国神社発行・会報「靖國」より、今年二月の社頭掲示を転載します。

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 大義に生きんと覚悟致して居ります

             
               陸軍少佐  橋詰 良直 命
            
                  昭和二十年二月二十四日
                  東部ニューギニア・イロップにて戦死
                  新潟県中頸城郡板倉村出身  
                  二十五歳

皇紀二六〇四年の新春を迎え、謹みて新年を賀し奉ります。

御両親様には、愈々(いよいよ)御壮健にてお暮しのことと推察致し喜んで居ります。
当方面戦況益々緊迫を告げ、元旦と雖(いえど)も全てを忘れて新年を祝することも出来ず、頭は常に戦場に馳(は)せて居ります。

敵情急速に変化を来し、今や敵を至近の距離に迎撃せんとして居ります。
或はこれにて最後となるかも知れませんが、決して犬死はせん覚悟であります。

目下、某要職に就いて居ります。部下も或は沢山戦死をするでありませう。部下のみを殺しは致しません。
○○と運命を俱(とも)にし、身命の存する限り一意宿敵撃滅に邁進致します。

幼(よう)にして父母の膝下(しっか)を離れ、何等(なんら)孝養を尽し得ざりしは甚だ残念に且(かつ)、心残りではありますが、大義に生きんと覚悟致して居ります。

兄さん弟には宜敷くお伝へ下さい。近所の皆様に宜敷く。

猶(なお)、私戦死のときは伊藤様にのみお伝へ下さい。

ここに最後のお便りをなし、お別れ致します。
        
                              敬具

                              
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

昭和20年2月といえば、19日に、米軍が硫黄島に上陸を開始した月である。後から思えば、ほとんど大戦終盤ということになるが、東部ニューギニアには、多くの将兵が取り残され、武器も食料も底をつくなか、残存の米軍と果てしない戦いを繰り広げていたわけだ。

東部ニューギニアに投入された約15万の日本兵のうち、12万8千人が亡くなり、今も6万を超える人々の遺骨が、収集されることなくニューギニアの地に眠っているとされる。

2013年2月 1日 (金)

自民はいつまで公明と連立を組むか

はずれてくれればありがたいのだが、少なくとも安倍政権の間は、連立は解消されないだろう。

その後、同じ安倍総裁が、第二次安倍内閣を組閣するころから、解消の方向に進むだろう。しかし、大臣や政務官クラスには、まだ公明の議員を置くだろう。

保守政権が続くとして、安倍総裁に替わる総裁が自民党政権を組閣するうち、主要ポストから公明議員ははずされるだろう。

さらに自民による保守基盤が盤石になったとすれば、公明との連立は解消されるだろう。

以上、何とも遠大な話であるが、長年付き添ってきた連立政党と連立を解消するというのは、残念ながら、一刀両断にはいかないと思う。

民主政権下、米軍基地問題で社民が離反したが、自民と公明の規模と自負からして、そう簡単にはいかないのではないか。
大世帯であるからこそ、よくも悪くも柔軟に変化しうるのが、保守党だ。

安倍政権下では、自民の側に、特に防衛問題で、政策上、柔軟に変化するなどということはありえない。とすれば、微妙な、しかし、根本的な問題で対立したときに、公明が折れざるをえない。

公明も、与党政権側にいつづけたいに決まっている。妥協できるものは妥協してでも、自民にすり寄りつづけるだろう。

その意味でも、問題は次の参院選だ。

自民支持のかなりの有権者が、公明と離反してほしいと願っていることは、自民も安倍総裁も、腹の底では、わかっているはずだ。
しかし、今はそんな思いはおくびにも出さず、選挙協力をしなければ、ねじれは解消しない。これは公明も同じだから、互いに協力するだろう。

公党としてのアイデンティティと存在意義は、公明も標榜しつづけるにしても、参院選までの協力は間違いないだろう。

先の衆院選と同様、ここでも有権者の判断が重要となる。すなわち、ねじれを解消するどころか、自民単独圧勝という結果を、有権者が自民に、もたらさなければならない。

それにより、景気回復に重点を置く今後半年間の政局運営に、さらに、憲法改正など思想信条の入る政策を実現させることができるようになる。
それは同時に、公明への見せしめとなるだろう。
思想信条の盛られた政策では、公明とぶつかり合うところは多いからだ。

例えば、9条改正にしても、集団的自衛権については、自公で最も考え方が異なる。
自民が圧勝した段階で、公明が方針の転換でもすれば、いやが応にも、連立はつづくだろうが、さすがに、こうしたきわどい問題で、公明も妥協するとは思われない。創価学会という一枚岩の結束を保つ公明でさえ、そのなかで分裂騒ぎも起きるかもしれない。

公明が、自民に付いていけないからと、みずから連立を解消して去っていくならけっこうだが、社民のようにはいかないのが、宗教支配の政党の所以(ゆえん)だ。政権側にいろ、という下からの突き上げもあるだろうから、妥協案の上に妥協案を提示して、自民にすり寄るのではないか。

といって、妥協などでできないのが、外交防衛問題だ。自民が圧勝していれば、そこで突っ走ることができる。賛同できないならお引き取りください、と言える。

閣内不一致ともなれば、野党の餌食になる。閣内不一致が予想されそうな政局なら、その会期前の組閣では、公明の議員をはずしておくだろう。公明の議員をはずすという組閣じたいが、自民の、国民に対する、公明はずし予兆の意志表示となる。

参院選で自民が圧勝した場合、実は困るのは公明だ。どっちにしろ公明単独政権は無理だから、政権側に残り、自民に大事にされるにはどうしたらよいか悩むだろう。公約レベルの問題で対立しそうになるとき、公明は何かボロを出しそうな気がする。ボロが出なければ、どこかつついてボロを出させればよい。

一刀両断にはいかないにしても、国益に沿う案件と取り組みながら、そのことが同時に公明にゆさぶりをかけることになる、というシナリオが、今後自民のとっていく手段だと思う。

第三極と言われる小さい政党も、自分らの利害を考えて動き回るに違いない。それらの連中や公明に、自民が足元をすくわれないように、国民は監視していかなければならない。

参院選で自民を圧勝させられるかどうかは、またしても保守を支持する有権者の一票にかかっている。

自民側にも、不祥事のないよう願う。政治資金問題、贈収賄事件、暴行事件などがあってはならない。国賊行為も禁物だ。
いまのところ加藤のような国賊の行為はほとんど日本の有権者に影響力もなく、むしろ安倍政権を堅牢にするに役立っている感がある。しかしこうしたことがあまり度を過ぎると、自民が割れている印象を与え、野党に突っ込みどころを与えてしまう。

今後半年間は、野党となった売国奴に注意を払うとともに、政権与党内にいる売国政党と売国奴を、鮮明に区別していく期間だと思う。

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